会計士協会・監査役協会共同声明-3月期決算への対応はむずかしい(と思う)
2月4日、日本公認会計士協会と日本監査役協会の連名で「2021年3月期決算への対応について」と題する共同声明が出されました(たとえば日本監査役協会HPより)。①新型コロナウイルス感染症拡大が企業業績に及ぼす影響から「監査リスク」を適切に把握すること、②在宅勤務が推奨されるご時世、直接訪問や対面による監査手続きに代わる手法を検討すること等が強く要望されています。
以前から申し上げているとおり、コロナ禍における監査手続き(とりわけ会計監査)が十分に実践できない状況はやむを得ないものなので、まちがいなく上場会社(およびそのグループ会社)における会計不正事件は増えているはずです(ただし顕在化するのは3年~5年後)。そのような会計不正の兆候を早期に把握するためにも、この時期に監査責任者の団体が共同声明を出されることについてはまことにタイムリーなものと考えます。
ただ、リアルな監査手続きの代替手法であるリモート監査や電子化書類の閲覧が、往査手続きと比較して監査リスクを低減させるに十分な手法であるかといえば、かなり厳しい見方をせざるをえないでしょう。その理由を以下3つ述べたいと思います。
まずひとつが五感で認識できる往査と画面越しで言葉、視覚、聴覚で認識できるリモート監査は不正の兆候を把握するには格段の差があるという点です。たとえばアイ・エックス・アイ事件(架空循環取引)の際、同社の監査役が「どうもおかしいなあ」と感じたのは、同社の開発したソフト(無形資産)が記録されていたCDが「廊下や倉庫のあちこちに転がっていた」という現状を往査で認識したことによるものでした(同社監査役の法廷証言より)。ホントに完成前の成果物であれば、もっと機密保護のための対策がなされているはずなのに・・・という素朴な監査役の疑問から、これは真剣に監査しなければとの思いが浮かんだのです。リモート監査では、このような状況は期待できません。
ふたつめが「会計監査人と監査役との協働」です。これはコミュニケーションという意味ですが、私はコロナ禍でも可能な限り、監査役と会計監査人とはリアルにコミュニケーションを図る時間を作るべきと考えます。たとえば昨年、私が第三者委員会の委員長を務めた事件(会計不正)では、同社の監査役と会計監査人との間で同じ不正を見つめながらも、その認識に齟齬が生じました。
1通の「取締役不正に関する提訴請求書」が監査役のもとに届くわけですが、その書面をみて、監査役3名は「某取締役の不正支出」(資金流出)の疑惑に関心を持ちました。その後のリモートによる会計監査人との協議会において、この提訴請求が話題に上りましたが、当該協議会では監査役の問題意識を共有しただけで終わってしまいました。もし、この協議会がリアルに開催されていれば、会計監査人は書面をみて「これは費用の項目に問題があり、計上すべきでない費用に計上されているために資産が不当に増えている(ソフト開発)、つまり虚偽記載が問題ではないか」との認識を早期に監査役と共有することができました(実際は会計監査人が指摘した事項が大問題でした)。監査担当者の問題意識の共有は、リモート会議ではむずかしいことを痛感しました。
そして三つめが電子化書類の閲覧の限界です。先日、こちらのエントリーで、ポーラオルビスHDの経営者が「株式譲渡契約書の有効性」を争う裁判(東京地裁)で敗訴したことを紹介しましたが、裁判所が「契約書は偽造」と判断する根拠となった証拠は、原告側(元社長側)が執念でつきとめた「作成日付けを遡らせた株価算定書」の存在が決め手のようです(ダイヤモンドオンライン記事転載のこちらの記事参照)。原告側は公認会計士らが使用した相続税申告書作成ソフトウェアを特定し、作成日付以降にしか当該ソフトは販売されていないので、物理的にバックデートでしか(当該株価算定書は)作りえないということを証明したそうです。
「ん?これってなんか変じゃない?」といった最初の疑惑は、用意された紙ベースの書類の綴じ方だったり、印刷の不自然さだったり、担当者の対応への違和感です。この違和感がなければ、上記のような執念の調査に及ぶインセンティブが生じません。あたかもチェックリストに丸を付けていくような定型的な監査手続きなら問題ありませんが、不正を発見するための監査には電子化書類のチェックでは限界があるのも当然かと思います。
もちろん、会計監査人によるAI監査の手法なども代替ツールとして考えられます。ただ、「おかしい」と声を上げるために必要な疑惑を抱けるところまでAI監査は進んでいるのでしょうか。もしそのような事例がありましたらご教示いただければありがたいです。
