いつも会社法実務について参考にさせていただいている川井信之弁護士のブログにおいて、改正会社法および同施行規則への対応に関する有益な示唆が書かれています(取締役の個人別の報酬等の内容の決定方針に関する取締役会決議の時期について および 昨日の追記)。当ブログにお越しの皆様はご承知のとおり、3月1日より令和元年改正会社法が施行されるわけですが、取締役会改革の課題である役員報酬に関する令和元年改正条項は、行為規制も開示規制も(経過措置はなく)施行日から効力が発生します(会社法、会社法施行規則とも)。
この役員報酬規制の改正の一環として、主に上場会社では※1「取締役の個人別の報酬等(報酬、賞与、退職慰労金などの職務の対価)の金額またはその算定方法の決定に関する方針」を決定しなければならない(施行規則98条の5)とされています。社外取締役の報酬についても個人別報酬の決定方針を定めることになります。では、当該方針の決定はいつまでに取締役会で決議すべきなのでしょうか。
※1・・・正確には監査役会設置会社(公開会社であり、かつ、大会社であるもの)および監査等委員会設置会社(ただし監査等委員である取締役の報酬は除く)
川井先生も紹介しておられるように、改正法の立案担当者の解説では「報酬等の決定方針の決定を義務づけられる会社は、施行日前に報酬等の決定方針に相当する事項を決定していない場合には、施行日以後すみやかに報酬等の決定方針を決定しなければならない」とあり(旬刊商事法務2021年1月5日-15日合併号125頁)、これを読むと施行日以降に取締役会で決議をしても違法とは言えないように思われます。
しかし、私も川井先生の意見に強く同意するものでして、改正会社法の施行日である3月1日までに取締役会において上記方針の決定決議をしていなければ、どう考えても会社は3月1日以降(適法な決議がなされるまでの間)「違法状態」になるはずです。ただ、そのような違法状態を可及的速やかに是正すべく施行日以降に報酬等の決定方針を決定(取締役会で決議)すれば、違法状態が解消されるにすぎないと思います(たしか改正会社法施行日以降には上場会社等には社外取締役の選任が義務づけられますが、社外取締役が任期途中で辞任して、ひとりもいなくなった場合にも同様の状況が生じるように思います)。
もちろん、施行日以降、すみやかに決議をすれば取締役には「不作為による善管注意義務違反」が認めらないということになるわけですが、やはり「たとえ役員の法的責任が問われる事態ではなくても、上場会社として会社法違反の状況を作出することはマズイ。ぜひ2月の取締役会で審議事項及び決議事項として上程してください」と(私なら)会社側に説明するでしょうね。
私が役員を務める会社もそうですが、実際にはすでに取締役個人別の報酬等の額、算定方法の決定方針を定めている会社も多く、そのような会社では有価証券報告書やコーポレートガバナンス報告書で「概要」は開示されています。ただ、そういった上場会社でも、施行規則で定めている事項を決定しているかどうかはきちんと見直す必要があります。(もし見直さなければ、やはり会社法違反状態が発生すると考えます)。
そして、もうひとつ、役員報酬に関する改正施行規則で懸念されるのは開示規制の論点です。たとえば3月が事業年度末(6月総会)ということであれば、事業年度末までに個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針を定めているときは、個人別の報酬等の内容が、当該報酬等の決定方針に沿うものであると取締役会(指名委員会等設置会社においては報酬委員会)が判断した理由を開示しなければなりません(同施行規則121条6号ハ)。つまり3月の取締役会までに「個人別の報酬等の決定方針」を決議した会社は、その決定方針に従って各取締役に報酬が支払われたかどうかを「取締役会」でチェックをして相当性に関する判断を下さねばならない、ということです。
これからは社外・社内を問わず、すべての取締役がいくらもらっているのか、なぜその金額になっているのか、という点を取締役・監査役全員でチェックすることが原則になる、ということだと理解しています。有価証券報告書や総会参考書類に「社外取締役に期待する役割」が記載されますが、これからは(総会前にチェックできる)事業報告で「期待された役割を果たしたかどうか、その概要」が記載されることになりますので、社外取締役についても「結果と報酬が見合っているのかどうか」が審査される、ということになるのでしょうね。また、こういったチェックをしていないのであれば、監査役は取締役の善管注意義務違反を指摘しなければならない(指摘を怠れば、今度は監査役自身の善管注意義務違反になってしまう)、ということかと。
私の実務経験が浅いのかどうかはわかりませんが、役員報酬に関するこういった対応について、ほとんどの上場会社ではすでに準備(覚悟)されているのでしょうかね?それとも、こんな面倒なことになるくらいなら、個人別の報酬等の内容の決定方針の審議も含めて次年度にやろう・・・ということになるのでしょうか。しかし、その姿勢は「会社法の軽視」のみならず、報酬ガバナンスの面から取締役会の監督機能に期待する機関投資家、ガバナンス評価を自ら行いたい機関投資家にどのように映るでしょうか。
ソフトランディングに向けていろいろ考えてはいるのですが、やはり各取締役がいくらもらっているのか、これは「社長に決定を再一任」している実務慣行を維持したとしても、取締役会で開示する必要があるように思えます。「そんなの、あたりまえじゃないか」とおっしゃる方もおられるかもしれませんが、少なくとも、現状では社長以外の取締役間で、業績連動型も含めていくらもらっているのか、知らない会社のほうが多いように思います。今後は個人別の報酬を社外取締役含めてすべての取締役でチェックして、なぜ(報酬方針からみて)相当なのか理由を開示するという新しい制度を、本当に上場会社の皆様は納得しておられるのかどうか・・・、少なくとも私はまだ準備が整っていない上場会社が結構多いように思えてなりません。
最後になりますが、冒頭の写真は川井信之弁護士が執筆された初めての単著本です(川井先生、おめでとうございます!!<(_ _)>)「手にとるようにわかる会社法入門-企業法務のプロが書いた!」(川井信之著 かんき出版 2021年2月初版 電子書籍あり)おお!「かんき出版」ですか!これはスゴイ!ちなみにかんき出版のこちらの広報ページが参考になりますね。
まだAmazonでは予約受付中ですが、どういうわけか私の手元にございまして(笑)、これから拝読させていただきます。ただ、ペラペラとめくりますと、驚くことに「イラスト、図表がとても多い」。また、どうしても会社法を紹介するときは条文や参考書を引用したくなるのですが、そういった条文等の引用も一切なく、その分、川井先生が自分の言葉で説明されているので全体像がとても把握しやすい。そのあたりの決断は結構勇気が必要だったのではないかと推察します。ホント、背表紙にあるように「予備知識のないビジネスパーソン、起業家、学生の方でもゼロからわかる」会社法入門書です。「会社法入門」と名の付くご著書は神田秀樹先生(岩波新書)と前田庸先生(有斐閣)のご著書が有名ですが、なんといっても「かんき出版」さんから出されているので、おそらくたくさんの方に読まれるのでしょうね。