« 2021年1月 | トップページ | 2021年3月 »

2021年2月26日 (金)

官僚の倫理研修も義務化してはどうか?-武田総務相の記者会見発言に思う

ビジネス法務とは関係ありませんが、財務省のコンプライアンス・アドバイザーを務めたり、人事院の要請等で、何度か国家公務員(幹部)の方々への倫理研修の講師を務めている者として、総務省幹部職員への処分に関する武田大臣の記者会見の発言について一言、二言。以下はNHKニュース記事からの引用です。

11人の職員がいずれも調査に対し「会食当時、東北新社が利害関係者にあたるとは思わなかった」と説明したことについて、(武田大臣は-注)「国家公務員倫理法令違反に対する認識の甘さ、知識の不足が大きな要因と考えている。日頃からの意識付けや、事前・事後のチェックなど、再発防止策を速やかに実施に移し、疑念を招くことが二度と起こらないよう全力で国民の信頼回復に努めたい」と述べました。

うーーーん、これは私の認識とは大きく相違していますね。官僚(とりわけ各部署の幹部級)の皆様は優秀だし、規範意識も高いので、「利害関係者」にあたるとは思わなかった、といった「緩さ」は考えられません。1990年代のノー〇ンしゃぶしゃぶ事件以来、国家公務員倫理審査会が毎年「企業倫理週間」を定めて、倫理規程の浸透を図っている状況からすれば、利害関係者の認識がなかったとか、倫理意識が低かったというのはありえないと思います。

むしろ、規範意識も高く、また倫理規程も熟知していながら、なぜ利害関係者にご馳走になってしまうのか・・・というところをきちんと考えるべきであり、これは企業不祥事を発生させてしまう上場会社の役職員のコンプライアンス研修と同じです。そして、このように書くと「ではやっぱり政治家からの圧力や政治家への忖度?」と考えてしまいがちですが、それも私は短絡的な考え方だと思います。

私は「なぜ文春の記者がそこにいるのか?なぜ用意周到に録音データまで握られてしまう環境にあったのか」というところにヒントがあるように思います。文春の記者だって神様じゃないわけで(笑)、なんらかの情報提供があるからこそニュースの端緒を掴めるわけです(もちろん取材源秘匿権がありますので絶対に開示されませんが)。このような環境を作ってしまう「緩さ」は、官僚の皆様方のどのような性質に由来しているのでしょうか・・・。

ちなみに、上記のような理由がまかり通るのであれば、一定の地位にある官僚の皆様には継続的な倫理研修義務を課してはいかがでしょうか。弁護士も5年~10年に一度、弁護士倫理研修を受講しなければならず、この受講義務を履行しないと懲戒処分となるおそれがあります(現に東京の先生に懲戒処分が下されました)。

倫理研修の義務化の妨げとなるのは「公務の清廉性」「公務員の無謬性」の思想だと思いますが、これだけ立て続けに倫理違反行為が起きるということは、「公務員も悪事をはたらく可能性がある(いわゆる性弱説)」「理屈ではなく、一般の国民から公務員の行動がどうみえるか」ということを前提とした対策も必要ではないかと。官僚の皆様も、倫理研修は必須として、5年ごとに受講義務を課し、「利害関係者にあたるとは思わなかった」なる理由が出てこないようにしていただきたいですね。

| | コメント (4)

2021年2月25日 (木)

中央経済社「ビジネス法務」に論稿を掲載していただきました。

Img_20210220_200343_400 2月22日の日経夕刊の1面に「買収防衛策導入-ピークから半減」との見出しで、M&A助言会社の調査によると買収防衛策を導入している企業がピーク時から半減している、と報じられています(昨年末で281社だそうです)。買収防衛策に批判的な機関投資家が増えていることから、今後も防衛策の廃止に踏み切る上場会社が増えることが想定されているようです。

ただ、非友好的買収事案が最近1年で10件以上に上る状況から、日住サービスのように(2019年に廃止したにもかかわらず)再度、買収防衛策を導入する議案を上程している会社も出てきておりますので、今後は導入すべきか、廃止すべきか(自社の株主構成なども踏まえたうえで)個社において検討される風潮も出てくるのではないでしょうか。

ところで「買収防衛策」って、(事前警告型が典型ですが)その外形にこだわり過ぎていませんでしょうか。「これが防衛策だ」といった概念が固定観念化しているわけですが、ここ15年ほどの間に社外役員の数も増えましたし、TOBルールも変わりましたし、支配権獲得を目指す議決権比率、株主総会の機能、株主とのコミュニケーションの取り方等も変わりました。最近は「(ファンドと組んだ)なんちゃってホワイトナイト事案」や「買収防衛目的で他社を買収する事案」まで登場するようになり(笑)、私からみれば事実上の買収防衛策は圧倒的に増えているように思います(大手法律事務所の功績のひとつではないでしょうか)。

このあたりの研究なくしてガバナンス・コードを改訂しても、結局は「いたちごっこ」で終わってしまうような気がしております。株主価値を高めることに熱心な経営者がすべて利他的な行動に出るわけもなく、むしろ「俺しか価値は上げられない!」と妄信しているパッションこそ、株主にとって必要ではないのか・・・と思うところもあります。要は「買収防衛策は善か悪か」といった議論ではなく、マクロの視点から「どう扱うか」といった議論が必要な時代になってきたのではないかと。

さて、中央経済社「ビジネス法務」2021年4月号におきまして、「特別企画 2020年に起きた企業不祥事とコンプライアンス強化へ向けた示唆」と題する論稿を掲載いただきました(計6頁)。昨年も「2019年に起きた・・・」というタイトルで同趣旨の論稿を掲載いただきましたが、反響が大きかったそうで、本年も6頁にわたって執筆いたしました。もちろん、法律雑誌の特別企画の一環なので、網羅的なお話しではございませんが、近年の不祥事に特徴的な点を指摘して、平時からの対応のヒントを記したものです(本当に少しでもヒントになれば幸いです)。 2月21日より、全国書店にて販売中ですので、よろしければご一読くださいませ。

| | コメント (0)

2021年2月24日 (水)

企業不祥事の発生は「必然」だが発覚は「偶然」である-小林化工事案の考察

(2月25日 事実関係に誤りがありましたので修正いたしました。ご指摘いただきまして、ありがとうございます。)

薬剤に睡眠薬が混入し、2月に業務停止命令が下された小林化工の(経営者が関与したとされる)企業不正については、すでに多くのメディアが報じています(たとえば時事通信ニュースはこちら)。福井県の名門企業であり、ジェネリック大手として地域経済の活性化にも大きく貢献している同社が、なぜ長年にわたって試験結果の捏造等の不正に手を染めていたのか・・・。

問題発覚の原因は、イトラコナゾールに睡眠薬が混入し、死亡例を含む健康被害が出たことにあります(自動車事故や転倒など、健康被害は239人にのぼるー2月8日時点)。その後の福井県による立ち入り調査で、①2人で作業すべき原料取り出し作業を1人で実施(内部統制違反)、②国に提出している手順書とは別の「裏手順書」による原料の継ぎ足し(法令違反)、③平時の立ち入り調査用に虚偽記録を作成、④品質試験結果を捏造(法令違反)、⑤長年、これらの法令違反を経営陣が黙認・放置、といった事実が明るみに出ました。

同社社長さんの会見では、「安定供給が最優先であり、決して欠品で医療関係者・患者の皆様に迷惑をかけてはいけない」「生産性の向上を図るために、できるかぎり効率的な作業を優先していた」「ジェネリックという患者様を救う新たな領域を社会に浸透させたかった」という言葉が何度か出ていました。同社の不祥事を並べると、とんでもない悪質企業のようにも思えますが、コンプライアンスを秤にかけて自らの正義に重きを置く企業はとても多い、というのが実感です。毎度申し上げるとおり、どんなに立派な企業でも不祥事は発生するのであり、同業他社としのぎを削る以上、発生は「必然」です。

