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2020年12月23日 (水)

エフオーアイ粉飾事件・最高裁判決-内部監査室長の積年の恨みは晴らせたか?

昨日(12月22日)、速報版でご紹介したとおりエフオーアイ事件(多額の粉飾を隠して上場した会社の上場手続関与者に対して、エフオーアイ社の株主からの損害賠償請求事件)の最高裁判決が出ました(損害額を確定するため原審に差戻し)。原審(東京高裁)の判断を覆して、最高裁はエフ社の上場時における引受証券会社(主幹事)であるみずほ証券の損害賠償責任を認めました。主幹事証券会社に金商法21条に基づく損害賠償責任が認められるのは初めてです。

主幹事証券会社の責任根拠となる金商法21条1項4号、同条2項3号の解釈の枠組みは原審とほぼ同様と思われますが(※)、有事における信頼の原則(会計監査人と主幹事証券会社との役割分担に由来する責任限定法理)が適用される前提としての調査確認の程度については、相当程度信ぴょう性の高い匿名投書(事実上は事件当時の内部監査室長による内部告発)の内容に(主幹事証券会社が)接していたことを考慮したうえで、財務計算書類に対する会計監査人による監査手続きの十分性自体を自ら精査する必要があるとしています。

※・・・法律家の判例解説であれば、本来金融商品取引法第21条1項および2項の解説からスタートすべきですが、ブログの読者の方々に向けたお話なので、ここでは割愛させていただきます。

この点、東京高裁は(匿名投書を受け取った主幹事証券会社は)会計監査人の追加監査手続きの証憑に依拠しながら「監査結果に関する信頼性についての疑義が払拭されたと合理的に判断していれば、引受証券会社に通常要求される注意義務を尽くしたと言える」としていました。しかし、最高裁は「それだけでは粉飾の可能性を否定するに足りる監査手続きが実施されているか否かを確認したとはいえない」と判断しています。

基本的には事例判決であり、最高裁判決の射程範囲はそれほど広いものではないと思いますが、内部監査室長からみずほ証券に対して2度にわたって内部告発がなされた点(しかもその告発内容が会計監査の信用性に疑義を生じさせるに十分である点)が、主幹事証券会社の責任を認めるにあたって、大きな影響を与えたことは間違いありません。2018年4月18日付けエントリー「会計監査人、内部告発者に参考となるエフオーアイ事件高裁判決」でも述べましたが、今後、従業員が不正を指摘するにあたって、弁護士や会計士のアドバイスをもらって上手に内部告発を行えば、東証や主幹事証券会社の法的責任が問題となりうる、つまり、相当程度厳格な上場審査が必要となる、ということです。

(以下の事実の記載は、東京地裁の一審判決が認定した事実からの引用であります)エフオーアイ社の元内部監査室長による投書を受け取った主幹事証券会社は、エフオーアイ社経営陣から「あいつは精神的に不安定」「会社の和を乱しているから」といった説明を真に受けて、直接ヒアリングをすることはありませんでした(結局、その後、内部監査室長は異動されています)。もちろん、それまでに何度か主幹事証券会社も当該内部監査室長と面談をしているのですが、「なんだかプライドが高くて独善的な人」ということで、上場妨害因子だとレッテルを貼っていました。常勤監査役からの信任も得られていなかったようです。

そもそも最初に投書が届いた際、エフオーアイ社から「これは内部の不満分子によるものだ」との説明を受けたことで、主幹事証券会社は「内部の不満分子が第1投書を作成したのであれば、そもそも御社の労務管理体制自体に問題があることになる。この投書の作成者が特定されなければ御社のレピュテーションリスクが内在し続けることになる。このまま上場したければ、まずは投書者を特定し、内部者であれば社内処分をすべき」と述べています(第一審判決書130頁~131頁)。今から10年以上前の話なのでやむをえないかもしれませんが、公益通報者保護法の改正法が施行される2022年以降は、これは犯罪行為になりうるので注意が必要です(改正法12条違反行為の教唆)。

