企業統治改革-社外取締役の「数合わせ」にはそれなりの意味(理由)がある
ときどき同じような趣旨の記事が掲載されているようにも思いますが、本日(2月9日)も日経朝刊「一目均衡」に「社外取 本質かすむ『数合わせ』」と題する証券部次長さんの意見が示されていました。3年ぶりに改訂されるコーポレートガバナンス・コードでは(プライム市場に上場予定の企業には)独立社外取締役が3分の1以上の役員構成比となることが要求されますが、これで果たして企業価値は上がるのだろうか・・・という論調です。肯定派と反対派との溝はますます深まっているそうです。
ガバナンス改革の趣旨をよくわからずに就任してしまう社外取締役の方がいらっしゃるというのもその通りですし、「希望報酬額が安いほうから5人紹介してね」と某協会にリスト開示を要望している某東証1部企業があることも知っております。ホント「アルバイト感覚」「なんちゃってガバナンス」といった実例をみますと期待と現実のギャップは埋められず、証券部次長の方がおっしゃるように「数合わせ」と言われてもしかたないのかもしれません。
「社外取締役を3分の1」「多様性に配慮した3名以上」といった要件を満たすことが企業価値の向上に役立つのかどうかは、もはや「因果関係」では議論はできず、統計学上の「相関関係」(仮説→検証)で議論せざるを得ないでしょう。ただ、それでも私は社外取締役の「数合わせ」には、とりわけ日本企業の取締役会を眺めた場合にはそれなりの合理的な意味があると考えます。
先日来、東京オリ・パラ組織委員会会長の差別発言が話題になっていますが、当該会長だけでなく、他の組織委員や評議員に対しても、発言の訂正を求めることができなかったことに批判が集まっています。同調圧力、忖度、承認欲求、成功体験によって、構成メンバーから発言訂正や辞任要求が出したくても出せない、というのは取締役会でも同様です。
上記「一目均衡」の記事のコメントとして、日本投資顧問業協会会長さんが(社外取締役に対して)「批評家然とせず、企業価値の向上に責任を持つ社外役員がもっと必要だ」と述べておられますが、批評家然とせず、価値向上に責任を持つためには、社外取締役の意見がきちんと役員会で通る可能性のある環境が必要です。私はそのためには10人の取締役のうち、3人は社外取締役が必要と考えます。2019年11月に現役の社外取締役の方々に登壇いただいた日本コーポレートガバナンス・ネットワークのシンポでも、「2人と3人では全然違う」というのが登壇者の意見でした。
たしかに、従来から異論を述べる社外取締役はいらっしゃいました。ただ、マネジメントボード(アドバイザリーボード)の時代における1人の社外役員の異論だと、社長(議長)から「貴重なご意見を承りました。今後の経営の参考にいたしますので、今回はどうかご理解を」で終わり。社内の取締役・監査役の皆様の「同調圧力の岩盤」は到底崩れません。
しかしモニタリングボードの時代における社外取締役3人の異論となると(10分の3)、社内取締役にも反対意見を述べる雰囲気が醸成され、多数決をとるまでもなく議案は取り下げられるケースが多いと思います。さらに、社外3人から社長の辞任要求があれば、社内取締役にも「忖度」「同調圧力」の呪縛が解けるおそれが生じるため、社長は退任を検討せざるを得ない状況に追い込まれます。つまり「企業価値に責任を持つ」ためには、「多数決」というしこりを残すことなく社外役員の要望が役員会で通る(同調圧力を排除した)環境を形成する必要がある、ということです。
ただ、独立社外取締役が3人以上いたとしても、けっして同じ意見でまとまるわけではありません。最大の問題は「この会社の社外取締役さんは、誰の紹介で候補者になったのか」という点です。「経営者団体での社長のお知り合い」ということでは、もはや上記のような対応は期待できないですよね。したがって、機関投資家の方々が社外取締役と対話をすることがあれば、まず最初に「あなたは誰の紹介で候補者になったのか」と質問することです。このひとつの質問に対する回答によって、その会社のガバナンスへの思いが伝わるものと考えます。
上記オリ・パラ組織委員会会長の発言問題では、同組織委員会には「わきまえた委員」が多数おられるそうですが、では日本の上場会社にとって「わきまえた社外取締役」はいったいどんなイメージなのか、そもそもガバナンス改革が求めるのは「わきまえた社外取締役」なのか、ぜひ有識者の方々にお聴きしてみたいものです。
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コメント
山口先生 おはようございます
朝日新聞デジタル2月9日には、小林化工が過去最長の業務停止命令を受けたとの報道がありました。HPを見ると、「常に人々の健康と幸福を守るために誠意をもって創造と努力をする」とありました。
もしかして、同一市内に同じ企業名の別の企業が存在するのか?とさえ思ってしまいます。
別の企業ではないのかなと・・・
HPには、
小林化工(株)は、ぬくもりとやさしさを大切にしながら、次代の医薬品づくりに挑戦しています。
治療技術の進歩、薬機法の改正、社会環境の変化に加え、生活環境が多様化し、医薬品に対する要求は年々変化しています。
私たちは、医薬品を取り巻く環境の変化や科学技術の進歩を敏感に捉えつつ、困難にチャレンジし、新たな付加価値型ジェネリック医薬品を提供し続けます。
同一企業ならば、これからが本番なのでしょう。
2020年には、あの企業とも資本業務提携をされているし?
