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2021年1月30日 (土)

ポーラオルビスHD社長を被告とする驚きの東京地裁判決

さきほど午後1時に報じられた読売新聞ニュースをみてビックリしました(「契約書は偽造の可能性高い」、ポーラHD社長へ株譲渡「無効」…東京地裁判決)。取締役が社長を内部告発した事例として、2018年には注目をしておりましたが、2020年3月に関連裁判が「門前払い」判決で終わっていたため、その後は沈静化していたものと思っていました。おそらくポーラオルビスHDの株主の方々も、これで一安心と考えておられたのではないでしょうか。

しかし、昨日(1月29日)の判決(東京地裁)は、先代ポーラ化粧品社長(故人)が保有していた関係会社の株式について、同社長が現HD社長に譲渡する内容の契約書が「偽造」であるため、関係会社株式の譲渡契約は無効と判示したようです(あくまでも上記ニュースからの情報であり、判決文は読んでおりません)。ということは、この関係会社(ポーラオルビスHDの大株主)が先代社長の遺産として相続財産の中に戻ってくることとなり(遺産争いの最中です)、東証1部であるポーラオルビスHDの支配権が大きく変わる可能性がある、ということになりますΣ(・□・;)ホンマカイナ

それだけではなく、もし契約書が「偽造」とされると「あっちも偽造か?」と火の粉が飛んでくる関係者(関係法人)もいらっしゃるようで、監督官庁はどう動くのでしょうかね?いや、たいへんな状況です。今後、経済誌を含めて様々なメディアからニュースが飛び出してくると思いますので注目しておきたいと思います(いろいろと複雑な背景事情もあるのでしょうね)。

それにしても、こういったことがあるので、改正公益通報者保護法が保護対象に「会社役員」を含めた意味は大きいかもしれませんね。もちろん、まだ裁判が続くと思いますが、この内部告発をされた取締役に「会社を混乱させた」として辞任勧告を出した取締役会(監査役会も)は、今後どう対応されるのでしょうか?

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2021年1月29日 (金)

改正会社法施行直前-役員報酬のルール改訂に向けた準備(覚悟)はできてる?

30729250_1いつも会社法実務について参考にさせていただいている川井信之弁護士のブログにおいて、改正会社法および同施行規則への対応に関する有益な示唆が書かれています(取締役の個人別の報酬等の内容の決定方針に関する取締役会決議の時期について および 昨日の追記)。当ブログにお越しの皆様はご承知のとおり、3月1日より令和元年改正会社法が施行されるわけですが、取締役会改革の課題である役員報酬に関する令和元年改正条項は、行為規制も開示規制も(経過措置はなく)施行日から効力が発生します(会社法、会社法施行規則とも)。

この役員報酬規制の改正の一環として、主に上場会社では※1「取締役の個人別の報酬等(報酬、賞与、退職慰労金などの職務の対価)の金額またはその算定方法の決定に関する方針」を決定しなければならない(施行規則98条の5)とされています。社外取締役の報酬についても個人別報酬の決定方針を定めることになります。では、当該方針の決定はいつまでに取締役会で決議すべきなのでしょうか。

※1・・・正確には監査役会設置会社(公開会社であり、かつ、大会社であるもの)および監査等委員会設置会社(ただし監査等委員である取締役の報酬は除く)

川井先生も紹介しておられるように、改正法の立案担当者の解説では「報酬等の決定方針の決定を義務づけられる会社は、施行日前に報酬等の決定方針に相当する事項を決定していない場合には、施行日以後すみやかに報酬等の決定方針を決定しなければならない」とあり(旬刊商事法務2021年1月5日-15日合併号125頁)、これを読むと施行日以降に取締役会で決議をしても違法とは言えないように思われます。

しかし、私も川井先生の意見に強く同意するものでして、改正会社法の施行日である3月1日までに取締役会において上記方針の決定決議をしていなければ、どう考えても会社は3月1日以降(適法な決議がなされるまでの間)「違法状態」になるはずです。ただ、そのような違法状態を可及的速やかに是正すべく施行日以降に報酬等の決定方針を決定(取締役会で決議)すれば、違法状態が解消されるにすぎないと思います(たしか改正会社法施行日以降には上場会社等には社外取締役の選任が義務づけられますが、社外取締役が任期途中で辞任して、ひとりもいなくなった場合にも同様の状況が生じるように思います)。

もちろん、施行日以降、すみやかに決議をすれば取締役には「不作為による善管注意義務違反」が認めらないということになるわけですが、やはり「たとえ役員の法的責任が問われる事態ではなくても、上場会社として会社法違反の状況を作出することはマズイ。ぜひ2月の取締役会で審議事項及び決議事項として上程してください」と(私なら)会社側に説明するでしょうね。

私が役員を務める会社もそうですが、実際にはすでに取締役個人別の報酬等の額、算定方法の決定方針を定めている会社も多く、そのような会社では有価証券報告書やコーポレートガバナンス報告書で「概要」は開示されています。ただ、そういった上場会社でも、施行規則で定めている事項を決定しているかどうかはきちんと見直す必要があります。(もし見直さなければ、やはり会社法違反状態が発生すると考えます)。

そして、もうひとつ、役員報酬に関する改正施行規則で懸念されるのは開示規制の論点です。たとえば3月が事業年度末(6月総会)ということであれば、事業年度末までに個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針を定めているときは、個人別の報酬等の内容が、当該報酬等の決定方針に沿うものであると取締役会(指名委員会等設置会社においては報酬委員会)が判断した理由を開示しなければなりません(同施行規則121条6号ハ)。つまり3月の取締役会までに「個人別の報酬等の決定方針」を決議した会社は、その決定方針に従って各取締役に報酬が支払われたかどうかを「取締役会」でチェックをして相当性に関する判断を下さねばならない、ということです。

これからは社外・社内を問わず、すべての取締役がいくらもらっているのか、なぜその金額になっているのか、という点を取締役・監査役全員でチェックすることが原則になる、ということだと理解しています。有価証券報告書や総会参考書類に「社外取締役に期待する役割」が記載されますが、これからは(総会前にチェックできる)事業報告で「期待された役割を果たしたかどうか、その概要」が記載されることになりますので、社外取締役についても「結果と報酬が見合っているのかどうか」が審査される、ということになるのでしょうね。また、こういったチェックをしていないのであれば、監査役は取締役の善管注意義務違反を指摘しなければならない(指摘を怠れば、今度は監査役自身の善管注意義務違反になってしまう)、ということかと。

私の実務経験が浅いのかどうかはわかりませんが、役員報酬に関するこういった対応について、ほとんどの上場会社ではすでに準備(覚悟)されているのでしょうかね?それとも、こんな面倒なことになるくらいなら、個人別の報酬等の内容の決定方針の審議も含めて次年度にやろう・・・ということになるのでしょうか。しかし、その姿勢は「会社法の軽視」のみならず、報酬ガバナンスの面から取締役会の監督機能に期待する機関投資家、ガバナンス評価を自ら行いたい機関投資家にどのように映るでしょうか。

ソフトランディングに向けていろいろ考えてはいるのですが、やはり各取締役がいくらもらっているのか、これは「社長に決定を再一任」している実務慣行を維持したとしても、取締役会で開示する必要があるように思えます。「そんなの、あたりまえじゃないか」とおっしゃる方もおられるかもしれませんが、少なくとも、現状では社長以外の取締役間で、業績連動型も含めていくらもらっているのか、知らない会社のほうが多いように思います。今後は個人別の報酬を社外取締役含めてすべての取締役でチェックして、なぜ(報酬方針からみて)相当なのか理由を開示するという新しい制度を、本当に上場会社の皆様は納得しておられるのかどうか・・・、少なくとも私はまだ準備が整っていない上場会社が結構多いように思えてなりません。

最後になりますが、冒頭の写真は川井信之弁護士が執筆された初めての単著本です(川井先生、おめでとうございます!!<(_ _)>)「手にとるようにわかる会社法入門-企業法務のプロが書いた!」(川井信之著 かんき出版 2021年2月初版 電子書籍あり)おお!「かんき出版」ですか!これはスゴイ!ちなみにかんき出版のこちらの広報ページが参考になりますね。

まだAmazonでは予約受付中ですが、どういうわけか私の手元にございまして(笑)、これから拝読させていただきます。ただ、ペラペラとめくりますと、驚くことに「イラスト、図表がとても多い」。また、どうしても会社法を紹介するときは条文や参考書を引用したくなるのですが、そういった条文等の引用も一切なく、その分、川井先生が自分の言葉で説明されているので全体像がとても把握しやすい。そのあたりの決断は結構勇気が必要だったのではないかと推察します。ホント、背表紙にあるように「予備知識のないビジネスパーソン、起業家、学生の方でもゼロからわかる」会社法入門書です。「会社法入門」と名の付くご著書は神田秀樹先生(岩波新書)と前田庸先生(有斐閣)のご著書が有名ですが、なんといっても「かんき出版」さんから出されているので、おそらくたくさんの方に読まれるのでしょうね。

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2021年1月27日 (水)

企業の事業売却は取締役にとって「有事」と考える

本日(1月26日)の日経ニュースでは、「企業の事業売却、11年ぶりの多さ-鬼滅缶好調のダイドーも」との見出しで、コロナ禍において日本企業が事業の組み替えを急いでいることが報じられています。

