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2021年4月27日 (火)

ガバナンス・コード改訂版に対応する日本の上場企業を機関投資家はどうみるか?

本日も日帰りの東京出張で、帰阪後もまとまった時間がとれませんでしたので、自分用の備忘録としてガバナンス関連の話題をひとつ。備忘録なので、私個人の意見などはあまり記載しておりませんのでご了承ください。

先週末、金融庁Gコード&Sコード・フォローアップ会議のメンバーの方と、ある団体の会合で意見交換を行う機会がありました。ガバナンス・コード2021がもうすぐ適用されますが、ガバナンス・コードに対応する日本企業についての当該メンバーの方のご意見がとても興味深い。

まず「日本企業はエクスプレインする(コードに従わない理由を説明する)企業が少なすぎる」とのこと。「日本企業はガバナンス・コードへの誤解があるのではないか」とおっしゃっておられました。自社にとって最適なガバナンスはどのようなものか、企業理念に沿った考え方が、ます自社で確立していることが前提。だからこそ、投資家はエクスプレインを期待している。これほどコンプライする、ということは、そもそも自社のビジネスモデルに沿ったガバナンスの理想形が存在しないのではないか。だからあまり考えることもなくコードができれば従う・・・ということになるのではないか。

たしかに英国では「コンプライ」が基本であり、エクスプレインは例外的かもしれない。しかし、それは英国が2008年のリーマンショックの際に改訂した「守りのガバナンス」に関するコードが中心だからであり、また、国家ではなく「シティ」が主導で策定されたソフトローだから(人から押し付けられた規制ではなく、自分たちで決めたルールだから従うのが当たり前)。攻めのガバナンスのためのガバナンス・コードを国から要求されて従うとなれば、日本と英国と背景事情が全く異なる(よって、堂々とエクスプレインすればよい)。

役員からみてコードへの対応として重要なのは取締役会の実効性を評価することであろう。しかし、自己評価ができているとは思えない。とくに社外取締役の評価はどうしているのか。日本では「健全なリスクテイク」のために社外取締役が果たすべき役割があるはず。ではそのような役割を果たす社外取締役は、誰がどのように格付けしているのか。

私の聞き間違いもあるかもしれませんので正確性は保証できませんが、ご意見には共感するところが大きいです。やはり「成長戦略を後押しするガバナンスなど掲げているのは日本だけ。ガバナンスは不正防止、社長の暴走抑止、エージェンシーコストの低減、といったところが目的」という点はとても重要ですよね。ガバナンス・コードへの対応は二の次として、まずは自社の持続的成長のための最適なガバナンスを考えることが最優先ではないか(←これが2013年以来、ガバナンス改革に一生懸命取り組んできた日本が得た知見では?)といった考え方が次第に浸透するような気もします。

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2021年4月22日 (木)

改正公益通報者保護法に基づく指針案報告書が公表されました(その他、お知らせ)

本日、某社の不正案件に関する特別調査委員会の設置が決まり、当職が委員長を拝命いたしました。6月下旬の取締役会に報告書を提出する予定でして、それまでまた東京と大阪を行ったり来たりの生活となります。ブログの更新がむずかしくなりそうですが、どうかご容赦ください。

さて、昨年6月に成立した「公益通報者保護法の一部を改正する法律」では、事業者に対し、内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備等が義務付けられることになりましたが、具体的な義務の内容については指針で定めることとされています。消費者庁は、指針の内容等について検討するため、昨年10月から「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会」を開催していましたが、本日(4月21日)、検討会報告書が取りまとめられ、消費者庁ウェブサイトに掲載されました

まだきちんと読めておりませんが、来年の改正法施行に向けて、企業実務的にも重要なので告知だけさせていただきます。

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2021年4月20日 (火)

東洋紡・品質不正事件-出荷先の不適切受領に光をあてた記事

4月16日の日経クロステック「東洋紡、4度の隠ぺい 報告できなかった品質不正」を読みました(有料記事)。自動車部品用に東洋紡が製造している樹脂(プラナック)製品が、チャンピョン品(米国認証機関における試験用に別途製作した製品)で試験をクリアしながら、性能の異なる販売用製品を出荷していた事例でありまして、米国認証機関の抜き打ち検査で発覚したようです。未だ調査は続いているようですが、昨年末の社内調査の内容をとりあげた記事の内容がなかなか興味深い。

東洋紡は2020年10月、米国の第三者機関による認証試験に、実際の商品よりも燃えにくいサンプルを提出する不正があったと発表しておりました。同社が昨年12月に公表した調査結果によりますと、プラナック事業は2010年3月末に印刷用インク大手のDICから譲り受けたのですが、譲渡前の交渉で東洋紡の担当事業部の責任者はDICの認証不正を認識したにもかかわらず、上層部に報告しないまま不正を続けた(不正を引き継いだ)とのこと。東洋紡は、代替品の開発を断念した20年に入って経営幹部に報告され、DICから引き継いだ不正事実が発覚したそうです。

東洋紡より昨年末に公表されたのは調査概要でありますが、品質偽装品を受領した側が「偽装であること」を知りながら受領してしまったことに言及しているところに関心が向きます。上記日経クロステックの記事によれば、出荷元であるDIC社が性能偽装によって認証を受けていたことを東洋紡の担当者はデューデリジェンスによって認識していたにもかかわらず、これを経営陣に報告せずにそのまま製品を受領し、その後は不正を引き継いでしまったそうです。クロステックの記者は「その場でDICに不正事実を告げて、取引を有利に進めればよいだけの話なのに、なぜ経営陣に不正事実を報告できなかったのか」と疑問を抱いています。

