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2021年8月30日 (月)

取締役会における監督機能の発揮と「スキルマトリックス」の関係(素朴な疑問)

週末の日経朝刊(8月28日)では「社外取締役 ESGも主導-統治以外の役割広がる」なる見出し記事が目に留まりました。国内外の上場会社において、社外取締役が「サステナビリティ委員会」「CSR委員会」「コンプライアンス委員会」「イノベーション委員会」「サイエンス委員会」等で活躍する機会が増えている、そういった専門性の高い社外取締役を探すのはたいへんだが、中長期的な企業価値向上の視点から社外取締役が監督機能を発揮することに期待が寄せられている、スキルマトリックスの開示ということにも注目が集まる、といった内容です。

今回の改訂ガバナンスコードでも社外取締役のスキルマトリックスの開示が要請されていますが、これはむしろ(ガバナンスコードが要望している)モニタリングボードではなく、マネジメントボードとしての取締役会と親和性が高いのではないでしょか?おそらく社外取締役候補者としても、求められるスキルの発揮を会社側から要望されれば、重要な経営判断の場における経営指導的な活躍が期待されている、と認識するのが一般だと思います。ということで、そもそも素朴な疑問として「スキルをもってどんな方法で監督機能(モニタリング)を発揮するのか」というところが、いまひとつよくわかりませんし、本当にそのようなことが可能なのであれば、経営者はわかりやすく社外取締役候補者に伝える必要があります。

昨年7月に経産省から公表された「社外取締役ガイドライン」の参考資料2のアンケート調査結果をみても、多くの会社が現実にはマネジメントモデルの取締役会を運用しているわけですから、私はまず社外取締役になろうとされる方は、ガイドラインの求める「社外取締役の理想像」を実践することよりも先に、会社の現実を見据えることが大切だと思います。マネジメントモデルであれば、自身のスキルを(重要な経営判断に活かせるように)存分に発揮すればよいと思います。もしモニタリングモデルの運用がなされている、もしくは移行しようと努力している会社であれば、どのような形で自らのスキルを監督職務に取り入れるべきか、会社側とよくすり合わせをしておくべきではないでしょうか。

※ ちなみにガバナンス・コードや経産省社外取締役ガイドラインが求めている「監督」とは、CEOに対する評価と、CEOの選解任および報酬決定への主導的役割を果たすこととされています。このような「監督」に社外取締役のスキルがどのようなプロセスで反映されるのでしょうか。

そしてもうひとつの素朴な疑問は、社外取締役のスキルに関心が集まり、上記記事にあるように「取締役会の諮問機関」として活躍することに期待が集まるのであれば、そもそも社外取締役である必要はなく、顧問やアドバイザーとなって(社外取締役では困難とされる)業務執行の一端を担うほうが企業価値の向上につながるのではないか、ということです。スキルマトリックスが求められるほどに重要な経営判断の決定に外部専門家が必要とされる時代であれば、社外取締役のような形でなく、もっと業務執行に近いところで活用されるほうが戦力になるのではないかと。

「いやいや、環境や人権、サイバーセキュリティに精通した有識者が社外取締役であることが重要なのだ」とされるのであれば、そういったスキルをお持ちの方が「取締役会において議決権を持つ意味」がわかりやすく社外取締役候補者にも伝えられる必要があると思います。いずれにしても、社外取締役になろうとされる方々は、対象会社の取締役会のモデルがどうなのか、という点を冷徹に認識することが大前提でしょう。そこを飛び越えて、近時のコーポレートガバナンス改革の理想論から「あるべき姿勢」に倣うことは会社にとっても社外取締役にとっても悲劇の始まりのような気がいたします。

ちなみに私にとって「社外取締役にとっての最高のスキル」は、経営陣をどのように監督すれば株主のエージェンシーコストを下げることができるのか、そこを理解することだと考えています(社外取締役と機関投資家との対話において、とても有意義な話題になると思います)。

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2021年8月26日 (木)

