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2021年7月30日 (金)

取締役会における多様性とLGBTQ社内ガイドライン

本日(7月30日)の日経朝刊で、イギリスでは取締役の4割を女性取締役とする旨のガバナンス指針の改訂が検討されている、と報じられています(2022年1月以降に開始する会計年度より適用)。

本当に悩ましく、まじめな疑問です。日本でも(4割はないとしても)同様の指針改訂が今後予想されますが、たとえば社内のLGBTQガイドラインに沿って男性役員(戸籍上の男性)がトランスジェンダーであることをカミングアウトした場合、多様性の要件は満たされるのでしょうか?現時点での世の中の風潮からすると、私個人としては要件を満たすように思うのですが。

これが満たされる場合、真にトランスジェンダーなのか、そうでない偽装(ESGウォッシング)なのかはどうやって調べるのでしょうか?いくら金融庁でも「あなたがトランスジェンダーであることを証明せよ」というのは(守秘義務とか議論する以前に)個人の尊厳を侵すものとして明らかな国際法上の不正行為ですよね。いや「この10人の取締役のうち、誰がトランスジェンダーなのか報告せよ」といったこともできないかもしれません。取締役の選任議案に記載する、もしくは個別の株主からの問合せに回答する、ということも人権保護の見地から困難ではないでしょうか。

「これまで当社は10名の男性取締役ばかりとされていたが、今後は(当社LGBTQガイドラインに従い)3名の女性によって構成されているため、多様性の要件を満たしている」と開示する会社は、まさにESGの先頭に立つ優良企業ということになるのでしょうか。どなたかSDGsに詳しい方がいらっしゃったら(メールでも結構ですので)ご教示いただければ幸いです。

 

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2021年7月29日 (木)

LINEの個人情報保管問題-「データガバナンス」とは何か?

今週の日経新聞「迫真」では、LINE社で発生した個人情報の不適切保管問題をネタとして、親会社であるZHDとLINEとの実質支配の力学が語られています。親会社からすると「グループ経営管理の難しさ」を痛感する具体的事例として興味深い内容ですね。

この「迫真」記事を読むと、今回の問題には様々なガバナンス上の論点があることがわかります。その論点のひとつとして、本日は「データガバナンス」について考えてみたいと思います。たとえば7月27日「苦悩のLINE(1)-いつか起こる問題だった」では、韓国での個人情報保管問題にせよ、中国の業務委託先企業が日本の利用者データを閲覧できた問題にせよ、LINE社では開発担当者以外には知らなかった可能性があり、これは同社における「データガバナンスの問題だ」と述べられています。

ところで、この「データガバナンス」なる定義はどのようなものなのか。そもそも、いったいどのようなガバナンスなのか。ということで、とりあえずGoogleで検索をしますと、

データガバナンスとは、組織が目標を達成するうえで情報を効果的かつ効率的に使用するための、プロセス、役割、ポリシー、標準、評価指標の集合を意味する単語です。 ビジネスや組織全体で使用されるデータの品質とセキュリティを保証するプロセスと責任を確立します。

と出てきます。重要なデータ保管の状況を開発担当者しか知らなかったということは、まさにデータのセキュリティを保証するプロセスに欠けていた、ということかと思われます。しかし上記の問題を「データガバナンスの問題」と捉えるのであれば、役員が知っていたらすぐに対策をとることが前提となるはずですが、果たしてそうでしょうか?

LINE社の役員の方々が、利用者データの保管場所や業務委託先企業の作業プロセスを知っていたとしても、何が悪いのかわからなかったのではないでしょうか。もしくは、たとえ問題だと認識したとしても、すぐに対策を打たなかった(有事の意識が欠けていた)という可能性はなかったのでしょうか。「こんな事態になっていますが、ZHDさんはご存じですか?」といった外部通報が親会社に届いたそうですが(おそらくLINEの社員による内部告発かと思いますが)、これはLINE社経営陣の感度が悪いからこそ外部に情報提供があったように推測されます。

上記の「データガバナンス」の一般的な定義からは逸脱しているかもしれませんが、ときどき情報漏洩事件を発生させた企業の危機管理のお手伝いをするなかで、一番問題だと思うのは「経営者が情報管理の重要性を認識していない」という点だと感じておりまして、私の中での「データガバナンス」の問題はむしろ「経営者は何がデータ管理上の問題なのかわからない」「たとえ漏洩の可能性はあったとしても、実際に利用者に損失が発生していなければ騒ぐほどのことではない」といった経営者の姿勢ではないでしょうか。

経営者自身に関心がないからこそ開発担当者(責任者)は問題と思われる事態を報告しないのではないかと。このあたり、真実はどうだったのか、LINE社の幹部の方にでもお尋ねしてみたいところです。

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2021年7月27日 (火)

企業のESG経営-「E」と「S]はつながる時代へ(オランダの裁判事例とEUにおける環境カルテル)

ワクチン接種も2回目が終了しましたが、おかげさまで目立った副反応もなく、普段通りに淡々と仕事をしております(皆様はいかがでしょうか)。さて、しつこくて恐縮ですが、またまた「ビジネスと人権」に関連する話題です(国際課税の合意問題も、外国公務員贈賄規制の強化問題も、実は「ビジネスと人権」に深く関わることを最近知りましたが、それはまた別途ご説明いたします)。

当職の本業においても「企業における人権原則への適応(人権問題への対応)」を検討する機会が増えましたが、海外では環境問題と人権問題とを関連付ける風潮が出てきたことに、日本企業もそろそろ注意すべきではないかと感じております。世界の金融当局が、銀行や企業に気候変動リスクの開示を求め始めている今こそ「格差是正」や「競争からの阻害(生来的差別に由来する分断)」に関連する人権問題への配慮も必要になるかと思います。

たとえば2021年6月に、オランダの裁判所で画期的な判決が出ました。原告はオランダ在住の市民1万7000人と、その市民を代表したグリーンピースなどの環境7団体で、被告は世界的大手石油企業のロイヤル・ダッチ・シェルです。裁判は、ダッチ・シェルの本社があるオランダのハーグの地方裁判所で行われました。原告である環境団体は、ダッチ・シェルの温室効果ガス削減の取組み及びパリ協定への取組みが不十分だとして訴えました。そして、裁判所はパリ協定への取り組みが不十分で、かつこのことは人権侵害につながるとして温室効果ガス排出量を2030年までに19年比で45%削減するよう命じています(この結果に対して同社は控訴を予定しているとのこと)。