なお、調査報告では「おそらく製品を受領する担当者のリスク感覚が希薄だったことが原因」と分析しているようです。たしかに要求基準に満たない品質が判明した場合には(まだ品質偽装事件が頻発していない時期であれば)「この程度なら問題ないか」といった意識だったかもしれませんが、さすがに性能偽装によって米国規格を通した、という場合にまで「リスク感覚が希薄だった」といった分析では済まないように思われます。なぜ問題を認識しながら報告できなかったのか、という点の深堀は私も必要だと考えます。

これまで多くの日本企業において「品質偽装事件」が発覚していますが、出荷する側の問題だけでなく、偽装製品を受け取る側の問題に光をあてた記事は初めてではないでしょうか。当ブログにおいては2017年10月18日付け「神鋼品質データ事件の責任は神鋼だけが負うべきなのか?」、2018年4月3日付け「グループ管理、サプライチェーンにこそ不祥事の『根本原因』があると考える」等で何度も申し上げているように、品質偽装事件は不正を行った企業だけの問題ではないと考えております。偽装製品を受領する側においても、偽装を知りながら受領せざるを得ない事情があり、その事情にこそ光をあてなければ日本企業の品質偽装事件はなくなりません。

近時発覚した小林化工の薬剤混入事件でも社長さんの弁明に出てきましたが「納期を守れず、サプライチェーンを構成する他社に迷惑をかけるくらいなら法令違反や社内ルール違反もやむなし」「効率的な経営を最優先する企業風土があった」という理由は、社内でコンプライアンス違反を正当化してしまうのでしょうか。東洋紡のように、自社の技術が高まれば高まるほど、他社の不正にも気づきやすくなるのですが、サプライチェーン全体の納期を遅延させるくらいなら、他社の不正を許してしまおうと考える、その根本要因はどこにあるのか?それは諸々考えられるところですが、不正競争防止法違反や独禁法違反、景表法違反事件などを本気で防止するためには、他社との協働作業を通じて不正を根絶する取組みが、そろそろ必要になるのではないかと。

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2021年4月19日 (月)

日産元会長逮捕劇の端緒は常勤監査役の覚悟にあった-日産クーデターの真相より

4月17日までの5日間の連載記事「日産クーデターの真相」(朝日新聞・経済プラス)は、先週のエントリーで述べた通り、監査役・監査等委員の皆様には本当に必読の内容でした。どこまでが裁判での証言で、どこからが記者独自取材の内容なのかはわかりませんが、日産元会長が逮捕されるまでの社内調査の経緯が克明に描かれていて、とても参考になりました。

お読みになった方はおわかりのとおり、日産の常勤監査役(当時)のI氏が悩みを専務執行役員のK氏に打ち明け(役員食堂での雑談)、その後K氏から紹介された弁護士(元検事)の勧めで司法取引を活用する環境を整備し、最後にS社長(当時)に調査の全容を説明したうえで引き継ぐ(その1か月後に元会長逮捕)。検察官と交渉した際、I常勤監査役が「もし情報が洩れるようなことがあったら、検察は手を引く」と断言されたこと、司法取引の当事者となる法務担当執行役員や秘書室長らが「司法取引」を行うことによって「自分もあぶないのではないか」と衝撃を受け、冷静さを失っていた状況も描かれていました。

ルノーとの統合に反対していたK専務執行役員と出会ったこと、正義感から元会長の行動を阻止したいと考えていた法務執行役員が存在していたこと、内部通報制度の活用だけでは壁を乗り越えられないと感じていたときに「日本版司法取引制度」の施行が開始されたこと、「裏報酬」に光をあてて検察庁が金融商品取引法違反による起訴を決断したこと等、クーデターが起きた要因は複合的だったことがわかります。ただ、I常勤監査役が「日産のものつくり」をこよなく愛していて、「このままでは日産の技術が失われてしまう」といった危機意識を持ち、元会長と対峙する勇気がなければ日産の事件は表面化しなかったと言えます。

他社の監査役、監査等委員の皆様への教訓としては、常勤監査役I氏が法務担当執行役員に悩みを打ち明けるシーンでしょう。法務執行役員の方が「この人は本気でゴーン氏と対決するつもりだ」と驚き、その後、I氏に対して元会長の不正事実を克明に説明をしますが、やはり監査役、監査等委員が本気で監査権を行使する気概を示すことで、経営執行部側から情報が届く、ということだと思います。逆に言えば「監査役」「取締役監査等委員」とは名ばかりで、本気で社長と対決する覚悟のない監査役、監査等委員に対しては、経営者が関与する重大な不正情報は耳に届かない、ということです。

この連載記事は「日産事件は、ルノー統合を良しとしない日産幹部のでっちあげではない」(日産元社長のS氏が裏で動いていた、というものではない)と締めくくられています。ただ、ルノー統合の動きが加速していなければ、元会長は退任後に莫大な「裏報酬」をもらいながら、今もルノー・日産の統合会社のトップに君臨していたのではないでしょうか。そう考えますと、日産の技術畑を歩み、こよなく日産を愛しておられたI常勤監査役の調査権行使(社内調査の指揮・先導)と違法行為差止権限の行使(監査役自ら元会長と対面することを避けて、内部通報者に司法取引を勧めて、外部から元会長の動きを制止させること)は称賛に値するものと考えます。

もちろん「何が正義なのか」といった広い意味で本件をとらえるならば「元会長は日本の刑事司法制度の被害者である」「裁判を受けていれば無罪の可能性があり、クーデターは正当化されない」といった意見もありましょう。ただ、会社法上の監査役制度を前提とすれば、監査権の実効性を確保するために検察や金融庁との連携が必要な場面も当然に出てくるわけで(改正公益通報者保護法施行後は、監査役による公益通報という手段も出てきます)、このような常勤監査役の監査権の行使は善管注意義務、忠実義務の実践の「あるべき態様」ではないかと思うところです。