会計不正事件の発覚に備えはあるか-取締役会で共有すべきガバナンス・コード補充原則3-2②

今朝(8月25日)の日経18面記事「会計不正 公表46%減-在宅勤務普及、発見に壁」によりますと、2021年3月末までの1年間で、会計不正事件を公表した企業(上場会社)が25社にとどまり、前年比46%減少したそうです(日本公認会計士協会調べ)。一見すると会計不正事件自体が少なくなったようにも思えますが、KPMG-FASのディレクターの方の話では「不正が減ったのではなく、発見しにくくなった」とのこと(なお「会計不正」とは取締役の横領等の「資金流用」と財務報告への虚偽記載等の「粉飾」の双方を含みます)。

これは当ブログで昨年来申し上げているところと全く同じでありまして(たとえばコチラコチラ)、当職の受けている相談内容や内部通報者の支援活動等からみても、昨年来のパンデミックに由来する経営環境下での会計不正は間違いなく増えています。また、監査環境の制限により、会計不正は発見しにくい状況となっており、あと1年~3年後に発覚するケースが多いと予想しております(良い悪いは別として、もし軽微なものであれば、いまのうちにコソっと修正しておいたほうが良いですね)。

「当職の相談案件」といった偏った知見からではありますが、会計不正事件が急増しているものの発見ができない状況が生じる要因は3つあります。まず1つめは「コロナ禍における監査の後退」です。品質不正と同様、会計不正も組織内の力学的バランスが崩壊することによって発生する場合が多いのであり、内部監査部門や監査役監査が強い立場にない組織では、どうしても現場の理屈に負けてしまう(簡略化した監査手続きを余儀なくされ、不正リスクは残っているものの泣く泣く監査を終えざるを得ない)。

つぎに2つめは「ガバナンス改革の深化」です。2014年から始まったガバナンス改革は「攻めのガバナンス」が主流であり、上場会社には資本の最適配分が求められます。具体的には採算の合わない部門、子会社の整理、売却です。攻めのガバナンスのしわ寄せが迫る部門、子会社では(誠実な社員の皆様が)自身や家族の生活を守るために「部門一丸となって」粉飾に走るわけで、まさに「組織防衛」なる正当化理由のもとで粉飾を継続することになります。「急場しのぎ」「今だけだから」といった正当化理由も聞こえてきます(後日、粉飾を修復することは困難だと思いますが)。

そして3つめは「社内における不規則コミュニケーションの不足」です(これもコロナ禍ということと関連しますが)。会計不正の情報が(関係者以外に)漏えいするのは「社内の噂話」「飲み会でのココだけの話」によるところが大きいのですが、リモート勤務や飲み会の禁止によって不規則コミュニケーションの場が減っています。したがって「疑惑」を本社が知る機会に乏しい。また、内部通報や内部告発も、ハードな内容の場合には支援者の存在は不可欠でありますが、こういった支援者も不規則コミュニケーションの不足によって見つけにくい状況です。

ということで、会計不正事件は実際には発生しているのでありますが、パンデミックが未だ収束するめどが立たない中で、発覚にはもう少し時間がかかるということになります。そこで上場会社の皆様は、いまから準備しておくべきなのがコーポレートガバナンス・コード補充原則3-2②ⅳに対する対応です(ほとんどの本則上場会社がコンプライしているはずです)。「外部監査人が不正を発見し適切な対応を求めた場合の会社側の対応体制の確立」です。会計監査人に内部告発が届いた場合や会計監査人が自ら不正の疑いを抱いて調査を要請した場合、どのような対応をとるのか、(コンプライを宣言している以上)どこの会社でも確立しているはずです。

もしコンプライしながら体制を確立していない会社、体制は確立していたけれども、有事に対応できなかった会社の役員には、訴訟を提起され善管注意義務違反が認定される可能性は高いと思われます。もちろん不正が大きくなってから発覚する、ということになりますので株主にも多大な損失が生じることになり、会社の信用も毀損されるリスクは高いはずです。改正公益通報者保護法が施行されて、内部通報と内部告発の「制度間競争」が奨励される前に、せめてガバナンス・コード補充原則3-2②への対応(体制の確立)だけはきちんと役員間で共有しておいたほうがよろしいのではないでしょうか。

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2021年8月25日 (水)

不祥事企業を救うコンプライアンス行動指針のススメ

少し前になりますが、8月19日の日経朝刊2面に「原発不祥事 再稼働阻む-敦賀2号機、データ書き換え」なる見出し記事が掲載されています。同記事によれば、再稼働を目指している日本原子力発電(原電)の敦賀原発2号機の地質データ書き換え問題で、原子力規制委員会は再稼働に向けた安全審査の中断を決めたそうです。東電柏崎原発の不祥事も重なり、脱炭素社会に向けたエネルギー政策の行方を左右する原子力発電が、委員会の信頼を得られないことでピンチに立たされています。

