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2021年4月19日 (月)

日産元会長逮捕劇の端緒は常勤監査役の覚悟にあった-日産クーデターの真相より

4月17日までの5日間の連載記事「日産クーデターの真相」(朝日新聞・経済プラス)は、先週のエントリーで述べた通り、監査役・監査等委員の皆様には本当に必読の内容でした。どこまでが裁判での証言で、どこからが記者独自取材の内容なのかはわかりませんが、日産元会長が逮捕されるまでの社内調査の経緯が克明に描かれていて、とても参考になりました。

お読みになった方はおわかりのとおり、日産の常勤監査役(当時)のI氏が悩みを専務執行役員のK氏に打ち明け(役員食堂での雑談)、その後K氏から紹介された弁護士(元検事)の勧めで司法取引を活用する環境を整備し、最後にS社長(当時)に調査の全容を説明したうえで引き継ぐ(その1か月後に元会長逮捕)。検察官と交渉した際、I常勤監査役が「もし情報が洩れるようなことがあったら、検察は手を引く」と断言されたこと、司法取引の当事者となる法務担当執行役員や秘書室長らが「司法取引」を行うことによって「自分もあぶないのではないか」と衝撃を受け、冷静さを失っていた状況も描かれていました。

ルノーとの統合に反対していたK専務執行役員と出会ったこと、正義感から元会長の行動を阻止したいと考えていた法務執行役員が存在していたこと、内部通報制度の活用だけでは壁を乗り越えられないと感じていたときに「日本版司法取引制度」の施行が開始されたこと、「裏報酬」に光をあてて検察庁が金融商品取引法違反による起訴を決断したこと等、クーデターが起きた要因は複合的だったことがわかります。ただ、I常勤監査役が「日産のものつくり」をこよなく愛していて、「このままでは日産の技術が失われてしまう」といった危機意識を持ち、元会長と対峙する勇気がなければ日産の事件は表面化しなかったと言えます。

他社の監査役、監査等委員の皆様への教訓としては、常勤監査役I氏が法務担当執行役員に悩みを打ち明けるシーンでしょう。法務執行役員の方が「この人は本気でゴーン氏と対決するつもりだ」と驚き、その後、I氏に対して元会長の不正事実を克明に説明をしますが、やはり監査役、監査等委員が本気で監査権を行使する気概を示すことで、経営執行部側から情報が届く、ということだと思います。逆に言えば「監査役」「取締役監査等委員」とは名ばかりで、本気で社長と対決する覚悟のない監査役、監査等委員に対しては、経営者が関与する重大な不正情報は耳に届かない、ということです。

この連載記事は「日産事件は、ルノー統合を良しとしない日産幹部のでっちあげではない」(日産元社長のS氏が裏で動いていた、というものではない)と締めくくられています。ただ、ルノー統合の動きが加速していなければ、元会長は退任後に莫大な「裏報酬」をもらいながら、今もルノー・日産の統合会社のトップに君臨していたのではないでしょうか。そう考えますと、日産の技術畑を歩み、こよなく日産を愛しておられたI常勤監査役の調査権行使(社内調査の指揮・先導)と違法行為差止権限の行使(監査役自ら元会長と対面することを避けて、内部通報者に司法取引を勧めて、外部から元会長の動きを制止させること)は称賛に値するものと考えます。

もちろん「何が正義なのか」といった広い意味で本件をとらえるならば「元会長は日本の刑事司法制度の被害者である」「裁判を受けていれば無罪の可能性があり、クーデターは正当化されない」といった意見もありましょう。ただ、会社法上の監査役制度を前提とすれば、監査権の実効性を確保するために検察や金融庁との連携が必要な場面も当然に出てくるわけで(改正公益通報者保護法施行後は、監査役による公益通報という手段も出てきます)、このような常勤監査役の監査権の行使は善管注意義務、忠実義務の実践の「あるべき態様」ではないかと思うところです。

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コメント

「日産クーデターの真相」を読みましたが、

90億の報酬がゴーン退任後こっそり支払われる事を阻止しなければならないという内容であり、報酬そのもを支払うわけにはいかないと読め、日産がゴーンの未払い役員報酬を認める姿勢と矛盾します。

日産は海外の株主訴訟ではゴーンの報酬は確定してないと主張し、過去に役員報酬で違法になった例もないと言って株主訴訟に勝ってます。

ゴーンがレバノンでこれについて話してましたね。

明らかにダブルスタンダードであり、でっちあげたわけではないと言いながら、事件にする必要がないのは明らかです。

監査役はゴーンと対峙したのではなく、対峙できないから検察権力に頼ったように読めました。

対峙するならゴーンに辞任を求めるなり、取締役会で会長の解任動議を出すなりの動きに出るはずです。

支払ってもいない、ましてや費用計上もしていない、未払いの報酬で検察に相談するのは異常ですよ。

監査法人の監査の対象でもない役員報酬が投資家の投資判断に影響する重要事項だということを証明するのは困難ですし、判例にもなる裁判で冤罪を有罪にするリスクも高いでしょう。

取締役会と株主総会の承認のないゴーンと大沼氏のサインのある覚書を法的に有効と判断し、未払い役員報酬を認める事は会計基準や会社法にも影響します。

ジーアの社宅の件も名義は日産でしょうから、損害とまでは言えないでしょう。
グローバル企業の会長の福利厚生と言えなくもない。
家賃や、家族の飛行機代はゴーンと話し合って不合理なら返済してもらえばいい。

そもそもこれらは刑事事件にはなっていない。

検察に頼る前にやれることはいくらでもあったでしょう。

それをやらなかったのはルノーから日産を守る動機が一番だったという事ではないでしょうか。

お家騒動に検察権力を使うのは正当化できません。

それを正当化したら、ミャンマーや香港の弾圧も正当化されるでしょう。

投稿: | 2021年4月19日 (月) 23時15分

 読みました。いずれ、この特集が信書で出ることを期待しています。
 この記事からですと、上場企業の顧問・相談役報酬とは桁が違いましたし、不正の内容もはっきりしていますね。

投稿: Kazu | 2021年4月21日 (水) 22時12分

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