ダッチ・シェルとしては、段階的に削減していくということで、温室効果ガス削減の取り組みも独自に行っていたのですが、それでは不十分だと判断され、一企業の経営方針が司法によりノーを突きつけられた格好となりました。オランダの最高裁は2019年12月20日、国に対して「危険な気候変動被害は人権侵害」と判断して、学術団体が要求していた削減(2020年90年比25%削減)を政府に命じていましたが、上記の判決は、これを企業にも同様にあてはめたものになっています。環境対策への不作為が人権侵害による不法行為と捉えられる可能性を示唆したものといえます。

そしてもうひとつは7月24日の日経WEBで報じられていたとおり、EUの欧州委員会が、ドイツの大手自動車メーカーによる排ガス浄化技術をめぐる合意をカルテルと認めたことです。製品の価格や数量ではなく、環境技術の導入をめぐる擦り合わせが摘発対象となりました。

上記記事の中で、独禁法対応で著名な弁護士の方が「世界がひっくりかえるほどのインパクト。競争法のパラダイムシフトだ」と驚いたほどの内容です。グリーンディール目標の達成を危うくするカルテル行為に対しては対応をためらわない、というのが当局の判断だそうですが、ここでも環境技術の推進を妨げるメーカーの行動は最終的には消費者が損害を被る、といった判断が前提になっていると思われます。

もちろん未だ試論にすぎない点も多いのですが、日本の生産年齢人口の過半数がミレニアム世代となる2025年を迎えるにあたり、環境対策への取組みが人権尊重につながる、という企業哲学を(日本企業も)持つ必要があるのではないか・・・と、最近の事例をみながら考えるところです。

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2021年7月26日 (月)

リスクマネジメントTODAYに論稿を掲載していただきました。

Img_20210725_205209358 リスクマネジメントTODAY2021年7月号の特集「コーポレートガバナンスの新機軸」におきまして、「社外取締役急増時代の『副作用』-ガバナンス事件簿より」と題する論稿を掲載していただきました。タイトルからご推察のとおり、コーポレートガバナンス・コードの改訂により、企業統治改革が深化していると言われておりますが、本当にそうなのか?とりわけ急増している社外取締役は期待された役割を果たしているのか?といった問題を、具体的な事例から検証する、といった内容です。

とりあげた具体的事例としては、東芝事件、天馬事件、シャープ子会社事件です。有事に直面した社外取締役はいかなる対応が期待されるのか、リスクマネジメントの視点から考察しております。いずれの事例もたいへん興味を抱いておりましたが、最近本業が忙しかったこともあり、あまり当ブログでは取り上げていなかった事例ばかりです。リスクマネジメント協会HPから1冊単位で購入できますので(電子書籍ではございません)、もしご興味がございましたらご一読ください。

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2021年7月25日 (日)

「ビジネスと人権」を時間軸で考える-長島愛生園見学

Line_111038789583650_400 連休を利用して岡山県瀬戸内市にある国立療養所長島愛生園に行って参りました。瀬戸内海に浮かぶ長島は、1987年に架けられた「人間回復の橋」によって車で行けるようになりましたので、見学に訪れる方も多いようです。

最近はESGL経営の一環として「ビジネスと人権原則」の実践に関心が寄せられることもあり、日本でも人権デューデリジェンスを義務化する国内法が制定される前に、一度「差別と偏見」に関する重要な歴史を検証したいと思いました(なお、すでに昨年来、日本の「差別と偏見」の長い歴史を持つ場所に何カ所か伺っておりますが、長島は「世界遺産登録」を目指している土地、ということなので紹介させていただきます)。現在もハンセン病の後遺症をもつ患者の方々が100名ほど入院されていて、その生活ぶりも初めて間近で拝見することができました。

少年時代、家族に別れを告げてここに連れてこられた方の人生日記など、感傷的になりそうなエピソードはここでは控えます。ただ、この島は今でこそ「差別と偏見」を象徴する負の遺産であると誰もが認める場所ですが、現在進行形で隔離政策が実施されていたころの日本人の考え方に思いを寄せる必要があると思います。私たちも、ひょっとしたら50年後、100年後に「あれは差別と偏見だった」と後世から批判されるような誤認や誤評価を日常生活においてやっていないのだろうか、と。いや、そういった誤認や誤評価でやり過ごしているからこそ(愚かなバイアスに支配されながらも)、なんとか生活ができているところもあるのではないか、と。

近時、国際的にも「ビジネスと人権」への対応が企業に求められていますが、国内にせよ、海外にせよ、人権問題に企業が踏み込むにあたっては、その時間軸から理解をしなければ、かえって企業の存立に重大な影響を及ぼしかねないリスクを背負い込むのではないでしょうか。環境問題への対応にも「企業哲学」が必要ですが、人権問題への対応にはさらなる困難があるように感じております。2年前に国が控訴を断念したハンセン病家族国賠訴訟の歴史を眺めただけでも、事業経営者が人権を取り扱うことにためらいとかおそれを感じてしまうのは私だけでしょうか。

写真は、かつて病棟として使用されていた建物の1階にある喫茶室(5周年だそうです)から眺めた瀬戸内海の風景です。このあたりにかつては「船着き場」があったそうです。この風景と島の歴史とのギャップはとても大きい。まだまだ疑問がたくさんあるので、また愛生園に伺おうと思っております。

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2021年7月20日 (火)

会計限定監査役の「監査見逃し責任」を厳しく問う最高裁判決(破棄差戻)

本日(7月19日)、会計限定監査役の会計不正事件の見逃しに関する損害賠償請求事件の最高裁判決が出ました(最高裁判決全文はこちら)。会計限定監査役といいますのは、監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定めがある株式会社の監査役のことであり、通常の(業務監査権限+会計監査権限のある)監査役と分けて、会計限定監査役と言われています(最高裁判決文の中でも使われています)。

原審(東京高裁)は被上告人が「会計監査に限定された監査役(会計限定監査役)」という立場であることから、会計帳簿の信頼性が明らかに認められないような特段の事由がないかぎりは会計帳簿の資料と計算書類の数字と整合性をチェックすれば足りる、よって被上告人には任務懈怠はない、というものだったようです(こちらが参考になります)。

しかし、最高裁は、いくら会計限定監査役といえども、計算書類の「情報提供機能」を担保する役割はあるのだから、その役割を果たすためには

監査役は,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも,計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため,会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め,又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。