一方、主幹事証券会社の立場からすると、「東証にも同じ投書が届いたので、監査法人と東証と三者で対応を協議して、調査方法については東証も納得していたではないか。また、有事対応については顧問弁護士にも相談し、さらに大手法律事務所にも意見書をもらってOKが出ていたではないか。どうして当社だけが責任を負うのか」といった気持ちもあると思います(引受審査に関する資料の正確性を前提とした意見書だったので、そもそも資料が偽装されていたことについて思いが至らなかった点はマズいと思いますが)。このあたりが高裁での判断では重視されていたのかな・・・と。

いずれにしましても、社内で「異常者」のレッテルを貼られ、事実上の不利益処分まで受けていた元内部監査室長の告発の正当性が、ようやく認められたのではないでしょうか。改正公益通報者保護法が施行される前に、内部告発への対応に光をあてた最高裁判決が出た意味はとても大きい(公益通報者保護法の改正作業に関与してこられた宇賀先生が判事として関与していた点も見逃すことができないように思います)。

 

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コメント

「異常者」のレッテルが貼られるのが、言葉や文字を駆使出来るヒト/人類特有の集団心理から起きる現象なのか?それとも野生のライオンや渡り鳥たち、イワシやペンギン等の海洋生物類、ひょっとしたら植物の世界にも、その集団内における「異なった思考/行動をとる者」が現存しているかも知れません。
JAPANを含む民主主義を軸とする世の中では、多数意見が重視され、少数意見が(たとえ正論であっても)正当性が認められにくい…。そんな下での本件…「内部告発への対応に光をあてた最高裁判決が出た意味はとても大きい」と、括られた山口先生の本エントリーに共感する心境です。
(希望的視点:もしかしたら、著名科学者や医療専門家・政治家の知らない所で、無名の科学者が、冷遇された劣悪な研究施設の片隅で、新型コロナウィルスの特効薬又はワクチンを仕上げるノウハウを持つ人物が存在する?)人間社会における「極限の我慢」的な試練期間は、安易な根性論等の低レベルでは片付けられない境地と思いつつ、本件における「元内部監査室/室長」さんの胸中を理解出来る人間でありたい…と。最高裁機能の面目躍如の一例を、我が胸に刻む心境です。

企業会計(広義では行政予算会計でも)における粉飾類の悪事が、人間社会で完全消滅は無理でも、減衰は可能な筈。
(経済再生を本心から望むのなら、コロナウィルス感染予防の強化然り)
(僭越ですが、コロナウィルス対策の現状は、例えるなら、ハイレベル大学入試(=未知のウィルス)に、中学生(=今の人類)が挑む…そんなレベルかも?)
只、一人の人間として、連日連夜、コロナ対策に粉骨砕身で取り組んでいらっしゃる方々には、頭が下がります。恐縮です。しかし残念ながら、今回の最高裁判決の様な、正しい行為が報われる流れは多くなく、理想に程遠い現状…かと。

先日、「コロナ感染拡大は菅政権の人災だ」と野党代表が提起したという報道に触れましたが、当の代表は、令和2年9月9日付/参議院議長 山東昭子氏宛てに、「国際基準のタバコ対策を推進する議員連盟」が提出した「議員会館事務所における違法喫煙への対応の申し入れ」の中で法治主義を否定する行為と、厳罰を求められています。そんな野党代表に「では、政権交代出来たら、御主はコロナ騒動を終息出来る良策は出せるのですか?」と語気を荒げたい心境。混乱を極める現状下で、既存の法規類を遵守しつつ、良質な超党派展開含め、様々な悪事への厳罰と抑制と併せた、法治国家采配を望みます。
私は今年:1月27日のコメントで、故小松左京氏原作のシネマの紹介を記させて頂きましたが、当時の「私の憶測は、間違っていてほしい」という想い空しく…。(感染拡大中のコロナウィルスに対する現状への憂いと前後しますが)上記故人の遺作の中でも、志高い医師が「精神異常者」扱いされた事で、事件災害が甚大になった点を知って頂きたく記述しました。
(背景が小説の一節であろうと、現存する組織の一部署/立場であろうと、正当性が、騒動が大きくなってしまってから報われる…では遅いのです…と。)