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2021年4月16日 (金)

週刊金融財政事情に論稿を掲載いただきました。

1618551767455-2_400 日経や産経のニュースによりますと、東芝の経営陣や金融機関が、ファンドによる買収提案に対して消極的な意見を持っていると報じられています。ファンドによるバイアウトが成立するとなれば、そもそも指名委員会等設置会社である必要性も、また独立社外取締役が設置される必要性もなくなるはずなので、東芝の現経営陣の判断は多分に利益相反性を帯びているものと考えられるのですが、いかがなものでしょうか。

さて、週刊金融財政事情の最新号(2021年4月20日号)に「日本郵政の検証報告書から読み解く内部通報制度の重要性」と題する論稿を掲載していただきました。当ブログでも必読!と書いた日本郵政の内部通報制度の検証報告書ですが、この報告書は、他社が今後の法改正(公益通報者保護法)やガイドライン・指針の策定に伴い、現状の内部通報制度を見直すにあたってたいへん貴重な資料と思われますので、本稿を執筆いたしました(なお、日本郵政は当該報告書に沿って内部通報制度を見直したようです)。

とりわけ(日本郵政グループの)現行の内部通報制度の検証方針を(図表にして)ご紹介しておりますが、ここは公益通報への適切な対応体制の整備が義務付けられる事業者にも参考になるのではないかと。日本郵政の報告書はとてもよくまとまっているものと思いました。全国書店にて発売中なので、ご興味がございましたらご一読くださいませ。なお、私的には同誌に掲載されているNOT法律事務所弁護士の方による論稿「コロナ禍で相次ぐ大企業の減資、『資本金1億円』の誘因」がとてもおもしろかったので、そちらをお読みなることもおススメいたします。

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2021年4月15日 (木)

東芝は経産省と良好な関係を維持できるのだろうか?-一連の報道から考える

CVCによる買収提案から1週間が経過した4月14日、東芝では臨時取締役会の開催を前にCEOが辞任の意向を示したことが報じられました。4月8日のエントリー「CVC、東芝へ買収提案-なぜ初期提案の情報が洩れる( *´艸`)?」で述べたように、やはりCVCの買収提案にはストーリーがあったようです。ただ、東芝社内において指名委員会が幹部社員によるCEO信任調査を継続していた事実や、今年に入って経営陣の間でCEO信任について対立があった、という事実は全く知りませんでした。

文春オンライン、ロイター通信をはじめ、多くの報道内容から、素人なりに一番真相に近い記事を掲載しているのは毎日新聞の「東芝社長、電撃辞任の裏側 買収もくろむファンド、その視線の先」だと考えております(有料記事かもしれませんが)。現時点で全体像を把握するには、この毎日新聞の記事をお読みになるのがよろしいかと。上記エントリーにて、私は4月7日の日経スクープ記事を「胸のすくような記事」と申しましたが、ホント、取締役会議長を務める社外取締役さんは、当該記事を読んで激怒したでしょうね。

辞任された元CEOの方と経産省には太いパイプがあることもストーリー通りで、経産省サイドとしては元CEOによるストーリーを支援していたのではないかと想像します。外為法規制への審査、(ファンドの保有株式次第ですが)海外諸国における競争法上の審査など、内外の規制当局との交渉はハードルが高いはずで、外資ファンドによる買収を進めるにはどうしても経産省の力が必要なはずです。経済安保体制が高まる中、東芝メモリが売却された2018年当時とは競争法上の審査の厳しさも変化しているように思います。元CEO辞任劇をみておりますと、社外取締役を中心としたガバナンスが機能した事例のようにもみえますが、どうしても東芝が国益と深く関わる企業であるがゆえに経産省との信頼関係抜きには非公開化はうまくいかない、というのが現実の見方ではないでしょうか。

さて、そうなりますと東芝の元社長さんがCEOに復帰されるとしても、経産省との関係はどうなるのだろう・・・という点がポイントになるように思います。2017年当時、東芝メモリ(現キオクシア)の売却先を決定するにあたり、経産省と当時の東芝経営陣との間で揉め事はあったのか、なかったのか・・・。おそらく今後のメディア報道は復帰した社長さんと既存株主との信頼関係の構築に焦点をあてるものと思いますが、私はむしろ当該社長さんをはじめとした東芝経営陣と経産省との信頼関係の構築に焦点をあてて今後の展開に注目しておきます。

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2021年4月14日 (水)

監査役・取締役監査等委員の皆様にお勧め-日産クーデターの真相(朝日けいざい連載記事)

4月14日午前 追記あり

4月13日の朝日新聞朝刊「けいざい+(プラス)」で連載が始まった「日産クーデターの真相」ですが、なかなか興味深い内容です。グレッグケリー氏の裁判における証言や、新たな取材によって判明した「ゴーン氏逮捕までの経緯」を連載記事で再現する、というものです。第1回は「監査役は不審に思った」とサブタイトルで、日産の常勤監査役のI氏がゴーン氏の不正疑惑を抱くに至った経緯が記されています(当該経緯はまだ第2回にも続きます)。

I氏は実名、写真入りで登場です。I氏の実名は、当時日産元会長逮捕劇を扱った週刊文春2018年12月6日号でも掲載されていましたが、朝日の著名記者の方が新たにI氏に取材をされたようで、上記記事ではI氏が元会長の不正疑惑に迫る要因となった新事実が明らかにされています(第2回はI氏の違和感が不正疑念へと変わるきっかけとなる「社員食堂での後輩との会話」が掲載されるそうです)。