企業の合併・買収助言大手のレコフによると、2020年に上場企業やその子会社などによる事業やグループ企業の売却が判明した件数は399件に上り、リーマン・ショック後の09年以来11年ぶりの多さだったそうです。上記ニュースの分析では、新型コロナウイルスの感染拡大による環境悪化に加え、資本効率への意識の高まりが売却を活発にしている、とのこと。

たしかに業績低迷のために「事業を売却せざるを得ない」ということで動いている企業も多いと思いますが、近時のコーポレートガバナンス改革の一環として「資本効率の向上を図ること」が推奨されているので、資源の最適配分を目的として動いている企業も増えているのではないでしょうか。なかには機関投資家から「〇〇部門(子会社)を売却せよ」と厳しいプレッシャーをかけられている会社もあります。

「事業の切り出し」が、当該企業にとってどの程度の資産規模なのかはマチマチですが、私は事業の切り出し(事業売却が中心)は、どのような規模であれ、当該企業の役員にとっては有事だという認識です。といいますのも、資源配分の変更に利害関係を有する社内および社外の関係者(たとえば従業員、取引先、顧客等)への根回し(事前説明やその優先順位)を間違えると、会社の社会的信用を毀損するような不祥事に発展するおそれがあるからです。

昨年11月、資生堂は長年お付き合いのある化粧品販売店に事前の説明もなくEC販売戦略に特化した化粧品販売を開始し、驚くことにEC戦略の対象商品について値引き販売を行いました。これまで、資生堂との厳しい取引条件を守りながら、一緒になって資生堂のブランドイメージを築き上げてきた化粧品小売店はこれに激怒したため、資生堂は昨年12月にこの販売を中止、代表取締役社長名で化粧品小売店に対して謝罪文を提出したそうです(こちらのライブドアニュースを参照)。

上記の日経記事でも取り上げられているとおり、資生堂は(ネームバリューは高いけれども)比較的低価格な商品の販売を他社に委ねて、高級価格帯の商品の製造・販売に特化する経営方針をとられるようです。資生堂のガバナンスは昔から定評がありますので、今回も前向きな事業戦略の一環として資本効率の向上策が実践されていると思いますが、その資生堂がどうして取引先事業者を敵に回すような戦略を実践してしまったのか、私自身もちょっとよくわからないところです。

上記ライブドアニュースの元ネタである東洋経済の記者は、

資生堂が値引き販売を敢行した背景には何があったのか。2019年に那須工場(栃木県)を稼働し生産能力を増強していた同社だが、そこにコロナ禍が直撃した。売上高は2020年1~9月時点で、前年同期比20%以上減少している。「工場新設とコロナ禍によって過剰になった在庫の消化を急いだからではないか」。専門店オーナーたちの指摘はおおむね一致している。

と解説されています。思えば今から20年ほどまえ、資生堂は化粧品小売店との間で「不公正な取引方法としての拘束条件付取引」の有無を巡り、独禁法上の紛争にまで発展したことは有名です。小売店の協力があって資生堂のブランドが維持されていることは、この紛争でも取り上げられていました。今回、「天下の資生堂」でさえ、事前にこのような「取引先リスク」について配慮できなかったのは、おそらく有事の意識が乏しかったからではないかと考えます。

資生堂の場合には、社長の謝罪文で収まったものの、最悪のケースは、このような紛議をきっかけとして、取引先から「日ごろの優越的地位の濫用行為」を公取委に持ち込まれたり、従業員から商品偽装や不適切な表示、あるいは労基法違反の事実を監督官庁に持ち込まれることです。つまり、事業の切り出しは、取引先や下請先、サプライチェーン、そして従業員が我慢しているトップ企業の違法行為をあぶりだす誘因となる、ということは認識しておくべきです。トップ企業にとっては通常取引かもしれませんが、相手方取引先にとっては「我慢の限界の取引」かもしれません。

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2021年1月26日 (火)

内部通報制度の理論と実務(新刊書のご紹介)

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本日開示された弁護士ドットコムの四半期決算説明資料はなかなか興味深いです。週刊東洋経済の最新号では「弁護士という職業は10年後には希望はない」とダメ押しされていましたが、我々の業界の現状と将来像を把握・展望するにはとても有用な資料ですね。ともかくクラウトサインの伸びがスゴイ(同社の収益の柱となっています)。もはやサービス事業というよりも製造業の域に達しているような気がします。私はビジネスロイヤー事業くらいしかお世話になっていませんが、将来的にはプラットフォーマーとしての地位を確立する企業になるのでしょうね。

さて、令和2年の改正公益通報者保護法や改正個人情報保護法、近時積極的に活用されている日本版司法取引(協議・合意制度)、国内法化されつつあるEU公益通報者保護指令等、日本企業における内部通報制度の改革を取り巻く法制度が大きく動き出しています。今後はさらに(行政機関への内部告発が増えることを想定して)消費者法や競争法分野における消費者、取引先保護の実効性を高めるための改革も想定され、この改革へ向けた内部通報制度の変容も議論される機会が増えるはずであります。

このような時期に、まことにタイムリーな新刊書が商事法務さんから出版されました(「内部通報制度の理論と実務」弁護士法人中央総合法律事務所編 2021年1月 商事法務)。先日、(本書をとりまとめられた)森本滋先生に恵贈賜りましたものの、実は昨年12月の時点で(裁判所の書店で目に留まった)「どうしても気になる一冊」として、購入しておりました( ゚Д゚);;スミマセン。体裁は、かつて私も執筆者として関与した「社外監査役の理論と実務」(商事法務)になんとなく似ていて、手にとると親近感が湧いてまいります。

常用雇用者が300人を超える事業者の皆様、つまり改正公益通報者保護法に基づいて「公益通報への対応体制の整備等の措置義務」を負う事業者の皆様には、改正公益通報者保護法施行時の実務レベルを認識するうえにおいての最新情報が掲載されておりますので、とてもお勧めの一冊です。「理論と実務」というタイトルからも推察されますが、かなりの分量なので、通読するよりも、各企業における現時点での課題への参考書として活用されるほうがよいかもしれません(すいません、私も通読してからご紹介しようと思いましたが、いまだ読了しておりません)。私が過去に執筆した関連書籍3冊も、各所で引用していただいておりますが、本書も原則として企業実務家向けの書籍ということで、たいへん読みやすい内容です。文中ややむずかしい用語や制度運用については、別途コラム欄を設けて実務上の運用例などと共に解説が施されている点は嬉しい。

本書のご執筆者の本意に沿うかどうかはわかりませんが、本書は「内部通報を検討している従業員」「外部第三者への情報提供(内部告発)を検討している従業員」の方にもとても参考になりお勧めできます。たとえばパワハラ相談への通報対応についても詳論されていますが、その相談窓口などの解説は、むしろ通報を検討されている方々に参考となる情報がとても豊富です。私も「なるほど、これはすぐ使えそう」と思いながら読み進めておりました。

また、私が過去に執筆した本と大きく異なるのは、私は恥ずかしながら(私のアバウトな性格に由来するのか)制度の大づかみ、周辺法領域との関係性等の記述は得意でも、実務上で問題となりそうな細かな点までは詰めきれずに出版しております。しかし、本書は規模の大きな事業者だけでなく、中小規模事業者向けの「社内規程モデル」の解説(ひな型付き)や、実務上とても悩ましい通報への対処方法の手順等、企業実務担当者にとって取扱いがむずかしい細かなプロセスにまで配慮されております(まあ、言い訳に聞こえるかもしれませんが、本書は規模の大きな企業法務系の法律事務所の中堅・若手クラスの方々がご執筆されているので、悩ましい事例への対処経験も私よりも豊富なのでしょう)。したがって、内部通報制度を支える専門家の皆様(外部窓口担当者、社内調査支援者)にも有用な一冊です。

これまで、私自身が「しっかりした通報制度の参考書」として重宝しているのは日野勝吾先生の「企業不祥事と公益通報者保護法」(2020年 有信堂)、升田純先生の「裁判からみた内部告発の法理と実務」(2008年 青林書院)ですが、本書は内部通報制度や公益通報制度の「歴史を知り」「今を知る」ことができる書籍として、今後は上記2冊と共に「しっかりした実務書」として参考にさせていただきます。

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2021年1月25日 (月)

社外取締役が増えると企業の不正リスクは高まる?