として、会社の預金口座の管理状況や当該預金の重要性などから、被上告人が適切な監査を行っていたかどうか、改めて審理を尽くすように差戻しの判断を下しました。

ただ本件の一審(千葉地裁)が監査役の責任を認める根拠として、①会社は経理担当者が少なく、不適正な経理が行われる蓋然性が高い、②一方で、監査役は会計士かつ税理士であり、監査役として負う善管注意義務の水準は公認会計士及び税理士としての専門的能力を有さない一般的な善管注意義務の水準よりも高い、③会社から示された会計帳簿は明らかに写しであることを認識しており、原本の提示を求めることが容易であるにもかからわずこれを行っていない、といった点を挙げていましたので、「ちょっとそれは違うかもしれませんよ」という意味で、草野裁判長の補足意見が示されているのが興味深いですね。

以前、当ブログでもご紹介しました安愚楽牧場事件における監査役責任も、大阪高裁レベルではありましたが会計限定監査役の「不正見逃し責任」が否定されました(被害者側の逆転敗訴 高裁判決の全文はこちらです)。ただ、あの事件では会計監査というよりも、業務監査に関連する「見逃し責任」が問われていました(知らない間に会社が会社法上の「大会社」になっていたので、会計限定監査役も通常の監査役と同様の業務監査責任が発生するかどうかが論点でした。ちなみに安愚楽牧場事件においては、被害者側が上告受理申立てを行ったものの、監査役が亡くなったために申立てを取り下げています)。今回の最高裁の判断は、会計限定監査役にはあくまでも業務監査権限がないことを前提として、ただそれでも会計監査における権限や責任根拠となる会社法上の条文を手掛かりとしても「債権者や株主のためにもっとやるべきことがあったのではないか」と原審に投げかけた意味が大きいと思います。

それでは「業務監査」に及ばない範囲で、つまり会社の財産状況の調査や取締役への報告要求等によって監査を尽くす(善管注意義務をもって粉飾や不正な資金流出を発見する)というのはどこまでやればよいのでしょうか。このあたりは草野裁判官の補足意見以外にも、過去の判例なども参考になりそうな気がします。たとえば会計監査ではなく職務執行の監査に焦点をあてている判決ではありますが、釧路市民生協事件札幌高裁判決(平成11年10月29日)を挙げておきます。ポイントを要約すれば

そこで、第一審被告Sらが過失により監査を怠ったといえるかどうかを検討する。証拠によれば、北海道庁の担当者は「市民生協の粉飾決算は相当巧妙に会計操作がされていることから、公認会計士でなければ真の経営実態を把握することは困難である旨の報告をしていること、市民生協の経理を調査した公認会計士は日本生活協同組合連合会にあてて「通常の監事監査などでは発見できない伝票操作も見られた」と報告していることが認められる。しかし、前記のとおり、監事の職務として問題となるのは会計監査ではなく、職務執行の監査であって粉飾決算を行った会計操作の手法を発見することや、経理の詳細の把握が求められているわけではない。そして、市民生協の決算は、多額の未収金、開発費等が毎年計上されたままであること、新規の投資が進んでいたわけでもないのに、総資産が毎年増大し、組合債の発行額が毎年著しく増加していたこと等の事情から考えると、監事らが常勤理事らに対して説明を求める等の調査によって、常勤理事会で決定された決算が不自然あるいは不当であると指摘することが困難であったとは認められない。ところが、第一審被告Sら監事は、決算書の金額が資料と一致するかどうかを確認する程度の監査をしただけで、決算が不自然、あるいは不当である等の指摘をすることはなく、そのため、市民生協において粉飾決算が継続されたのであるから、第一審被告Sらは、組合員が損害を受けることがないように適正な監査をすべき義務を怠ったというべきである。したがって、第一審被告Sらは、適正な監査を怠ったことにより、粉飾決算がされ、これを真実であると信じて組合債を取得したことによる第一審原告らの損害を賠償すべき責任がある。(→被告Sらは上告したが上告不受理決定により判決確定)

という内容です。経理部職員の業務をチェックしたり、内部統制の状況を精査するといったことまでは必要ないものの、会計帳簿の数字を眺めてみて「どうもおかしい」と素直に考えられるならば、取締役に質問をする、といった行動に出ることが善管注意義務の実践として求められるというところでしょうか。最後になりますが、会計限定監査役ではなく、業務監査を行う(普通の?)監査役、監査等委員の方々に、どれほど本件が実務上の意義を持つのか、という点については、うーーーん、ご専門の研究者の方々の解説を待ちたいと思います。

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2021年7月19日 (月)

ビジネスと人権原則の実践-パワハラも公益通報事実として取り扱うべきである

週末は公益通報関連の大きな記事が各紙で報じられていました。ひとつは日本郵便の内部通報体制整備に関する朝日、産経の記事でして、内部通報者の特定につながる情報をパワハラ加害者に伝えていた元役員への社内処分が下された、今後は情報漏洩を防ぐために通報窓口と社内調査担当者を完全に分離する体制をとる、というものでした。

そしてもうひとつは日経ニュース「パワハラ対策道半ば 防止法施行後も被害増」という見出しで、ベルシステム24ホールディングスの通報相談事例が(好例として)詳細に紹介されています。記事の中では恥ずかしながら私が社外役員を務めている会社の事例も「問題事例」として挙げられていまして、ぜひ参考にさせていただきたいと思いました。

ところで内部通報窓口への通報の多くはハラスメント関連の事実ですが、日経ニュースで語られているように2020年6月に施行されたパワハラ防止法には企業や加害者に対する罰則規定がないためか、企業によっては対策があまり講じられていないところもあるようです。しかしながら、ビジネスと人権原則(国連)に基づく「日本版ビジネスと人権に関する行動計画2020-2025」も策定され、さらにガバナンス・コード改訂2021でも「人権尊重への配慮」が盛り込まれるようになりましたので、対策はこれまで以上に「経営者マター」として検討する必要があります。先日、トヨタ自動車のトップが、パワハラによる社員の悲しい事件を知って、すぐに社員のご遺族との和解の席に赴き、二度にわたって再発防止策を説明し、パワハラ加害者には社内で厳罰を課す旨のルール改正を行ったことは有名な話です。

来年施行される改正公益通報者保護法では、公益通報への対応業務従事者の守秘義務違反には刑事罰が科されますし、法人にも(対応体制等整備義務違反として)行政処分が課されることになりますので、パワハラ対策を「経営者マター」として優先順位を上げるためには、パワハラ通報が「公益通報対象事実」に該当するケースが増える、という認識を広く持っていただくことが大切かと思います。朝日や産経で報じられている日本郵便の事例では、パワハラ加害者が「強要未遂」として刑事罰が科されましたので、たとえば職務上必要性の認められない行動を上司から要求された場合には刑法犯に該当する可能性が高いものとして、パワハラ通報は公益通報として取り扱われることが周知されると思います。