コロナ禍でも業績が回復してきた企業であれば誘因は少ないと思います。しかし、なかなか出口が見えない企業では、なんとしても業績を良くみせたい、と考えるのが経営陣の気持ちです。そのような状況で、たとえ不正が発見できなくても「おかしい」と声を上げるためには、ふだんよりも監査手続きが重要だという社内の共通認識が必要ではないでしょうか。つまり監査する側だけが熱心になるだけでなく、監査される側も歩み寄る姿勢がなければ会計不正事件の早期発見は到底困難、というのが私の意見であります。
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コメント
(AI=人工知能に精通している訳ではないので、生意気な事を記するつもりはございませんが…)
たしか富士通社が開発…と記憶しているスーパーコンピューターを、国内でどれだけ、その性能を100%近く駆使しているか等、把握のしようも無く恐縮です。ただ仮にそのツールが、世の中の全ての問題を克服出来るのであれば、そもそも「コロナ禍」などという造語が氾濫する様な緊急事態/ロックダウン類に翻弄されずに済んだのでは?と思うのは私だけでしょうか。
犯行現場における「鑑識」担当者の存在や、国税局の査察、食中毒を起こした飲食店への保健所職員の立入りなど…一環して共通しているのは、(山口先生も論じていらっしゃる)高度な五感のあるマンパワーの存在…かと。
コロナウィルスにおける「感染爆発」という報道表現に半ば麻痺しつつある昨今ですが、過去:オフィス/官庁街での大規模ガス爆発等の教訓から、ガスにはあらかじめ「臭い」を付ける事で、万一のガス漏れを事前察知する危機管理が機能していると聞いた事があります。(ただ、そのガス漏れ警報システムも100%完璧防止ではない事が、昨夏:福島某所の事故で明らかになったのも記憶に新しい…かと)
会計監査の場も、不正をにおわせる部分に気付く「勘/カン」の様なものに関しては、今後もAIが進化して行くとしても、最終的には、その人の経験値や本能的機能も不可欠かと思います。
「自粛警察」という造語も多く見聞され、特措法や検疫法改正に至っている昨今ですが、ビジネス法務/会計法規全般における現制度においても、新たな視点/高い先見力による先を見据えた罰則制度の構築による抑止力向上が求められているとも感じます(勿論、それらが適用されないのに越した事はありませんが、諮問の段階であれば、かなり強度な罰則想定/抑止力向上を議論するのも一考かと。)
(「危害要因分析重要管理点」という言葉の英語/頭文字をとったHACCPが、国内で適用されて久しいですが…)
鼻腔を経由する、得体の知れないウィルス対策が必須となった人間社会ですが、飲食における安全性確保の歴史も然り。
精密機械の様な一定秩序を保てないのが人間の性(さが)だと、勘や経験に頼る部分を補うシステムも世に多く在りますが、コロナウィルス下で危惧されている変異凶暴性に対抗するワクチン開発の世界と同等の、会計不正を未然に防止する為の高度かつ誠実度に満ちた想像力による現行法の見直し/改正の議論が、一部の専門家のみならず、(在宅勤務が拡大中の今こそ)広く一般社会でも議論が交わされる様な時代の到来を願っています・・・。
投稿: にこらうす | 2021年2月 9日 (火) 05時12分
「おかしい」と声をあげた結果、異動させられると怖くなります。
自分が通報した不正が発覚すると、今度は大企業経営陣に通報していた事実を「隠蔽」するために、更なる威嚇、恫喝、脅迫、「口封じ」が粛々と進行します。
長年の黒字経営が実は「長年の不正」「会計操作」に依存していることを必死に隠すため、「公益通報者」が精神的に追い詰められてしまいます。
日本国政府には相談、面談、励まし等、いろいろ支援いただいていますが、経団連にも会員企業の自浄能力を発揮してもらうための材料としていただきたく、中西宏明会長に情報共有しています。
「声をあげた」、私の体験であります。
投稿: 試行錯誤者 | 2021年2月 9日 (火) 12時56分
監査役や監査等委員取締役は、「おかしい」と気がつくための基本的知識・教養・素養と、「おかしい」を具体的に検討するノウハウの学習が必要と思います。
そして、「おかしい」と声を上げる友樹かと思います。個々は、弁護士・会計士にとって必須かと思います。
山口先生のご見解を勉強して知識の蓄積にしたいと思います。
投稿: Kazu | 2021年2月10日 (水) 15時29分