1月22日のNIKKEI Financialのコラム「金融腹話術」では、「危険な『社外取締役バブル』、競争力低下のリスク」と題して、2022年4月に始まる「プライム市場」に上場する企業は、独立社外取締役を3分の1以上入れることが求められるようになることに「競争力の低下をもたらすリスク」が生じることが指摘されています。

そもそも「優れた社外取締役を評価する市場」が存在しない日本において、大手企業の重大な経営判断を任せられる人材をどのように評価、選択できるのか、といった根源的な疑問が生じ、また、たとえ選択できたとしても、経営経験豊富な元経営者であればあるほど慎重な判断姿勢となり、リスクテイクは期待できなくなるのではないか、といった懸念が示されています。今年3月にガバナンス・コードが(2018年以来)再改訂され、企業価値向上のために社外取締役が果たすべき役割が高まる時代になるからこそ、このような懸念が重大に映るようになるのでしょうね。

上記コラムは「攻めのガバナンス」という視点からのご意見ですが、私は「守りのガバナンス」という視点からも、社外取締役の数が増えることは不祥事リスク(正確には企業自身のレピュテーションリスク)を高める一面もあると考えています。一般的には社外取締役が増えることは企業不祥事の防止に資する、と言われておりますが、みなさまご承知のとおり、決して「防止」には役に立たず、ただ不祥事が発覚した場面、つまり企業が有事に直面した際には役に立つ(場合もある)、ということだと理解しております。

ではなぜ社外取締役の数が増えると不祥事リスクも高まるのか。それは、「何が不祥事なのか」、会社の役員にとって判断することはむずかしい、ということに起因します。たとえば「改ざん」「やらせ」「偽装」「不正会計」(就業規則に定められている)「〇〇会社の社員として品位を害する行為」といった解釈は人によって異なります。社外取締役は「社外の常識」を錦の御旗として「これは(社会一般からみたら)偽装ではないか」「これは品位を害する行為ではないか。皆さんは社内の常識にとらわれすぎている!」と意見を述べる。「社外の常識」といいながら、実は「その方の常識」であったりするわけです。

もちろん社内の役員・経営幹部からすれば、きちんと説明をすれば「本件は改ざんや偽装にはあたらない」と解釈する正当な理由はあるわけですが、社外取締役との意見の相違、ひいては「取締役会を全員一致ではなく、過半数決議で通すこと」はなるべく回避したいため、再発防止のための施策を(しぶしぶ)検討するということになります。

こういったことが何度か繰り返されますと、そのうち経営者も「この問題は社外役員の方たちから批判が出る可能性があるから、役員会には上げないで処理しよう」ということになります。つまり「違法行為だから一部の役員で処理しよう」ということではなく「違法の疑いが生じる、違法だと誤解を生じさせるから一部の役員で処理しよう」という結論になるわけです。

さて、これで一件落着なら問題ないのですが、時折、この「内々で処理した問題」が表面化して、世間で「改ざん」「偽装」「ヤラセ」等が問題になるケースがあります。きちんと取締役会で議論して「違法ではない(偽装や改ざんではない)」という判断になっていれば、世間にも説明できるのですが、(議論になることが面倒だから、ということで)取締役会に上程していなかったこと(正常なプロセスを経ていないこと)が世間的には「後ろめたい気持ちがあったから役員会に上程しなかった」と理解される(推定される)ことになります。

私の経験上、これはとてもマズい。本来ならば「最後のひと手間」によって違法行為ではないことを公明正大に説明できるにもかかわらず、その「ひと手間」を惜しむことで窮地に陥るケースがあることは、あまり知られていないと思います(具体的な事例に沿って解説をしたいのですが、ここでは長くなりますので、また当職の講演等でお話をいたします)。

この「最後のひと手間をおしむこと」による不祥事リスクが、役員会に独立社外取締役の数が増えることによって高まっているように感じています。上記コラムの指摘するとおり、「攻めの経営」におけるリスクが高まる面もありますが、私はこの「守りの経営」の面でも良いことばかりではなく、熱心な社外取締役さんが増えることによるリスクについても考慮しておく必要があると考えます。

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2021年1月21日 (木)

企業の「脱炭素への取組み」は情報開示だけでなく説明責任を果たすことが求められる

本日(1月20日)の産経新聞朝刊に「取引先の脱炭素取り組み-Jフロント、定期調査へ」との見出しで、Jフロントリテイリングが今年からアパレルメーカー等の取引先企業に対して「脱炭素の取り組み状況」を定期的に確認する調査を開始する方針であることが報じられています(経済11面参照)。また、日経イブニングスクープでは、帝人が自動車部品供給体制を担う企業として、欧州基準に沿ったCO2排出量の開示を行うことを決定したことが紹介されています。

サプライチェーン全体で脱炭素への意識共有を進め、効果的な温室効果ガスの排出削減につなげるそうです。米国アップル社も、すでに取引条件として環境基準を示していますが、こういったサプライチェーン全体での脱炭素への取組みはますます進むでしょうから、上場会社だけでなく、非上場会社もESG経営への関心を高めていくことになりそうです。

とりわけ上場会社の場合には、融資や投資の対象として「脱炭素への取組み」姿勢が情報開示の対象となるので、第三者による保証も念頭に置いた情報開示の工夫が検討されます。私が社外取締役を務めている会社も、日本で16番目に国際的環境イニシアチブ「RE100」に加盟したものですから、20年、30年先の事業活動をいかにして再生エネルギーで100%賄うのか、また、他社が賄えることを支援できるのか、エナジー事業部門を通じて試行錯誤を繰り返しています。

ところで、本日の日経朝刊「私見卓見」では、こういった企業の温暖化対策の進展にとって、とても有意義な論稿が掲載されていました。国際環境経済研究所の主任研究員の方による「温暖化対策、現実的な議論を」は必読であります(ちなみに、この方の論稿は、この1月から開始された日経の「comeco(note)」の要約版なので、COMECOの字数制限がないほうの論稿(ブログ?)を読むことをお勧めいたします)。

機関投資家や金融機関の方々が、最近は企業に二酸化炭素(CO2)排出量を減らすように促していかなければならない。排出量を毎年報告させ、減少傾向にある企業が投資や融資を受けやすくなるようにしよう、とおっしゃる。これは「ごもっとも」と思う人もいるかもしれないが、その企業の排出量が減っているのは努力によるものなのか、それとも単に事業が悪化して生産量が減っていることに伴うものなのかは確認しなければならない。なかには排出量が増える要因となるものは取引先や下請先に「外だし」して自らの庭先だけをきれいにしただけかもしれない。英国は排出量を減らしたかもしれないが、それは製造業の構成比が激減したことによるものであり、製造業が減った分は中国から輸入して消費をしており、むしろ消費ベースではCO2排出量は増えているという研究もある

とのこと。環境問題に関する研究員の方々であれば当然のことかもしれませんが、私から見るとこれこそ卓見であります。先のJフロントリテイリング社のように他社の報告を受けて取引を開始する、上記発言をされた金融機関のように各企業の開示情報をチェックすることで投資する、融資するといった「ソフトロー」に重きを置いたインセンティブ(規制)の活用が今後主流になると思います。

ただ、その取組みがなぜCO2削減につながるのか、また報告や開示情報で示された数値変動が本当に脱炭素社会実現に向けた取組みから生じたものなのかどうか、その理由の説明が求められるということに思いを寄せるべきだと考えます。また、先の私見卓見の内容から推察するに、その理由説明は会社(グループ)全体の経営を理解していることが前提なので、経営者自身による説明が求められる、ということになるのでしょうね。

もちろん説明するのは専門家ではないので、おそらく「因果関係」ではなく「相関関係」の世界での説明になるはずです。ただ、多くのステークホルダーに開示情報をわかりやすく(自信を持って)説明するためには、社内における失敗の繰り返しから得られる経験、知見がとても重要ではないか・・・と社外取締役をしていて感じるところです。

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2021年1月20日 (水)

会社法制見直しと「公益資本主義vs株主資本主義」(日経ビジネスより)

日経ビジネスの最新号(2021年1月18日)スペシャルリポート「世界で始まった新たな資本主義への模索 株主偏重、転換なるか-進まぬ会社法制見直し」を読みました。フリードマンの新自由主義思想に後押しされた株主資本主義の考え方が、2020年1月のダボス会議における「ステークホルダー資本主義」への移行提言や19年8月のビジネスラウンドテーブルにおける「中長期的な企業価値向上に向けた取組み宣言」あたりから見直しの必要性が指摘され、「公益資本主義」という言葉もよく耳にするようになりました。原丈二氏の著書「公益資本主義」も、かつて拝読したことがあります。

7101mbbkwvl 2020年9月、法務省に「危機管理会社法制会議」が設置され、第1回の会議が開催されましたが、その後、同会議は法務大臣の交代によって立ち消えになったそうです。理由は「まず自民党内でしっかり議論してからの話。省内でいきなり議論すべきことではない」とのことで、会議の設置プロセスに問題があり白紙となった模様。たしかに法務省HPで「危機管理会社法制」で検索しても何も出てきませんし、旬刊商事法務の「トピックス」(9月初旬から中旬にかけてのイベント情報)を読んでも、この会議のことは一切書かれていません(森元大臣のツイッターなどに残っている会議の写真を拝見しますと、関経連会長はじめ著名な企業実務家や学者の方が委員として入っておられるようですが)。

株主以外のステークホルダーへの利益保護について、ソフトローではなく(会社法のような)ハードローの改正で対応しよう、という流れになりますと、(昭和49年商法改正「企業の社会的責任条項を盛り込むことの是非」に関する大論争を持ち出すまでもなく)さすがに会社法の法的性格に関わる大問題であり、「守旧派」と呼ばれる人でなくても大論争になると思います。

ただ、少子高齢化が進む日本社会において、アフターコロナのビジネス社会を展望したとき、山口周さんの新刊「ビジネスの未来」(59頁)で語られているように、「『成長、成長』と叫ぶこと自体が、もはや信仰の世界だ」と指摘する声も大きくなっています。株式会社制度(正確には有限責任者の存在する共同事業制度)ができて400年が経過しましたが、アダムスミスが「国富論」において株主主権主義を強く訴えたのはオランダやイギリス政府の弾圧(覇権主義)から会社制度を守るためでした。しかし、現代は株式会社が米国や中国よりも強い実質的支配権を持つほどになりました。ここに至り、会社存続の目的が改めて議論される、という流れもおそらく今後は強くなるのではないか、と感じております。