今回は「たまたま」現場作業担当者のミスによって薬剤混入事件が発生したことから明るみに出たのであり(事故発生→不祥事発覚)、もし当該ミスがなければ、今も同社は福井県の地域貢献企業として、厚い内部留保のサステナビリティ・カンパニーの代表格であったはずです。

ただ、ここから先は私の推測を含むものであり、間違っていれば福井県に失礼になるのですが、本件は福井県が「本気の調査」を行ったからこそ、同社の長年の不祥事発覚に至ったのではないかと推測しております。というのも、今回の件の発端は、ひとりのベテラン内科医師による通報にあると考えられるからです(こちらのヤフーニュース参照)。

外部からの通報によって小林化工としては薬剤と健康被害との因果関係を認めて調査に乗り出すわけですが、福井県としても、医療関係者のエビデンスに基づく通報が先行している以上、性悪説に基づいた調査を徹底しなければ県民に説明がつかない。ということで、県の徹底調査によって長年の不正が一気に(しかもスピーディーに)明るみに出ることになったと思われます。なお、新聞報道された後に「会社関係者の証言」も出てきましたので、内部告発もあったと思われます。

いずれにしても、(たとえ事故が発生していたとしても)63歳のベテラン内科医師の勇気ある行動がなければ、地域の名門企業の不祥事は明るみに出なかった可能性が高く、不祥事の発覚は「偶然」です。過去の不正を是正するところまではできたとしても、これを「なかったことに」して公表しない、という企業は多いと思います。多くの企業が、本件の「63歳のベテラン医師」のような人が出てこないことに期待を寄せるのです。そして、この「偶然」を「必然」に変えていくのが公益通報者保護制度、ということになります。

ちなみに今週月曜日(2月22日)、いよいよ消費者庁HPに「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会・報告書案」が公表されました。同検討会では、企業実務に大きな影響を及ぼす改正公益通報者保護法第11条1項、同2項の指針の内容が検討されてきましたが、その全貌が見えてきました。上場会社の社長ですら「前科1犯」になりかねない法改正なので、経済団体代表委員の個別意見の内容は(公益通報に基づく社内調査の実効性を上げる、という意味では)まことに当を得たものと考えます。本報告書案に関する当職の意見はまた別途エントリーで述べたいと思います。

 

| | コメント (2)

2021年2月22日 (月)

今こそ会社法上の「会計監査人設置義務」への関心を高めよ-フタバ図書粉飾案件に思う

日曜日の夜の東京新聞ニュースでは「電子機器や服飾を含む日本の主要小売り・製造業12社が、中国新疆ウイグル自治区などでの少数民族ウイグル族に対する強制労働への関与が取引先の中国企業で確認された場合、取引を停止する方針を固めたことが21日、共同通信の取材で分かった」と報じています。先日、東京オリ・パラ元組織委員会会長の発言問題について、スポンサー企業がどのようなコメントをしたのか、という点が(比較されて)話題になっていましたが、もはや「ESGは企業価値向上に役立つか」などとフワっとした議論をしている時代ではなくなってきましたね(たいへんだぞ、これは・・・)。以下本題です。

2月20日の中国新聞デジタルのニュース「フタバ図書、10年間粉飾 在庫や資産償却を不適切記載」では、広島の書店チェーン大手のフタバ図書(非上場会社)が10年にわたって決算書に書く在庫を実際より多くしたり、固定資産の償却を小さくしたりして、不適切な計算書類を作成していたことが報じられています。また、別の中国新聞記事では、借入先の金融機関の数を少なく記載して、過小の債務総額を取引先金融機関に示していた、とも報じられていました。

これまで粉飾を説明してこなかったのは「上場会社のような開示義務がある企業を除き、企業価値を損なわないぬよう非開示が原則。信用不安からの破綻を回避しようと考えた」というのが会社側の説明だそうです。しかし、上記中国新聞の記事が正確に伝えているとすれば、この会社側の表現は誤解を招くものと思います。

上場会社ではなくても、株式会社である以上(つまり会社法が適用される会社である以上)、フタバ図書には計算書類(BSやPL)や事業報告について開示義務があります(会社法440条1項、同442条1項1号)。実際には開示義務を果たしていない非上場会社が多いことは事実ですし、また有価証券報告書の提出義務はありませんが、「法律上の開示義務がない」とは言えません。さらに、計算書類の内容についても、会社法では虚偽記載は過料の制裁が規定されていますので(同976条7号)、破綻を回避するために(会社の信用を維持するために)不適切な記載が許されるわけでもありません。

とりわけフタバ図書の場合、そもそも同社は金融機関からの借り入れだけでも総額235億円に上るということですから、会社法上の「大会社」に該当するはずです(同法2条6号。「大会社である」と断定できないのは、最終事業年度の貸借対照表に負債200億円以上が実際に計上されているかどうかはわからないため)。

ご承知の方も多いと思いますが、会社法上の大会社に該当すれば、会計監査人の設置義務がありますし(同法328条2項)、内部統制の基本方針についての決議義務も発生します(同法362条5項)。同社が会計監査人を設置していれば、まちがいなく粉飾決算を防止でき、仮に防止できないとしても、粉飾に対して早期に対応できることになり、今回のようにステークホルダーに迷惑(9割の貸付債権免除)をかけることもなかったはずです。

会社としては「当社は会計監査人設置会社である」という認識はなかったのでしょうか?あるいは、取引先金融機関として、会計監査人を設置すべきだ、と要求することはなかったのでしょうか?ぜひ、このあたりは更なるニュースで明らかにしていただきたい。

ところで、2010年に発覚した林原の会計不正事件のときにも思いましたが(2013年8月19日拙ブログエントリー「金融検査の見直しと林原の破綻」参照)、会社法上の大会社のように、会計監査人を設置しなければならないにもかかわらず、これを放置している会社が、日本にはかなり多いはずです(以前、日本公認会計士協会が、登記簿上の5億円以上の資本金を調査したことがあったように記憶しています)。林原のケースでは登記簿上の資本金5億円企業なので明確ですが、フタバ図書のように「負債額200億以上」となると、取引先金融機関でもなければ、なかなか指摘することはできないのかもしれません。

今後、金融機関も融資先の事業リスクの定量化を図り、M&A等の仲介事業なども手掛ける時代となりますと、これまで以上に融資先の会計不正には注意を向けなければならないと考えます。そうであれば、融資先に会計監査人設置義務があるのか、財務報告に関連する内部統制の構築義務があるのかどうか、という点には強い関心を示す必要があるのではないでしょうか。今回のフタバ図書の事例では「借入先金融機関の数を過少説明され、債務総額が見えにくかった」という事情があったのかもしれませんが、そもそも「会計数値」への信頼が融資業務において軽視されてきたのではないか、といった疑問がわいてきます。

当ブログでは何度も「会社法上の過料規定-976条-は時代に合わなくなってきたので、必要に応じて刑事罰規定に改正せよ」と言ってきましたが、計算書類の虚偽記載規定とともに、会計監査人の設置義務違反についても刑事罰化することが、「担保」偏重ではなく、事業リスク重視による金融機関の融資姿勢の変化を促すことになるのではないか、と考えております。

| | コメント (2)

2021年2月18日 (木)