I氏は日産の副社長から監査役になった方ですから、積極的に社内の情報を収集できる立場にあったのかもしれませんが、カリスマ経営者に対峙する監査役(取締役監査等委員)の「職業的懐疑心」を理解するには貴重な題材ですね。監査役・監査等委員は職業的懐疑心をもって監査職務にあたることは善管注意義務、忠実義務を履行する者として「あたりまえ」のことですが、その「あたりまえ」のことが経営者の不正疑惑を前にするとできないことが多い。社長の違法行為を差し止める権限があるとしても、まずは「違法行為」「著しく不当な行為」である確証を得なければ権限行使の決断はできないでしょう。

3年前の文春記事では、たしか法務担当の執行役員(今回の記事にも登場します)らと意思を通じて、最終的には司法取引(刑事訴訟法上の協議・合意制度の活用)に至ったものと記憶しており、I氏が直接ゴーン氏と対峙した、ということではなかったと思います。たしかに監査役、監査等委員が司法取引の当事者となる場面というのは想定しにくいです。ただ、今後は(公益通報者保護法の改正によって)、一定の職務行為を行うことが前提となりますが、監査役も公益通報者となり、たとえば金融商品取引法違反事実の疑惑については証券取引等監視委員会や公認会計士・監査審査会等へ通報することが監査役としての正当な職務行為とされます(正確には監査役、取締役としての守秘義務が「正当理由」によって解除される、といったほうがよいかもしれません)。

つまり、監査役として経営者と強硬姿勢で対峙するだけの勇気がないとしても(※)、「強硬姿勢で対峙すること」と同視しうる程度の作為義務(経営者による違法行為の是正措置義務)は認められるようになると考えます。少なくとも、是正措置が必要かどうか、その判断の前提となる情報収集は必要だと思います(常勤監査役、監査等委員から情報を共有された社外監査役、監査等委員も同様の注意義務が発生するはずです)。もちろん、社長の不正疑惑を抱くきっかけとなる最初の「違和感」は、会社の業務全般に精通していなければ湧いてこないかもしれません。しかし、その「違和感」を監査役会(監査等委員会)を構成する他の監査役、監査等委員と共有することで、疑惑→確信に発展します。

※・・・監査役さんが裁判で敗訴した事例では、「見なかったことにしましょう」と他の監査役に勧めていた例、社長に違法行為の即時停止を求め、停止しなければ監査役を辞任する、と申し入れたものの、社長解任を提案する取締役会の招集をしなかった例、社長の行動に違和感を感じつつも、それ以上何もしなかった例など、もう少しの勇気があれば敗訴しなかったものと思われます。

冒頭の朝日新聞の連載は、おそらく「日本版司法取引」に至る経緯に最も関心が寄せられると予想します。ただ、監査役が経営者の不正を追及する決断に至る経緯については、あまり世間的に公表されることがありません。当該連載では、そのあたりが明らかになることを期待しております(本件とは関係ない話ですが、私が第三者委員会の委員長を務めた過去の報告書では、監査役の権限行使に至る経緯を詳細に開示しております。有事に直面する監査役、監査等委員の皆様への有益な参考例としての「公共財」として残したい、という気持ちからです)。

4月14日午前追記;今朝の連載2回目「危ない橋を渡る」もなかなかおもしろい!この続きがとても楽しみです。

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2021年4月13日 (火)

東芝のバイアウト戦略(?)こそガバナンス・コードの趣旨を実現したものでは?

(4月13日午前 追記)

会社法規則の内容まで織り込んだ改訂版の会社法関連書籍も、いよいよ4月22日の江頭憲治郎「株式会社法(第8版)」の発売でほぼ一巡の様子となりますね。会社法の改正では日本の会社は変わらない(法律時報86巻11号65頁)、コーポレートガバナンス・コードが「攻めのガバナンス」に資するなど、諸外国でも聞いたことがない(「コーポレート・ガバナンスの目的と手法」早稲田法学92巻1号95頁)と、近時の企業統治法制について厳しい意見を述べておられる江頭先生が、令和元年改正会社法およびコーポレートガバナンス・コート再改訂版の施行を念頭に、どのような改訂版を出されるのか、たいへん興味があります。

さて、上記ご論文「コーポレート・ガバナンスの目的と手法」(2016年)の中で、江頭先生はコードによって要請されているような事項の遵守は、上場会社の資本コストを下げる(エージェンシーコストを下げる)ことには役に立つかもしれないが、そもそも「攻めのガバナンス」つまり持続的な成長(中長期的な企業価値の向上)には役に立たない、と指摘しておられます。「いやいや、独立社外取締役が増えることでCEOの選解任に社外取締役がボードの主導権を握り『攻めのガバナンス』は実現できるではないか」との意見もあるかもしれません。しかし江頭先生は「もちろん社外取締役が外からCEOを連れてこれるなら別だが、そこまでできる社外取締役などおそらく存在しないだろう」と看破しておられます(ホント、その通りかと)。

そのうえで、コードには要請されていないものの、もしコーポレートガバナンス・コードの趣旨(中長期的企業価値の向上、攻めのガバナンス)を実現させるコーポレートガバナンスの手法があるとすれば、それは「バイアウトファンドによる買収」以外にはないとおっしゃっています(同上114頁)。-バイアウト・ファンドによる買収は、経営者によるリスクテイクを容易にし、経営者・従業員の生産性を向上させると主張されているが、そうであるならば、当該手法はまさに「会社の持続的な成長」をもたらすコーポレートガバナンスの手法といえよう、とのこと。

いままさに東芝は、アクティビストファンドの大株主によって経営判断の一部を握られ、もはや資本コストを低減させることがむずかしい状況にあります。そうなると、CVCによる買収こそ、東芝に残された唯一の企業価値向上のための手法ではないか、という理屈も成り立ちそうです。もちろん、これは理屈、理論の世界の話であって、私の個人的な意見としては、前のエントリーでも述べたように、すでに官民で(日経さんも含めて?)ストーリーが出来上がっているのではないかと推測いたします(なお、私は当該ストーリーについては賛否はとくに表明しておりません)。そして上記の理屈が当該ストーリーの正当性・合理性を担保することになりそうな気もいたします。