ところで、上記写真でご紹介している本は2021年1月新刊の「アクティビスト-取締役会の野蛮な侵入者」(オーウェン・ウォーカー著 日本経済新聞出版)です。私のようなネイティブの弁護士でも(日本の証券会社さんを通じて)海外の機関投資家のご相談に乗ることが増えてきたので、仕事にも役に立つと思い、さっそく読了しました。2010年ころからのアクティビストと呼ばれる投資家が、ここまでの地位を築くに至った様子が、イベントを中心に克明に描かれています(イベント後、関係会社がどうなったのか、という顛末も末尾にまとめてあります)。

そして最終章では(ネタバレで恐縮ですが)欧州各国では複雑な規制による企業防衛システムで会社が保護されていて「うま味」がないけれども、日本はアベノミクスによって狙いやすい国になり、さらに内部留保をしこたまため込んでいる企業も多いので、アジアでは最適の的(まと)であることが紹介されています。もし、会社法が国策によって改正される方向性が既定路線になってしまったのであれば、外為法の改正といった手法のみでなく、「ステークホルダー資本主義」なる考え方で会社法制の見直しが検討される、ということも可能性としてはありそうな気がしております。

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2021年1月19日 (火)

電子署名や電子スタンプ-本当に業務の効率性を向上させるのか

今朝(1月18日)の日経朝刊「迫真」では「脱ハンコに挑む(1)『世界企業に押印は不要』」との見出しで、日立やCNSの電子署名や電子スタンプが業務の効率性を飛躍的に向上させている状況が紹介されていました。社員による「ほんの少しの勇気」が社内を変える・・・。たしかに在宅勤務制度を導入する会社で「わざわざ押印のために出社する」「内部統制ルールの形式を整えるために押印をお願いする」ということが業務の効率性を阻害してしまう、というのであれば、電子署名、電子スタンプの活用は多くの企業でも検討されるべきだと思います。

ただし、ひとつ素朴な疑問が湧くのは、脱ハンコが浸透すると、決裁者としては先に誰が、どの範囲で承認したのか「見える化」されたシステムになるのでしょうか(すいません、実務がよくわかっていないので愚問かもしれませんが・・・)?たとえば根回し文化(「もう社長は先に承認しているの?」と質問する、根回しによって「〇〇部長、もう専務の承認はとってありますので」)が浸透している中で、誰が決裁したのか確認できない中で、各決裁権限者が自分の責任で承認ができるのでしょうか。

通常は社長が最後に決裁印を押すのですが、ときどき「社長案件」「至急案件」として先に社長印が押されるケースもありますね。そういった案件について「この案件は特別案件だなあ」と、トップ以外の役職員が忖度することはできるのでしょうか?また、正規の決裁権限者のリスクアプローチにより、案件によっては普通に「代印」が活用されることもありますが、そういった代印制度は一切許されず、すべて内部統制ルールに従った内容確認が必要になるのでしょうか。

さらに、決裁印が書面上ズラッと並ぶというのは、なにか事故が発生した際、もしくは不祥事が発覚した際、「私の責任ではありません。これは全体責任です」と言い逃れができる口実となり、そのことが迅速な意思決定を(巧妙に)担保しています。日経の上記記事でも示されているとおり、電子署名や電子スタンプによって「誰がどの範囲で責任を負う」といったことが明確になるのであれば、この「なんとなくみんなで責任を負う」という口実はなくなってしまうのでしょうか。

このあたりの暗黙のルールが修正されなければ、かえって意思決定に時間を要したり、(社長の意思を忖度して)決裁のやり直しが発生したり、上司の内容確認まで時間を要することになって、脱ハンコが業務の効率性を阻害することにならないのでしょうかね?ジョブ制が浸透している企業であれば問題ないと思いますが、メンバーシップ制が中心の企業組織においては、順番に押された印鑑が物語る「暗黙の意思決定システム」がむしろ業務の効率性を高めているところもあるような気がしております。

昨年頃から、私もクライアントとの間で業務委託契約書を締結する際は「電子署名」を活用することが多くなりましたので、とりわけ昨今の「対面が憚られる」ような状況では「優れモノ」だと認識しております。「契約書」をきれいに作るためではなく、「取引」を確実に執行するためのツールと考えれば、電子署名も電子スタンプも積極的に活用すべきと考えます。

ただ、これまで日本企業で使われていた決裁印の効用というものは、結構目に見えないところの労務慣行に支えられながら業務の効率性を高めてきたところもあるのではないかと。ゆえに、ある企業で業務の効率性を高めることに成功したからといって、他社でも同様に活用できるかどうかは、一度検討の余地があるように思います。

もし「脱ハンコ」を推進するのであれば、内部ルールや取引先との取引慣行を見直すことも大切ですが、その前に「決裁印をたくさん押した書類が有しているわが社の組織慣行の見直し」が先ではないでしょうか。これを言い出すのが難問かもしれません。

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2021年1月18日 (月)

コロナ禍における会計不正事件が発覚するのは3~5年後と考える

1月16日の朝日新聞朝刊7面に「不適切会計 高止まり-昨年JDIなど58社60件」と題する記事が掲載されておりました。コロナ禍においても上場会社の会計不正事件の発覚が高止まりしている、とのことで、監査法人などのチェックが厳しくなっていることも発覚の高止まりの要因であると分析されています。

ただ、記事では会計不正事件は発生してから発覚するまで、どの程度の期間を要するか・・・という点は明らかにされていません。記事で紹介されているJDI事例も、またエフオーアイ事例も、そしてUMCエレクトロニクスの事例も、(調査期間の選定理由にもよりますが)少なくとも発生から4~5年ほど経過した後に発覚しています。

昨年、私が第三者委員会の委員長を務めたハイアス&カンパニーも2015年ころから不適切な会計処理が行われていたことは報告書記載のとおりです。つまり、不適切な会計処理が開始されてから3~5年ほどは(経営者が認識しているかどうかは別として)投資家は「過去の決算数値」についても、また「将来の会計不正リスク」についても騙され続けている、ということです。赤字なのに黒字決算であったり、公募増資が行われていたり、優良企業として資本提携の対象になっていたりすると、もう目も当てられないことになってしまいます。

ところで、当ブログで何度も申し上げているとおり、コロナ禍の監査は会計監査にせよ監査役監査にせよ、かなり問題を抱えているのが現実です。私が相談を受けているかぎりにおいては、まず監査役監査は平時からの監査自体が手薄になってしまった(監査が不十分であった)企業が多く、また、会計監査においては、経理部や監査役から(財務報告の信頼性の疑義を払しょくするために)必要な情報が会計監査人に届いていない企業も多いようです。そのうえで新型コロナに起因した業績悪化が明確になってきた企業も出てきており、海外子会社だけでなく、国内グループ会社を含めて不適切な会計処理が行われている件数は間違いなく増えているはずです。

不正が発生しても、発生からそれほど時間が経過していなければ社内で(とりあえず適正に)処理できる場合も多いので、会社も株主もそれほど大きな損失を被ることもないでしょう。ただ、さすがに「あやしい」と思っても「会計処理に問題あり」と声を上げることができる環境は築かれていないはずです。上記朝日の記事で紹介されていたUMCエレクトロニクスの事例では、5件もの公益通報(申告および内部通報)によって不正疑惑が定時株主総会の直前に発覚しましたが、役職員の誰一人として総会で「粉飾の疑義」を指摘できる人がいませんでした。

昨年同様、今年も「定時株主総会は6月に開催すること」にこだわる上場会社が多いと思いますが、そうなると、とても監査の不十分性は総会でも有報でも語られませんから、不正会計のリスクはますます高まることになります。今年の6月総会では令和元年改正会社法が施行されますので「社外取締役が期待された職務を果たしたのであれば、その内容」を事業報告に記載することになりますが、ホント、大丈夫でしょうかね(^^;?

