有斐閣ジュリスト2020年12月号特集「公益通報者保護法改正」におきまして、「改正公益通報者保護法の実務上の論点」なる座談会に登壇させていただきました。2022年に施行が予定されている改正法の実務上の論点について、主に1号通報に対する内部通報制度を整備・運用する事業者側から意見を述べさせていただきました。
改正法では(事業者に)1号通報への適切な対応のための体制整備等の措置義務が改正法で明記され、また、公益通報対応業務従事者を指定することも必須とされています。これらの義務違反には行政上の措置(助言、勧告、指導、公表等)も発動されます。2号通報、3号通報の要件も緩和され、内部告発(外部への情報提供)も増えるために、監督官庁やマスコミ対応も要請されます。さらに、取締役や監査役自身による公益通報も可能となります。このような法改正を念頭において、実務上の問題点についてお話しいたしました。
11月24日から全国書店で購入できますので、ぜひともお読みいただければ幸いです。なお、特集論文も多数掲載されており、いずれも改正法を勉強するうえでは有益なものです。とりわけ田中亘教授の「改正公益通報者保護法の商法学上の論点」は、私自身も気づいていなかった知見が盛り込まれていて参考になりました。
今回の法改正により、取締役や監査役も公益通報の主体となるわけですが、2号通報(行政機関への通報)、3号通報(不正を防止しうる第三者への通報)を行う場合には「社内における是正措置」を行ったことが条件となります。会社との関係が従業員とは異なる、というのが理論的な根拠となるわけですが、公益通報前の是正措置の必要性を裏付ける裁判例も存在したことは、田中先生の論文を読んで初めて知りました。そういえば事件発生時、マスコミの報道に反応して当ブログでも取り上げたこちらの事例です(それにしても2011年当時の当ブログは元気がありましたし、いただいたコメントも半端ないですね!)。
事例をザックリと説明しますと、株式会社読売巨人軍の取締役であったK氏が、同社代表者のM氏と協議のうえ、来期のヘッドコーチを岡崎氏にしようとしていたところ、原監督(第1期ですね)がヘッドコーチに江川氏を推奨し、読売新聞のWオーナーに直訴し、承認を得ました。これに納得がいかないK氏は、読売巨人軍の内部統制上の問題を「コンプライアンス問題」として同社取締役会にも付議しないままに記者会見を2度も開き、読売新聞、巨人軍の名誉・信用を害したとして提訴された事例です。ちなみにK氏は反旗を翻した直後に役付きをすべて解任されています。
東京地裁平成26年12月18日判決(判例時報2253号64頁)では、読売新聞社、巨人軍の損害賠償請求が認容されましたが、その判決理由のなかで(概要)「取締役が他の取締役の違法行為等を対外的に公表する行為は、取締役会や監査役による監督・監査権限の行使がおよそ期待できない場合や、取締役会の招集を行う時間的余裕がない場合など、取締役会等の招集によっては当該違法行為を是正することが不可能又は著しく困難といえる特段の事情のある場合を除き、許されるものではない」とされています。
2号通報、3号通報は「社内の違法行為を暴露する」ものではありませんが、善管注意義務の観点からは、取締役・監査役は監督権限、監査権限を行使することが先決であり、これらによる是正が期待できないケースに初めて外部への情報提供が可能となる、という点では先例になるものと思われます。このたび判決全文を初めて読みましたが、ほかにもガバナンスや内部統制に関連する論点があって興味深い判決です。
判決文によりますと、原監督からヘッドコーチへの就任要請を受けた江川氏は、ゴタゴタに巻き込まれることを嫌って要請を辞退されたそうです。江川さんがジャイアンツのコーチに就任していたなら、もう少しソフトバンクの強力打線を牛耳れるような投手陣を育成できたでしょうかね?うーーん・・・
※ 蛇足ですが、取締役や監査役が公益通報の主体として保護の対象となるのであれば、まだまだよくわからない論点がたくさんあります。たとえばグループ会社の取締役がグループ会社の代表取締役の違法行為を親会社に通報するケースなどは1号通報に該当するのか、3号通報になるのか(おそらくグループ通報制度があれば1号通報になるのでは?)、グループ会社の取締役が親会社の不正をマスコミに通報する場合、是正措置は必要なのか(たぶん不要だと思いますが、そうなると保護要件を満たさない?)などなど、グループ経営における企業集団内部統制との関係がむずかしそうです。公益通報者保護法は基本的に「誠実義務違反、善管注意義務違反の違法性阻却事由を定めたもの」なので、裁判になれば公平の観点から保護されるケースもあると思いますが、また理屈についてもいろいろと考えてみたいと思います。