このような事前のストーリー作りが許されるのは、東芝が廃炉技術や解読不能な暗号技術など、国益に関わる有形無形の資産を保有する「特別な会社」だからであります。重大な経営判断に至るプロセスの透明性、公正性が要求されることは当然であり、社外取締役の方々を中心とした議論が必要ですが、けっして「社外取締役が中心となって議論したこと」が、上記ストーリーのお墨付きを与えたことにならないように、それぞれの社外取締役の個人的な意見も外からわかるような工夫が必要かと思います。

4月13日午前 追記:朝日新聞朝刊(13日)によると、東芝は社外取締役や法律・会計の専門家を含めた特別調査委員会を設置する方針を固めたそうです。ぜひ調査委員会の活動内容についても明らかにしていただきたいですね。

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2021年4月12日 (月)

再生可能エネルギーの活用は本当にESG経営と言えるのか?

スマートジャパンの4月7日付けニュース記事によりますと、国立環境研究所の全国調査の結果が公表され、太陽光発電で失われた土地で最も多かったのが「里山」だった、とのこと。つまり、この調査結果からしますと、日本において太陽光発電を推進するとなると、一方において環境破壊が進む可能性がある、ということになりそうです。すでに海外では海洋での太陽光発電技術も進んでいるようですが、日本では「塩害」のために海洋付近ではむずかしいとされており、そうなりますと今後は「里山」を切り開いてでもエネルギーの転換を進めざるを得ないのでしょうか。それならそれで環境破壊への対応も併せて検討しなければサステナブルとは言えないように思います。

最近、個別企業の統合報告書等において、自社のカーボンニュートラルへの取組みとして、再生可能エネルギーへの転換を謳う企業が増えていますが、それはクリーンエネルギーへの転換のためであれば環境破壊もやむをえない、というメッセージになりはしないでしょうか。もし再生可能エネルギーを活用するのであれば「それはどこで作られた再生可能エネルギーなのか」という点で活用するエネルギーの価値も変わるのではないかと。

4月11日の時事通信ニュースでは、ユニクロのフランス法人がNPO法人から刑事告発を受けたことが報じられていますが(中国・新疆ウイグル自治区での人権問題をめぐり、ウイグル族を支援するフランスのNGOなどは9日、少数民族の強制労働で恩恵を受けているとして、人道に対する罪の隠匿の疑いで「ユニクロ」の仏法人を含む衣料・靴大手4社をパリの裁判所に告発したと明らかにした、というもの)、これまでは本件に関するファーストリテイリングCEOの会見での対応のように「政治的は意見についてはノーコメント」でよかったのかもしれません。

しかし、これだけESG経営への前向きな姿勢が海外から注目を集めるようになると、「ノーコメントは問題解決に消極的な姿勢」と推定され、消費者やNPO団体から厳しい指摘を受けます。私個人の考え方としては、ノーコメントを貫くことも日本企業の戦略として妥当ではないか(経済安保の情勢のなかで、そもそも簡単に結論を出すべき問題ではない)と思いますが、昨年12月、こちらのエントリー「ESGへの取り組みは加点主義なのか、減点主義なのか?」でも、花王の社長さんの発言をご紹介しましたが、ESGへの前向きな取り組みは、一方において新たな人権侵害や環境破壊の要因となることを認識すべきです。そのバランスをどう調整していくか、というところまでの取り組みが必要ではないでしょうか。

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2021年4月 9日 (金)

組織風土の違いを感じる東芝(内部告発)と日立(内部通報)の有事対応

昨日の東芝のCVCによる買収提案受領のニュースに続き、本日は日立が上場子会社である日立金属をベイン(連合)を売却先に選定したことが報じられました。国益に大きな影響を及ぼす日本企業というところでは同じですが、海外ファンドから株式非公開化を目的とした買収提案を受けた東芝と、重要子会社(日立金属)を海外ファンド連合へ売却を決めた日立では、どれくらい「組織風土」に違いがあるのでしょうか。

東芝の場合、自身の会計不正事件については金融庁への2名の社員による内部告発が事件発覚の端緒だったわけで、当時は「自浄能力の欠如」と言われました。もし、あの内部告発がなかったら、いったいどうなっていたのでしょうか?ほかにも内部告発者が現れて、遅かれ早かれ会計不正は発覚していたのか、それとも今でもうまく隠蔽し続けていたのか。とくに根拠はありませんが、私は今でも債務超過は上手に隠され続けているのではないかと思います。

一方、日立の場合は(経営の失敗をあえて出し切るかのように)2008年度決算で7800億円の損失を計上し、先日の日立金属の品質偽装事件についてもグループ内部通報によって(長年に及ぶ)不適切な品質偽装の事実を確知し、日立金属の経営トップの隠ぺい工作を認識するやいなや(調査報告書を待つまでもなく)直ちに日立金属の経営トップの交代を実践しました。←後半部分は本年1月に公表された調査報告書および昨年の新聞記事等を参照。

同じような内部通報制度を整備していたとしても、制度が機能する会社と全く機能しない会社があるわけですが、結局のところ、それは通報制度の運用を支える組織風土の違いに起因することが多い。通報することによって「犯人さがし」がされる風土であれば、社員による外部への通報(内部告発)が増えるわけですし、通報することが社内で賞賛される風土であれば、社員も安心して社内通報ができます。「見て見ぬふりなど許されない」「業務の効率性を理由にコンプライアンスを秤にかけない」といった理念を現実の業務で活かせる組織風土はこれからの経済的競争力の大きな要素です。