また、これは未だ立法論にすぎませんが(日経ニュースにあるように)パワハラ防止法に企業や加害者に対するペナルティが規定されるようになれば、「公益通報対象関連法」にパワハラ防止法が含まれる可能性が高くなるので、これも「経営者マター」として対応することになりそうです。とりわけ今後は「人権デューデリジェンス」の一環として、海外グループ会社を含めたグループ内部通報制度の整備・運用状況を開示する企業が増えますので、グループ会社社員からのパワハラ案件の取り扱いにも留意しなければなりません。

多くの内部通報案件を処理している企業ならおわかりのとおり、近時のパワハラ案件の特徴は、被害者よりも第三者からの通報案件が急増しているという事実です。つまり、パワハラに後ろ向きの企業は、企業にとって必要な人材を流失させてしまうというリスクに直面することになります。その点に少しでも多くの経営者の方々に気付いていただければ、もうすこし内部通報制度への取り組みも進むものと思うのですが・・・

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2021年7月16日 (金)

東芝6月定時株主総会の決議取消訴訟は提起されるか?-調査報告書への強い疑問

7月14日の産経新聞朝刊(7面正論-オピニオン)におきまして、上村達夫先生(早大名誉教授)が「ファンドに翻弄される日本企業」と題する論稿を書かれていて、ひさしぶりにドキドキしながら拝読いたしました。メディアはこぞって会社法316条2項に定める株式会社の業務及び財産の状況を調査する者による調査報告書の内容を信じ切ってしまって、さも真実であるかのように報じているが、そこまで調査報告書の内容は信用性の高いものなのか、東芝の6月総会の議決権行使は、あの調査報告書の内容が不当な影響を与えてしまっていて、決議の方法が著しく不当なもの、あるいは多数決の濫用に至っているのではないか、とのご主張です。

当該ご主張の論拠としては「株主による業務・財産調査権」の歴史的背景と他の条文との関係性(3%以上を保有する大株主は総会に関係なく業務財産検査権を行使できるのに、なぜそちらを行使しなかったのか-裁判所を介入させることをおそれたのか)調査者の独立公正性に関する問題点(莫大な弁護士報酬は大株主がいくら出したのか)から展開しておられます。そして、上村先生は東芝の6月総会の決議については総会決議取消の訴えを提起しうる、いや提訴期限(総会から3か月以内)のある取消訴訟のみならず、株式会社の運営機構という公序の毀損として決議無効確認の訴えすら想定しえないではない(無効確認訴訟は提訴期限はありません)、とまで述べておられます。そもそも東芝は「お人よし」すぎるのであり、調査については「不当なもの」として拒否すべきであった、とのこと。

調査者の独立公正性に関する疑問の根拠とされる「調査者の報酬を誰がどれだけ払ったのか開示せよ」との意見については、私の記憶では決議内容が「タイムチャージで換算された調査者の報酬は正当なものとして東芝が支払う、もし払わなければ議案を上程した大株主が払う」というものだったと思います。「東芝は調査に全面的に協力します」とおっしゃっていたので、おそらく全額東芝自体が払ったのではないかと想像しておりますが、違いますでしょうかね?(そうであるならば、調査者の独立性、調査の公正性にはそれほど大きな問題はないような気がいたします)。

ただ、そもそも社外取締役など全く存在しなかったときのエージェンシーコストとして「調査者」制度が出来たにもかかわらず、エージェンシーコストの一部である社外取締役の適格性を調べるために「調査者」が活用できるのか(条文の制度趣旨を超えてるのではないか)、株主との信頼のうえに社外取締役(とりわけ監査委員とか監査等委員)が存在するにもかかわらず、その社外取締役の適格性を調査できる(無制限に社外取締役のメール等を入手して事実認定に活用できる)となれば、そもそも監査制度自体を否定することにならないのか、といった上村先生のご主張には一理あるようにも思いました。

また「商法の大家」でいらっしゃる学者のご意見として「昭和44年のふたつの最高裁判決は、中小企業の実質上の支配者たる個人等の責任を厳しく追及する、事実上の立法といわれたほど」の判決だったそうですが、いまだ最高裁は(事実上の立法といわれるほどの)大規模公開株式会社法理の形成に存在感を示していない(だから存在感を示す良い機会である?)と指摘をしておられて、これも興味をそそる内容です(ちなみに「ふたつの判決」といいますのは最判昭和44年3月28日民集23巻3号645頁と最判昭和44年12月2日民集23巻12号2396頁ですね)。

もし東芝の6月総会の決議の有効性が司法の場で争われるということになれば、また新たな事実も出てくる可能性もあり、新たな判例法理が示される可能性もあっておもしろい展開になるかもしれません。ひょっとしてすでにどこかの法律事務所が提訴準備に入っているのかもしれませんが、そもそも「原告」になる方がいらっしゃるのかどうか。いずれにしても「経産省の圧力」vs「ファンドの圧力」が司法の場で議論される、ということになれば世間の関心も高まるのでしょうね。

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2021年7月14日 (水)

国税庁職員のイケナイ事件についてひとこと(私は謝罪すべき立場なのでしょうね・・・)

国税庁職員が「居酒屋で5回送別会、国税庁職員14人参加し7人感染…『2人以下90分以内』守らず」(読売新聞ニュース)ということで、財務省のコンプライアンス・アドバイザーである当職から深くお詫び申し上げます。適切な納税の促進といったところでの世間と国税との見解の相違などはときどき起きてしまうのはしかたがないのですが、こういった納税者の信頼を裏切るような行動こそ注意せよ、と常々申し上げているのですが。ホンマ、反省してほしいです。

先日の経産省の集団飲食&感染の件が明るみになったときにも、また接待問題で総務省の件が明るみになったときにも「まさか財務省では起きてないよな」と心配をしておりました。幸い、国家公務員倫理法に違反するような問題はなかったようでホッとしていたところでした。国税庁は20年ぶりに組織理念を新しくしまして(現場の職員の皆様にもわかりやすく、常に参照していただけるようなスタイルにしました)、納税者からの信頼を今まで以上に高めるため、省内一丸となってコンプライアンス意識の涵養に努めているところでありました(ということで、本件の報道には本当にガックリ_| ̄|○ でございます。。。)

なんでこんなことになるんやろな(悲)。コロナ禍における飲食自粛についてはいろいろな意見もあると思うのですが、さすがに自粛を要請している立場だから信頼を失ってしまいますよね。。。ものすごい大所帯だから・・・というのは理由にならないですよね💦新年度となりますので、また新たな気持ちでアドバイザーとしての責任を果たしてまいります。

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2021年7月12日 (月)

ガバナンス改革で品質不正は間違いなく急増する(日経ものづくり調査より)