また、架空循環取引における取引相手の破たん(相手方にトラブルが発生すること)や国税による調査、株主からの調査要請などの「不正発覚の端緒」も、おそらく不正開始から数年内に偶発的に発生する可能性が高いと思われます。そうしますと、コロナ禍における会計不正事件は、これから3年~5年ほどで社会的に認知される(会社もしくは第三者から公表される)ことになるのでしょうね。

1月16日の日経朝刊3面記事では「今年の上場見通し 100社規模」と報じられており、相変わらずコロナ禍でもIPO企業の数は高い水準で推移するようです。ただ、3~5年後に上場前からの不正が発覚する、たとえ後悔して不正会計を途中で(コソっと)止めたとしても、過去の不正を東証は許してくれない、ということを前提としますと、これからIPO企業に投資をされる方はガバナンス評価を怠らないことが肝心だと思います。

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2021年1月15日 (金)

当ブログが「ココログ・人気記事ランキング」にて4位になりました(もう今後絶対にありえない)

Blog0223 ココログを開設した2005年5月以来、すでに3180本ほどのエントリーを書き続けてきましたが、当ブログの記事(今週火曜日にアップしたエントリー)が初めてココログ全体4位の閲覧数を記録いたしました(1月15日現在)。初めてお越しになる方もいらっしゃると思いますが、当ブログは企業法務関連のとてもニッチな話題を取り上げているブログです。ちなみに人気ブログランキングでは13位だそうです(同日現在)。

こんなことはこれからも絶対にないと思いますので、記念にココログのランキングページを撮影しておきました(笑)。おもしろいと感じて閲覧された方が多かったのか、おもしろくない思いで閲覧された方が多かったのかはわかりませんが(本当は解析すればすぐわかるのですが・・・)🐱、あまり世間をお騒がせすることを好まない性格なので、またおとなしく更新をいたします。

ただ、多くの方に閲覧いただけることは場末の弁護士ブロガーとしてもたいへん嬉しいことです。これからも引き続き、当ブログをよろしくお願いいたします。

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2021年1月14日 (木)

ソフトバンクvs楽天モバイル・営業秘密侵害事件-双方の主張が食い違うのは当然かも・・

本日(1月13日)の日経朝刊12面では「サイバー攻撃 広がる裏口(上)-『社内は安全』死角を突く」との見出しで、近時の情報セキュリティリスクに対する企業の内部統制(リスク管理手法)の変遷について報じられていました。これまでは外部への防御は厳しく、そして社員(内部)への監視は緩めるという手法をとる企業が多かったのですが、機密情報を盗まれてしまう事例が相次いでいるため、「ゼロトラスト(あらゆる人物や端末を信用せず、データへのアクセスがあるたびに認証するセキュリティ対策)」を前提とした対応をとる企業が増えているそうです。

とはいえ、他社との厳しい競争に打ち勝つため、業務の効率性を(発生確率が低い情報セキュリティリスクのために)犠牲にすることはできず、また技術社員の例外的取り扱いはどうしても必要な場面があります。したがって、記事に登場する大和ハウス工業の執行役員の方がおっしゃるように「火の手はあがるがすぐに消す、というのが現実解」ではないでしょうか。私の日ごろの有事対応の経験からみても、もはや攻撃から機密情報を完全に守ることは不可能であり、むしろ侵入されることを前提に、これを早期に発見して破壊する作業にこそ内部統制の資源を重点的に投入すべきと考えます。

さて、情報セキュリティといえば「営業秘密」の管理も重要ですが、すでにご承知のとおり、ソフトバンクの元社員が、同社の通信技術情報を退職日にメール添付の方法で社外に持ち出したことで逮捕されました(※)。また、同社員がすぐに楽天モバイルに中途採用で入社したことから、ソフトバンクは法人としての楽天モバイルを「自社の営業秘密を不正に取得した」として不正競争防止法違反に基づいて民事提訴する方針であることを表明しました(損害賠償請求と営業秘密の不正使用の差止請求)。そういえば昨年10月、エディオンと上新電機との間における営業秘密侵害に基づく損害賠償等請求事件の一審判決が出ましたね(エディオン側が一部勝訴、刑事事件では上新電機は不起訴処分)。

※・・・本日のニュースによれば、当該実行者は、実際には退職日まで約30回にわたり、合計170のファイルを抜き出していたそうです。今後動機の解明が待たれますが、退職から就職までのタイムラグが存在しない中で、かなり大胆な犯行のようです。

営業秘密侵害事件の法律的な解説はご専門の方々にお任せするとして、(コンプライアンス経営の視点から)私は先のサイバー攻撃の課題と同様、どんなに頑張っても重要な営業秘密の漏えいは防げないだろうと考えております。もちろん侵害事件の裁判で重要とされる「秘密管理性」の要件を満たすためにも、事前の予防は必要です。ただ、働き方改革が進むなかで、どんなに秘密保持誓約の合意をしていたとしても、またどんなに不正行為の視認性を高めていたとしても盗む人は盗みます(笑)。したがって、営業秘密を侵害された場合、もしくは不幸にして秘密を取得してしまった場合の事後対応にこそ関心を向ける(資源を重点的に投下する)必要があろうかと。(※)

※・・・もちろん、予防のための内部統制を徹底することで営業秘密の漏えいを防止する対策もあります。たとえば技術系のキーマンが存在するのであれば、そのキーマンだけを徹底してマークする(普段から社内メール等をチェックしておく)、当該キーマンが転職するということであればガーデン・リーブによって強制的に重要情報から隔離する、といったところでしょうか。しかし、これらの対策は副作用を伴いますので、会社としても相当の覚悟が必要です。

ところで、営業秘密の管理ミスや不当な取得行為が企業不祥事として登場する例はあまり見受けられません。裁判例も少なく、先のエディオンの例、ソフトバンクの例などは本当に「氷山の一角」であり、ほとんどの事例は泣き寝入りか水面下での解決となり公開されない、というのが実態だからです。営業秘密を取得した(と思われる)法人にも刑事罰が科されますが、これまで一度も適用されたこともありません(上記の上新電機も不起訴処分)。「タダ乗り」という競争上の不正を許さず、誠実な企業の営業秘密を保護するために、国の規制を強化したり、企業行動指針を策定することも考えられますが、あまり行為規範としては実効性がないような気もします。むしろ民民訴訟を活性化させることで、事後対応次第では企業のレピュテーションリスクが高まるという事態を生じさせるほうが営業秘密管理に向けてのインセンティブになりうるように思います(あくまでも私の個人的な意見ですが)。

ここ数年、新日鉄住金(当時)とボスコの例、日本ペイントと菊水化学の例などをみても、日本企業の「オープン&クローズ戦略」が推奨される中で、営業秘密の保護の社会的要請は高まっているように感じています。そして今後は(営業秘密の適正管理、不正取得防止のために)「民民裁判」を活用する風潮が広がることは十分考えられます。営業秘密を適切に守るためにも、また、不当に他社の秘密を取得しないようにするためにも、裁判手続きを活性化させることで関係企業の内部統制の強化を図る、という考え方です(※)。

※・・・たとえば平成27年の不正競争防止法改正によって、生産技術等の不正使用についての立証責任の軽減措置が導入され、同年1月の営業秘密管理指針の全面改訂により、「秘密管理性」の解釈が緩やかになされるように(要件該当性が認められやすくなるように)指針内容が変更されました。いずれも当事者が裁判を提起しやすくすることが狙いです。

また、不正行為の実行者が逮捕される等によって事件が表面化した場合、秘密が漏えいした企業については秘密管理上の問題が指摘され、一方で秘密の取得が疑われる企業については他社秘密の不正入手防止に関する問題が指摘され、どちらの法人も役員の内部統制構築義務(善管注意義務)違反による損害賠償責任が問われるおそれがあります。したがって将来のリーガルリスクを考えた場合、双方とも最初からミスを認めるはずはなく、(株主利益の最大化のために双方の取締役は全力を尽くしているわけですから)法人としてのコメントも正反対になるのは当然ではないかと思います。

カプコンのように、重要な営業秘密を盗まれて身代金を要求され、これを断固拒否するや実行犯から情報公開をちらつかせて脅される、といった悪質な事例も出ていますので、営業秘密保護のためには海外当局とのネットワークも必要かもしれません。また、刑事事件の威嚇をもって社員に営業秘密侵害の重大性を認識してもらうことも不可欠です。

ただ、特許もとらない、技術公開もしない、しっかり情報は社内で守るという戦略を第一に考えるのであれば、今後は営業秘密を日本としてどう守っていくべきか、官民で真剣に検討すべきであり、ソフトバンク・楽天モバイル事例のように、司法手続きの活用を推奨して積極的に当事者に争わせて、その裁判例の集積のなかで(判決内容だけでなく、当事者のレピュテーションリスクなども考慮しながら)ベストプラクティスを見つけることもコンプライアンス経営の実現という視点からの現実解ではないかと考えるところです。

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2021年1月12日 (火)

京セラ・サンプル偽装事件の公表-忖度しない若手社員の存在

クラウドサービス等で業績好調なサイボウズが、「私が当社の次期取締役としてふさわしい」と自薦してきた新卒1年目社員や現社長を含む計17人の役職員を、次期取締役最終候補者に選出したことが話題になっています。人から推薦されるのを待つ人間よりも、自分から「私がふさわしい」と自薦する人間のほうが取締役としての能力を発揮できる、というのが理由だそうです。新しいコーポレートガバナンスへの挑戦として

選任基準につきましても、ビジネスの経験ではなく、サイボウズの理想とする風土である「理想への共感」「公明正大」「多様な個性を重視」「自立と議論」を理解し、「理想の番人」として実行していける者を公募する

というもので、大真面目に(株主からの承認を条件に)取締役を選任するそうです。外からみると、「ひとつの話題提供」の意味が強いようにも思えましたが、社長以外の現取締役は退任する(立候補しない)、ということなので、本当に新たなガバナンスへの挑戦のようです。たしか機関投資家が求める「ダイバーシティ」には「ボード構成員の広い年齢構成」というのも含まれていましたので、これも一つの考え方なのかもしれません。また会社法に反しない範囲で、取締役の役割を自社なりに定義する、というのも斬新です。