経営者が交代すれば風通しが良くなる-曙ブレーキ検査不正事件の公表

2月16日、自動車部品大手の曙ブレーキ工業は、国内工場で製造するブレーキとその部品に関して、検査データの改ざんなど約11万4000件の不正行為があったと発表しました。不正検査があった部品のうち、自動車メーカーと取り決めた基準値に達しなかったものは約5000件あったそうです(曙ブレーキ工業2021年2月16日付け「当社国内生産子会社が製造する一部製品の定期検査報告における不適切な行為について」参照)。

なお、弁護士4名で構成された特別調査委員会報告書は開示されておらず、報告書の内容が会社名で紹介されています。また、最終報告書は昨年9月に会社が受領していたのですが、発覚した不正の内容の開示が5か月後というタイミングになっています。会計不正事件は別として、神戸製鋼、日立金属と同様、最近のグローバル企業における製品偽装事件の調査報告書はそのまま開示されないケースが増えたような気がしますね(やはり弁護士秘匿特権との関係でしょうか?-たとえば拙ブログ2018年3月27日付け「報告書の全文公表と弁護士秘匿特権の放棄」参照)。

また、再発防止策の決定や顧客への検査不正の影響調査などに時間を要したとして開示が遅くなったことについて、同社社長は「安全性の問題は発生していなかったため、緊急性を判断していなかった。安全の確認を最優先し、すべて終わった時点で報告したいと考えていた」と釈明されています(2月16日日経ニュースより)。なお、この点はとても重要なポイントですが、私なりの考えを、追って別エントリーにて述べたいと思います。

ところで、曙ブレーキ工業で2001年頃から20年来続いていた検査不正がなぜ今になって発覚したのか、という点(私が最も関心を寄せる点)ですが、こちらのニュースが詳しく報じています。一部引用しますと、

同社(注-曙ブレーキ)は事業再生ADRを申請、成立して2019年10月に新しい経営体制に移行した。同年11月に品質保証部門から社長に対して、子会社の曙ブレーキ山形製造が、ブレーキパッドの一部について、顧客に提出する定期検査報告書の数値を改ざんしていたとの報告があった。これを受けて社内調査を開始したところ、一部納入先から、曙ブレーキ岩槻が製造するディスクブレーキの定期検査報告書に不審なデータが記載されているとの指摘を受けた。

上記公表文書では明らかにされていませんが、社長会見では、2018年6月時点で社内の品質保証部門からデータ改ざんなどの不正行為について旧経営陣に報告があったものの、生産手法を変えるなどの作業を進めただけで「安全性には問題なし」として不正行為を放置していたことが明らかにされています(2月16日毎日新聞朝刊記事より)。その後、日経ニュースによると、2019年11月に品質保証部門から社内通報があった、とのこと。

曙ブレーキ工業といえば、創業一族ではない方が長期にわたり経営を支配しておられたそうですが、米国事業の不振から資金繰りが悪化し、事業再生ADR(裁判以外の紛争解決)の申請に至ったことはご承知のとおりです。2018年には前会長氏らが経営不振の責任を取って辞任し、上記ADRにおける金融機関からの承認が得られた2019年10月、日本電産で常務執行役員を務めた方が現社長として就任しています。

自動車ブレーキの世界的名門企業として、役職員にも安全品質には誇りがあったのでしょうね。上記公表文書にもありますが、たとえ取引先から要求されていた品質検査を省略したり、検査結果を偽造していたとしても、「社内検査が厳格なのだから安全性に支障が出ることはない」「要求されている検査は、ウチでやっている検査と重複感があるから、省略しても大丈夫」という気持ち、そして「お客様のために欠品を出さないことこそ部品メーカーの『正義』である」といった誇りが品質偽装を容認する「正当化理由」になってしまったと思います。

メーカーさんの製品偽装、検査偽装事件が明るみに出るたびに「コンプライアンス意識の欠如」が指摘されます。しかし、それは原因究明においての「思考停止」です。この規模の会社の社員の皆様は、決してコンプライアンス意識が低い、というわけではありません。たとえば曙ブレーキ工業の例でいえば「検査に重複感がある、過剰な品質を求められる、ということであれば、なぜトヨタや日産に契約変更を要請しなかったのですか?」「品質検査で問題が出たからジャストインタイムのシステムを止める、ということがなぜトヨタに言えないのですか?」---本当の理由はそこにあるのではないでしょうか。

そこが解消できないために、やがて「誇りは驕りに」「自信は過信に」と変わっていく組織風土の中で、品質保証部門の地位も失われていく、というのが本当の原因ではないかと考えます。つまり、(トヨタやホンダのようなティア1は別として)不正は簡単にはなくならない、不正と共存共栄で業務を継続していくしかない、ただし企業の存続に影響を及ぼす不正だけは回避する、ということです。

しかし上記のとおり、経営者が変わると「品質保証部門の叫び」が社内で通ることになります。現場の情報提供は、経営者の経営姿勢が変わらなければ活かされない、という典型事例ではないかと。皆様方の会社の社長さんはいかがでしょうか?「過去に不正をやっていたが、今はもうやってないんだから調査も公表も必要ない」と考えるのか「今はやっていなくても、過去に不正をやっていたのなら、たとえ安全性に問題がないとしても公表するのがあたりまえ」と考えるのか。この問題は、(決してきれいごとではなく)取締役会で議論すべき重要な課題だと思います。

| | コメント (2)

2021年2月16日 (火)

働き方改革が進む中での営業秘密漏えいリスク

少し前になりますが、先週木曜日(2月11日)の産経新聞朝刊「経済♯アナトミア」の一面特集として「転職で機密流出 デジタル社会の穴-賠償すリスク『持ち込ませない』対策急務」なる記事が掲載されており、近時の働き方改革が進展するなかでの営業秘密漏えいリスクの高まりを認識いたしました(産経新聞をお読みになれる方はぜひご一読をお勧めいたします)。

①警察庁の調べでは、令和元年の営業秘密侵害事案は、平成25年の5件から21件に急増していること、②先日発覚した元ソフトバンク社員による機密情報漏えい事件は(経産省担当者によると)「事件化できたのは、ソフトバンクが営業秘密対策をしっかりとっていたから(中小事業者であれば、おそらく気が付かないか、 泣き寝入りに終わるであろう)」であること、③高額の賠償リスクを考えると、持ち込まれる側の企業にも訴訟を念頭に置いた不正対策が必要となること等が示されています。

とりわけ、コロナ禍におけるテレワーク、兼業、副業等による秘密漏えいの「機会」が増加していること、DX戦略における他社とのネットワーク作り、合弁事業を前提としたオープンイノベーションの増加が、今後の営業秘密対策の必要性を高めているようです。ただ上記記事でも示されていますが、秘密漏えい対策を強化することによって、社員による業務遂行の効率性に支障が出ることにもなりますので、この二つの要請をどう調和させるかがポイントになります。ここでもやはり「事前規制的発想」から「事後規制的発想」に転換する施策が必要になるのではないでしょうか。

ところで統計的にみても転職者による営業秘密漏えい事犯の数が多いそうですが、そもそもライバル会社に転職する、というのは、当該社員の経験知見をみこまれたからですよね。では当該社員の頭の中にある営業秘密を転職先で活用することは不正競争防止法違反にあたるのでしょうか。

もちろん、転職元企業が秘密として管理していた情報をたまたま記憶していて、その情報を活用するとなれば営業秘密の侵害行為にあたるでしょう。しかし、当該社員が価値ある情報として把握していながら、いまだ転職先に伝えていない情報については、転職先で活用することは問題ない、ということになります。また、長年の経験に基づいて培ったノウハウについても、当該ノウハウがすでに知的財産権として保護されているものでなければ、当該ノウハウを活かして転職先でバリバリと働くということも不正競争防止法違反にはならない、ということでしょうね(ただし民事上の競業避止義務に違反するかどうかは別として)。