(大袈裟かも知れませんが)山口先生の当ブログ/タイトルにもあります「ビジネス法務」…世界の各国で存在する法規類/各種のマナーのレベル含め:多種存在しますが、今年ほど、直接的/間接的に、多くの人が(先進国/途上国、富裕層/貧困層など)それぞれの立場で「法務の障壁」にぶつかった年はないのでは?と感じています。
毎年暮れに、世情を表す「今年の1文字」がメディアを通して紹介されますが、私は、2020年は、とても1文字では表せないと想ってきました。法治国家に住む一人として、(昭和の時代施行の法律等の改正を含む)広義の「行動変容」を、不当な扱いで困窮するビジネス戦士の方や、未知のウィルスで生死の境を彷徨っている多くの方の為にも、諸決定権を持つ立場の方に、経国済民/経世済民の原点回帰を願う心境です・・・。

投稿: にこらうす | 2020年12月23日 (水) 06時18分

山口先生 おはようございます サンダースです。
下から3行目からは、PC画面がにじんでしまいました。
コロナ禍のなかで、一筋の光明が差し込む思いで拝読いたしました。
年末で気づかずにスルーしていたことを、速報版とともにアップいただきましてありがとうございました。来年も宜しくお願い致します。

投稿: サンダース | 2020年12月23日 (水) 06時45分

消費者庁「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会」および「ワーキンググループ」座長であった宇賀克也教授が最高裁判事として関わった判決だったのですね。
2016年1月28日、当時の山王パークタワーで検討会視察された河野太郎元国家公安員会委員長、前防衛大臣、現内閣府特命担当(規制改革担当ほか)大臣の感想も聴いてみたいです。

投稿: 試行錯誤者 | 2020年12月23日 (水) 12時02分

 経営者側は、こういった身を賭した告発を「~の乱」で片付けてしまいがちかと思います。
 F監査役のT社の監査役の乱は、裁判になり、結局会社側が相当の金銭を支払う和解になりました。
 こういった事例を、経営社の方は、「ラベリング」という手抜きをせずに、正面から向き合ってほしいものです。

投稿: Kazu | 2020年12月23日 (水) 15時29分

皆様、コメントありがとうございます。ホントにそうですね。この最高裁判決の主旨がIPO関与者だけでなく、不正予防の視点から広く経営者の方々に認識されるものになれば、と思います。学者、実務家の方々が高尚な論評を書かれると思いますので、またその節は続編を書かせていただきます。

投稿: toshi | 2020年12月24日 (木) 00時41分

ガラパゴス判決ではないですかね。
まず「匿名の通報」の「匿名」というのはどうなのでしょうか。
最高裁の判決によれば、匿名の通報があったが
・売掛金の存在を売掛先の富士通が確認し、証明書を発行している
・後日、実際に富士通から入金があった
・富士通の発注書、検収書が存在する
・判決には、それらが偽造だったという事実は認められていない
・富士通に内通者がいて、その内通者にストックオプションを付与したという話は、事実と認められていない
というような状況で、それ以上何を調べろと言うのやら。匿名の通報者さんが本気なら、証明書や発注書について有印私文書偽造で刑事告発可能なのでしょうが、それもしていない。また、警察や特捜がこの証拠関係で捜査に着手するとも思えない。
金商法21条2項3号の「相当な注意」は、アメリカ証券取引法の"Due diligence"を意識したものであり、大手監査法人はすべて外資系で、外資系証券がいないと東証は成り立たないような状況で、ガラパゴス判決を出せば、東証は崩壊する。「別にNASDAQに上場すれば東証は必要ないし」という世界。それが分かっているから、法律は「相当な注意」となっていて、「善良なる管理者の注意」とはなっていない。「相当な注意」の意義を示さずに判決を出すとは、最高裁判例の意味ないでしょ。
アメリカでは"Due diligence"は「合理的な注意義務」とされ、「コスト無視の注意義務」である「善管注意義務」とは別物。監査法人が売掛金の存在を証明書取って確認しているのを確認すれば、証券会社としては「合理的な注意義務」は果たしたと言えるでしょう。
東京高裁の判決をブログで紹介されていますが、そちらの方がよっぽど法律に向き合って「相当な注意とは何か」を考えた判決になっている。