さて、今年初の「不正発覚→特別調査委員会の設置」のリリースは、なんと京セラでしたね。京セラ社HPリリースによると、電機用樹脂ボード等6製品について、米国の第三者安全機関の認証を取得するにあたり、不適切な対応があった、とのこと。実際とは異なるサンプルを提出して認証を受けており、その認証を取得した製品の販売先は約160社に及ぶそうです。

上記内容は京セラ自身が開示しているところですが、各社報道をまとめますと、不正は約35年間続いていた(1986年ころから続いていた可能性あり)そうで、2020年11月、社内の意見交流の場で、問題の製品を担当するケミカル事業部の若手社員が報告をしたことから不正が判明したようです。なお、このケミカル事業部は、京セラが平成14年に東芝ケミカルを買収したものであり、平成28年に京セラ本体が吸収しました(注-ということは、30年前から継続していた不正というのは、そもそも京セラの内部で起きていたということではなく、東芝のグループ会社で起きていた、ということだと推測されます)。

新聞各紙でも「ベタ記事」程度の扱いであり、また京セラの業績に重大な影響を及ぼすような不正ではありませんが、やはり記事の中で気になるのが「若手社員が意見交流の場で不正を報告した」という件(くだり)です。報じられたニュースソースは会社側の広報に基づくのか、それとも別の取材源なのかはわかりませんが、30年にも及ぶ不正を社内会議の場で(ひょっとするとリモート会議か?)カミングアウトするというのは相当の覚悟(勇気?)が必要なのではないかと。それとも私の推測は世代ギャップによるバイアスが働いたものであり、いまの20代、30代の社員の方々は「不正の片棒を担ぐなんてまっぴらごめん、公表して職場環境をよくするのが当然でしょ」という感覚なのでしょうか。

そういえば2017年12月の日経ビジネス「謝罪の流儀」で報じられましたが、神戸製鋼社の孫会社「神鋼鋼線ステンレス社」でJIS強度偽装事件が発覚した事件において、これを本体神戸製鋼に報告したのは、神戸製鋼からステンレス社に派遣されて間もない社員でした。それまで何人もの出向社員がいましたが、「これはおかしいだろう」と憤って親会社に報告したのは当該社員が初めてだったそうで、この社員は本体の副社長による謝罪会見でも副社長の隣に同席していました。当該社員を同席させた理由について、神戸製鋼広報部は「この社員の姿勢こそ、当社グループとして真っ当な姿であることを社内外に示したかったから」だそうです。

いずれにしましても、本件では外部有識者を含めた特別調査委員会による事実解明、原因究明がなされるそうなので、なぜ30年もの長期間、この不正が放置されていたのか(事業承継の様子も含め)、また、この若手社員がどのような状況で不正事実を告白したのか、できれば調査の中で解明していただき、報告書の内容については明らかにしていただきたいと思います。

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2021年1月 8日 (金)

消費者法も立派なビジネス法務だと思う-消費者相談急増の事実から考える

1月8日午前0時、昨年4月以来の緊急事態宣言が首都圏一都三県に発効いたしました。おそらく大阪ももうすぐ宣言の対象になることでしょう。当事務所としても、今後の運営をまた真剣に考えなければなりませんが、とにかく元気に過ごしてまいりたいと思います。

さて、本日(1月7日)の日経朝刊社会面では「ダイエット食品 消費者相談急増-外出自粛が背景か 健康被害の訴え多く」と題して、コロナ禍における消費生活相談センターや自治体へのダイエット食品やサプリに関する相談が急増していることが報じられていました。この記事が伝えようとしているのは「在宅勤務等で『おうち時間』が増えた人が、体重を気にしたり、健康に配慮する傾向が強くなったことから、商品の効用や表示方法の適正性に関する相談が増えた」という事実です。

上記の日経記事の主旨とはやや異なりますが、私は新型コロナウイルス感染症拡大が続く今年の法務面での課題として、企業は景表法や個人情報保護法、特定商取引法に抵触するような、消費者法関連のコンプライアンス違反には、これまで以上に注意すべきである、と考えております。近時は消費者裁判手続き特例法も充実してきたので消費者契約法や改正民法(債権法改正)の運用動向にも企業は留意する必要があります。

消費者法といえば環境法とともに市民運動的な規制法のイメージで捉えられていたかもしれません。しかし、法令遵守という意味を超えて「企業の社会的信用の維持向上こそコンプライアンス経営だ」と言われる時代となりますと、消費者法も、れっきとしたビジネス法務だと確信しております。

とくに近時の消費者は、企業行動において不審に思ったこと、違和感を抱いたことがあれば(図書館に足を運ばなくても)「検索エンジン」によって時間を要することなく調べたい事項に到達することができ、また、自身の考え方への社会の共感度を知りたければSNSやWEBシステムによる意見交換の場で確認することもできます。つまり、「時間」と「空間」を簡単に買える時代の消費者は、その連帯によって企業の社会的評価を上げることもできれば下げることもできる。

もちろん理屈からいえば「ネット情報の危うさ(フェイクニュース)」や「サイレントマジョリティー(騒がれているからといって多数意見とは限らない)の存在」により、企業としては消費者の声をあまり気にする必要はないのかもしれません。ただいったん騒ぎが起きますと、将来にわたってネット検索の対象となるわけでして、企業の社会的評価の面からみて無視するわけにもいかないはずです。したがって、企業としてはできるだけ消費者に騒がれないための対策もとる必要があります。

たとえば、監督官庁から、明確に「これは景品表示法違反です」とは言われないけれども「違反のおそれのある行為です」と指摘された場合にはどうするか。海外の人種差別問題が盛り上がる中で、米国のNPO団体から「御社はこれからも『美白効果』なる言葉を広告に使いますか」と問われて、その回答に注目が集まる中、どう対応するか。某健康食品企業のトップから(差別的表現を用いて)揶揄された日本のトップ飲料メーカーが、これにどのような反論をするか等、様々な場面で消費者から注目されるわけです。いずれにおいても、問題となった事実の真否よりも企業がどう反応するのか、という企業姿勢に消費者の関心が集まります。

ところで「できるだけ消費者から騒がれないようにしたほうがよい」というのは、いかにも消極的で「ことなかれ主義」の発想のように思われるかもしれません。しかし、炎上を放置することはとてもコワイのです。消費者を相手とするコンプライアンス問題の何がコワイのかと申しますと、私が過去に取り扱った案件でも何度か失敗しましたが「騒がれている事件の背後に潜む本当の法令違反行為があぶりだされるリスク」であります。

どこの企業でも、社内常識からすれば軽微な不正とされている問題だったり、すでに地方新聞の夕刊ベタ記事で叩かれて、社内的には「一件落着」と思われていた不祥事が、消費者による騒ぎをきっかけとして表面化したり、再度取り上げられたりします(たぶん、従業員の方々や下請先、取引先の社員の方々が、消費者による騒ぎに便乗して情報提供されることが原因だと思います)。「時間」と「空間」を安く入手できる消費者は、これらの情報を上手に活用して火に油を注ぐ。むしろ、そちらの法令違反行為のほうが監督官庁も無視できないようになり、正真正銘のコンプライアンス問題に発展する、という次第です。

公明正大に「うちの会社に不正はありません!」と自信をもって宣言できる企業であれば、堂々と消費者の意見に反論すればよいでしょう。しかし、その自信がなければ、私は消費者を敵に回しかねない企業行動については敏感に対処することが得策だと考えます。

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2021年1月 7日 (木)

サクセッション・プラン(後継者育成計画)の「もうひとつの役割」について

1月7日より首都圏では緊急事態宣言が発令されるようで、関西でも首都圏への移動自粛要請が強まる気配です(大阪もかなり厳しい状況ですが)。すでに報じられているとおり、飲食店への行政指導(時短要請、休業要請)が改正政令の施行によって行われるそうですし、また特措法の改正によって飲食店への行政処分(指示、命令、公表、罰則)も可能となるようです。

しかし、そうなると要請に反して営業を続けている飲食店への行政指導、行政処分を発動するよう、市民(誰でも可)が法的根拠に基づいて申請するような事態にならないでしょうか(行政手続法36条の3、東京都行政手続条例36条等-行政法は詳しくありませんが、たぶん「適用除外例」には該当しないはず)。

「あの店舗は午後8時を超えて営業しており、お客さんがたくさん来ている。周辺にコロナによる感染のリスクが高まっているので指示、命令を発出せよ、もしくは市民が近づかないように店名を公表せよ」といった(行政権限の発動請求の)申請です。実際に指導もしくは処分を行うかどうかは別として、申請を受けた行政機関には調査義務が発生しますから、申請を放置していると行政機関(主に地方自治体)の不作為は違法行為となります。本当にそんな調査ができるほど人的資源が豊富なのでしょうか。うーーん、ナゾです。(以下本題です)

さて、最近、いくつかの上場会社のご相談とその実践結果において「なるほど、サクセッション・プラン(後継者育成計画)というのはこのような効用があるのか・・・」と納得したことがありました。もうすぐ公表される「コーポレートガバナンス・コード改訂2021」の検討会でも「企業変革」の一環としてCEOの選解任強化が謳われており、サクセッション・プランの策定は、取締役会改革の中核的な課題といえるでしょう。