三菱電機の事件をきっかけとした記事だと思いますが、7月9日、日経ものづくり調査アンケートの結果が日経ニュース(会員記事)に掲載されました。アンケート回答企業641社の中で、なんと256社が「うちの会社もしくは取引先」の品質不正を見聞きしている、と回答しています(さらに641社のうち1割程度の回答では「当該不正はいまだ発覚していない」とのこと)。「自社もしくは取引先の品質不正」とありますので、4割の会社で発生しているとまでは言えませんが、相当多くのメーカーで品質不正が常態化していることがわかります。

「日本の製造業の高い品質」は本当に誇れるものですが、一方でこれほど多くの企業において品質不正が日常茶飯事になっていることも「負の一面」として直視する必要があります。当ブログで過去に何度も申し上げているとおり、これは当然の数値です。製品が販売される地域においては明らかに過剰な要求仕様であるにもかかわらず、納品先に何もモノが言えない、納品先企業の購買担当者も(うすうす不正に気付きながら)サプライチェーンの製品化スピードを下げるようなクレームはつけない、コストに見合う品質改良をしようにも人的資源が存在しない、ということから、「安全性に問題がないかぎり、要求仕様を満たしていなくても問題はない」「社内ルールには反しているが、違法行為ではない」といった「自己正当化」が横行してしまいます。

そして、7月6日のエントリーでも申し上げましたが、企業統治改革が深化すればするほど、日本企業とりわけメーカーでは品質不正が急増するはずです。まず一つが「社外取締役の増加」との関係です。私が過去に対応した事案でも、社外取締役が自社の不正に真摯に立ち向かう姿勢を示すケースはとても増えています(マスコミでは「役に立たない社外役員」ばかりがおもしろおかしく取り上げられていますが、現実には社内役員と対決することのほうが圧倒的に多いです)。品質不正の事実を知った社外取締役は、これを糾弾し、是正を促します。さすがに複数の社外取締役から「過去からの決別」を促されると対応せざるを得ません。したがって品質不正は是正されるわけです。

しかし、是正はされますが、過去の5年、10年の不正については顧客にも、監督官庁にも、ましてや消費者にも開示しません。社外取締役も含めて「過去には安全性に問題のある事件が発生したわけではないし、これからは要求仕様どおりの製品を納品するのだから、是正さえきちんとすれば(過去の問題について)報告や開示までは必要ないではないか」といった空気が取締役会に漂います。私がダスキン事件を例に挙げて「過去の不正についても開示が必要」との意見書を出しても、さらに内部通報や内部告発のリスクを示唆したとしても、ほとんど役員会では通りません。そのときに挙げられる理由が「社外取締役も納得しているから」というもの。社外取締役が増えることによって、この「お墨付き効果」が上がるわけです。つまり現場における品質不正は減るかもしれませんが、組織ぐるみの品質不正(過去の不正の隠ぺい)は増えると考えます。

※なお、社外取締役が増えるとレピュテーションリスクを顕在化させるような重大な不祥事が増える、という実例もありますが、長くなりますので、本日は割愛いたします。

つぎに、すでに7月6日のエントリーでも述べましたが「攻めのガバナンス」が重宝されれば、事業における選択と集中が社内で促進されます。上記日経ものづくり調査結果からも明らかなとおり、ただでさえ既存事業の技術者が新事業の研究開発に振り分けられている中で、既存事業の品質見直し(故障率の低さ、歩留まり率の向上)に向けて割くべき人的資源は不足しています。したがって、コストを下げるために要求仕様を見直すことに関する(取引先との)協議など到底できないのであり、その結果として「切り捨て事業」の対象となることを避けるためには(現場では)品質不正に走るしかないわけです。

その結果、「誰にも迷惑をかけてないし、そもそもどこが悪いの?」といった感覚が事業部門やグループ会社に浸透します。「こうやって世間から騒がれて『不正』と言われれば『不正』かもしれないけど・・・」といった感覚です。企業統治改革の一環として経産省からは「事業再編実務指針」や「グループガバナンス実務指針」が出されているわけですが、資源の最適配分を促すこれらの指針が日本企業の現場感覚と大きなズレを生じさせてしまうわけですから、品質不正に拍車をかけるのは当然の結果となります。

こういった問題への打開策を私は3つほど講演等で提言しておりますが、その内容についてはまた別の機会に申し上げたいと思います。なお、先に述べた

「過去には安全性に問題のある事件が発生したわけではないし、これからは要求仕様どおりの製品を納品するのだから、是正さえきちんとすれば報告や開示までは必要ないではないか」

といった考え方について、御社では平時に取締役会で議論をしておいたほうが良いと思います。有事のために、ひとりひとりの取締役の考え方を述べてもらうべきです。

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2021年7月 9日 (金)

経済安全保障がガバナンス・コードにコンプライする上場企業に及ぼす影響について

旬刊商事法務の最新号(2021年7月5日号)の記事(スクランブル)に「経済安全保障とガバナンス」なる小稿が掲載されていますが、私がとても懸念している点が見事に語られています(私はこんなに上手にまとめる能力がありません)。日本政府や欧米諸国(連合)が日本企業に要請する経済安保への協力要請は、ガバナンス・コードが示す「経済合理性」とは相容れない側面を有しており、「(将来的にはガバナンス・コードの改訂において『経済安保』への協力要請も含まれるだろうが)経済合理性と地政学リスクとの間の均衡点を辿りながら個々の企業が米中間を抜け目なく渡り歩ける」のかどうか、との懸念です。まさにご指摘のとおりかと。

先日の東芝における「経産省による議決権行使への圧力問題」についても、経産省からみれば財務省(外資規制-外為法所管)と法務省(会社法所管)を眺めたうえでどちらを重視すべきか、といった判断があったのかもしれません(私のように会社法に馴染みのある法律家からすれば「とんでもない!」という気持ちにはなりますが・・・)。性能偽装で揺れる三菱電機は、すでに「経済安全保障統括室」を設置して経済安全保障リスクへの柔軟な対応を模索し始めていることが上記スクランブル記事でも紹介されていました。2021年4月には経済同友会が、各社に経済安保を踏まえたガバナンス強化を包括的に提言しています。

「真・善・美」を求めて経営をされているユニクロ(ファーストリテイリング)も、新疆ウイグル自治区の工場における労働問題で、かたや中国では不買運動に、かたやフランスでは刑事告訴事件に巻き込まれています(ちなみに法務省の「ビジネスと人権への対応」研究報告書の最初にモデル企業として掲載されているのはユニクロです)。また、個人情報や営業秘密の管理に不備がみつかった企業については、日本だけでなく世界におけるレピュテーションリスクの顕在化を招く時代になりそうです。

