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2021年2月18日 (木)

経営者が交代すれば風通しが良くなる-曙ブレーキ検査不正事件の公表

2月16日、自動車部品大手の曙ブレーキ工業は、国内工場で製造するブレーキとその部品に関して、検査データの改ざんなど約11万4000件の不正行為があったと発表しました。不正検査があった部品のうち、自動車メーカーと取り決めた基準値に達しなかったものは約5000件あったそうです(曙ブレーキ工業2021年2月16日付け「当社国内生産子会社が製造する一部製品の定期検査報告における不適切な行為について」参照)。

なお、弁護士4名で構成された特別調査委員会報告書は開示されておらず、報告書の内容が会社名で紹介されています。また、最終報告書は昨年9月に会社が受領していたのですが、発覚した不正の内容の開示が5か月後というタイミングになっています。会計不正事件は別として、神戸製鋼、日立金属と同様、最近のグローバル企業における製品偽装事件の調査報告書はそのまま開示されないケースが増えたような気がしますね(やはり弁護士秘匿特権との関係でしょうか?-たとえば拙ブログ2018年3月27日付け「報告書の全文公表と弁護士秘匿特権の放棄」参照)。

また、再発防止策の決定や顧客への検査不正の影響調査などに時間を要したとして開示が遅くなったことについて、同社社長は「安全性の問題は発生していなかったため、緊急性を判断していなかった。安全の確認を最優先し、すべて終わった時点で報告したいと考えていた」と釈明されています(2月16日日経ニュースより)。なお、この点はとても重要なポイントですが、私なりの考えを、追って別エントリーにて述べたいと思います。

ところで、曙ブレーキ工業で2001年頃から20年来続いていた検査不正がなぜ今になって発覚したのか、という点(私が最も関心を寄せる点)ですが、こちらのニュースが詳しく報じています。一部引用しますと、

同社(注-曙ブレーキ)は事業再生ADRを申請、成立して2019年10月に新しい経営体制に移行した。同年11月に品質保証部門から社長に対して、子会社の曙ブレーキ山形製造が、ブレーキパッドの一部について、顧客に提出する定期検査報告書の数値を改ざんしていたとの報告があった。これを受けて社内調査を開始したところ、一部納入先から、曙ブレーキ岩槻が製造するディスクブレーキの定期検査報告書に不審なデータが記載されているとの指摘を受けた。

上記公表文書では明らかにされていませんが、社長会見では、2018年6月時点で社内の品質保証部門からデータ改ざんなどの不正行為について旧経営陣に報告があったものの、生産手法を変えるなどの作業を進めただけで「安全性には問題なし」として不正行為を放置していたことが明らかにされています(2月16日毎日新聞朝刊記事より)。その後、日経ニュースによると、2019年11月に品質保証部門から社内通報があった、とのこと。

曙ブレーキ工業といえば、創業一族ではない方が長期にわたり経営を支配しておられたそうですが、米国事業の不振から資金繰りが悪化し、事業再生ADR(裁判以外の紛争解決)の申請に至ったことはご承知のとおりです。2018年には前会長氏らが経営不振の責任を取って辞任し、上記ADRにおける金融機関からの承認が得られた2019年10月、日本電産で常務執行役員を務めた方が現社長として就任しています。

自動車ブレーキの世界的名門企業として、役職員にも安全品質には誇りがあったのでしょうね。上記公表文書にもありますが、たとえ取引先から要求されていた品質検査を省略したり、検査結果を偽造していたとしても、「社内検査が厳格なのだから安全性に支障が出ることはない」「要求されている検査は、ウチでやっている検査と重複感があるから、省略しても大丈夫」という気持ち、そして「お客様のために欠品を出さないことこそ部品メーカーの『正義』である」といった誇りが品質偽装を容認する「正当化理由」になってしまったと思います。

メーカーさんの製品偽装、検査偽装事件が明るみに出るたびに「コンプライアンス意識の欠如」が指摘されます。しかし、それは原因究明においての「思考停止」です。この規模の会社の社員の皆様は、決してコンプライアンス意識が低い、というわけではありません。たとえば曙ブレーキ工業の例でいえば「検査に重複感がある、過剰な品質を求められる、ということであれば、なぜトヨタや日産に契約変更を要請しなかったのですか?」「品質検査で問題が出たからジャストインタイムのシステムを止める、ということがなぜトヨタに言えないのですか?」---本当の理由はそこにあるのではないでしょうか。

そこが解消できないために、やがて「誇りは驕りに」「自信は過信に」と変わっていく組織風土の中で、品質保証部門の地位も失われていく、というのが本当の原因ではないかと考えます。つまり、(トヨタやホンダのようなティア1は別として)不正は簡単にはなくならない、不正と共存共栄で業務を継続していくしかない、ただし企業の存続に影響を及ぼす不正だけは回避する、ということです。

しかし上記のとおり、経営者が変わると「品質保証部門の叫び」が社内で通ることになります。現場の情報提供は、経営者の経営姿勢が変わらなければ活かされない、という典型事例ではないかと。皆様方の会社の社長さんはいかがでしょうか?「過去に不正をやっていたが、今はもうやってないんだから調査も公表も必要ない」と考えるのか「今はやっていなくても、過去に不正をやっていたのなら、たとえ安全性に問題がないとしても公表するのがあたりまえ」と考えるのか。この問題は、(決してきれいごとではなく)取締役会で議論すべき重要な課題だと思います。