詳しいデータの説明は省略しますが、規制委員会側は原電に「改ざんがあった」と指摘していますが、原電側は「記載を充実させるための上書きであり改ざんにはあたらない」と反論しています。また、同日の朝日新聞記事(8月19日朝刊3面)では「書きかけは現場の判断であり、現場には書き換えてはいけない、という認識はなかった」と反論しているそうです。過去に自分が関わった案件でも似たようなケースがありまして、「品質偽装」なのか、現場の品質管理部門による「テスト結果の補正」なのかが相当揉めたことがありました。

活字になってしまうと「改ざん」「ねつ造」「やらせ」「偽装」「粉飾」といった犯罪を想起させる単語になってしまいますが、不正が起きたとされる現場では「記載の充実」「数値の補正」「許容された演出」「おもてなし(メニュー偽装の事件)」「未修正の誤謬」など、違法性の認識なく現場社員が事業を継続しているケースが散見されます。ただ、不正調査案件に関わる私たちからすれば、違法ではないと現場社員が思いこむように、上司から指導を受けていることもあり、真実を知ることはとてもむずかしい。

ただ、最近は「法令遵守」を超えて「コンダクトリスク」への対応が、誠実な企業に求められる時代となりました。そもそも「改ざん」や「やらせ」が疑われる行動自体、企業として何らの対処も行っていないとすれば、その姿勢は強く批判されてもしかたがないと考えています。不正リスク管理に熱心な企業の場合、このように改ざんや偽装等が疑われかねないケースを想定して、現場における行動指針を策定しています。「疑わしい行動」が現場で認められた場合、当該指針に沿って対応することで、「故意による不正行為」と認定されるリスクを低減する、というものです。上記原子力規制委員会の反応にも如実に現われていますが、故意による不正行為と過失による不正行為とでは、規制当局との信頼関係の破綻という意味では大きく異なります。

某自動車部品会社では、海外でのカルテル防止のため、価格カルテルや環境カルテルなど、カルテルの疑いが生じた現場に立ち会ってしまった現地社員は、すぐに事実を記録しておいて、日本の本社法務部に相談する、ということを励行しています。もし海外当局から疑われたとしても、こういった記録や行動が身を守ることにつながる可能性もあるでしょう。

自分たちは企業行動規範に反するような商売はしない、と宣言しているのであれば、疑惑のある行動自体も品位を害する行為に該当するおそれがあります。上記敦賀2号機の件でも、現場におけるデータ書き換え行為を堂々と「記載の充実であった」と反論するのであれば、何が記載の充実で、何が改ざんにあたるのか、自社のリスクをきちんと把握しておいて、行動指針を策定しておくべきだったと考えます(当初は原電に「指針」があったのではないか?だから堂々と反論しているのではないか?とも思いましたが、上記朝日新聞の記事を読んで「現場は知らなかった」とあるので、指針は存在しなかったものと推察いたしました)。

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2021年8月23日 (月)

みずほシステム障害事件-金融庁は監督の視点を変えるべきではないか

5月27日の拙ブログ「もはや『レピュテーションリスク』では語れなくなったコンプライアンス経営の姿勢」で予想しておりましたとおり、企業内におけるワクチン接種の強制問題が最近話題となっており、政府としても「一定の方向性を示す」ということで動き出しました(読売新聞ニュースはこちらです)。社員に一律にワクチン接種を事実上強制することはパワハラ(人権侵害)に該当しますが、かといって何らの対応もしなければ職場安全配慮義務違反で「不作為の違法行為」になってしまうというジレンマにどう企業は向き合うべきか?「ビジネスと人権」という視点から、それぞれの企業の姿勢を明確に知りたいところです(以下、本題です)。

みずほ銀行とみずほ信託銀行で8月20日に発生したシステム障害については、金融庁がみずほFGを含めて再度の報告命令を発出したことが報じられています(8月22日日経朝刊1面)。みずほ銀行では今年すでに5度目の障害が発生した、ということです。「今回は4度目の障害とはここが異なっていた。したがって前回の障害に対する再発防止策はある程度実効性があった」と評価できる点があればよいのですが、そういった報道はされていません。