ESGもSDGsも、そして「ビジネスと人権原則」も、理念としては賛同いたしますが、経済安全保障の波が押し寄せるなかで、欧米諸国(連合)や中ロの「競争条件の不公平を是正するための戦略」として割り切る必要もあるのではないかと。もちろん気候変動対策のように切実さを増す国際問題もありますが、炭素税や排出権取引といった「外部不経済の市場内部化」によって、あくまでも測定可能な数値で経営上の判断ができるような対策で乗り切るべきと思います(決して、美しい理念の実現意思だけで乗り切れる問題ではないと思います)。

「これだけは絶対に内製化しなければならない産業」「これだけは絶対に優位性を譲れない産業」に対しては、今後国策への協力要請が強まることは間違いありませんし、競争上のアドバンテージをとれる情報は、おそらくそういった協力要請に積極的に応じる企業にしか届かないはずです。総務省接待問題や東芝問題は、大手企業と行政との「とんでもない」癒着が問題になりましたが、一方で行政との適切なコミュニケーションは、「経済合理性と地政学リスクとの間の均衡点を渡り歩く」ためにも不可欠ではないでしょうか(このあたりは、今後の重要な経営判断になるような予感がいたします)。

 

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2021年7月 7日 (水)

機関投資家の皆様、業績が良ければガバナンスなど無関心ですか?-任天堂の株主総会に思う

すでに私の界隈では大きな話題になっておりますが、こちらの電気興業のお家騒動事件については、なかなかスゴイ内容です。さすがオリンパス事件を暴いた記者によるものだけあって、「コーポレートガバナンス改革などと言ってみても、オリンパスの時代から何も変わっていないではないか」といった主張が赤裸々な証拠をもって語られております。まだ続編があるようですので、あらためてエントリーしたいと思います。以下、ひさしぶりのコーポレートガバナンスに関連するお話です。

任天堂といえば2021年3月期(2020年度)連結通期による売上高は約1兆7589億円(前年度比34.4%増)、本業のもうけを示す営業利益は約6406億円(同81.8%増)、ということでコロナ禍においてもすさまじい好業績です。ということで(?)6月29日の同社定時株主総会でも楽しい雰囲気が醸し出されており(たとえばこちらの記事)、コーポレートガバナンスなどなんの問題もない、というところでしょうか。いや、むしろ外国人の社外取締役の就任ということで「ダイバーシティにも配慮している。さすが任天堂さんだ」という声も聞こえてきそうです。

世間では誰も問題視していませんし、私だけがひねくれているのかもしれませんが(たぶん、そうかも)、そんな任天堂の新任社外取締役に米国イリュミネーション社(Illumination Entertainment)のCEOの方が選任されました。イリュミネーション社といえば、来年公開のアニメ映画「スーパーマリオ」を任天堂と共同制作している会社ですよね(たとえばこちらの記事)。

会社法上の社外取締役は「会社と社内取締役との利益相反取引の監督」が重要な職務とされていますので、任天堂の株主総会招集通知(取締役選任議案の参考書類)の中でも「当社とイリュミネーション社との間において、現在利益相反関係に立つ取引はございません」と注書きが示されております。したがってイリュミネーション社のCEOの方が「会社法上の社外取締役」として就任されることについては問題はなさそうです。

しかし、近時の企業統治改革において取締役会に期待されているのは代表取締役の選解任や個別報酬決定プロセスを通じた監督機能の発揮ということです。社外取締役に独立性が求められるのは利益相反関係の有無だけでなく、社長の業務執行を利害関係なく監督できるからではないでしょうか。そうしますと、そもそも来年公開される映画を共同制作している会社のCEOの方は、今後の任天堂とイリュミネーション社との協働事業について(つまり任天堂の重要な業務執行について)監督できる立場にはないと思われます。

もちろん、独立性を持たず、経営のご意見番であったり、社長との共同業務執行者となる「非常勤取締役」さんは上場会社にもたくさんいらっしゃいますし、企業価値向上のためにご活躍されている例をたくさん見ております。したがって、そのような「非常勤取締役」に共同制作者のトップが就任する、ということであれば素晴らしい。

しかし、東証に独立社外取締役として届出をされるのであれば、やはり経営者をきちんと監督できる立場の方でなければ務まらないのではないかと。現在の事業戦略と利益的にも一致した立場の会社のCEOの方は、社長の経営責任を冷静に問うことはできないでしょうし、またいざという時に現在の事業戦略の方向を転換することは期待できないように思います。

最近は国内外の機関投資家の皆様も(上場会社の)コーポレートガバナンスに関するご意見をたくさんお持ちのようですが、なぜ任天堂のこの問題については誰もとり上げないのでしょうか?やっぱり「現在の業績さえよければ10年後、20年後の長期的な企業価値向上など関心事ではない」というのが本当のところなのでしょうか?ガバナンスに意見をするのは「業績が傾き出してから」ということなのでしょうか?ぜひ機関投資家の皆様のご意見を拝聴したいところです(なお、私個人の意見は「業績が絶好調のときこそガバナンスの構築・改変に乗り出すべき、傾き出してからでは遅すぎる」というものです)。

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2021年7月 6日 (火)

三菱電機性能偽装事件-機関投資家は「オオカミ少年」はお好きでしょうか?

ブログを熱心に更新するようになったため、三菱電機の件についてメディアの方から取材を受ける機会も増えてきました。その際、これまで社内調査が何回も行われていたにもかかわらず、なぜ今回の空調機器の性能偽装を発見できなかったのか(どう思いますか)といった質問を受けます。しかし、これは難問です。

一般論として、たとえば株主(機関投資家)の方は「オオカミ少年的社内監査」を歓迎しますでしょうか?つまり、「社内の不正は絶対に見逃さない」という思想で、たとえ不正事実が見つからない場合があったとしても「不正あり!」と声を上げて調査を行い、不正は100%発見する会社を希望しますか?その代わり副作用として「ガセネタ」も多くなりますので、監査の失敗が表面化して社内外が混乱することで株価が下落する可能性はあります。「お騒がせ監査役さん」などと揶揄されることもあります。

一方「社内外を騒がせないように、本当に不正の確信がある場合のみ声をあげよ」という思想で、つまり、たとえ不正を見逃すことはあっても、不正が明らかな場合にのみ(現場に迷惑をかけない範囲において)監査部門は摘発せよ、との方針の会社があります。事業部門と監査部門との力の差が大きい会社ではこのような傾向があると思いますが、その副作用として不正が長年放置された後で、突然大きな不祥事となって発覚する、その結果、ステークホルダーの信頼を失う可能性が生じます。