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コメント

(過酷な条件下でも高性能を維持する製品/生産技術を持ちながら、量産車部品軽視?)
有名自動車レースにおける、「曙ブレーキ」というブランドは、株式会社曙アドバンスドエンジニアリング社の提供する高品質ブレーキ類を装着したF1:マクラーレンや、ルマン24時間、ニュルブルクリンク24時間耐久レースでのトヨタ車の総合/クラス優勝に貢献する程の高評価と信頼を得て来ているのに、量産車工場/別会社(こちらが本業製品の製造拠点)では真逆的な不正行為が続いていた…という事の様です。
(今後は、全国紙:一面広告等での、競技レース優勝を用いた、クルマ及び部品メーカーのイメージ広告展開は淘汰される?)

数百万台規模の量産車の、しかも一歩間違えば死に至る:安全を左右する最重要部品のひとつ…その製造責務を長年軽視してきたとすれば、そのツケは、有価証券報告書に記載される数字以上の多面的損失となって今後の業績に影響を及ぼすものと思われます。
数年前に事業再編ADR/私的整理〜金融機関の支援要請に至る中での本件不正の公表は、単に、自動車部品メーカー1社だけの出来事なのか?それとも(またもや氷山の一角と表現される)大波の前兆なのか…。
曙ブレーキ不正問題を、アスリートに例えるなら、五輪/ロシア:ドーピング問題…そこまではいかないとしても、真面目に取り組んできた同業者がとばっちりを受ける羽目になるという悲惨な構図は同じで、自動車産業界として、何らかのペナルティを自ら下す事が、社会的責任を果たす事になるのではと、思っています。
(それとも…まさか:自動車産業界が「同じ穴のムジナ」なのか?)

(自動車部品メーカーの経営者層の安全意識の目は、エンドユーザー視点に向いておらず(?))
巷では、東京五輪:組織委員長人事で、「男か女か」議論が盛り上がっていますが、2/16付けの曙ブレーキ社/報告書は、男性CEO/女性コーポレート・コミュニケーション室長名でリリースされており、一定の女性登用がされている様に映ります。けれど仮に、CEOが子育て中の「ママさん社長」で、多くの女性社員同様に自らハンドルを握って出社する毎日だとしたら、ブレーキという重要保安部品の不正改ざんを軽視したでしょうか。
交通事故の原因は様々なれど、毎年毎年、通学中の児童の列にクルマが突っ込むとか、コンビニの駐車場から店舗内に暴走する…という報道が後を絶ちません。その都度、当事者運転手の「右足」が正常に操作されていたかが、焦点の一つになります。
「上級国民」と揶揄された老人男性が起こした事故においても、当事者は「クルマの挙動がおかしかった」と主張している件も含め、今回の様なブレーキ不正が表面化すると、自動車産業全体:製品への疑問視度合いが増大する可能性も出て来ます。
無償交換/リコール対象にでもならない限り(自分が運転するクルマのブレーキが曙ブレーキ社製かどうかを含め)他社製のブレーキに交換しようとは思わないでしょうし、多くの人は、国産新車の品質を購入前に疑う事は無いかと。
国内自動車整備の世界でも、いわば性善説が当然の如く行き渡っているでしょうから、部品買い替えを節約する「安価車検」が伸びる昨今、人身事故の要因分析においても、運転手の操作ミスという形で処理される事も多いかも知れません。しかしエンドユーザーの把握しきれない所で、人間の命を左右する不具合部品に遭遇する羽目に陥るとしたら、悔やみきれない…筈です。

ただ、生産されている自動車/種類の多大さが、部品メーカーの品質検査の負荷増大を招き続け、結果的に不正出荷の温床となっているとしたら、総合ECVへの転換が急務とされているこの機に、「さすがはJAPANの部品メーカー!」と信頼回復する為にも、SDGs/ESGのダイバーシティ展開等を(完成車メーカー含め:各社一様に)さらに推進する事で、少なくとも、改ざん/粗悪品の出荷減衰には導けるかも。
(男性経営者/重役が多いと、不正改ざんに無頓着…と決めつける訳では決してありませんが…)
食品メーカーの井村屋社などは数年前から女性社長に替わり、多様性を重視する経営姿勢を打ち出し、持続的な成長を図る…とのこと。
とまれ/やはり…上場一部企業という肩書きは必ずしも安全良品の代名詞ではない事を痛感しつつ、我が身及び大事な家族を守る為には、不本意でも、広義の「メイドイン・ジャパン」においても過度の信頼は禁物だと、胸に刻まざるを得ない…となり、残念です・・・。

投稿: にこらうす | 2021年2月18日 (木) 11時14分

「過去に【公益通報者】を脅迫していて、今も当該【公益通報者】から通報、心の叫びを受けているが、調査も公表も必要ない」。。。のでは困るので、調査・公表を要請しています。
次週、今月の取締役会(オンライン会議かもしれませんが)で議論されると期待しつつ、社外取締役にも通報続けます。

投稿: 試行錯誤者 | 2021年2月19日 (金) 06時53分

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