40年前に新卒で入社してこのことを知っていて黙っていた従業員は、これからが大変でしょうね? 自問する老後になることと思います。
投稿: サンダース | 2021年2月10日 (水) 06時59分
(上場企業という立場で、会社の存続という意味での持続性を維持する為の司令塔でもある取締役…)
仮に、エンドユーザーとの位置関係視点で大きく二つに大別すると、一般消費者が直接購入出来る物が売上の大半を占める企業と、メディア露出類とは無縁に等しい法人先が取引額の大半を占める企業とでは、社内/外双方の取締役に求められる、資質及び行動規範が異なってくるのでは?と、(東京オリ・パラ組織委員会会長の差別発言を事例に挙げられた山口先生の本エントリーを一読して)思っています。
SDGs/ESGというキーワードが、株価市場の動向に大きな影響を与えている昨今ですし、企業存続の主軸=優れた社員の確保と言う責務からも(自社には間接的な問題でも)株価が下がる様なイメージダウンな言動は致命的であり、最終的に企業自身の立場も危うくなるのは必至かと。
CGコードが、アベノミクスを機に全上場企業への適用を開始しして数年経ちますが、取締役会の構成比における女性や外国人確保に留まらず、企業の生産性を高めるマンパワーと、売上/利益を生む買い手の確保の面でも、SDGs/ESG視点は再重要項目に浮上したが故に、いわば川上の著名企業を軸に、川中/川下の(非上場を含む)企業にも、間接的にコーポレートガバナンス対応する事が求められていると思います。
少なくとも上場企業においては、仲良しクラブ的な取締役構成などを続けていては、遅かれ早かれ市場から淘汰されて行く運命でしょうから、それをきちんと危機と捉えられてきた企業が、最終的に市場から支持され継続的に成長出来るのだと思います。
「元首相」という人物の問題発言を擁護出来る限界を超えている件に対する協賛各社のコメントが、SNS時代の今を如実に象徴している様にも感じます。
近代におけるオリンピック…1976年に大赤字を出し、1984年に商業主義重視に転換/回復したとされる、そのお手本の一つに、「走る広告塔」となっている自動車:F1レースの存在が在ります。
今はスポーツをはじめ、省庁や都道府県、市町の首長:記者会見等の場でも、当時者の背後に組織名やスローガンを印刷したボードが設置されていますが、発祥は、F1レースの優勝〜3位までの表彰台設営に端を発しています。
協賛各社は、アスリート支援と言う大義名分とは別の面で、(アーカイブ戦略を含めた)メディア露出頻度を重視し、自社のイメージアップ及び収益確保、自社に貢献する優秀な人材(財)確保手段として(是非は兎も角)五輪という場を合法的利用しています。
ただF1業界でも、マールボロやマイルドセブン等のブランド名が全盛/タバコ会社が主流の時代も過去の産物となり、環境破壊や人権無視等の社会問題を軽視し、取扱商品が売れて利益が出ればそれで良いだけの企業活動では到底生き残れない…そこに輪をかけた様な「SNS」時代が、これまで以上に急加速していると思います。
その為に取締役会が求められる展開像は、(社内外を問わず)参列する取締役諸氏が社会的責任等を主軸にした建設的な意見が飛び交う活発な場を、議長が如何に設営するか…その為の量的にも(質的にも)「とりまき」人選を計る(決して「謀る」ではない)…に尽きるのでは…と。
日銀主導による最近の株価高値が、多くの海外投資家資本に端を発しているという報せが真実なら尚の事、JAPANの諺にある「井の中の蛙」的な従前の取締役会展開からの脱却こそが(コロナ騒動元年の昨年にも増して)喫緊の課題ではないでしょうか・・・。
投稿: にこらうす | 2021年2月10日 (水) 09時30分
まさに仰るとおり、複数、最低1/3には意味があり、数が多いほど経営者に修正を求めたり辞任を求めやすいですね。
ガバナンスで有名で、ご自身で経営経験も社外取締役経験もあるT山K彦さんは、一人で文句を言えないような社外取締役は資格がない、と仰っていますが、T山さんほど強くない方がおおいので、やはり数は大切と思います。
また、誰の推薦か、経営トップとの繋がり、ということも大切な要素ですね。
高校時代のご友人の著名経営者を社外取締役に指名したら、コーポレート・ガバナンスに非常に前向きな方で、経営トップにどんどん物を申すので、ガバナンスが向上した、という例もありますが、少数かなと思います。
投稿: Kazu | 2021年2月10日 (水) 15時22分
社外取締役の割合、女性取締役の割合、わきまえる取締役の割合、話が長い取締役の割合、同調圧力に応じてシャンシャンと会議を終わらせる取締役の割合。
数字で示しても実情・実効性が伴うのか?難しい指標もあります。
私は有識者ではありませんが、トヨタ社長の御発信(2月10日付け)など有識者の発信、そして経団連会長に伝わって、中西宏明会長があらためて御発信されるなどすれば、日本は変わってゆくように思います。
有識者への他力本願。
権力を持たないものの願望です。
投稿: 試行錯誤者 | 2021年2月10日 (水) 18時01分