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2021年7月20日 (火)

会計限定監査役の「監査見逃し責任」を厳しく問う最高裁判決(破棄差戻)

本日(7月19日)、会計限定監査役の会計不正事件の見逃しに関する損害賠償請求事件の最高裁判決が出ました(最高裁判決全文はこちら)。会計限定監査役といいますのは、監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定めがある株式会社の監査役のことであり、通常の(業務監査権限+会計監査権限のある)監査役と分けて、会計限定監査役と言われています(最高裁判決文の中でも使われています)。

原審(東京高裁)は被上告人が「会計監査に限定された監査役(会計限定監査役)」という立場であることから、会計帳簿の信頼性が明らかに認められないような特段の事由がないかぎりは会計帳簿の資料と計算書類の数字と整合性をチェックすれば足りる、よって被上告人には任務懈怠はない、というものだったようです(こちらが参考になります)。

しかし、最高裁は、いくら会計限定監査役といえども、計算書類の「情報提供機能」を担保する役割はあるのだから、その役割を果たすためには

監査役は,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも,計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため,会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め,又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。

として、会社の預金口座の管理状況や当該預金の重要性などから、被上告人が適切な監査を行っていたかどうか、改めて審理を尽くすように差戻しの判断を下しました。

ただ本件の一審(千葉地裁)が監査役の責任を認める根拠として、①会社は経理担当者が少なく、不適正な経理が行われる蓋然性が高い、②一方で、監査役は会計士かつ税理士であり、監査役として負う善管注意義務の水準は公認会計士及び税理士としての専門的能力を有さない一般的な善管注意義務の水準よりも高い、③会社から示された会計帳簿は明らかに写しであることを認識しており、原本の提示を求めることが容易であるにもかからわずこれを行っていない、といった点を挙げていましたので、「ちょっとそれは違うかもしれませんよ」という意味で、草野裁判長の補足意見が示されているのが興味深いですね。

以前、当ブログでもご紹介しました安愚楽牧場事件における監査役責任も、大阪高裁レベルではありましたが会計限定監査役の「不正見逃し責任」が否定されました(被害者側の逆転敗訴 高裁判決の全文はこちらです)。ただ、あの事件では会計監査というよりも、業務監査に関連する「見逃し責任」が問われていました(知らない間に会社が会社法上の「大会社」になっていたので、会計限定監査役も通常の監査役と同様の業務監査責任が発生するかどうかが論点でした。ちなみに安愚楽牧場事件においては、被害者側が上告受理申立てを行ったものの、監査役が亡くなったために申立てを取り下げています)。今回の最高裁の判断は、会計限定監査役にはあくまでも業務監査権限がないことを前提として、ただそれでも会計監査における権限や責任根拠となる会社法上の条文を手掛かりとしても「債権者や株主のためにもっとやるべきことがあったのではないか」と原審に投げかけた意味が大きいと思います。

それでは「業務監査」に及ばない範囲で、つまり会社の財産状況の調査や取締役への報告要求等によって監査を尽くす(善管注意義務をもって粉飾や不正な資金流出を発見する)というのはどこまでやればよいのでしょうか。このあたりは草野裁判官の補足意見以外にも、過去の判例なども参考になりそうな気がします。たとえば会計監査ではなく職務執行の監査に焦点をあてている判決ではありますが、釧路市民生協事件札幌高裁判決(平成11年10月29日)を挙げておきます。ポイントを要約すれば

そこで、第一審被告Sらが過失により監査を怠ったといえるかどうかを検討する。証拠によれば、北海道庁の担当者は「市民生協の粉飾決算は相当巧妙に会計操作がされていることから、公認会計士でなければ真の経営実態を把握することは困難である旨の報告をしていること、市民生協の経理を調査した公認会計士は日本生活協同組合連合会にあてて「通常の監事監査などでは発見できない伝票操作も見られた」と報告していることが認められる。しかし、前記のとおり、監事の職務として問題となるのは会計監査ではなく、職務執行の監査であって粉飾決算を行った会計操作の手法を発見することや、経理の詳細の把握が求められているわけではない。そして、市民生協の決算は、多額の未収金、開発費等が毎年計上されたままであること、新規の投資が進んでいたわけでもないのに、総資産が毎年増大し、組合債の発行額が毎年著しく増加していたこと等の事情から考えると、監事らが常勤理事らに対して説明を求める等の調査によって、常勤理事会で決定された決算が不自然あるいは不当であると指摘することが困難であったとは認められない。ところが、第一審被告Sら監事は、決算書の金額が資料と一致するかどうかを確認する程度の監査をしただけで、決算が不自然、あるいは不当である等の指摘をすることはなく、そのため、市民生協において粉飾決算が継続されたのであるから、第一審被告Sらは、組合員が損害を受けることがないように適正な監査をすべき義務を怠ったというべきである。したがって、第一審被告Sらは、適正な監査を怠ったことにより、粉飾決算がされ、これを真実であると信じて組合債を取得したことによる第一審原告らの損害を賠償すべき責任がある。(→被告Sらは上告したが上告不受理決定により判決確定)

という内容です。経理部職員の業務をチェックしたり、内部統制の状況を精査するといったことまでは必要ないものの、会計帳簿の数字を眺めてみて「どうもおかしい」と素直に考えられるならば、取締役に質問をする、といった行動に出ることが善管注意義務の実践として求められるというところでしょうか。最後になりますが、会計限定監査役ではなく、業務監査を行う(普通の?)監査役、監査等委員の方々に、どれほど本件が実務上の意義を持つのか、という点については、うーーーん、ご専門の研究者の方々の解説を待ちたいと思います。

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コメント

判決文からすると、会計監査人設置会社以外の会社の監査役にはあてはまることはたしかでしょう。「以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない。」と述べていますので。会計監査人設置会社以外の会社の監査役は計算関係書類の監査も重要な職務ですし。
ただ、本件で、監査役が具体的にどのようなことをすべきだったのかはまた別問題です。また、破棄差戻しとなった理由の1つは、任務懈怠があったとしてもその任務懈怠と相当因果関係が認められる損害はどの範囲なのかを審理せよということなので、差戻し後高裁では、その部分についての判断が示される可能性もあるのではないでしょうか。

投稿: とおりすがり | 2021年7月20日 (火) 19時43分

 監査役といえども、必要な知識なしで引き受けると大変ですが、そのことを認識していない弁護士、会計士、税理士が少なくないのではと懸念しています。

投稿: Kazu | 2021年7月30日 (金) 15時43分

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