もちろんサクセッション・プランの目的は「後継者候補を計画的に育成して、企業の存続リスクを軽減しながら持続的成長を図ること」にあります。オムロン、花王、りそな銀行等、すでに立派な計画を策定・開示しておられる企業もあり、VUCAの時代にふさわしい優秀な後継者を選定するためにも真剣に導入を検討しておられる会社も多いのではないでしょうか。

ただ、少し趣旨は異なりますが、長年経営トップに君臨している経営者に交代していただくための「きっかけ」としてサクセッション・プランを活用する、ということも同プランのひとつの役割ではないかと。もちろんガバナンス改革の理想からすれば、複数の社外取締役を中心とした指名諮問委員会が「あなたはもう当社のトップとしてふさわしくないので退任してください」と印籠を渡す(拒否すれば解任する)ことが求められています。しかし、実際にはトップを前にすると言い出せないわけでして、社長(会長)自身が交代時期と後継者を決める、ということが暗黙の了解になっている会社が多いと思います。

そこで「当社でも『サクセッション・プラン』を導入しましょう」と提案をして、さりげなく「あと2年ほどで交代してはいかがでしょうか」「交代後は経営に口出しできないシステムになりますが、よろしいでしょうか」といったシグナルを(暗に?)出してみることが考えられます。これであれば、いままでの社長(会長)の功労に傷をつけることもなく、また突然の退任要求とは異なりますので、社長(会長)の人脈や社内外におけるOBとしての役割を、そのまま無形資産として残しておくことも可能になります。

また、サクセッション・プランが策定されたことが社内的にも周知されれば、それこそ後継CEO候補者や役員候補者と目される人たちが育つ土壌が生まれるわけでして、指名諮問委員会としても活動が深化することになります(ただし社内において強烈な派閥争いが存在する場合には、「誰の企画なのか」と詮索されて逆効果になることもありますので、そこは上手に根回しをする必要があります)。

阪大ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を務めていたころ、同じく社外取締役を務めておられたNTTドコモの元社長さんから「山口さん、社長は業績が絶好調のときに交代しないとダメ。傾きだしてからじゃ未練を残すから」とよく聞かされました。アフターコロナなのかウィズコロナなのかはわかりませんが、以前にもましてかじ取りが難しい経営環境にありますので、サクセッション・プラン導入への拒絶反応も薄れてきたのかもしれません。計画の実践には様々な困難が伴うかもしれませんが、まず「導入ありき」で検討してみることも一考かと。

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2021年1月 6日 (水)

コロナ禍における不祥事リスクとの向きあい方-東電元エースの告白から考える

本日(1月5日)の朝日新聞WEBでは、企業不正に関与した中堅幹部の、トップに逆らえない悲哀を報じた記事が重なりました。ひとつは日産ゴーン氏・金商法違反被告事件でケリー被告の証人に立ったO氏(検察庁との間で司法取引を行った方)の証言内容を報じた記事であり、もうひとつは東京電力を数年前に退職された50代の企画部出身の方(出世街道を走っていた元エース、ここではA氏としておきます)の告白記事です。とりわけ後者の記事は、匿名であるものの、詳細な経歴と年齢、所属部、退職時期が記されており、覚悟のうえでの告白であることがわかります(有料版記事ですが、「原発事故、起こるべくして起きた」東電元エースの告白)。

東電自身による事故調査委員会が立ち上げられたとき、A氏は報告書のとりまとめを命じられたそうです。A氏が肝心の事故原因の分析結果をまとめようとしたところ、東電の当時の会長ら経営陣から厳しく「なんでお前が事後原因を決めるんだ。事実以外は書くな」と命じられたそうです。要は「想定外の事故だった」というシナリオに落とし込むことが求められていた、ということ。もちろんA氏は東電社員であるがゆえにこれに従うわけですが、これを後悔して「2002年に発覚した原発のトラブル隠しが(東電原発事故の)すべての始まりだった」と告白しています。

このトラブル隠しを契機として、東電は原子力部門の内部統制を強化することになりますが、その強化の手法は「細かな事故・不具合があれば全部報告せよ」ということで、現場には詳細な内部統制ルールの整合性が求められていた、とのこと。しかしながら、A氏が現場責任者に「もしチェルノブイリやスリーマイル島のような事故が発生した場合、放射能を外部に放射するようなリスクシナリオはないのですか」と質問したところ「そういったリスクは全部排除されているのであり得ません。安全はすでに確立しています」との回答が返ってきたそうです。

事故は起きない、起こしてはいけない、という発想でリスクマネジメントを実践することは理解できるのですが、事故は起こる、起きた時にどうするのか、という発想でリスクマネジメントを実践することも当然必要です。そのような発想が欠落しているのであれば、経営陣に法的な責任が及ぶこともありうるように思います。

もちろん電力会社が「事故は起きる、ということを想定した対策」をとれば、発電所の地域住民から「ほらみろ、運転している電力会社自身が安全でないことを認めているではないか」と厳しく指摘されます。しかし、そこを逃げずに説明を尽くすこともリスクマネジメントの実践です。「面倒なことには蓋をしろ」という姿勢は、もはや現在ではコンプライアンス違反(コンダクト・リスクの顕在化)になりそうです。

昨年4月以来の緊急事態宣言が明日にも発令され、海外とのビジネス交流も途絶えそうな状況の中で、日本企業の今後の経営環境は全く見通しが立ちません。今年から来年にかけて、「不正リスク」をはじめとする多くの事業リスクが日本企業に顕在化することは間違いないでしょう。ただ、福島原発事故から10年が経過した今日、なにか重大なリスクが顕在化したとき、企業の経営陣からは「想定外」という言葉がよく聞こえてくるようになりました(そのような言葉が出ないようにBCPも整備してきたはずだとは思うのですが・・・)。情報漏えい事件を起こした企業などは、「情報セキュリティの脆弱性については想定外だった」と言い訳するのが常套手段となりました。

もちろん、本当に想定外の事態も考えられるのですが、そもそも「事故や事件は起きる。不祥事もかならず起きる。起きたときに、御社はどう対応するのか?守るべきステークホルダーの優先順位はきちんと共有されているのか?」といったことを考えてこなかった(いや、考えてこなかった、というよりも社内での適切なコミュニケーションができていなかった、といったほうが適切でしょうか。たとえば「根拠なき安全神話」への妄信、会計不正事件の発覚を前提としたコーポレートガバナンス・コード補充原則3-2②ⅳの無視等)のであれば、もはや現状では(社外役員も含めて)取締役や監査役の善管注意義務違反と評価されてもしかたがないのではないか。

コロナ禍での会社経営は、それほどの有事に立ち至っているように思います。金融緩和政策と並び、近時の株高の根拠とされている308兆円もの手元資金が活用されるべきであれば、ESGと同様、有事を想定したリスクマネジメントという「無形資産」に投資することも不可欠だと考えます。

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2021年1月 5日 (火)

お手元のカレンダー(手帳)のご確認を・・・国民の祝日の変更(2021年のみ)

さきほど日経ニュースを読んで(恥ずかしながら)初めて気づきましたが、2020年11月の法律改正で今年の祝日は変更されているのですね。

私の15年ほど使っているDavinciの手帳も完全に違っておりまして、慌てて平日⇒祝日、祝日⇒平日の書き換えをいたしました。

具体的には 7月19日は祝日⇒平日へ 同22日は平日⇒祝日(海の日)へ 同23日は平日⇒祝日(スポーツの日)へ 8月8日は休日⇒祝日(山の日)へ 同9日は平日⇒休日へ(振替休日) 同11日は祝日⇒平日へ 10月11日は振替休日⇒平日へ

となります。東京オリンピック対応とはいえ、いやアブなかった(>_<)

「今頃、なに言うてんねん!」と笑われそうですが、ひょっとしたら私と同じ勘違いをされている方もいらっしゃるかもしれませんので、一応拡散目的でブログネタにさせていただきました。

すでに使い始めているカレンダーも、結構間違っていますので要注意ですね(笑)。取引先に配るカレンダーをギリギリになって作った会社ほど得した気分になりそうですね。

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改正公益通報者保護法-「改正(指針)の方向性」が判明

本日(1月4日)の日経朝刊法務面でも示されていたとおり、改正公益通報者保護法は2022年6月ころまでに施行されます。とりわけ常用雇用者300名を超える企業の実務に多大な影響を及ぼすものと思いますが、なかでも法的な義務とされる「内部統制の体制整備・運用の指針」「公益通報対応業務従事者の設置に関する指針」の中身がどうなるのか、とても気になるところです。

そして本日、消費者庁のHPに「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会」の第3回(2020年12月23日)開催時に配布された資料が公開されました。特に注目される資料は「(資料2)これまでの検討を踏まえて現時点において考えられる方向性」と題する資料ですね。いよいよ改正の方向性が明らかになりました。今年は当該資料に基づいて審議が行われ、3月の指針公表に向けて意見の取りまとめが行われる予定のようです。

「改正の方向性」に関する詳細は別途検討するとしまして、まずこの資料を読んで、事業者の方々に認識しておいていただきたいと思う点のみ述べておきます。ひとつめは、指針の内容は全国の常用雇用者300名を超える約14000社の皆様の関心事になるかと思いますが、それだけでなく200万社に及ぶ会社企業の方々にも参考となるように策定される、ということです。なぜなら、公益通報者は、なにも公益通報者保護法だけで保護されるわけではなく、民法や労働契約法の解釈を通じて地位が保護される可能性があるからです(平成18年の法施行前は、民法の解釈を通じて公益通報者は個別に保護されてきました)。