よく「二つの要請をいかに調和させるかがポイント」などと書かれたマニュアル本がありますが、現実的には(私の経験に基づくものですが)「調和を図る」ことは困難であり、オオカミ少年を称賛する経営者がいるかいないか、という点で分かれると思います。「調和させる」ことが可能であるとすれば、オオカミ少年の監査部門を許容したうえで、なんども失敗を重ねて、不正の兆候をいかに効率的に見つけることができるようになるか、その訓練によるスキルアップに期待するくらいではないでしょうか。

ところで企業統治改革が進み、2019年のグループガバナンス(システム)実務指針、2020年の事業再編実務指針、社外取締役の在り方に関する実務指針などに基づき、さかんに「事業ポートフォリオの再編」が促され、どこの企業グループにおいても「資本の最適配分」が金科玉条のごとく経営者に求められています。ということは、事業部門の強い企業であればどこでも「会社よりもわが事業部の存続」ということが関心事となりますので、今後は三菱電機のような性能偽装、品質偽装事件は(どこの上場会社でも)当然に増えるはずです。「攻めのガバナンス」が強調される以上、その代償として「守りのガバナンス」に支障を来すことはやむをえないでしょう。

そうであるならば、私個人の意見としては「オオカミ少年を許容する組織風土」が(株主保護のために)求められるべきではないかと思っております(日本の企業ではかなりむずかしいですが・・・)。

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2021年7月 5日 (月)

三菱電機社長会見における3つの疑問(7月3日の訂正公表も踏まえて)

三菱電機の性能偽装事件については、6月30日に公表された直後に「これは罪深い」というエントリーを書きましたが、やはり社長さんの退任という問題に発展してしまいました。私は7月2日午後4時からの社長会見を(ライブ中継で)約1時間半ほど視聴し、直後に三菱電機のHPに公開された「説明用資料」にも目を通しましたが、そのうえで三菱電機の有事対応に3点ほど疑問を抱きました。

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まずひとつめは、本件性能偽装は「不適切な行為」なのか「違法な行為」なのか。三菱電機は「本件は顧客との契約違反にとどまるものであり、法令には抵触していない」と強調しております(たとえば7月4日読売新聞1面トップ記事参照)。たしかに国の安全基準に違反するような品質不足に関する偽装とはいえず、顧客との契約に違反した行為にすぎない、ともいえそうです。

しかし、同じ三菱グループの三菱電線の性能偽装事件について、東京簡易裁判所は不正競争防止法違反を認めて法人に対しても、また社長個人に対しても刑事責任を認めています(2019年2月8日判決)。三菱電線事件では「顧客から要求された仕様を満たしていないにもかかわらず、これを満たしているかのような表示をしていたこと」が違法行為と認定されていますが、顧客から要求された出荷前試験をやっていないにもかかわらず、これをやったと表示していたこと」も(品質を優良であると見せかけて)公正な競争を阻害するという点では同様と思われます。私は「不適切な行為」ではなく「違法行為」だと考えます。

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つぎに(翌日、社長会見の発言が訂正されましたが)「なぜ6月29日の定時株主総会で本件性能偽装の事実が説明されなかったのか」という点です。会見では「総会の時点では事件の全体像が明確になっておらず、その段階で不明瞭な事実を株主に伝えると株主を混乱させることになるため」との回答でした。不祥事調査が継続している段階における事実の公表は、ステークホルダーに誤った事実を伝えてしまい、後日の事実訂正によって会社の信用が毀損されるおそれが生じます。したがって、不祥事発覚直後の会社側の姿勢としては、たしかに公表を控えることに合理性があるケースも多いと思います。

ただ、性能偽装事件の特徴として、さきに顧客に不祥事を報告している場合があります(本件でも同様)。ということは、顧客や顧客の役職員の中には三菱電機の株主もいるわけですから、早期に他の株主にも公表しなければインサイダー取引を誘発することになりますし、そもそもフェアーディスクロージャールールに違反することになります。現に7月2日の同社株価は大きく下がったわけで、おそらくインサイダー取引が実際に行われていたかどうかは、証券取引等監視委員会の開示検査課がチェックしているはずです。

社長会見では「取締役会で非公表を決めた」と説明されていましたが、そうなると著名な社外取締役の方々も内部統制構築義務違反の法的責任を問われるのではないか・・・と考えておりましたが、先に述べたように翌日、この点は「取締役会で図ったわけではない(意見を聴いただけ)」と訂正されました(そりゃそうですよね・・・)。ただ、たとえ経営執行部の判断として「非公表」と決定したとしても、やはり株主への情報提供に不公正な点があったのではないか、といった疑問は残ります。

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そして3点目が調査委員会の設置に関するものです。社長会見によれば、著名な弁護士を委員長とする特別調査委員会を設置して、今回発覚した偽装事件の原因を究明して再発防止策の提言を行う、さらに件外調査も行ったうえでほかに同様の不正が発生していなかったかどうかを調査する、とのこと。もちろん、ステークホルダーへの説明責任を尽くすために外部有識者による特別調査委員会を設置することは必要でしょうし、社外からも要求されるところと思います。ただ、社長ご自身が会見で認めておられたように、本件性能偽装事件は「組織的な不正」です。

35年前から組織的に行われていた不正の原因を解明したり、再発防止策を検討することは、組織の構造的な欠陥を解明するということなのでわずか2か月では到底困難です。また、20年も30年も不正が発覚しなかった組織風土を解明するためには、顧客側の問題(たとえば必要な検査を受けていなくても安全性に問題なければ検品について-少なくとも現場レベルでは-OKと判断していた、取引慣行として顧客も検査の省略を受諾していた等)についても調査する必要があります。さらに社外取締役や社外監査役の皆様に厳しい意見を述べるだけでなく、その社外役員の方々に積極的に汗をかいていただかないと到底組織風土は変わりません(監査委員会のメンバーを含め、社外取締役のお尻を叩いてガバナンス改革を断行させる役割をだれが担うのか・・・という問題は避けて通れません)。

会計不正を複数回発生させた上場会社のガバナンス改善に2年、3年の時間をいただいて取り組んだ「ガバナンス改善委員会」の委員長経験者としては、改善委員会が提言した再生プロジェクトにどれくらいの幹部職員が理解を示してくれて、どれくらいの成果を上げてくれるのか、その様子を長い時間をかけて「役職員とぶつかりあって」「時には恥をかいて」はじめて組織文化が理解できますし、また、その変革の道筋も見えてきます。前回エントリーでも書いたように、(事業部門の独立性が強い組織であるがゆえにお勧めしたい)社内プロベーション制度を導入することも、このような改善委員会の設置があってこそ可能になるものと理解しています。