いま、東芝も日立も役員の皆様は「有事」に直面しているわけですが、有事対応においても組織風土の影響を受けるのではないでしょうか(それは独立社外取締役がたくさんいらっしゃるとしても同様かと)。「自浄能力の違い」といってしまえば簡単ですが、もっと具体的な物言いをするならば、独立社外取締役への報告体制の運用に違いが生じるのではないか。

日立製作所が日立金属のプロバーだった社長さんを、不祥事発覚後(少なくとも対外的にはどこに問題があったのか不明な時期に)ただちに交代させたというショッキングな出来事は、グループ内における報告体制の機能不全への警鐘だったと思います。社内におけるレポートラインが健全であることは、社外取締役からみても、経営判断に必要な情報は適宜的確に受領できる体制が保証されていることを推察させます。

しかし東芝のように(昨年のグループ会社の架空循環取引への関与もそうですが)他者から指摘を受けるまで不都合な事実は開示しない、といった事例が続きますと、たとえ独立社外取締役が多数を占める取締役会であったとしても、重要な経営判断に必要な情報が事前に(社外役員も)共有できているのだろうか・・・との疑念が生じてしまいます。このたびの海外ファンドからの買収提案についても、おそらく東芝の社外取締役の皆様には「現株主の株主価値の最大化」に向けた細心の注意を払った行動が求められますが、トップの「利益相反状況」が顕在化するなかで、必要な情報が共有されるのでしょうか。

2015年の会計不正事件を契機として、大きくガバナンスの改善が期待されている東芝ですが、今回の有事は組織風土の改革が果たされたかどうかを見極める上でも試金石となる事例になりそうです。

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2021年4月 8日 (木)

CVC、東芝へ買収提案-なぜ初期提案の情報が洩れる( *´艸`)?

Img_20210407_212957_512 英国ファンドのCVCが東芝に2兆円買収提案、という記事は、胸のすくようなひさしぶりの日経新聞トップスクープでしたね。東芝が本日午前8時半に開示した内容は、「今朝の買収提案に関する日経報道は当社が発表したものではありません。昨日CVCから初期提案を受けたばかりであり、詳細情報を集めて取締役会でこれから検討いたします」というものでした。

しかし日経のトップ記事を読むと「CVCは今後、自らの提案に賛同するファンドを募って共同で買収する」とか「現在の株価にプレミアムを3割ほど乗せることができる程度のレンジを想定する」とか、本来は東芝側が判断すべき理由である「非公開化によって経営判断を早める」といった非公開化の目的まで書かれてあります。いくらなんでも昨日の初期提案の内容から、朝刊記事の締め切り時間(4月7日未明)までに書ける内容ではないような・・・( ̄▽ ̄;)

どうして初期提案の情報が日経記者さんに漏れるのかな・・・そういえば日経さんのスクープ記事といえば、2007年のJTと日清食品が加ト吉社買収の検討を行ったときのこと(こちらのブログ記事)を思い出しました。(;^ω^)どう考えても日経さんにタイミング良く「書いてもらった」としか言いようがない(笑)

「いやいや、まだ初期提案を受領したばかりであります。もちろん、今後正式な提案があれば取締役会で真摯に検討してまいります」って、ホンマかいな(笑)と素直に思ってしまいますよね。東芝の現会長さんがCVC会長から転身されたときの記事(2018年2月のこちらの記事)でも、「将来、CVCが東芝の支援をする可能性は否定できない」って書かれてありますし、今後TOBが開始される予定であるにもかかわらず(国益とも関わる東芝の情報技術やエネルギー技術の保護について)経産省や財務省の審査(外為法規制)のための事前相談もまったくなされていないとも考えられないですし、なんといっても日経スクープの早さからしてすでに関係者間でのストーリーが出来上がっているのでは、と思うのは私だけでしょうか(笑)。過去に英国ファンドがJパワーの買い増しに動いたときに、財務省が外為法で中止命令を出した状況とはずいぶんと異なるように思います。

しかしそうなると、東芝の現株主であるファンドの皆様は、3割のプレミアムが上乗せされる、といわれる現在の株式価格が本当に東芝の企業価値を反映したものかどうか、疑いを持つのではないでしょうか。本来ならばもっと株価が上がるような有利な情報を開示していない、といったことはないのでしょうか。子会社における架空循環取引や定時株主総会における議決権集計問題等、株主に対して十分な説明責任を果たしてきたと言えるのかどうか。もちろんCVCの正式な提案があれば、これに対抗する提案も飛び出すかもしれませんが、仮にストーリーがあるとしても、今後シナリオ通りにはなかなかいかないような気もいたします。

もちろん、上記は野次馬的な立場にある私の推測にすぎません(株式取引は自己責任でお願いいたします)。ただ、長期保有を前提とするPEによる(企業統治の在り方が問われる)TOBというのは極めて異例だと思いますし、今後どのような展開となるのか注目しておきます。

 

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2021年4月 6日 (火)

内部通報への妨害行為が立件される時代-内部通報制度認証(WCMS)申請・審査の実態報告は参考になります

4月6日午前 追記あり

4月5日夜の朝日新聞ニュースで知って驚きましたが(追記:4月6日の朝日朝刊社会面にも掲載されております)、日本郵便の元局長さんが内部通報者への恫喝行為で起訴されたのですね(強要未遂罪)。書類送検から1年以上経過していたので不起訴処分かと思っておりましたが、内部通報の妨害行為、とりわけ公益通報者への不利益な取扱いは、強要罪で刑事立件される可能性がある、ということは民間事業者の皆様方もよく認識しておいたほうがよいと思います(以下本題)。

