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2020年11月18日 (水)

会社役員のコンプライアンス研修はやはり効果がある(と思う)

本日(11月17日)の朝日新聞(関西版)の一面トップで報じられているカプコン社の身代金ウイルス事件はひさびさに震えるような大事件であります。深い闇の中から社内ネットワークに侵入して機密情報を破壊し、一方で盗んだ情報を小出しに公開するということで、事件を公表した日からすでに16%も株価が下落しています。「身代金要求には絶対に応じない」といった断固たる意思は立派ですが、深い闇の中で公開されている機密情報がもし一般の人たちも閲覧可能な状況となった場合の企業価値の低下は計り知れない規模になりそうです。今後の事件の展開に注目しております(以下、本題です)。

さて、コロナ禍ではありますが、先週、東京のとても大きな某上場会社の役員コンプライアンス研修が開催されまして、2日間、研修の講師をさせていただきました。参加されたのは社長を含む社内取締役、監査役全員と執行役員の皆様です。その会社では「初めての試み」として、研修の前と後に「当社のリスクとして重大と考えている項目を3つ選んでください」というアンケート(同じ質問)への回答を(スマホを利用して)集計しました。

この「試み」を最初に聞いたとき、正直申し上げて、私は「そんな、いいオトナが研修やったくらいでリスク感覚が変わるなんてことないよなぁ。『研修の効果はなかった』という集計結果が出てしまって、むしろ逆効果じゃないの?」と不安に感じておりました。しかしながら(私の研修の内容が良かったかどうかは別として)、アンケート集計結果は、研修の前後で大きく異なりました。

10項目のうち、研修前に当該会社の役員の方々が重大リスクと考えていたのは「セクハラ」「パワハラ」「ルール・社内規定・法令違反」という項目が多かったのですが、研修後は多い順から「社内政治的な忖度」「モノが言いにくい組織風土・情報伝達における風通しの悪さ」「グループ行動規範に背く行為」の3項目が重大リスクとして挙げられました。本当に、社長や役付取締役の目の前で、このような集計結果が出たのです。これには研修の講師を務めた私も驚きましたし、責任者の方々も驚きました。

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ここからは私の推測にすぎませんが、会社の役員の皆様も「本当の不祥事の芽は何か」という点は薄々わかっておられるのではないでしょうか。ただ、確信がもてないまま日常の業務執行に勤しんでおられるわけですが、こうやって外部の人間からコンプライアンス研修を受けることで「やっぱりそうか。不祥事の根本原因は、自分がふだんからモヤモヤっと感じているところと差はないのだ」といった確信を得ることになったものと思います。そのような確信を得ることで、経営トップの目の前でも「社内政治的な忖度が重大リスク」と堂々と意見を言えるようになるのでしょう。

有識者が外からやってきて、役員の方々が知らないこと、気づいていないことを理解してもらうことも大切かもしれません。ただ、私のような「特に最先端の専門領域」を持たない弁護士でも、「皆様がふだん『こうじゃないかな・・・』と素朴に感じていることを『なるほど、やっぱり俺の想いは正しいんだ』と再認識してもらうこと」に役にたつのであれば、やはりコンプライアンス研修も重要なトレーニングの機会になります。

最近、ガバナンス改革を契機に「取締役会の多様性」が注目されるようになりましたが、私は女性役員や外国人役員を集めることが多様性ではなく、社内の取締役の多様性を引き出すことが重要だと考えるようになりました。よく不祥事の原因分析において「社内の常識と社外の常識のズレが生じていた」と言われますが、そんなに言われるほど「社内の常識」が一枚岩ではありません。それは一枚岩に見えるように忖度する空気が存在するからであり、むしろ取締役会等の重要会議において社内役員の方々が様々な意見を出し合い、最後は「企業理念」とか最近はやりの「パーパス」によって意見を統一させるプロセスこそ「取締役会の多様性」ではないか、と考えています。

毎度申し上げておりますとおり、企業の信用を毀損する不祥事は「一次不祥事」ではなく「二次不祥事」(「一次不祥事」を隠す、虚偽報告する、証拠を廃棄する、放置する・見て見ぬふりをする)にあると考えておりますが、こういった日本の組織文化に根差す「二次不祥事」を防止するためにこそ、社内役員の多様性を顕在化させる研修が必要だと思うところであります。

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コメント

ロシアや中国の事例を紹介しつつ、安易なツイッター発信も含めたサイバーセキュリティーの問題を、(主婦オバチャンを視聴者の主に置く)民放のモーニングショーで数十分かけて注意喚起をする様な時代背景の変移を感じつつ、機密情報漏えい問題を考えさせられています。
ITツールのハード製造に長けているのに、セキュリティソフトの点では玉石混交と揶揄される国内の現状では、慌ててデジタル庁設置を唱えた所で、すぐに第一線のセキュリティー人材が育つ訳もありません。そこに、突き込まれる隙があるかと。
悪意による機密情報搾取に対し、どの程度の罰則が整っているか?詳しくはありませんが、刑が軽すぎる面も助長の背景にあるのではと、危惧します。マリー・アントワネット時代の「ギロチン刑」は時代錯誤なれど、現行法令の数十倍の重罪罰則を課すぐらいにならないと、在宅勤務が増大している昨今、簡単に機密が他者に流れ続けるかと。