私はそもそも「こうすれば障害は発生しない」といった再発防止策の目標自体が誤っていると思います。「(残念ではあるが)また障害は発生するが、こうすれば顧客に過大な迷惑はかけない」ということを目標とすべきであり、監督責任のある金融庁も目線を変えるべきだと考えます。1年に5度もシステム障害を発生させている企業が「6度目はない」という前提で対策を考えること自体無理です。困難な目標を掲げて「二度と発生させない」といった実現困難な対策を講じれば講じるほど、現場は可能な限り障害を隠し、また(4度目の障害に関する第三者委員会の評価にあるように)「目の前で起きたことを過小評価する」ことは間違いないでしょう。

過去に何度も同様の不祥事を発生させている、という点では近時の三菱電機の検査不正事件も同様ですが、ここまで同種事案が繰り返されるということは(たとえ直接の原因ではないとしても)組織風土に関する要因は存在するのではないでしょうか。ご承知のとおり、組織風土はそんな簡単に変えることはできないので、せめて「システム障害を防止すること」「障害が疑われた場合にはすぐに声を上げること」に関する社員の(職務上の)優先順位を上げるしかないのではないかと。

4度目のシステム障害の教訓から、みずほ銀行ではシステム障害発生時に緊急対応のランクを上げたそうですが、目の前で起きた事象を「たいしたことではない、監督官庁や顧客に報告しないといけないほど重大ではない、と考えたい」バイアスが働くのは当然です。しかし、そのようなバイアスが働くことを5度目の障害の教訓としたところで、組織風土が変わらない限り、今度は現場の情報を掌握した経営幹部からトップには「たいしたことはありません」といった印象操作を誘発する情報が上がってくるだけです。「重大だと思って公表したところ、実は軽微な障害で済んだことで「オオカミ少年」になってしまった。それでも顧客の資産の安全を守ることを第一に考えたうえでの結果だからやむをえない」といった価値判断を経営幹部が共有しないかぎり、現場の情報をトップが共有することはできないと思います。

たとえかっこ悪くても、世間から批判を受けるとしても、まずは「みずほ銀行は、またシステム障害を起こす可能性があります。しかし、起きた時に、今度は当社はこう動きます」といった姿勢を社内外に示すこと、これのみが組織風土を変えるための手段になりえると確信します。現時点で「もうみずほ銀行は・・・のような再発防止策で二度とシステム障害を起こさないことを誓います」といった対策は、組織風土を悪化させる要因になるように思えます。かように「コンプライアンス経営はむずかしい」のであります。

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2021年8月20日 (金)

(速報版)改正公益通報者保護法における事業者の内部統制指針が公表されました。

すでに各紙が「8月中には公表されますよ」と報じておりましたが、改正公益通報者保護法第11条1項、2項に基づく「指針」が消費者庁HPに公表されました(8月20日)。書きぶりからすると、改正法の施行日は来年6月1日のようですね。

とりあえず常用雇用者300人以上の事業者にとっては(公益通報対応業務従事者の指定や対応体制の整備運用は義務化されますので)内部通報制度の見直しのモノサシが明らかになりましたね。ただ、今後も「指針の解説」が公表される予定ですし、今回の指針に基づいて平成28年民間事業者向けガイドラインも見直しされる可能性が高いので、そちらも見直しには欠かせないと思われます。

パブコメに関する消費者庁の考え方もたくさん示されているので、これからそちらを中心にチェックしたいと思います。とりいそぎ、速報版ということで。

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2021年8月19日 (木)

三菱電機検査不正事件-社内リニエンシー制度は機能するか?

