法学から考えるESGによる投資と経営(新刊書のご紹介)
いよいよ3月31日には金融庁と東証から改訂2021コーポレートガバナンス・コードが公表されるはずですが、今朝(3月30日)の読売新聞1面トップでは「気候変動 企業の戦略開示-金融庁、東証 リスク、投資家に」と報じられていました。東証のプライム市場に上場する企業には、気候変動関連の戦略や目標の情報開示を要請する、とのこと。おそらく気候変動に対する経営戦略や目標、リスク管理などを投資家に報告すべき、との指針が出され、いわゆるTCFDに即した情報開示が推奨されることになる模様です。
3月初めの金融庁フォローアップ会議では「信頼される監査制度」について議論されていたようで、そこまでは会議再開時の予定通りだったと思うのですが、いきなり「気候変動関連の情報開示」という新しいテーマが入ってきたのでしょうかね?真相はよくわかりませんが、おそらく政府の強い要望があったものと推測いたします(それにしても一般の上場会社が6月までに準備できるのでしょうか?)。
さて、先週までは書店に立ち寄る時間もなかったのですが、昨日、どうしても気になっておりました一冊をようやく購入することができました。筑波大学(大学院)教授の大塚章男氏によるご著書「法学から考えるESGによる投資と経営」(2021年3月初版 同文館出版2,200円税別)です。帯書きは「株主利益の最大化」や「金銭的な投資利益の最大化」のみを追求するべきなのか?ESG投資・経営について、法的視点から企業への影響や新たな経営のあり方を考える」とあります。
大塚先生の7年間の研究成果だそうですが、上場会社の経営者の皆様、社外役員の皆様にはおススメの一冊です(同文館の編集・企画のAさん、相変わらず良い仕事してますね。(*^-^*))。前半部分はESG投資の概要や株主構造の変化とESG経営との関係、日米英における最近のガバナンス関連事情の解説がよく整理されています。投資家側はアクティビストとインデックスファンドと分けて解説されている点やESG投資の具体的な手法などもコンパクトに解説されていて有益です。私自身、前半部分は結構勉強してきたつもりなので、比較的サラっと読めました。ただ、ガバナンス・コード2021改訂版をきちんと理解したい、という方には、2014年ころからの日本の事情もよくまとまっていて理解が進むと思います。
そして圧巻は後半です。ESG経営に関わる企業側には会社法の視点からESG経営への法的規律について、とりわけ取締役の善管注意義務との関係で様々な課題が示されています。また、ESG投資に傾斜する投資家側には信託法の視点から(受益者に対する)忠実義務とESG投資との関係について課題が示されています。企業側にとっても、機関投資家の忠実義務とESG投資との法的規律を理解することは有益ですよね。
令和元年改正会社法及び関係政省令が施行され、最近は会社法関連の実務書、基本書がたくさん出版されていますが、どうしても「おなじみの論点に対する正解」「改正法に対応するためのひな型」に光があてられてしまいます。しかしながら、本書はESG経営や投資の実務に会社法、信託法の視点から「有意義な問い」を投げかけていて(たとえばSDGs、ESG重視の戦略決定に「経営判断原則」は適用されるのか等)、とても読んでいて新鮮な気持ちになります(平易な文章で書かれているので、企業の皆様にも普通にお読みいただけます)。株主資本主義からステークホルダー資本主義へ、といった安易な理解だけでは「株主利益の最大化」に重きを置いてきた取締役の法的義務の内容まで変えることはできない厳しさ(会社法解釈の厳しさ?)を痛感いたしました。
なぜ今、気候変動に対する経営戦略を開示しなければならないのか、そこになぜ投資家が注目をするのか、本書には「なるほど」と納得できるヒントが示されています(あくまでも「ヒント」です。「正解」は各社各様の状況によって変わるものであり、自分の頭で考えなければならない、ということなのでしょう)。法律学の視点からガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードを論じる書籍というのは、これまであまりなかったのではないでしょうか。上場企業に対しては、機関投資家から(公式、非公式を問わず)重要な提案が示されたり、またエンゲージメントの機会が増えたりすることが予想されますが、本書はそのような場面における企業対応にも十分に参考になる内容です。大塚先生、勉強になりました!<(_ _)>
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