さて、先日(3月23日)、消費者庁HPにおいて「内部通報制度認証(自己適合宣言登録制度)の登録事業者が100社を超えたこと」が発表されていました。これを契機としたのかどうかはわかりませんが、本日(4月5日)、認証第三者機関である商事法務研究会のHPにて、「内部通報制度認証(WCMS)申請・審査の実態概況報告-登録事業者100社の概況と審査の概要ー」がアップされています。追記:にこらうすさんがコメントされているように、YouTubeによる解説チャンネルもできていたのですね。そちらもご参照ください(すいません、私は閲覧しておりませんが・・・)。

申請したけれども、資料や説明が不十分として補正が要求される対象となる項目が結構多いのですが、多くの申請企業にとって補正の対象となった項目をみると、内部通報制度の整備・運用のどこにむずかしさがあるのか、ということがよくわかりますね。通報事実に対する調査協力を確保する仕組みや調査妨害を防止する仕組み、被通報者による不利益取扱いを防止する仕組み等は、その運用面も含めて各社頭を悩ませている様子がうかがえます。また、禁止される不利益取扱いの類型の具体化や外部窓口の中立性、公正性等の確保についても補正が求められることが多いようです。

とりわけ後半部分は審査項目のどこに注意しながら整備・運用すべきか、という点を「補正による主な確認事項」としてまとめられているので、とても参考になります。今までなら「認証登録をして、自社の内部通報制度が充実していることをアピールしたい企業は登録申請してみてはいかがでしょうか」といったコメントがピッタリでしたが、これからはおススメせずとも認証申請を行う事業者が増えるものと予想しております。

その理由としては、なんといってもガバナンス・コード改訂2021の施行が大きい。ズバリ内部通報制度の充実を要請している原則2-5、補充原則2ー5①については変更はないものの、補充原則2-3①は、

取締役会は、気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理など、サステナビリティーを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである。

と修正されました。まさにESG経営の一環として「従業員の健康・労働環境への配慮、公正・適切な処遇」が要請されていますので、内部通報制度の充実は攻めのガバナンスとの関係でも必須の条件になるということです。労働者保護の施策を対外的にアピールするには、まさに認証制度を活用するのが近道だと思われます。

さらに、来年施行される改正公益通報者保護法が「公益通報への適切な対応体制の整備等措置」を常用雇用者300人超の事業者に義務化したことです。これに伴い、今後は民間事業者向けガイドライン(平成28年版)も改訂されるはずです(おそらく改正法の「指針」が公表された後に、指針の解説等と一緒にガイドラインも改訂されるものと予想されます)。もちろん事業者の「内部通報対象事実」と「公益通報対象事実」は異なるものですが、事業者向けの内部通報制度ガイドラインに沿った対応がなされていれば、公益通報への適切な対応体制の整備についても広くカバーできるものと考えられます。

そして上記の実態報告を読んでみて気が付いたのですが、補正の対象となっている項目は、いずれも「経営者が認証登録を支援する気持ちがないと通報制度の整備・運用が進まない」ものが並んでいるという事実です。つまり担当者任せで認証申請をしてみたものの、補正を求められて「これは経営者から許諾を得ないとルール改正がむずかしい」という項目が残ってしまう。そういった項目だからこそ「何度も登録機関から突き返された」のでしょうね。つまり経営者自身が内部通報制度の重要性を認識する、全社的に内部通報制度が機能する組織風土を醸成することのきっかけになる、という点はこの認証登録制度のメリットかと思います。

現在は「自己適合宣言登録制度」として運用されていますが、将来的には「第三者による適合認証登録制度」になることが想定されていますので、いまのうちから整備・運用の勘所を知っておくのも得策ではないかと。サステナビリティ経営が謳われる時代、ぜひコンプライアンス経営の実現、労務環境の向上のための制度を活用してみてはいかがでしょうか。

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2021年4月 5日 (月)

企業統治改革が進む中で、「社長レース」に敗れた方の処遇はどうなるのか?

先週金曜日のエントリー「監査機関の一元的統合に関する課題にどう答えるか?」にはコメントやメールを多数いただきまして、どうもありがとうございました(リモートでフォローアップ会議を公聴されている方もおられるのですね)。監査役制度や内部監査の在り方など、様々なご意見をお持ちの方が多いことをあらためて知りました。

ところで、週末に、当ブログのエントリーをお読みになった某経営コンサルタント会社の社長さんや人材開発会社の社長さんとお話しする機会がありまして、たいへんおもしろいお話を拝聴いたしました。監査役制度を廃止して監査等委員会や監査委員会に統合することはマズい、そもそも統合は無理ではないか・・・といった意見をお持ちでした。

「監査役は社長レースに敗れた人たちの最適なポジションである」「山口先生のブログで『監査役制度の統合』が検討されていたが、実務的にはナンセンス」「有望な人材による社長レースが繰り広げられ、最終的に敗れた役員は常勤監査役として待遇面で厚遇しつつ、議決権を持たない立場であれば最も波風が立たない」「敗れたほうの候補者を支援してきた優秀な幹部候補が会社を辞めずに済むことにもつながる」「プロ経営者の市場があれば別だが、日本企業の場合には監査役制度が緩衝材として活用されるのはやむをえない」とのこと。

「監査役の任期4年には意味がある、任期途中で退任してもらう、といった考え方は問題だ」「取締役会改革が進む中で、監査役は妥当性監査も当然に行うべきであり、監査報告を活用すべきである」といった意見を私が述べますと、上記のような答えが次々と返ってきました。うむむむ、なるほど。。。

上記経営コンサルタントの方のお話では「最近は資源の最適配分ということで、グループ会社の統合、切り出し等も推奨されているようだが、グループ会社のトップについても監査役制度と同じ役割を担っている」「優秀な人材に競わせて、最終的にトップになれなかった人を厚遇して『会社の敵を作らない』ためには『グループ全体の業績にそれほど影響を及ぼさないグループ会社』の存在は必要。人材流出を防ぎ、社内外における人的ネットワークを失わず、社内融和を図ることはまさに守りのガバナンスとして必須」「おそらく経営者OBの独立社外取締役が指名委員会の委員であれば、そのあたりの組織力学はよくわきまえているだろう」とのことでした。