三菱電機検査不正事件をうけて、拙ブログでは「性能偽装事件-三菱電機は社内プロベーション制度を導入すべきである」と題するエントリーを7月1日に書きました。三菱電機社内でも同様のことは検討されていたようで(厳密にはプロベーション制度ではありませんが)、未だ検査不正が行われている部門において自主申告をすれば懲戒の対象にしないという、いわゆる「社内リニエンシー制度」を導入したそうです(7月14日のYahooニュースはこちら)。モラルハザードを惹起させるという理由で反対意見も多いのですが、私は「組織における構造上の不備」を見出すためにも、こういった処分猶予は最善の策ではないかと考えております。もちろん、三菱電機内において、果たして社内リニエンシー制度が機能しているのかどうか、私自身は関心を寄せておりました。

本日も各紙で新たな検査不正事案が報道されていますが(たとえば毎日新聞ニュース)、こういった不正事案は社内リニエンシー制度が奏功したものなのでしょうか?発覚端緒に関する報道がないので断定はできませんが、そろそろ自主申告による検査不正事例が、いくつか発覚するのではないかと予測しております。発覚当初の記者会見では「長崎製造所が」といった説明を繰り返しておられたので、縦割り組織の弊害が不正の真因であるかのような印象を持ちましたが、今回は四国の製作所で25年にわたって検査不正が続いていたということなので、やはり全社的な組織風土に真因があると思料されるからであります。

ところで、昨日(8月17日)の日経X-TECHの記事「品質不正の陰に『枯れた製品』-経営者が大胆な決断を」は、品質不正事件の根本原因に迫るものとして、かなり秀逸な記事でした。ノルマに対するストレス、納期を守るためのプレッシャー、順法精神の欠如等がしばしば理由に掲げられますが、上記記事は少し視点が異なります。品質不正に走ってしまった企業の同業他社に対して「いまこそ、顧客を奪うチャンスでは?」と取材したところ、同業他社は「あのような利幅の薄い製品はいらない(ウチでは作らない)」と言われた、とのこと。昔はドル箱商品だったものも、諸事情によって「枯れた製品」になってしまい、だからこそ(出荷先との間で)取引条件の改善交渉もせずにズルズルと検査不正を続けていたことに大きな問題がある、という見立ては「なるほど」と思いました(私の見立てとは若干異なりますが、部門間における力学的バランスの崩壊に目を向けている点は斬新です)。

ただ、だからといって日本の大手メーカーにおいて、今まで何十年も成長を支えてきた部門を「資本の最適配分」「非効率な事業はいらない」という理由で簡単に切り捨てることはできないでしょう。上記日経記事風にいえば「枯れた製品はもう作らない」といった決断を大胆に実行できる企業はあるのでしょうか(私はなかなか実行できないように推察いたします)。

また、逆からみても、経営者を外から連れてくるのではなく、社内のマネジメント上がりの人から選ぶ「社長人事システム」の中で、「枯れた製品はもう作らない」と社内外に宣言し、これを実行できる人は、そもそも組織の論理として社長になれないのではないかと。とりわけ4年くらいで交代する上場会社の社長さんであれば、出荷先との取引条件の見直し交渉を行ったことで「日銭が入る」部門の取引を縮小させてしまうリスクは背負いたくないでしょうし、先輩方が作り上げてきた部門を簡単に切り離すということはむずかしいように思えます。さらに「こういったときこそ社外取締役の活躍が必要」と言われるかもしれませんが、(意見としては言えても)執行部を実行させるだけの力をもった社外取締役など皆無でしょう。

日本企業特有の労働慣行・人事慣行が変わらなければ「品質不正事案」はどこの企業からもなくならないように思います。やはりコンプライアンス経営は「いかにして不正を予防すべきか」よりも「いかにして不正を早期に発見すべきか」に注力するほうが現実的です。ぜひ、このたびの三菱電機検査不正事件が報じられるなかで、どれくらい社内リニエンシー制度が機能したのか、明らかにしていただきたいところです。

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2021年8月18日 (水)

(セミナーのご紹介)企業経営の新しい課題に法務・コンプライアンス部門はどう向き合うか

Dsc_0055_512本日(8月17日)の商事法務メルマガの冒頭でご紹介いただきましたが、商事法務主催のBUSINESS LAW SCHOOL企画として「山口利昭弁護士が語る-企業経営の新しい課題に法務・コンプライアンス部門はどう向き合うか」と題するWEBセミナー(有料)が開催されることとなりました。来る8月27日から10月7日まで視聴可能となっております(お申込みは9月30日まで、とのこと)。ということで、昨日(8月16日)都内某スタジオにて収録が行われました。インタビュアーはのぞみ総合法律事務所の結城大輔先生でして、3時間に及ぶロングインタビューとなりました。

