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2021年4月14日 (水)

監査役・取締役監査等委員の皆様にお勧め-日産クーデターの真相(朝日けいざい連載記事)

4月14日午前 追記あり

4月13日の朝日新聞朝刊「けいざい+(プラス)」で連載が始まった「日産クーデターの真相」ですが、なかなか興味深い内容です。グレッグケリー氏の裁判における証言や、新たな取材によって判明した「ゴーン氏逮捕までの経緯」を連載記事で再現する、というものです。第1回は「監査役は不審に思った」とサブタイトルで、日産の常勤監査役のI氏がゴーン氏の不正疑惑を抱くに至った経緯が記されています(当該経緯はまだ第2回にも続きます)。

I氏は実名、写真入りで登場です。I氏の実名は、当時日産元会長逮捕劇を扱った週刊文春2018年12月6日号でも掲載されていましたが、朝日の著名記者の方が新たにI氏に取材をされたようで、上記記事ではI氏が元会長の不正疑惑に迫る要因となった新事実が明らかにされています(第2回はI氏の違和感が不正疑念へと変わるきっかけとなる「社員食堂での後輩との会話」が掲載されるそうです)。

I氏は日産の副社長から監査役になった方ですから、積極的に社内の情報を収集できる立場にあったのかもしれませんが、カリスマ経営者に対峙する監査役(取締役監査等委員)の「職業的懐疑心」を理解するには貴重な題材ですね。監査役・監査等委員は職業的懐疑心をもって監査職務にあたることは善管注意義務、忠実義務を履行する者として「あたりまえ」のことですが、その「あたりまえ」のことが経営者の不正疑惑を前にするとできないことが多い。社長の違法行為を差し止める権限があるとしても、まずは「違法行為」「著しく不当な行為」である確証を得なければ権限行使の決断はできないでしょう。

3年前の文春記事では、たしか法務担当の執行役員(今回の記事にも登場します)らと意思を通じて、最終的には司法取引(刑事訴訟法上の協議・合意制度の活用)に至ったものと記憶しており、I氏が直接ゴーン氏と対峙した、ということではなかったと思います。たしかに監査役、監査等委員が司法取引の当事者となる場面というのは想定しにくいです。ただ、今後は(公益通報者保護法の改正によって)、一定の職務行為を行うことが前提となりますが、監査役も公益通報者となり、たとえば金融商品取引法違反事実の疑惑については証券取引等監視委員会や公認会計士・監査審査会等へ通報することが監査役としての正当な職務行為とされます(正確には監査役、取締役としての守秘義務が「正当理由」によって解除される、といったほうがよいかもしれません)。

つまり、監査役として経営者と強硬姿勢で対峙するだけの勇気がないとしても(※)、「強硬姿勢で対峙すること」と同視しうる程度の作為義務(経営者による違法行為の是正措置義務)は認められるようになると考えます。少なくとも、是正措置が必要かどうか、その判断の前提となる情報収集は必要だと思います(常勤監査役、監査等委員から情報を共有された社外監査役、監査等委員も同様の注意義務が発生するはずです)。もちろん、社長の不正疑惑を抱くきっかけとなる最初の「違和感」は、会社の業務全般に精通していなければ湧いてこないかもしれません。しかし、その「違和感」を監査役会(監査等委員会)を構成する他の監査役、監査等委員と共有することで、疑惑→確信に発展します。

※・・・監査役さんが裁判で敗訴した事例では、「見なかったことにしましょう」と他の監査役に勧めていた例、社長に違法行為の即時停止を求め、停止しなければ監査役を辞任する、と申し入れたものの、社長解任を提案する取締役会の招集をしなかった例、社長の行動に違和感を感じつつも、それ以上何もしなかった例など、もう少しの勇気があれば敗訴しなかったものと思われます。

冒頭の朝日新聞の連載は、おそらく「日本版司法取引」に至る経緯に最も関心が寄せられると予想します。ただ、監査役が経営者の不正を追及する決断に至る経緯については、あまり世間的に公表されることがありません。当該連載では、そのあたりが明らかになることを期待しております(本件とは関係ない話ですが、私が第三者委員会の委員長を務めた過去の報告書では、監査役の権限行使に至る経緯を詳細に開示しております。有事に直面する監査役、監査等委員の皆様への有益な参考例としての「公共財」として残したい、という気持ちからです)。

4月14日午前追記;今朝の連載2回目「危ない橋を渡る」もなかなかおもしろい!この続きがとても楽しみです。

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コメント

山口先生 おはようございます
昨日、ニュースイッチ(日刊工業新聞)に曙ブレーキ工業が国内4カ所の製造拠点で国際規格「IATF16949」と同「ISO9001」が取り消されたとありました。また、4月11日には国土交通省中部運輸局は3月30日、ネッツトヨタ愛知の販売店(プラザ豊橋)の不正車検に対する行政処分を発表したとありました。シートベルトなど話題は尽きません。手放し運転などとウカレテいる場合ではないようです。

投稿: サンダース | 2021年4月14日 (水) 07時30分

サンダースさん、いつも情報ありがとうございます。ネットで閲覧できると思いますので、確認させていただきます。企業不正に関連する話題が増えていますねぇ

投稿: toshi | 2021年4月14日 (水) 09時12分

サンダースさんの記された「不正車検」なんて、私のイメージでは、個人事業者や、中小零細企業が売上欲しさにやむを得ない…という面も少なくないと思っていました。

しかし、愛知=トヨタのお膝元での、おそらく地元では優良企業と思われている(?)ディーラーの不祥事は、模範展開とは程遠い惨状と指摘されても否定出来ないかと。

飲食店における食中毒発生=営業禁停止処分に相当する処分…、クルマの安全管理を担う立場の人命軽視の流れに早急に歯止めをかける事が求められていると思っています・・・。

投稿: にこらうす | 2021年4月14日 (水) 15時24分

山口先生 不正車検のニュースソースは、4月11日週間東洋経済PLUSのインターネット記事でした。大変失礼いたしました。ネッツトヨタ愛知「不正車検5000台」の衝撃とのタイトルでした。シートベルトは、12月9日日経産業新聞のインターネット記事で、旧タカタ、シートベルト不正に沈黙 蘇る「前科」の記憶とのタイトルでした。
昨日のメーテレによると、公取委は中部電力にカルテルを結んでいるとの疑いで立ち入り検査を行ったとのこと。日本は、大変なことになっています。

 

投稿: サンダース | 2021年4月14日 (水) 20時20分

ジーアにしても役員報酬にしても、社内でどうにでもなる話でしょ。
事件をでっちあげたわけではないと最後に書いてるけど、事件にしなくてもいい事なのは明らか。

金商法違反はまだ支払っていないのだから、ゴーンと話あって駄目って言えばいいだけ。

「けいざい+(プラス)」

読んだけど、100億もの損害なんて出てないでしょ。

ルノーから日産を守るために無茶したとしか読めなかった。


投稿: unknown1 | 2021年4月19日 (月) 18時47分

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