« 東芝-CVCによる買収提案劇中断のモーメントについて | トップページ | やはり内部告発の威力はスゴイ(がんこ寿司、スギHD) »

2021年5月10日 (月)

統治指針に「人権」明記-コンプライアンスの視点で考える

少し前になりますが、5月5日の日経朝刊1面に「統治指針に『人権』明記-金融庁・東証 企業の積極対応促す」なる見出しで、6月に施行される上場企業向けのコーポレートガバナンス・コードに「人権尊重を求める規定」が盛り込まれることが報じられていました。企業の人権配慮への取り組みは欧米の投資家を中心に問題意識が高く、人権意識が低いと映れば投資対象からはずれるリスクもあるとのこと。

ガバナンス・コードに「人権尊重を求める要求」が明記されるとなると、私は企業経営において、以下の3点に留意する必要があると考えています。まずひとつめは「会社法の目的とCSR」です。株式会社の「営利性」との関係で、企業は株主利益の最大化を図ることが目的ですが、人権尊重についてコンプライするとなれば、社長を含む取締役・監査役の善管注意義務(主に経営判断原則)にどのような影響を及ぼすのか。株主の利益よりも(株主の長期的利益と同様に?)従業員の利益を優先する経営者の判断が株式会社の「営利性」との関係で矛盾を生じないのか。

ふたつめは「共助の精神」を重視することです。本来「人権保護」は国家の仕事であり、(憲法の私人間効力という問題はあるものの)そもそも民間企業の仕事ではありません。しかし、プラットフォーマーのように国家権力よりも実質的に強大な権限を行使しうる民間企業が出てきた以上、国家の仕事の一端を企業が担う(国家権力の一部を企業が行使する)、という発想も欧米ではあたりまえになってきました。おそらく、国家権力の一端を担う企業や、業界団体を統率する企業は、今後ルールメイキング、ロビー活動、ペナルティの運用において有利な立場となり、コンプライアンス経営の立場から多大なアドバンテージを持つことが考えられます。

そして最後が「経済安保への向き合い方」です。人権規制への対応において欧米政府や企業と足並みをそろえるか、それとも中国における商権を重視して中国・ロシア経済圏の考え方を重視するか、その経営判断において「人権尊重」の考え方も異なるものになるでしょう。新疆ウイグル自治区における労働問題に対して「ノーコメント」を貫いて中国における経済活動を維持する代わりに、フランスにおいてNPO団体から刑事法違反を告発されたユニクロさんのような事例が、経済安保体制の強化によってますます増えるものと予想しています。

いずれの問題も、まずは企業もしくは経営者の「経営哲学」が求められるのではないかと。ガバナンス・コードが改訂されるから、これにどう対応するか、という表層的な取り組みではなく、まずは「ポストコロナの時代に、自社はどうなりたいのか」というところを確立したうえで、上記のような問題点の解決方法を見つける姿勢が求められるものと思います。ともかく「経営と法務」の距離を相当近づける、その際、「法務」という職務内容を見直す(法務の「既成概念」を排除する)ことから始める必要がありますね。

|

« 東芝-CVCによる買収提案劇中断のモーメントについて | トップページ | やはり内部告発の威力はスゴイ(がんこ寿司、スギHD) »

コメント

以前、山口先生も紹介されていたと記憶していますが、「戦略法務」の分厚いテキストが上陸して数年経ちますが、法務部門がセカンド・ラインからファースト・ラインに位置付けを変える状況は未だコーポレート・ジャパンでは難しそうです。ヨーロッパのNGOの様な企業への牽制装置の機能していない日本では、監査部門と法務部門が連携して、組織内においてそうした機能を発揮させるべきと思いますが・・・・。

投稿: Qちゃん | 2021年5月10日 (月) 17時04分

うーーーん、まさにそこなんですよね。
経産省が「戦略法務」を掲げたときは「少し前進するかも」と期待しました。しかし、あれからいろんな会社の役員セミナーに招かれる機会ごとに(こっそりと)眺めているのですが、法務と社長との距離って、あまり縮まっていないのですよ。
ということで、私なりにいろんな戦略をまじめに考えております。これはまた講演等でご披露させていただければと。

投稿: toshi | 2021年5月10日 (月) 17時14分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 東芝-CVCによる買収提案劇中断のモーメントについて | トップページ | やはり内部告発の威力はスゴイ(がんこ寿司、スギHD) »