実はこの企画、少し前に法務や総務、財務担当者が出席される某WEBセミナーで「ほぼ40分企画」として(結城先生からお誘いをうけて)同様テーマで対談したのですが、たまたまその対談をご覧になっておられた商事法務の関係者の方が「これはオモシロイ。ウチで拡大版をやりましょう」とお声をかけていただいて実現することになりました(もちろん商事法務さんのセミナーは有料セミナーでございます)。

3時間も何を語ったのか?・・・ということでありますが、内容につきましてはこちらの商事法務さんのWEBチラシをご覧いただければ、概要だけでもおわかりになると思います。予定時間は2時間半でしたが、結城先生と語り合っていると3時間となりました。おそらく収録したものは、編集することはせず、ほぼそのままご視聴いただけるものと思います。具体的な事例をご紹介するにあたっては、極力個社名も出しておりますが、決して個社対応を揶揄するつもりはなく、あくまでも多くの企業の法務担当者の方々が「他山の石」「明日は我が身」として実感していただけるように配慮したつもりです。

Dsc_0059_512 商事法務さんのビジネスセミナーといえば(法務担当者の方々はご存じのとおり)専門分野に精通した弁護士の方々が、当該専門分野の最新情報を提供したり、制度対応に向けた問題解決のノウハウを惜しみなく提供する、というものですが、おそらくそういった「常識」を超えた内容だと思います。このような名門法律事務所の番頭格でいらっしゃる弁護士の方をインタビュアーとして、「最先端の専門領域も持たない私が語る」という企画が(商事法務の社内で)よく通ったものだなあと(^^;)

ただ、対談の冒頭でもお話ししましたが、VUCAの時代の法務部門がなぜ「経営と接近」しなければならないのか、その理由とともに、いまこそ法務部門が(経営課題を見つけるための)「良質な問い」を社内で作り出さねばならないし、「役に立つESG」よりも「意義のある(人から共感される)ESG」でなければ「ヒト、モノ、カネ、情報」が企業に届かない、そこに法務が経営に関与する機会と実益がある、という私の「思い」を各種事例等を交えてお話ししたかったのであります。ちなみに結城先生の狙いは「動画版ビジネス法務の部屋に仕上げる」ということで、その方向性でのノリもかなり加味いたしました。

Img_20210817_212850_512なお、上記2枚の写真は昨日の某スタジオでの収録風景です。この写真を帰宅後に妻に見せたところ「なんだか深夜のテレビショッピングみたい」と言われました(なるほど・・・)。ただ、私も結城先生もこの日のために相当準備してまいりましたので、私は「おねだん以上」の出来ではないかと自負しております。

旬刊商事法務の最新号(2270号)の裏表紙にも左のようなチラシが掲載されております。ずいぶんと商事法務さんに企画を広報していただいておりまして恐縮ですが、ぜひ法務担当の皆様方、経営に関わっておられる皆様方、そして日ごろ経営者や法務担当者の方々と接しておられる法曹の皆様方に(御異論、ご批判覚悟のうえで)ご視聴いただければ幸いです。

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2021年8月16日 (月)

改正公益通報者保護法-内部通報者による外部通報(内部告発)への対応

日経新聞では(ひさしぶりに)8月14日、15日と続けて改正公益通報者保護法関連のニュースが掲載されていました。いずれも8月中に改正法上の「指針」の中身が8月中に公表される、来年施行の改正法に対応する内部通報制度の見直しが必要、とのニュースです(私も指針の公表時期については存じ上げませんでした)。指針案はこちらのHPで4月に公表されていましたが、正式な指針とともにパブコメに関する政府(消費者庁)の見解が示されるので、対比して検討してみたいです。今後は、来年5月頃(?)の改正法施行に向けて「指針の解説」や「好事例集」なども公表されるものと思料されます。

ところで今回の法改正によって、(内部通報制度の見直しの必要性から)内部公益通報への関心が高まっておりますが、外部通報(内部告発)への対応についても検討をしておいたほうがよさそうです。何度も申し上げるとおり、行政通報の要件が緩和されること、行政機関に外部通報への対応体制の整備義務が定められることから、重要事案に関する外部公益通報(内部告発)が間違いなく増えることが予想されるからです。