上記経営コンサルタントの方は、大きな会社のガバナンス構築に長年関わっておられるので、そのような意見をお持ちなのかもしれません。ただ、たしかにサクセッションプランが策定されたり、指名委員会・報酬委員会が設置されることが増えるとなると、早い時期から次期社長候補者を選定することになります。その際、敗れた候補者に対しては、会社はどのような待遇で臨むのでしょうか。これまで会長、相談役といった方に事実上の社長指名権限が残っていた時代であれば上記経営コンサルタントの方のような考え方も妥当していたと思うのですが、ぜひガバナンス改革に熱心な企業、とりわけ社外取締役さん方が社長の選解任の中心的役割を果たしておられる会社の対応方針については知っておきたいところです。

なお(上記のお話とも関連しますが)「守りのガバナンス」という意味では、社長と意見が対立した社外取締役として、「辞任」という選択肢をとることに躊躇しない人もいらっしゃいますが、「攻めのガバナンス」という意味では、社長と意見を対立させる勇気のある社外取締役っていらっしゃるのでしょうか?とくに社外取締役が2名以下の場合であれば、「とりあえず反対意見を述べておく」で済むかもしれませんが、今後は3分の1とか3名以上の社外取締役が役員会の構成員になるわけで、そうなりますと社外取締役の意思決定が会社の業務執行を決定する可能性が高まるわけですよね。

6月に施行されるガバナンス・コード2021を実施するためには、まだ1000人ほどの社外取締役が不足していると報じられていますが、「攻めのガバナンス」つまり健全なリスクテイクを決断する場面で、(報酬1000万円をもらえる地位を捨てる覚悟で)本気で社長と異なる意見を述べることができる人って、どのくらいいるのか・・・。あまりそのあたりって、議論されていないような気がいたします。

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2021年4月 2日 (金)

監査機関の一元的統合に関する課題にどう答えるか?

昨日(3月31日)、金融庁のHPにて、3年ぶりの改訂となるコーポレートガバナンス・コード改訂(案)が公表されました。日経や読売の事前報道でほぼ全容を知っておりましたので、内容は予想どおりでした。

ただ、よく存じ上げている方からメールでいただいた意見(感想)として「フォローアップ会議では3つの統治機構を一元化するべしとの意見が何人かの意見から出ました。方向としては委員会設置に向かうと思いますが・・・」といったコメントが気になりました(私は審議経過について、あまり知りませんでした)。監査役制度に関するフォローアップ会議での議論がかなり薄かったことは理解しておりますが、監査役制度はもはや不要(会社法上の機関形態を指名委員会等設置会社に一本化して監査委員会制度に移行すべき)、という方向性なのでしょうか。

もし機関投資家からみて「監査役制度」に魅力がないのであれば、広い意味で(会社法の理屈は抜きにして)監査役も取締役会の監督機能を担う一環として捉えて、取締役会の多様性の構成要素として説明する工夫をしてみてはいかがでしょうか。月刊監査役4月号では、MHM法律事務所のM先生が「監査役とスキル・マトリックス」なる論稿で、監査役も(新たなガバナンス・コードで開示が要請されている)スキル・マトリックスの対象とすべきか、といった問題提起をされていますが、ぜひガバナンス・コードへの対応として、常勤、社外を問わず監査役の特性(属性)についても積極的に開示すべきと考えます。

また改訂ガバナンス・コードでは、取締役や監査役の情報入手の重要性との関係で「内部監査部門の充実」に光が当たっていますが、なぜ監査役専属スタッフの活用については記載がないのでしょうか。キャリアパスの一環として監査役室に専属勤務するスタッフの存在は、監査役制度の実効性を高めます。たとえば私が社外監査役を務める会社では、現在4名の監査役会専属スタッフが在籍していますが、そこから見える監査役の役割は明らかに(内部監査部門と連携する監査役の役割とは)異なります。そのようなガバナンスの状況が開示されないことは、投資家にとってはとても「もったいない」と思います。

社外取締役に経営者の監督機能を果たしてもらうことでエージェンシーコストをできるだけ少なくしたい、会計監査人や内部監査人が別に存在するのだから、それ以外の監査コストはできるだけ低減したい、という機関投資家の気持ちからすれば、「監査は取締役・監査委員の会合で代替できるのではないか」「情報収集は優秀な内部監査部門と連携すればよいのではないか」といった素朴な疑問が湧いてきても不思議ではないでしょう。といいますか、最近のガバナンス改革の流れからすれば、そういった意見が今後も強くなるような気がします。

しかし内部監査部門に優秀な人が集まれば集まるほど、人事評価の対象は「指導機能」であり、「保証機能(不正を探すこと)」から離れることになります(優秀な社員が集まる経営管理部が不正を全く見抜けなかったことは、東芝事件の第三者委員会報告書でも記載されていました)。監査役へのダブルレポートと言われますが、そもそも監査役が欲しい情報とCEOが欲しい情報とは当然異なるわけですから、監査役専属スタッフの収集する情報とは明らかに異なるわけです。

社外取締役が期待された役割を果たしているか、対話の際に説明する会社の業績情報に信用性があるといえるか、そういった市場に参加する競争条件に問題がないガバナンスであることを担保できるシステムとしては、年に数回開催される米国のような監査委員会ではなく、年16回程度開催される監査役会のほうが適切ではないか。そして監査役会制度のあり方は(もちろん実効性が評価されなければならないわけですが)最終的には投資家のエージェンシーコストを下げることにつながるものと考えます。

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