このあたりの法律問題は知的財産に詳しい専門家の方の意見をお聴きいただくべきと思いますが、上記のとおりポストコロナの時代の転職者増加の時代となれば、「頭の中に残る営業秘密」問題は、結構悩む方も多いのではないでしょうか。転職者だけでなく、転職者を受け入れる企業側も、できれば「分別管理」などの工夫のよって訴訟リスクを低減させる必要があるように思います。

| | コメント (2)

2021年2月12日 (金)

日本郵政グループ・内部通報制度検証報告書は必読-改正公益通報者保護法対応

一昨日のエントリーに、サンダースさんが「小林化工の薬物混入事件」についてコメントされていますが、私もたいへん関心をもっております(FACTAでも取り上げられていました)。同社には厚労省から業務停止命令、業務改善命令が発出されていますが、コンプライアンスという視点から、小林化工問題の一番のポイントはどこにあるのか、私なりの考えを、また別エントリーで述べたいと思います(以下本題です)。

さて、2月9日の朝日新聞(朝刊・経済面)は、日本郵政グループが内部通報制度の改善を検討していることを報じています。首都圏版も関西版も、私のコメントが顔写真付きで掲載されましたが、この記事の中でJP改革実行委員会(外部有識者が中心)による「日本郵政グループの内部通報窓口その他各種相談窓口等の仕組み及び運用状況等に係る検証報告書」(1月29日公表)が紹介されており、私のコメントも、同報告書を一読したうえでのものでした。

朝日の紙面ではやや辛口の表現でしたが、私のコメントにもあるように、自社の内部通報制度を検証して報告書の形式で開示する、という試みはきわめて斬新であり、私個人としては高く評価をしています。この報告書は、来年に施行を控えた改正公益通報者保護法にも対応できるような内部通報制度の見直しを提案しておりますので、とりわけ常用雇用者300人以上の企業(内部通報制度に関する体制整備等措置義務のある会社)の皆様が参考にするにはとても有益な内容です。当検証委員会が臨時で設置した委員会窓口だけでも195件もの通報が届いたそうですから、日本郵政グループ内での関心も高かったものと思います。

特記すべきはハラスメント通報の取扱いです。日本郵政グループでは、社内・社外の内部通報窓口とは別に、グループ会社ごとにハラスメント窓口を設置していますが、厚労省指針(セクハラ、パワハラ、マタハラ、育児介護指針)を引用しながら検証しています。ハラスメント通報の「公益通報性」を認識することは、実務ではけっこう難問ですが、まずはハラスメントに疑問を持った社員が通報しやすい環境作りに注力することを提言しています。全社的に通報への意欲を高めるためには、なんといってもハラスメント通報のハードルを低くすることが大切です。また、グループ社員のよる通報・相談の窓口のレベルを4つに分けて、重要度に応じた対策を検討している点も斬新です。

以下は、私なりの上記報告書に関する若干の意見です。改正公益通報者保護法には刑事罰や行政処分が加わりましたので、社内における対応指針作りには「行為規範としての明確性」が求められます。同報告書も、同様の考え方に立つものですが、通報制度の運用にあたっては、例外的な対応が許容される場面があることは否定できないでしょう

たとえば、内部通報を受理した、しかも公益通報だった、というケースにおいては、通報者の特定につながる情報を第三者に漏えいしてはいけません。しかし、消費者や従業員の生命、身体、財産の危機に直面している場合、司法取引やリーニエンシーを活用しなければ会社が多額の制裁金を科されたり、法人処罰を受ける場合、第三者の協力を得なければ、通報者が求める社内調査ができない場合等には、情報を第三者に提供する(もちろん最低限度ですが)ことにも合理的な理由があると考えます。そのあたりを指針にどう盛り込むべきか、かなり工夫が必要だと思います。

また、通報者が通報を取り下げる意思を示しているにもかかわらず、当該通報を端緒とする社内調査で不正の認識を得た企業としては、おそらく調査結果に基づいて有事対応に進むことになるでしょう(もちろん、ここは意見が分かれるところですので、これは私の意見です)。しかし、この有事対応の巧拙により、通報者が社内で特定される可能性が変わってくるはずです。有事に至った企業としては、対応業務従事者に守秘義務違反のおそれは生じるかもしれませんが、会社の自浄作用発揮のためにも手続きを進めていかざるを得ない。通報対応には、誰がみても100点満点の対応などありえないわけですから、現場の内部通報制度に関与する社員が自社のルールをよく理解したうえで、適宜的確に判断しなければなりません。

当該検証報告書は、わずか30頁にも満たないものですが、多数の役職員からのヒアリングも含めて、とても時間をかけて検証を行ったことが窺われます。おそらく、他社においても改正公益通報者保護法が施行される前に、自社の通報制度(内部公益通報を受け付ける体制)の見直しをされると思いますが、その際にはぜひ上記日本郵政グループの検証報告書を参考にされることをお勧めいたします。

| | コメント (1)

2021年2月10日 (水)

企業統治改革-社外取締役の「数合わせ」にはそれなりの意味(理由)がある

ときどき同じような趣旨の記事が掲載されているようにも思いますが、本日(2月9日)も日経朝刊「一目均衡」に「社外取 本質かすむ『数合わせ』」と題する証券部次長さんの意見が示されていました。3年ぶりに改訂されるコーポレートガバナンス・コードでは(プライム市場に上場予定の企業には)独立社外取締役が3分の1以上の役員構成比となることが要求されますが、これで果たして企業価値は上がるのだろうか・・・という論調です。肯定派と反対派との溝はますます深まっているそうです。

ガバナンス改革の趣旨をよくわからずに就任してしまう社外取締役の方がいらっしゃるというのもその通りですし、「希望報酬額が安いほうから5人紹介してね」と某協会にリスト開示を要望している某東証1部企業があることも知っております。ホント「アルバイト感覚」「なんちゃってガバナンス」といった実例をみますと期待と現実のギャップは埋められず、証券部次長の方がおっしゃるように「数合わせ」と言われてもしかたないのかもしれません。

「社外取締役を3分の1」「多様性に配慮した3名以上」といった要件を満たすことが企業価値の向上に役立つのかどうかは、もはや「因果関係」では議論はできず、統計学上の「相関関係」(仮説→検証)で議論せざるを得ないでしょう。ただ、それでも私は社外取締役の「数合わせ」には、とりわけ日本企業の取締役会を眺めた場合にはそれなりの合理的な意味があると考えます。

先日来、東京オリ・パラ組織委員会会長の差別発言が話題になっていますが、当該会長だけでなく、他の組織委員や評議員に対しても、発言の訂正を求めることができなかったことに批判が集まっています。同調圧力、忖度、承認欲求、成功体験によって、構成メンバーから発言訂正や辞任要求が出したくても出せない、というのは取締役会でも同様です。

上記「一目均衡」の記事のコメントとして、日本投資顧問業協会会長さんが(社外取締役に対して)「批評家然とせず、企業価値の向上に責任を持つ社外役員がもっと必要だ」と述べておられますが、批評家然とせず、価値向上に責任を持つためには、社外取締役の意見がきちんと役員会で通る可能性のある環境が必要です。私はそのためには10人の取締役のうち、3人は社外取締役が必要と考えます。2019年11月に現役の社外取締役の方々に登壇いただいた日本コーポレートガバナンス・ネットワークのシンポでも、「2人と3人では全然違う」というのが登壇者の意見でした。