これまでの三菱電機で発生した様々な事例をみるならば、まさに経営陣や社外役員と二人三脚で会社の中の様子を長期間にわたって監督する外部有識者による組織がどうしても必要です。もちろん当該組織のトップが社長では困るわけで、そういった「異物」を受け入れる覚悟が三菱電機にはあるのだろうか・・・といった疑問を感じました。

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なお、いろいろと会社側に厳しいことを書かせていただきましたが、最後に神戸製鋼の品質偽装事件が発覚した際にも述べたことと同じことを申し上げたいと思います。ここ数年、三菱電機の不祥事が数多く発覚しましたが、それではなぜ10年、20年、30年前から長年行われてきた不正が(さみだれ式に発覚するのではなく)近時になって一気に発覚したのでしょうか?社内の不正に真正面から立ち向かおうとする社長さんがいたからこそ、各セクション、各グループ会社に眠っていた不正が経営陣に届くようになったのではないか、社長の真剣な檄が飛んできたからこそ、内部監査部門が本気で不正を探し出すことになったのではないか?(みなさん、そう思われませんか?)

「我々は今度こそ誠実な企業になろう」と声を上げた社長さんがいたとすれば、これまで各部署で眠っていた不正が一気に明るみになる、ということはよくあることで、不正を隠し続けてきた、または不正発見に関心を持たなかった歴代の社長さんは批判をされず、「誠実な企業になろう」と勇気を出して取り組んだ社長さんが批判をされて辞任を余儀なくされる、というのも、不正調査を本業とする者として、なんだか割り切れなさを感じるところです。

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2021年7月 1日 (木)

性能偽装事件-三菱電機は社内プロベーション制度を導入すべきである

(7月1日午前 花輪さんから有益なコメントをいただきましたので、たいへん参考になるご意見として追記させていただきました。ありがとうございます)

昨日も取り上げた三菱電機の性能偽装事件ですが、本日(6月30日)、三菱電機HPに性能偽装事件の概要が公表されていましたので閲覧いたしました。鉄道車両向け空調設備の出荷にあたり、実際には試験を実施していないのに、自動的に数値を偽装するプログラムを作成していたことや、車両のブレーキや扉の開閉に使う「空気圧縮機」でも不正検査が判明したことなど、新たに判明しているそうで、不正の原因はかなり根の深いもののようです。

ところで三菱電機の対応でひとつ気になるのが「安全性に問題はない」という釈明です。これは少し論点がずれています。同じ不正競争防止法違反行為であったとしても、国の安全基準を(満たしていないにもかかわらず)満たしているかのような表示をしている場合には「安全性は確認されている」という釈明も成り立ちます。しかし、三菱電機の場合は取引先から要求されている仕様を満たしていないのに満たしているかのような表示をしているわけですから「まじめに仕様を満たす検査をしている同業他社との公正な競争が害されたこと」が重大な問題です。したがって釈明するのであれば「我々の性能偽装によって同業他社との公正な競争が害されていないことを確認した」ということを合理的な理由によって開示すべきです。かりに「安全性」を釈明として持ち出したとしても、本件では最終利用者の「安心」には何ら結び付きません。

そして、本日報道されているところによると、三菱電機は外部弁護士による第三者委員会によって原因究明を図る、ということのようです。しかし(昨日述べた通り)これだけ多くの性能偽装事案が社内で見つかるのですから、時間的な制約のある第三者委員会では件外不正も、そして根本原因も解明することは困難であり、最低2年程度は調査を継続する外部有識者による再生委員会を社内に設置する必要があると考えます。そして、その再生委員会を有効に機能させるために、社内にプロベーション制度を導入することを提言いたします。

ちなみにプロベーション(英: Probation)とは、アメリカ法の用語であり、有罪の宣告を受けた者に直ちに刑罰の言渡しをせずに、一定の地域から離れることを禁ずるなどの何らかの制約を課しつつ、一定期間、公的機関(probation officer プロベーション・オフィサー)の観察の下に置くことをいいます。法人に対する措置としても、法人を一定期間保護観察処分として、その期間中の動向や社会的な信用の毀損状況等によって処分の猶予を決定する、とういうものです。

たとえば取締役や執行役員が担当する部門において、当該取締役や執行役員の責任において徹底的に性能偽装案件の調査を行い、その結果として不正が判明してすべて報告された場合には社内における責任は問わない(たとえ問うとしても厳罰は適用しない)。ただし、不正の申告をせず、その後内部通報等によって新たに性能偽装が発覚した場合には取締役や執行役員は退任をしなければならない、というルールを導入します。

当該ルールが適正に運用されているかどうかは、外部有識者によって構成される再生委員会がチェックをして適時適切に開示する、というものです。誠意をもって調査結果を申告すればペナルティを問われない・・・というのは一見するとモラルハザードのようにも思えますが、これまでの三菱電機の度重なる不祥事の発覚からすれば、まずは個人責任よりも組織の構造的な欠陥に着目する、つまり組織としての自浄作用を発揮することに光をあてるべきです。

昨日も申し上げましたが、三菱電機としては、もはや自社のリスクマネジメントとしての対応に固執することなく、業界全体の信用回復のための行動まで「自身の意思で」断行することが「日本を代表する名門企業としての矜持」として要請されていると考えます。

(7月1日午前:追記)

以下は花輪さんからいただいたコメントです。たしかに論点がひとつ欠けていたと思いましたので、追記させていただきます。

いつも興味深く拝見し、いろいろな点で勉強させていただいております。さて、本件は2017年に発覚したN社の検査偽装に続く、K社やM社グループの品質偽装に類似し、顧客要求検査を勝手に省略するものと思われます。従って、論点を一点追加する必要があると感じます。

当時、K社やM社の件は、こちらのブログでも頻繁に取り上げておりましたし、世の中でも騒いでおりましたので、各種業界でも自己調査を行いました。私も、同業の監査部員として自社グループの再確認を2018年に実施いたしました。それが当たり前だったと記憶しております。つまり、今回の当該社も同様に、2018年頃に自社内の調査したがどうかが、当該社の組織体質を問う論点になりうると思います。していたとしたら、見つからなかった理由。していなかったら、しなかった理由。

品質偽装が関係する組織は、ISO9000の自己監査と定期監査を受けますが、それらは会計監査のような精度ではありませんので、しっかりと設計したうえで監査をしないと見つからないかもしれません。この点からも、山口先生が常にコメントしているように、内部通報を活発化することが早道かもしれません。

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