(コロナウィルス騒動だけが要因では無いと思いますが)
貯蓄の乏しい派遣社員が、悪者からの誘惑に負けて密かに情報を高値で売ったり、正社員でもボーナスが大幅カット/ゼロとなり、組んでいた高負荷の住宅ローン返済に窮して、同様の情報売却漏えいに加担する事が、今後多発するのでは?…と。

(古い表現で恐縮)(今の若年層に「暖簾(のれん)に傷が付く」と注意喚起してもピンと来ないかもしれませんが)
表面化しにくい社員レベルの経済的苦境に起因する、機密情報漏えいを防止する意味でも経営上層部の方々は、安易に人員リストラで業績回復を図る事より、組織として長年構築して来た貴重な諸情報を、正規/非正規の枠を越えて、福利厚生面も含めた組織一丸となって、(株価安定の面からも)初めは微細な情報でもやがては暖簾になり得る「無固定財産」を守る事に、一致団結する姿勢も求められていると思っています・・・。

投稿: にこらうす | 2020年11月18日 (水) 11時11分

TKです。
思いますに、大企業の社内役員にそもそも多様性なんてあるのでしょうか?また、研修前後でリスク認識が変わるということ自体、ボケているというか、役職に胡坐をかいているというか、そもそも重要リスクが見えていないということは役員の資格がないとしか思えません。
社外活動してる人でない限り、役員であるほど社内のことしか知らない”井の中の蛙”人間が多いのでは?

大企業⇒コアはあくまで従業員成り上がりのプロパー役員で創業者のような視野・危機感なし。世間体から申し訳程度に少数の外部者登用⇒若いころから忖度文化・ものが言いにくい⇒出世には波風立てない世渡りが最善⇒臭い物にフタの組織風土醸成

ダスキン、カネボウ、東芝、オリンパス、関電・・・最近の会社ではすてきナイスグループとか?

このような構図がまだまだ見受けられますね。CSRレポートとかコーポレートガバナンス報告書とか、書いてあることは実に立派なんですけどね。。。

日本では、不思議なことに、歴史の浅い会社でも大企業になっていく過程でこのように成長(公務員化?)してしまうように感じます。

個人的には、社員はこれまで営業避止義務のため他の収入源を確保するインセンティブを持たず、よほどの資産家でもない場合、寄らば大樹・安定志向・保身を望む人間(特に、そのように夫に望む扶養配偶者の存在)がまだまだ多いことが根本原因かと思います。役員にはまだまだ残っている年功制度もこれに拍車をかけます。株主と役員人事さえ押さえられれば、社員上がりの社長・会長が長く居座れる制度が諸悪の根源です。まあ、自分たちのクビを絞めるような自助改善などは期待できません。

改善策のキーワードは、企業の”新陳代謝”と個人の”経済的自由”を前提とした”企業活動のプロジェクト化(会社を時限的存在とし、PJの都度必要な人材を任期付きでアサイン)”かと考えます。大航海時代の冒険商人(ガバナー⇒ガバナンスの語源)のようなイメージでしょうか。

そのためには、
・不正・不祥事企業にはもっと厳しく、市場から即退場・悪質なら解散命令。代わりに上場要件緩和(入りやすく出やすく・・・海外の大学みたいですね)
・個人の収入複線化の解禁(終身雇用の禁止)

そういう意味では、コロナとは関係なく、電通の社員個人事業主化や、ベーシックインカムの議論は、”臭い物にフタして我慢する”人間を減らす試みとしては面白いと思います。
(雇い主に忖度する個人事業主とニートが増えるだけと言われればそれまでですがw)

企業の新陳代謝促進は生活の不安定化とバーターだが安定は腐敗を招く、という本質に留意した会社法制度・コーポレートガバナンスを設計しなければ、未来永劫同じことの繰り返しでしょう。

以上、多分現状日本の大組織ではまともに受け入れられないようなことを勢いでつらつら書き、支離滅裂ですいませんが、でもなにかヒントが含まれていると思っていただければ幸いです。

投稿: TK | 2020年11月18日 (水) 11時28分

TKです。
研修を受けた程度でリスク認識が変わるというのは、そもそも役員の資質があるのか疑問です。
また、社員上がりのプロパー役員に多様性を期待するのはかわいそうかもしれませんね。

投稿: TK | 2020年11月18日 (水) 11時34分

「二次不祥事」(「一次不祥事」を隠す、虚偽報告する、証拠を廃棄する、放置する・見て見ぬふりをする)そのものを当該企業だけでなく政府や関係閣僚に指摘していました。
政府との長い話し合いののち、当該企業に文書回答を求めたところ、政府や閣僚にも同報される形で回答がありました。
この文書回答は行政機関にも送信されたので、「公文書」にもなるのでは考えています。
ただし通報者である私に納得いく回答でないことは、行政機関の方の同意も得て、再度質問する旨、当該企業には伝えています。

経営陣の二次不祥事の経緯を示すメールも多数残っていても、見て見ぬふりというか意味不明の回答が政府にも共有されました。
虚しい気持ちも行政や当該企業には連絡済です。

投稿: 試行錯誤者 | 2020年11月20日 (金) 20時14分

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