投稿: Due diligence | 2020年12月24日 (木) 03時14分

山口先生、本年もお疲れ様でした。いつも楽しみに拝見させていただいております。

粉飾決算を公益通報するメリットは従業員に無いため、内部監査室長の方がここまで戦った理由は、もっと大きな何か(犯罪行為)が当該企業で起きていたからなのではないかと邪推してしまいます。

実務をやったことのある職業的懐疑心を持った方であれば分かると思うのですが、上場企業の会計監査における売掛金の残高確認状の手続きは、粉飾しようと考えている経営社とその意向を受けた経理担当者がいれば、簡単に突破できます。
例えば、国内取引であれば、残高確認状を取引先企業の経理部門以外が受け取るように送付先住所を支店や支社に送付して相手先企業の経理が見ないように取引先企業の営業担当者に根回しして支店や支社の押印で返送してもらうように根回ししておき、見返りに値引きなどで残高確認の口裏合わせに協力してもらうなどのやり方です。たとえ売掛先が上場企業であっても、経理部門が返送しているのか、経理部門以外が返送してきているのかまでは会計監査人は追求してきません。相手先が上場企業であれば、相手先の会計監査人にも同時送付して確認してもらえば、見破れるかもしれませんが、そこまで徹底されていないため、上場企業であっても粉飾や循環取引の事案に巻き込まれるニュースが減らないのだと思います。
エフオーアイさんの場合は、主に海外取引で粉飾していたようですが、売上の98%を粉飾していたことを見破れないようであれば、上場審査や会計監査の制度自体がザルである証明をしたものだと思います。オリンパス事件を契機とした不正対応基準が制定される前の事件ですが、残高確認の口裏合わせへの対応はあまり進んでいないように思います。でんさいなど客観的に売掛金が見えない売掛金については、実印と印鑑証明添付による残高確認状の返送などにしてしまえば一気にでんさい導入率が上がるなど効率に寄与するのはないかと思います。

(毎日新聞、2010年5月29日)
有価証券報告書に記載されている2009年3月期売上高は118億円としていたが、実際は2億円程度であったことが2010年5月中旬に判明。実に98パーセントの粉飾である。実際に商品は殆ど売れておらず、倉庫に在庫が積まれていたという。
粉飾の手口は出資ファンドからの出資金を簿外に移した後で製品の売上金として計上する、つまりは海外から受注があったように見せ掛けて売上高を水増ししたり、[6]架空の仕入先に代金を振り込み、架空の売却先からの受注があったように装い入金させるなどの手口で架空の売上を計上。
(47NEWS、2010年5月13日)
上場審査時の粉飾決算が明らかになったのは初。また、新規上場から上場廃止までの7ヶ月という期間は、従来の最短記録

2012年10月27日の日経「不正会計を防ぐ」
オリンパス事件では監査法人(KPMG・EY)は「ルールに従った対応をした」と主張。ある会計士は「強制的に調査する権限がない限り、全てを調べられるわけではない」と本音をもらす。
「粉飾を見落とす会計士なんていらない」。金融庁の幹部は当時、監査法人の言い分に怒りを隠さなかった。こうして、会計監査の「不正対応基準」の議論が始まった。・・・

投稿: K | 2020年12月28日 (月) 12時27分

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