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2020年12月 2日 (水)

ESGへの取り組みは「加点重視」なのか「減点重視」なのか

本日(12月1日)の日経朝刊17面に「ESG不十分なら反対票 英運用会社、開示巡り基準(株主総会)」との見出しで、英国最大級の運用会社LGIMが、自社ESG評価基準に満たない日本企業の株主総会にて反対票を投じることを報じています。他の運用会社もそうですが、環境面における取組みに関する情報開示について、日本企業への要求レベルはとくに厳しいように感じます。

ところで上記記事などを読みますと、機関投資家が企業に要求するESG評価は、企業の情報開示を前提とした「加点主義」ではなく「減点主義」のように見えます。先日のドイツ取引所によるISS買収事例などをみても、ESGへの取組みに関する情報をデータ化して徹底した分析のもとで同業他社と比較をすることに大きな価値がある。したがって、情報を出さない企業はペナルティを課す(反対票を投じる、社名を公表する、というのもこの流れかと)ということにつながるように思えます。つまり運用会社はESG経営に関するデータがほしい、というところかと。

このように考えますと、日本企業としても「減点主義」に乗り遅れないためのESGへの取組みについては必須であり、また「やらざるをえない」といった風潮から「虚偽記載」の事例も増えてくるように思います。ただしデータ収集と分析に重点が置かれる以上、個々の企業の取組みが真に「子や孫の代まで企業価値が向上すること」に寄与するものかどうかはわかりません。たしかに「倒産リスク」は把握できるかもしれませんが「ダイバーシティ」や「取締役会の実効性」では人的資源や組織風土、他社との協働(ネットワーク)までは把握できないのではないでしょうか。

消費者や株主から「次世代まで残ってほしい」と熱望される企業になるためには、私は「加点主義のESG経営」を目指す必要があると考えています。日経ビジネスの先週号(11月23日号)では「ESGが経営の真ん中に」とのタイトルで花王と味の素の社長さんの対談レポートが掲載されていましたが、「S」(公衆衛生)に熱心に取り組むことで、逆に「E」(ゴミの増加、脱炭素に反する商品製造)に反する経営をしてしまう可能性について議論されていました。これは「加点主義」を目指すうえでとても重要な視点です。

いま大阪湾では、川の水がきれいになりすぎてプランクトンが発生しなくなったため、漁獲量が減っているそうです。兵庫県では排水基準を緩和して、できるだけ漁業を保護する方向に転換しました(たとえば読売新聞ニュースはこちら)。つまり企業の技術を発揮して環境問題に取り組めば取り組むほどエコシステム(生態系)を毀損する可能性も生じるわけでして(※1)、このあたりをどう個々の企業が克服していくか(それとも他社と協働するか)・・・というところが企業に説明が求められるところであり、「加点主義」に求められるESG経営の課題だと思います。

※1・・・たとえば気候変動への企業活動による影響を考えるならば、「脱炭素化」のように変動を食い止める「緩和策」を選択する企業と、変動することを受け入れて、その変動に人間が耐えられるための「適応策」(エコシステムの保全等はこちら)を選択する企業があるはずです(「異常気象と地球温暖化-未来に何が待っているか」鬼頭昭雄著 2015年岩波新書169頁)。

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コメント

TKです。
元大阪市民で、公害が身近な問題だった時代に生まれ育った者としては、大阪湾がキレイになるのは大歓迎です。
廃棄物やヘドロみたいのが堆積したり奇形魚が取れたりした頃を知るものとして、漁獲量が減ったからといって排水基準を緩和するというのは正直どうかと思います。一律緩和ではなく、魚にも環境にも影響の少ない排水していい成分とダメな成分の分別が必要と考えます。

というように、運用機関がESGに取り組んでないという点で一律反対票を投じるというのも、一見正解のように見えて、実は本質的解決とずれた、欧州特有の短絡的かつ表面的にスマートなふるまいに見える政治パフォーマンスでないか懸念します。

魚が減った→プランクトン増やすために公害許容、は、海に流していいものかどうかをちゃんと考えていない限り、私は反対票です(兵庫県民ではありませんがw)

投稿: TK | 2020年12月 2日 (水) 09時57分

友人の自然保護活動家兼漁師から聞いた話ですが…一見ゴミなどを見かけなくても、魚介類や藻類が皆無に等しい河川は、すでに死んでいるのだそうです。
(レイチェル・カーソンの著書を書棚から取って読み直そうと思うきっかけとなった、山口先生の本エントリーです)
現行法令スレスレのところで、個人家庭や工場/オフィスから流出する合成洗剤類の排水は、生物の生存を脅かしている…です。結果的にその流域の漁獲等の経済活動を締め付けている形でもあります。(庶民の魚としてふんだんに味わえた頃の鮎の塩焼きが懐かしい…)
地元産の魚などが希少/高値となり、加工工場は四国某県なれど、お歳暮で届いた西京焼セットの原材料表示には、「チリ産◯◯」「ベトナム産◯◯」等(商社経由で安価な?)世界中の海から水揚げ輸入された魚で、それが日本の伝統食品と称して3〜5千〜一万円のギフトと化し、JAPANのGDPの一角だとされています。

上流の森林保全を軽視し、保水能力の劣った河川では、中下流の豪雨被害も甚大の一途の昨今、マイクロプラスチック問題と併せて、国内のESG視点で法人が率先して、諸流域の持続可能能力を増強する必要が喫緊の課題と思ってきました。

(平社員でも、少し小遣いを貯めれば、職人仕上げの鰻丼を楽しめたのも過去の話…)
主にTV東京系列や、日経紙面上などでは、フードビジネスを経済視点で過剰に称賛したりしていますが、世論に見えにくい所で、生態系に甚大な負荷を与えてまでのフードビジネス活況/株価上昇を賛美する時代は、SDGs的にも逆行するのでは?と危惧します。

某コンビニによく見かける様になった、食品廃棄物を減らすが為のカードポイント加算での売れ残り減少などと言う小手先策ではなく、ニューヨークで法規制しているトランス脂肪酸の様な、根本から、エンドユーザーの持続可能なメリット対応で商いをするという長期的視野を経営の主眼に置き実践していく…今からでも遅くはないと、信じたい心境ですが・・・国内の流域/沿岸の惨状では、時すでに遅し…かも。

投稿: にこらうす | 2020年12月 3日 (木) 18時49分

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