したがって、中小の事業者に(公益通報者保護法上の)法的義務が存在しないとしても、「指針」に沿った通報対応体制整備の努力義務はあるわけですから、改正法の趣旨は民法や労働契約法の解釈を通じて(裁判実務において)実現されることになります。そういったことも想定をして、おそらく国内の中小の事業者にも法改正の趣旨が浸透することを念頭に置いて指針が策定される、ということだと考えられます。

ふたつめは、「指針」のみならず、「指針の解説」についても法施行前に明らかにされる予定がある、という点です。これは事業者にとってはありがたいですね。法律の細かなところを「指針」で補うというものですが、その「指針」でもわかりにくいところがあるわけで、そこについては(おそらく消費者庁から)具体例などを示した解説が示されることにより、かなり安心できるのではないでしょうか。とりわけ「公益通報対応業務従事者」には「秘密漏えい(通報者を特定しうる情報の漏えい)行為」について刑事罰が科されることになりますので、罪刑法定主義の見地からも詳細な解説が出されることを希望いたします(もちろん裁判所は当該指針による解釈には拘束されませんが、やはり行政機関による解釈の存在は大きい)。

そして三つめは「内部通報窓口の在り方」の方向性が示されたことです。事業者の内部通報窓口には、公益通報の対象事実、それ以外の内部通報の対象事実などが届くわけですが、いずれにしても社内ルールにより、会社は通報への対応義務が発生します。しかし、そういった通報の受領だけでなく、これから公益通報をしたいと考えている従業員(労働者)の相談に対応することや、法令違反事実の是正(会社の是正行為)に関するモニタリングといった業務も「体制整備・運用義務」の一環として考えられている、ということです。そもそも公益通報保護法上、通報された内容が、法律上の「公益通報事実」に該当するのかどうか、実際に相談に応じてみなければわからない、という難問があります。したがって、法の趣旨を実現するためには、このように「窓口の在り方」を広めに考えなければならない、というのはやむを得ないところです。

ただ、そうなりますと、通報への対応に不満を抱いた公益通報者は、「相談対応がまずかった」とか「是正されていないのに、何もしてくれなかった」といったことで「体制整備義務違反」の事実を公益通報者保護法違反事実として新たに消費者庁に通報する、といったことも考えられます(体制整備義務違反が疑われる事業者が、当局の報告徴求に応じない場合には法22条により過料が科される←「体制整備義務違反事実」が公益通報の対象事実になる可能性が高い)。

上記の点について私が懸念しますのは、公益通報者保護法を改正して通報者の保護を強化することは良いとしても、一方で「不誠実な通報者」によって多くの通報担当社員が疲弊している、という実態が軽視されはしないだろうか、という点です。よくある例として、被通報者への調査が始まるやいなや、(ほとんどのケースで被通報者には誰が通報したのか心当たりがありますので)被通報者自身が「俺は(私は)〇〇さんに通報されてえらい被害を被っている!それに協力したのは△△さんだろが!こうなったら自力で名誉を回復するしかないではないか!」と社内で吹聴する事態となれば、「あれほど調査は秘密でといったのに、窓口担当者が秘密を洩らした」と通報者から誤った批判を受けることになります。

窓口担当者は実際には誠実に調査を行っていたにもかかわらず、濡れ衣を着せられて本業(総務や人事、内部監査、法務等)に支障を来すことにもなりかねません(通報担当者には通報に関する守秘義務がありますので、「濡れ衣を着せられた」と反論することもできないのです)。公益通報者保護法の制度趣旨を実現するためには、その担い手を元気にする運用が必要です。運用者が後ろ向きになってしまっては、そもそも通報者が(社内の問題を)通報する意欲さえ喪失してしまうでしょう。

どんなに大きな企業でも、公益通報対応の専業社員などいません。みんな本業を持ちながら通報窓口の対応に尽力しているのです。正直に申し上げるならば、みんな失敗を繰り返しながら「通報者保護と真実解明の両立」のスキルを向上させているのです。そういった対応社員が不誠実な通報に振り回されることがないよう、また、(「人権侵害の片棒を担ぐ奴ら」と罵られる等)被通報者の嫌がらせで疲弊することがないよう、運用指針が策定されることを切に希望します。そうでなければ(先日のジュリスト2020年12月号の座談会で私が述べたように)、誰も内部通報の対応業務従事者などならないでしょう(就任したからといって、とくに人事部から高い評価を受けるわけではありません)。なお「方向性」の各論についても申し上げたいことは山ほどありますが、それはまた追ってご議論させていただきたいと思います。

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2021年1月 4日 (月)

社長が知りたい「法務」の話とはいったい何だろう

昨年12月29日の日経朝刊(6面)に「日本企業、また敗れるのか」と題する梶原編集委員の論説記事が掲載されていました。今朝(1月3日)の同氏の論説「日経平均3万円の条件」(5面)とも重なる内容ですが、失敗をおそれる日本企業の文化が90年代半ばのIT革命における敗北、08年直後のリーマンショックからの復興での敗北を招き、さらに今回のコロナ後の復興でも敗北を喫する要因となる、とのこと(なるほど)。

そして、失敗をおそれる企業文化とともに、「企業の変革に必要な手つかずの課題」として取り上げられていたのが「法務部門の覚醒」です。新しいことにチャレンジするためには、経営者が法務を手元に置く必要があることが示されています。グレーゾーンにおけるリスクテイクの判断やルール・チェンジ(ルールメイキング)のための企画作りに法務を活用することはとても重要だと思いますし、ここ数年「攻めの法務」は様々なところで検討されていますね。

ただ、理屈としてはその通りなのですが、上場会社の現実をみると「法務に予算をつける権限を持つ」社長さんの意識はどうか。正直、会社の有事(不祥事やM&A、重要な株主提案等)の場面では別として、「攻めの経営」に法務を活用することを重視しておられる方は少ないように思いますし、理屈と現実の間には大きなギャップがあり、まずはこのギャップを埋める作業が必要だと考えております。

理屈からすると法務かどうかはわかりませんが(むしろアヤシイ?)、社長さんに「法務らしい」ことへの興味を持ってもらうのが、このギャップを埋める早道ではないでしょうか。ということで、私が日ごろ個人的に相談相手になっている3人ほどの社長さん(会長さん)にウケる話題はなんだろうか、と考えますと、二つしかありません。ひとつは内部統制の話です。「ガバナンス」ということになると、あまり関心を示してもらえませんが、内部統制ということですと「自分の考えが間違っていないかどうか」といった場面でよく相談の依頼があります。経営者相手ですと「意見書」など読んでくれる時間もないので、ともなく相談の場で「合ってるか、合ってないか」の判断が要求されます。

そしてもうひとつが「不祥事の他社事例」の話です。これはどの社長さんもメモをとって「なぜそんなことが起きたのか」「うちの会社と組織は似ているのか」「社長は普段からどんなことをしていたのか」と(私が知らないことまで)根掘り葉掘り質問されます。幸い、ブログを15年ほど書いているので、新聞ネタだけでなく、企業不祥事発生時の調査委員会報告書なども頭に入っていますので、あれこれと同社のビジネスに近い案件などの例をお話しするととても喜ばれます。こういったことの繰り返しで「なるほど、新しい案件を進めるにあたっては法務の話を聞かないと」といった意識が社長さんに芽生えてくるのではないかと。

この「法務らしい」「法務っぽい」というところがミソでして、私は自分の関心分野から上記の二つくらいしか話題を提供できないのですが、知財や労務、競争法など、それぞれの関心分野周辺の話題であれば何でも構わないと思うのです。「それはビジネスにとって美しい、美しくない」といった価値基準にひっかかりそうな話題であれば、結構社長さんは関心を寄せてくれるのではないでしょうか。ゼネラルカウンセルやCLOの地位にあれば別ですが、しょせん最後の経営判断は社長さんが行うわけですから。

昨年、社内のある環境問題の解決が(社内でたらい回しとなり)放置されていたところ、その問題を知った反社会的勢力から揺さぶられ、大きな不祥事に発展した事例に関与しましたが、守秘義務に反しない範囲でこのお話しすると、某社の社長さんもビックリで「やっぱりESG担当に重要な人材を配置しよう」ということになりました。「これから情報セキュリティとESGがカネになる・・・」というのは、あっちの世界の方々も同じ意見なのです。

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2021年1月 2日 (土)

謹賀新年(令和3年) 今年もよろしくお願いします。

コロナ感染が拡大する中で、まだまだ厳しい状況が続いておりますが、穏やかな新年をお過ごしでしょうか。

昨年末は紅白を視聴せずに嵐のコンサートを視聴しておりました。メンバーが終盤の挨拶の際、これまで自分たちの影武者(リハーサルのときに、忙しい嵐に代わって代役を務める方々)のひとりひとりを実名で紹介し、謝辞を述べているシーンが私には一番感動的でした。見習わないといけない点がたくさんありました。

おそらく今年も先が読めない1年になると思いますが、日本企業の法務を取り巻く状況を的確に把握して、自分自身のモノサシを決して失わずに仕事を実践していきたいと思います。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

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