三菱電機の性能偽装事件については、6月30日に公表された直後に「これは罪深い」というエントリーを書きましたが、やはり社長さんの退任という問題に発展してしまいました。私は7月2日午後4時からの社長会見を(ライブ中継で)約1時間半ほど視聴し、直後に三菱電機のHPに公開された「説明用資料」にも目を通しましたが、そのうえで三菱電機の有事対応に3点ほど疑問を抱きました。
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まずひとつめは、本件性能偽装は「不適切な行為」なのか「違法な行為」なのか。三菱電機は「本件は顧客との契約違反にとどまるものであり、法令には抵触していない」と強調しております(たとえば7月4日読売新聞1面トップ記事参照)。たしかに国の安全基準に違反するような品質不足に関する偽装とはいえず、顧客との契約に違反した行為にすぎない、ともいえそうです。
しかし、同じ三菱グループの三菱電線の性能偽装事件について、東京簡易裁判所は不正競争防止法違反を認めて法人に対しても、また社長個人に対しても刑事責任を認めています(2019年2月8日判決)。三菱電線事件では「顧客から要求された仕様を満たしていないにもかかわらず、これを満たしているかのような表示をしていたこと」が違法行為と認定されていますが、顧客から要求された出荷前試験をやっていないにもかかわらず、これをやったと表示していたこと」も(品質を優良であると見せかけて)公正な競争を阻害するという点では同様と思われます。私は「不適切な行為」ではなく「違法行為」だと考えます。
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つぎに(翌日、社長会見の発言が訂正されましたが)「なぜ6月29日の定時株主総会で本件性能偽装の事実が説明されなかったのか」という点です。会見では「総会の時点では事件の全体像が明確になっておらず、その段階で不明瞭な事実を株主に伝えると株主を混乱させることになるため」との回答でした。不祥事調査が継続している段階における事実の公表は、ステークホルダーに誤った事実を伝えてしまい、後日の事実訂正によって会社の信用が毀損されるおそれが生じます。したがって、不祥事発覚直後の会社側の姿勢としては、たしかに公表を控えることに合理性があるケースも多いと思います。
ただ、性能偽装事件の特徴として、さきに顧客に不祥事を報告している場合があります(本件でも同様)。ということは、顧客や顧客の役職員の中には三菱電機の株主もいるわけですから、早期に他の株主にも公表しなければインサイダー取引を誘発することになりますし、そもそもフェアーディスクロージャールールに違反することになります。現に7月2日の同社株価は大きく下がったわけで、おそらくインサイダー取引が実際に行われていたかどうかは、証券取引等監視委員会の開示検査課がチェックしているはずです。
社長会見では「取締役会で非公表を決めた」と説明されていましたが、そうなると著名な社外取締役の方々も内部統制構築義務違反の法的責任を問われるのではないか・・・と考えておりましたが、先に述べたように翌日、この点は「取締役会で図ったわけではない(意見を聴いただけ)」と訂正されました(そりゃそうですよね・・・)。ただ、たとえ経営執行部の判断として「非公表」と決定したとしても、やはり株主への情報提供に不公正な点があったのではないか、といった疑問は残ります。
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そして3点目が調査委員会の設置に関するものです。社長会見によれば、著名な弁護士を委員長とする特別調査委員会を設置して、今回発覚した偽装事件の原因を究明して再発防止策の提言を行う、さらに件外調査も行ったうえでほかに同様の不正が発生していなかったかどうかを調査する、とのこと。もちろん、ステークホルダーへの説明責任を尽くすために外部有識者による特別調査委員会を設置することは必要でしょうし、社外からも要求されるところと思います。ただ、社長ご自身が会見で認めておられたように、本件性能偽装事件は「組織的な不正」です。
35年前から組織的に行われていた不正の原因を解明したり、再発防止策を検討することは、組織の構造的な欠陥を解明するということなのでわずか2か月では到底困難です。また、20年も30年も不正が発覚しなかった組織風土を解明するためには、顧客側の問題(たとえば必要な検査を受けていなくても安全性に問題なければ検品について-少なくとも現場レベルでは-OKと判断していた、取引慣行として顧客も検査の省略を受諾していた等)についても調査する必要があります。さらに社外取締役や社外監査役の皆様に厳しい意見を述べるだけでなく、その社外役員の方々に積極的に汗をかいていただかないと到底組織風土は変わりません(監査委員会のメンバーを含め、社外取締役のお尻を叩いてガバナンス改革を断行させる役割をだれが担うのか・・・という問題は避けて通れません)。
会計不正を複数回発生させた上場会社のガバナンス改善に2年、3年の時間をいただいて取り組んだ「ガバナンス改善委員会」の委員長経験者としては、改善委員会が提言した再生プロジェクトにどれくらいの幹部職員が理解を示してくれて、どれくらいの成果を上げてくれるのか、その様子を長い時間をかけて「役職員とぶつかりあって」「時には恥をかいて」はじめて組織文化が理解できますし、また、その変革の道筋も見えてきます。前回エントリーでも書いたように、(事業部門の独立性が強い組織であるがゆえにお勧めしたい)社内プロベーション制度を導入することも、このような改善委員会の設置があってこそ可能になるものと理解しています。
これまでの三菱電機で発生した様々な事例をみるならば、まさに経営陣や社外役員と二人三脚で会社の中の様子を長期間にわたって監督する外部有識者による組織がどうしても必要です。もちろん当該組織のトップが社長では困るわけで、そういった「異物」を受け入れる覚悟が三菱電機にはあるのだろうか・・・といった疑問を感じました。
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なお、いろいろと会社側に厳しいことを書かせていただきましたが、最後に神戸製鋼の品質偽装事件が発覚した際にも述べたことと同じことを申し上げたいと思います。ここ数年、三菱電機の不祥事が数多く発覚しましたが、それではなぜ10年、20年、30年前から長年行われてきた不正が(さみだれ式に発覚するのではなく)近時になって一気に発覚したのでしょうか?社内の不正に真正面から立ち向かおうとする社長さんがいたからこそ、各セクション、各グループ会社に眠っていた不正が経営陣に届くようになったのではないか、社長の真剣な檄が飛んできたからこそ、内部監査部門が本気で不正を探し出すことになったのではないか?(みなさん、そう思われませんか?)
「我々は今度こそ誠実な企業になろう」と声を上げた社長さんがいたとすれば、これまで各部署で眠っていた不正が一気に明るみになる、ということはよくあることで、不正を隠し続けてきた、または不正発見に関心を持たなかった歴代の社長さんは批判をされず、「誠実な企業になろう」と勇気を出して取り組んだ社長さんが批判をされて辞任を余儀なくされる、というのも、不正調査を本業とする者として、なんだか割り切れなさを感じるところです。