たしかに、従来から異論を述べる社外取締役はいらっしゃいました。ただ、マネジメントボード(アドバイザリーボード)の時代における1人の社外役員の異論だと、社長(議長)から「貴重なご意見を承りました。今後の経営の参考にいたしますので、今回はどうかご理解を」で終わり。社内の取締役・監査役の皆様の「同調圧力の岩盤」は到底崩れません。

しかしモニタリングボードの時代における社外取締役3人の異論となると(10分の3)、社内取締役にも反対意見を述べる雰囲気が醸成され、多数決をとるまでもなく議案は取り下げられるケースが多いと思います。さらに、社外3人から社長の辞任要求があれば、社内取締役にも「忖度」「同調圧力」の呪縛が解けるおそれが生じるため、社長は退任を検討せざるを得ない状況に追い込まれます。つまり「企業価値に責任を持つ」ためには、「多数決」というしこりを残すことなく社外役員の要望が役員会で通る(同調圧力を排除した)環境を形成する必要がある、ということです。

ただ、独立社外取締役が3人以上いたとしても、けっして同じ意見でまとまるわけではありません。最大の問題は「この会社の社外取締役さんは、誰の紹介で候補者になったのか」という点です。「経営者団体での社長のお知り合い」ということでは、もはや上記のような対応は期待できないですよね。したがって、機関投資家の方々が社外取締役と対話をすることがあれば、まず最初に「あなたは誰の紹介で候補者になったのか」と質問することです。このひとつの質問に対する回答によって、その会社のガバナンスへの思いが伝わるものと考えます。

上記オリ・パラ組織委員会会長の発言問題では、同組織委員会には「わきまえた委員」が多数おられるそうですが、では日本の上場会社にとって「わきまえた社外取締役」はいったいどんなイメージなのか、そもそもガバナンス改革が求めるのは「わきまえた社外取締役」なのか、ぜひ有識者の方々にお聴きしてみたいものです。

| | コメント (4)

2021年2月 9日 (火)

会計士協会・監査役協会共同声明-3月期決算への対応はむずかしい(と思う)

2月4日、日本公認会計士協会と日本監査役協会の連名で「2021年3月期決算への対応について」と題する共同声明が出されました(たとえば日本監査役協会HPより)。①新型コロナウイルス感染症拡大が企業業績に及ぼす影響から「監査リスク」を適切に把握すること、②在宅勤務が推奨されるご時世、直接訪問や対面による監査手続きに代わる手法を検討すること等が強く要望されています。

以前から申し上げているとおり、コロナ禍における監査手続き(とりわけ会計監査)が十分に実践できない状況はやむを得ないものなので、まちがいなく上場会社(およびそのグループ会社)における会計不正事件は増えているはずです(ただし顕在化するのは3年~5年後)。そのような会計不正の兆候を早期に把握するためにも、この時期に監査責任者の団体が共同声明を出されることについてはまことにタイムリーなものと考えます。

ただ、リアルな監査手続きの代替手法であるリモート監査や電子化書類の閲覧が、往査手続きと比較して監査リスクを低減させるに十分な手法であるかといえば、かなり厳しい見方をせざるをえないでしょう。その理由を以下3つ述べたいと思います。

まずひとつが五感で認識できる往査と画面越しで言葉、視覚、聴覚で認識できるリモート監査は不正の兆候を把握するには格段の差があるという点です。たとえばアイ・エックス・アイ事件(架空循環取引)の際、同社の監査役が「どうもおかしいなあ」と感じたのは、同社の開発したソフト(無形資産)が記録されていたCDが「廊下や倉庫のあちこちに転がっていた」という現状を往査で認識したことによるものでした(同社監査役の法廷証言より)。ホントに完成前の成果物であれば、もっと機密保護のための対策がなされているはずなのに・・・という素朴な監査役の疑問から、これは真剣に監査しなければとの思いが浮かんだのです。リモート監査では、このような状況は期待できません。

ふたつめが「会計監査人と監査役との協働」です。これはコミュニケーションという意味ですが、私はコロナ禍でも可能な限り、監査役と会計監査人とはリアルにコミュニケーションを図る時間を作るべきと考えます。たとえば昨年、私が第三者委員会の委員長を務めた事件(会計不正)では、同社の監査役と会計監査人との間で同じ不正を見つめながらも、その認識に齟齬が生じました。

1通の「取締役不正に関する提訴請求書」が監査役のもとに届くわけですが、その書面をみて、監査役3名は「某取締役の不正支出」(資金流出)の疑惑に関心を持ちました。その後のリモートによる会計監査人との協議会において、この提訴請求が話題に上りましたが、当該協議会では監査役の問題意識を共有しただけで終わってしまいました。もし、この協議会がリアルに開催されていれば、会計監査人は書面をみて「これは費用の項目に問題があり、計上すべきでない費用に計上されているために資産が不当に増えている(ソフト開発)、つまり虚偽記載が問題ではないか」との認識を早期に監査役と共有することができました(実際は会計監査人が指摘した事項が大問題でした)。監査担当者の問題意識の共有は、リモート会議ではむずかしいことを痛感しました。

そして三つめが電子化書類の閲覧の限界です。先日、こちらのエントリーで、ポーラオルビスHDの経営者が「株式譲渡契約書の有効性」を争う裁判(東京地裁)で敗訴したことを紹介しましたが、裁判所が「契約書は偽造」と判断する根拠となった証拠は、原告側(元社長側)が執念でつきとめた「作成日付けを遡らせた株価算定書」の存在が決め手のようです(ダイヤモンドオンライン記事転載のこちらの記事参照)。原告側は公認会計士らが使用した相続税申告書作成ソフトウェアを特定し、作成日付以降にしか当該ソフトは販売されていないので、物理的にバックデートでしか(当該株価算定書は)作りえないということを証明したそうです。

「ん?これってなんか変じゃない?」といった最初の疑惑は、用意された紙ベースの書類の綴じ方だったり、印刷の不自然さだったり、担当者の対応への違和感です。この違和感がなければ、上記のような執念の調査に及ぶインセンティブが生じません。あたかもチェックリストに丸を付けていくような定型的な監査手続きなら問題ありませんが、不正を発見するための監査には電子化書類のチェックでは限界があるのも当然かと思います。

もちろん、会計監査人によるAI監査の手法なども代替ツールとして考えられます。ただ、「おかしい」と声を上げるために必要な疑惑を抱けるところまでAI監査は進んでいるのでしょうか。もしそのような事例がありましたらご教示いただければありがたいです。

コロナ禍でも業績が回復してきた企業であれば誘因は少ないと思います。しかし、なかなか出口が見えない企業では、なんとしても業績を良くみせたい、と考えるのが経営陣の気持ちです。そのような状況で、たとえ不正が発見できなくても「おかしい」と声を上げるためには、ふだんよりも監査手続きが重要だという社内の共通認識が必要ではないでしょうか。つまり監査する側だけが熱心になるだけでなく、監査される側も歩み寄る姿勢がなければ会計不正事件の早期発見は到底困難、というのが私の意見であります。

| | コメント (3)

2021年2月 8日 (月)

日本製鉄→東京製綱・敵対的TOBに関する素朴な疑問

日本製鉄がワイヤロープ国内最大手の東京製綱に対して行っている株式公開買い付け(TOB)について、東京製綱は2月4日に反対する考えを表明しました。コロナ禍において日本企業の事業再編の流れが速くなり、敵対的買収案件もこれから増えそうな気配です。

日本製鉄は東京製綱の筆頭株主で、これまで同社の業績改善や経営陣の刷新を求めてきましたが、対応が不十分との理由で、1月22日にTOBを開始しました。約24億円を投じて、持ち株比率を現在の9・91%から最大19・91%に引き上げることを目指すそうです(目標に到達しない場合には市場から買います、とのこと)。

先週金曜日(2月5日)、EDNETで日本製鉄が公表した東京製綱からの質問に対する回答内容からの抜粋ですが、私は以下の両社のやりとりから素朴な疑問を抱きました。ちなみに、私は本事案については全く利害関係がなく、場外の野次馬にすぎません。

<対象者からの質問>
(6)実際に、本公開買付けの公表後、当社の顧客等から懸念の問合わせが来ております。具体的には、本件に対する当社の意見表明の内容によっては、貴社が当社への材料供給等に関して何かしら不利益を課すことを考えておられるのではないかとの懸念であります。このような懸念に対し、当社の主要サプライヤーである貴社は、どの様なご見解をお持ちか具体的にご教示ください。

<公開買付者の回答>
本公開買付届出書に記載のとおり、本公開買付けの目的は、対象者がガバナンス体制の機能不全等の経営上の問題を抱えているにもかかわらず、それらの問題に対する有効な対応策を講じず、継続して業績が悪化している状況を踏まえ、対象者株式の追加取得を通じて対象者の企業価値向上へのコミットメントを高めつつ、対象者の企業価値を回復・向上させるために必要な対象者の経営体制及びガバナンス体制の再構築を促すことで、対象者の企業価値の回復・向上に寄与することにあります。公開買付者としては、対象者による意見表明の内容にかかわらず、対象者以外の特殊線材の顧客との関係と同じく、今後もこれまでと同様に対象者との間で公正な取引関係を継続してまいりたいと考えております。なお、本公開買付けの終了後においても、互いに独立した上場企業として、これまでと同様の公正な取引関係を継続していくことが、対象者の顧客の皆様の利益にも適うものと考えております。

まず、日本製鉄のTOBの狙いは本当に東京製綱のガバナンス向上による企業価値向上にあるのでしょうか。もしそのような理由であれば過半数の株式保有を目指さねばガバナンスの向上を業績向上に結び付けることは難しいはずですが、なぜ20%未満の株式保有を目指すのでしょうか。私は日本製鉄による企業結合(垂直的統合)の事前審査には時間がかかるので、どうしてもこれを回避したい、という理由が日本製鉄側にあるからではないか、と推測いたします(企業結合ガイドラインを参考にした私の勝手な推測です。ただ、そのあたりの「さぐり」が東京製綱の上記質問には出ているのではないでしょうか)。

つぎに、仮に公正取引委員会による事前審査を回避する目的があるとすれば、日本製鉄はなぜ堂々と公正取引委員会からの「お墨付き」をもらおうとしないのでしょうか。日本製鉄と東京製綱の企業規模からすれば、株式取得に要する費用を日本製鉄側がケチる理由はないわけですから、垂直的統合が生じるものの、経済的な分析によれば「市場集中」のおそれは予測できないため「実質的な競争制限の状況」には至らない、との公取委の判断が下され、今後は事後規制である「優越的地位の濫用」といった独禁法リスクを低減できるメリットもあるように思えます。

ちなみに鋼材・線材の調達の世界では、国内におけるメインサプライヤーは、日本製鉄と神戸製鋼の2社しかないはずで、いわば、東京製綱は日本製鉄の意向を汲まざるを得ない立場です。しかし、鉄鋼業界全体が不況に見舞われている中、東京製綱は、日本製鉄以外からの調達を実現してコストダウンを図る必要もあります。そこで、「外国製の線材を」ということになり、そこに長年にわたり、外国企業とビジネス関係を築いてきたのが、日本製鉄出身の現会長のようです。日本製鉄側は、この会長が長年会長として君臨していること自体がガバナンス上の問題だと指摘していますが、本当にこれまでそのような問題は東京製綱側に明確に指摘されてこられたのでしょうか。

そして最後の疑問が、日本製鉄が東京製綱に対して持分法適用会社にせずに支配権を及ぼすのであれば、他の株主との協調的行動が必要になりますが、そのための理由としてガバナンスの問題点を指摘しているのではないか・・・という推測です。先日、村上ファンド関連の「レノ」が自動車部品大手のヨロズの敵対的買収防衛策の廃止を盛り込んだ定款変更議案を臨時株主総会に上程しましたが、特別多数の要件には満たないももの、なんと49%もの賛同票が得られました。ESG関連の理由によって役員選任議案で他の機関投資家の協力を要請する、ということはとてもハードルが低くなっています。つまり、TOB成立後の他の株主との協調的行動を見越した理由としてガバナンス上の問題を指摘しているように思えるのですが、いかがなものでしょうか。

株式取得による企業結合といえば、2年ほど前の東芝メディカルをめぐる富士フイルムとキヤノンとの買収合戦を思い起こします(もちろん事案の性質は異なりますが)。なんでもあり、のキヤノンの手法を公取委は厳しく指摘しましたが、日本を代表する企業であり、これまでも歴史的な企業結合事案を経験されてきた日本製鉄なので、今回は正々堂々と敵対的TOBに臨んでおられるものと思います。ただ、企業価値向上を目的としてガバナンスに関する問題点を指摘していた、いやそんな指摘は受けたことがない、といった基本的なところで事実関係に争いがあるものですから、どうしても上記のような素朴な疑問がぬぐい切れません。また、3月8日に向けた両社の動きを注視しておきたいと思います。

| | コメント (0)

2021年2月 6日 (土)

中央経済社「企業会計」に論稿を掲載していただきました。

Img_20210204_140740_512 2月4日発売の中央経済社「企業会計」(2021年3月号)に、「会計監査の視点から公益通報者保護法の改正を考える」と題する論稿を執筆いたしました。同誌の今年1月号からの巻頭ページ「Accounting Synergy」(カラー刷り)に掲載されています。2022年から施行される改正公益通報者保護法について、「会計監査人や会計士資格を有する社外役員が通報を受領した場合」を想定して解説したものです。

詳しい方はご存じのとおり、改正法の内容を具体化する「指針」策定作業が進んでいる途中なので、実務への影響が明確になっていないところもありますが、進行中の検討会の議論なども踏まえながら執筆いたしました。最近の会計不正事件をみても(また、私が不正調査を担当した事件でも)、社員から会計監査人に内部通報がなされるケース、社員から東証や金融庁、あるいは機関投資家に内部告発がなされて、各ステークホルダーから会計監査人に調査依頼が届くケース等、多くの事例で内部通報を含む「公益通報」が会計不正の端緒となっています。

公益通報保護法上の対応業務従事者には(情報漏えいについて)刑事罰を含めた制裁措置があり(ただし、会計監査人が「対応業務従事者」となるかどうかは現在のところは不明-策定中の「指針」次第でしょう)、また、たとえ「対応業務従事者」に該当せずとも、公認会計士法上の秘密保持義務に関わる問題も考えられることから、改正法への監査法人の準備は必須です。その準備にあたっての参考にしていただければ幸いです。全国書店にて発売中なので、ご興味がございましたらぜひお読みください。

| | コメント (0)

2021年2月 5日 (金)

法務部門の活躍に期待します-契約書の見直しよりも取引の見直しに関与する

Img_0220_400本日(2月4日)は朝から午後8時まで、日経WEBニュースのランキング1位はずっと三菱電機の設計不正を報じた記事でした。このニュースのトーンからすると第三者委員会を設置して事実関係を調べる必要があるように思うのですが、先日の日立金属や3年前の神戸製鋼の品質偽装調査と同様、「弁護士秘密特権を失えば海外訴訟が不利になる」という点に配慮してか、外部の調査委員による調査はやらない、ということなのでしょうか。

さて、首都圏、関西圏を中心に、緊急事態宣言が延長されることとなり、大企業を中心に「出社7割削減」のための施策も継続されるようです。大阪でも状況に改善がみられる場合には3月7日を待たずに宣言が解除される可能性もある、とのことで、当事務所も(もうひと頑張り)感染対策を強化いたします。ということで(?)、本日は在宅勤務に関連する話題です。

今週月曜日(2月1日)の日経朝刊法務面では「契約書、2割が見直し-押印の削減・廃止(対外文書も押印廃止・削減進む)」との見出しで、リモートワークの障壁とされている日本のハンコ文化が少しずつ「脱ハンコ」社会へと進んでいる状況が(最先端を行く企業の実例を引用して)紹介されていました。日経の調査に回答した121社の集計結果をもとにしたアンケート調査なので「かなり押印廃止に関心を持っている企業のうち」ということになりますが、新型コロナウイルス感染症拡大として、社内書類の押印廃止や削減を行ったと回答した企業が57%に上ったそうです。

そのうち、とくに「契約書の押印廃止・削減」を実践した企業は回答企業全体の2割だそうで、たとえばサントリーホールディングスでは、契約書の作成や支払いなどの業務をオンラインで完結させる新システムを2020年から導入したそうです(2022年にはサントリーグループ全社員が利用可能になる、とのこと)。押印のために出社するような事態をなくし、またクラウド型の電子契約システムを活用し、経費の削減を図るそうです。

このような契約書作成業務のオンライン化などは、サントリーのような巨大企業だからできる・・・とも思われがちですが、そもそもサントリーホールディングスでは、契約書作成業務の電子化(オンライン化)が最終目的ではなく、法務部門が現場の取引業務のデザインに関わるための効率化が目的であり、作成業務の電子化はそのためのツール(手段)のひとつに過ぎないのでは・・・と推察します。というのも、昨年、サントリーホールディングスの法務部長でいらっしゃる明司雅宏氏のご著書「希望の法務-法的三段論法を超えて」(商事法務 2020年-上写真参照)を拝読して(AmazonやSNSでの本書の評価はかなり分かれていますが、サラリーマンの経験を持たない私には、法務部門と事業部門との関係性の解説等、とても興味深いものでした)、「会社書類の電子化-その先にあるもの」に法務のスペシャリストとして目が向いていることに納得したからです。

契約書があるから、その契約書に沿った取引の実践を要求するというのは本末転倒、会計基準に従って経理処理を行うというのも本末転倒、そもそもまずは取引の実態を理解して、自社のリスクを低減するためには取引をどのようにデザインすべきなのか、そこに現場と一緒に知恵を絞るのが法務担当、というもので、これはいたく共感いたします。「ひな型という契約書は存在しない」「契約は実在しない。取引だけが存在する」と述べる明司さんの意見はまことにその通りかと。

サントリーホールディングスにおける具体的な取引の実態は存じ上げませんが、他の企業において、自社のリスク管理の一環として「契約の見直し」ではなく「取引の見直し」が必要な場面はたくさんありますね。たとえば①「契約書を作成しない取引慣行」が存在する業界での取引をどう見直すのでしょうか。先日、日経新聞社会面に、大手広告代理店グループにおける多額の架空発注事件の記事が掲載され、取引管理の不備が指摘されていましたが、まさに業界慣行を逆手にとったような事件です。

また、②当社の専務が相手先企業の社長の自宅に深夜上がりこみ「この物件はウチでやらせてくれ!『男の約束』だからな!よっしゃ、実務はあとでお互い事務方に任せよう」と迫って相手方社長の合意を取り付けた場合の契約の有効性はどうか、さらに、③「どんな合意をしたとしても、お互いに署名・押印を行った文書を取り交わすことで最終的な合意となる旨の慣習法(民法92条)が存在する業界においてはどのような取引の見直しが必要か、など、実際に大企業の取引慣行の法的有効性が裁判で争われた例はたくさんあります。みんな法務担当が「後始末」で苦労します。

もちろん、リアルな法務担当者としては、現場からいろいろと詰められたくないという意識がはたらいて、現場社員に契約書の見直しを要求するにあたっては「電子署名の有効性を裏付ける法改正がなされた」や「タイムスタンプの公的認証制度の普及した」という「錦の御旗」が欲しいところです。ただ、交渉段階から現場に入って行って、契約の裏にある当社と相手方企業との真の狙いまで理解して、一緒になって取引をデザインすることまで踏み込めば、法務の仕事もとてもおもしろいものになるように思います(その結果として「業務委託契約」なのか「共同開発契約」なのかわかりませんが、契約書を締結することに至る)。そうは言っても、まずは「法務の役割を社内で高めること」が必要なので、このたびの「脱ハンコ」に向けた取組みは、まずは法務の役割を高めるきっかけになることを願っております。

よく法務や経理部門は「儲けを生まないコスト部門」と思われがちですが、私はBS、PLに載らない資産価値(人財、ネットワーク、組織文化)を高めるために多大な貢献をしているのが法務部門だと認識しています。コロナ禍において、テレワークをはじめとした働き方改革が進む中で、法務の役割も変革させる良い機会となるのかもしれません。ぜひとも法務部門の方々の奮起を期待しています。

| | コメント (1)

2021年2月 4日 (木)

「不祥事を避ける企業」から「不祥事に負けない企業」へ-高まるコンダクトリスクへの関心

7170thbqrml 本日(2月3日)は全国財務局長会議にて、各財務局の局長さんに向けた講演をさせていただきました(リモートですが、万一の回線不良を回避するために近畿財務局に伺いました)。もちろん、財務省全体のコンプライアンス推進の一環として、外部講師の研修を受講することが主たる目的です。ただ、財務局は金融庁の事務委託の一環として、証券市場の健全性確保のための職務も担っています。そこで、金融機関だけでなく上場企業のコンプライアンスリスクについても理解を深めていただく必要もあり、お招きいただいたようです。

講演の中で「コンダクトリスク」についてもお話しさせていただきましたが、昨年12月から「勘違いの話だけはしないように、この本だけは事前に勉強しておかなければ」と思い、読了したのが写真でご紹介しております「コンダクトリスク」(東浩著 金融財政事情研究会 2020年12月24日初版)です。

著者である東浩弁護士は東京の田辺総合法律事務所のパートナーであり、法律雑誌「ビジネスロージャーナル」2019年12月号にて、コンダクトリスクへの企業対応実務を解説する論稿を発表しておられました。私はその論稿にとても感銘して、(恥ずかしながら告白しますと)さも自分が考え抜いた上での成果のように(笑)、いろんなところで講演のネタにさせていただきました※1。そのあたりのネタの内容は、こちらのエントリーをご参考にしてください。

※1・・・いちおう、講演の際には上記東弁護士のご論稿を紹介しております(言い訳)

なぜ今コンダクトリスクを学ぶべきなのか・・・一口に説明いたしますと「たとえ(役職員に)法令違反が認められないとしても、組織を取り巻くステークホルダーの期待を裏切るような行動を、役職員もしくは組織としての企業がとった場合には、その行動自体が社会的な批判にさらされ、組織の価値を毀損してしまう」という時代になった、ということです。金融機関だけでなく、一般の事業会社でも同様の事態となることは、近時の企業不祥事を眺めても明らかです。

(本書でも東弁護士が解説していますが)たとえば関西電力の金品受領問題では、受領した役員に刑事的な法令違反が認められないとしても、歴代の役員の方々が厳しい提訴リスクを負っています。「法律専門家の監査役が適法と意見を述べているのだから取締役会に報告しないでおこう」とか、(報酬補填問題について)「きっちり説明すれば適法であることは理解してもらえるが、『誤解を招くおそれがあるから』公表しないでおこう」といった対応こそ、役職員の行動(コンダクト)に問題があるということになります。

2050年脱炭素時代に向けて、関電さんは原子力エネルギーの比率を高めることを検討しておられますが、そのためにはこれまで以上に利用者(国民)との信頼関係、原子力事業の透明性(説明責任)を高めることは不可欠です。つまりコンダクトリスクは「守りのためのコンプライアンス」だけでなく、中長期の事業戦略の遂行にも不可欠な企業姿勢とも深い関わりを持ちます。誤解をおそれずに申し上げるならば、「一切不正行為はしない」という意味での信頼関係ではなく、「(リスクテイクの結果として)不正・不祥事が起きた場合には、逃げずにきちんと説明し、今後の対策を明らかにする」という意味での信頼関係が必要でしょう。「不祥事は絶対に起こさない」というカルチャーでは、おそらく今後も「不都合な事実は隠す」という方向性を軌道修正できないと考えます。

本書は、コンダクトリスク管理の手法や企業カルチャー醸成のポイント等を中心に、「企業不祥事に強い組織」を構築するための実践について、先行する海外の事例などを紹介しながら解説するものです。以前執筆しました拙著も少しばかり本書で引用していただいております。私個人としては後半の「行動規範改訂のポイント」が実務的にたいへん参考になりました(おそらく、個人で動いている私と、大きな法律事務所を動かしている著者との経験の差が如実に現われる点だからこそ有益に感じたものと思っております)。

本日の日経朝刊(13面)では、アップルとFacebookの間で、個人情報保護方針を巡って対立が深まっている状況が報じられていました。両社とも「自社の行動こそ最終利用者の利益保護につながるのだ」という意見をもち、アップルは「個人情報保護方針」に沿った行動を、そしてFacebookは競合事業を優越的地位の濫用によって阻害している、つまり、アップルの独禁法違反行為を批判する行動(提訴の可能性もあり)をとっています。両社の「正義」のうち、いずれが世間や(世界各国の)政府当局の支持を得るのか、おそらく私は「コンダクトリスク」への対応をきちんと説明できる側が有利に展開できるのではないか・・・と考えています(そのあたりは、また興味深い内容なので別エントリーで述べてみたいと思います)。

| | コメント (1)

2021年2月 1日 (月)

インサイダー取引規制ーガバナンス改革で「重要事実の決定時期」は変わるか?

(最終更新2021年2月1日11:44)

先週は三菱自動車燃費偽装の集団訴訟で購入代金の一部返還が認められた判決(大阪地裁)、土曜日にご紹介した株式譲渡契約の無効確認判決(東京地裁)など、コンプライアンス経営に関わる重要判決が多かったのですが、本日ご紹介する判決もそのひとつです。

少し前ですが1月27日の日経朝刊(社会面)に「課徴金命令取り消し モルフォ役員インサイダー認めず(東京地裁)」との見出しで、上場会社役員に下されていた課徴金納付命令が裁判で取り消されたことが報じられていました。2015年12月、東大発ベンチャー企業のモルフォがデンソーと業務提携することを公表しましたが、金融庁は同社役員が同年8月末にこの事実を知りながらモルフォ株式を買い付けたとして130万円余りの課徴金納付を命じており、これを不服として会社役員側が課徴金納付命令の取消訴訟を提起していた事例です。

訴訟では業務提携することの決定(重要事実の決定)時期がいつだったのか、という点が争点となったようで、国側は「両社の交渉が緊密になった、おそくとも8月4日には決定していた」と主張していましたが、裁判所は「8月4日までには業務提携の規模や内容について具体的に検討された形跡はなかった」として、国側の主張を排斥したそうです(最高裁のHPで確認しましたが、まだ本件判決は公表されていません)。記事中では、会社役員側の代理人のコメントとして、

企業間交渉の経緯や社内での議論を丁寧に検証し、実質的な観点からインサイダー情報の決定時期を慎重に判断する司法の姿勢を示したといえる。企業のインサイダー情報管理の在り方を考える上でも大変参考になると思われる

と述べておられます。インサイダー取引規制といえば、最近は平成25年の金商法改正によって新たな規制対象となった「取引推奨」事例が話題となりましたが、本件では従来からの典型論点である「重要事実の決定時期」が争点となっています。ご承知のとおり、インサイダー取引規制の趣旨が証券市場における不公平な取引防止という点にあることから、会社法上の機関決定(たとえば取締役会設置会社であれば「取締役会での決議」)の時期よりももっと前の「実質的に会社意思が決定された時期」と解されるのが判例・通説となっています。※1

※1 たとえば日本織物加工事件最高裁判決 平成11年6月10日刑集53巻5号415頁。

今回の裁判では、会社役員側から業務提携に関する意思決定プロセスが丁寧に主張立証されたものと思われます(ちなみに会社役員側の代理人は3年間ほど金融庁(証券取引等監視委員会)で勤務経験があり、インサイダー取引規制に精通された方ですね)。これまでの判例理論の変更ではなく、判例理論に沿って個別の事情を積み重ねて処分取り消し判決を勝ち取ったものと思料いたします。

そういった「意思形成プロセス」に光を当てて、裁判所が「実質的に重要事実が決定された時期」を認定するためには、社内における重要事実を誰がどこまで情報を共有していたかを、(立証責任を負担する)課徴金処分の対象とされた側が立証できなければならないと考えられます。上記代理人のコメントから推察するに、おそらくモルフォでは、そのあたりのインサイダー情報の管理体制がしっかりしていたからこそ、役員の処分取り消しに至ったのではないでしょうか。

ところで、今年3月にはコーポレートガバナンス・コードの改訂が予定されており、上場会社ではますます独立社外取締役の人数が増えます。また、経営上の重要な意思決定にはその関与が強く要請されるようになります。そうなると、どんなオーナー経営者が君臨していたとしても、複数の独立社外取締役の力によってオーナー経営者の判断も取締役会でひっくり返る可能性が高まるわけですから、実質的な重要事項の決定時期と、当該事項の法律上の機関決定の時期とは重なり合うことになってくるのではないでしょうか。

「理屈上ではそうかもしれないけど、たとえ社外取締役が3人いたとしても、みんな社長のお友達だから実際にはありえないよなぁ」という反論もありそうです。そして、その反論の根拠は、今まではインサイダー情報の漏えいをおそれてM&A案件は事実上決定するまではごく一部の役員間のみで共有しておこう、といった考え方に共感を得られたからです。

しかし、昨今の企業統治改革の主流は「取締役会改革」です。おそらくモニタリングモデルの取締役会が(国をあげて)推奨されるのであれば、独立社外取締役は、企業の命運を握る業務提携の内容を(できるだけ早期から)しっかりと把握をして、その意思形成プロセスにも「監督」という形できちんと関与することが求められるように思います。きちんとした監督者が存在するのであれば、取締役会で審議が尽くされるまでは「重要事実が決定された」とは認定できないケースが増えるのではないかと。

2020年10月29日の日経ニュースによりますと、2019年に役職員がインサイダー取引(取引推奨)に関わったとして勧告を受けた9社について、証券取引等監視委員会が調べたところ、取引推奨を禁止する社内規程を定めていた会社は皆無だったそうです。上場会社においては、あまりインサイダー情報管理の重要性が認識されていないのかもしれませんが、「会社の役職員を不幸な事件に巻き込まない」ためにも、インサイダー情報管理は今一度徹底するべきであり、またモルフォ事例をみるに、情報管理のメリットも十分にありそうです。

| | コメント (1)

« 2021年1月 | トップページ | 2021年3月 »