たとえば過去の品質偽装事件について内部通報した場合に、会社は是正措置として偽装を止めたとして通報者に是正措置を通知します。しかし通報者は「止めただけでは足りない、出荷先へ報告し、社外に公表せよ」と会社に要求した場合、会社はどう対応すべきか。このような場合、放置していると内部通報者は外部通報へと向かうことがあります。内部通報によって通報者の秘密は社内でも守られることになり(守られなければ刑事罰の適用、もしくは懲戒処分、さらには法人への行政処分)、さらに社内の対応業務従事者とのコミュニケーションによって手元に相当の証拠が残りますので、監督官庁だけでなくマスコミへの通報も公益通報者保護法によって保護される可能性が高い。つまり内部通報を前置すると、安心して外部通報ができる、ということになりそうです。

上場会社における会計不正事件などは、いったん内部公益通報を行った後、対応に不満がある場合には会計監査人に外部公益通報を行う(内部告発を行う)、ということも考えられます。会計監査人としては、内部通報が先行しているからと思って、通報者の特定情報をうっかり会社に漏らす、ということになりますと(通報者の存在は法律上の「公益対応業務従事者」しか知らない、ということもありますので)職業倫理上の問題(守秘義務違反)が発生する可能性もあります。会計監査人も改正公益通報者保護法はしっかり勉強しておかないとマズイと思います。

いずれにしても、改正法への対応として、迅速適確な社内調査が求められるわけですが、誰が通報したのか、という点を明らかにしないままの社内調査はとてもむずかしいのです。通報者の秘密を守りながら、通報者による外部通報(内部告発)に対応するというのは、今後いろんなところで失敗事例が発生すると思います。できればそのような失敗事例を積み重ねて「公共財」として、公益通報者保護法の目的を達成できるような実務を築ければよいですね。

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2021年8月11日 (水)

コーポレートガバナンス・コード改訂2021の楽しい勉強法について

Img_20210810_211317_400 8月9日に出版されたばかりの「コーポレートガバナンス・コードの実践 第3版」(武井一浩氏編著 日経BP 2,800円税別)をご著者の方から献本いただきました(たぶん西村あさひの武井一浩先生ですよね?どうもありがとうございます🐱)。先日、2度目のコード改訂が行われましたので、本書ももう「第3版」なのですね。改訂2021への各社対応は、今年12月更新までのガバナンス報告書で明らかになりますので、このタイミングでの第3版は各社が参考にされるでしょうね。それにしてもご著者の皆様はお忙しい中、タイムリーに改訂作業を進めておられるのには頭が下がります。さっそく改訂部分を中心に拝読させていただきます。

ところで企業統治改革が始まってからすでに6年~7年が経過しますが、コード改訂版はかなり「てんこ盛りガバナンス」の内容に仕上がっているように思われます。そこで、合格最低点を目指して、改訂版をいかに「楽しく」勉強するか、ということを考えることも大切です。先日、コード改訂実務に近い立場にあった方のプライベートな講演会を拝見(WEB)しましたが、その際にとても面白いコメントが聞かれました。コード策定時(2014年ころ)と現在とでは、「中長期的な企業価値向上のためのガバナンス」という改革の方向性はブレていないけれども、なんだかいろんなものがくっついちゃった、とのこと(笑)。このあたりが「楽しい学習」のための切り口になりそうです。

ご承知のとおり、2014年頃から今年に至るまで、ガバナンス関連のいろんな「指針」やら「ガイドライン」やらが経産省、金融庁、法務省、内閣府を中心に策定されていますが、これらは各省庁担当課長の「実績作り」の一環だそうで、異動前になると、成果品として各省庁から発表されるのが常のようです。それぞれの担当課長の成果品であるがゆえに、コード改訂の際にもどこかで成果品たる指針やガイドラインの趣旨を盛り込まねばならないということになり「ずいぶんといろんなモノが改訂版にくっついちゃった」結果になってしまったとか・・・( *´艸`)

私も財務省のアドバイザーや有識者メンバーに就任していますので「なるほど」と思いましたが、たしかに官僚の皆様には(実績のための)「異動の花道」がありますよね(その「花道」を首尾よく作ってあげて気持ちよく異動させる部下はきっと出世するのでしょうね)。ここ5年ほど、〇〇実務指針とか▽▽ガイドラインなるものがガバナンス・コードの周囲にもたくさんできましたが、年を追うごとに増えていることは明らかでして、それらすべてにコードが「挨拶」をしておりますと、改訂版の中身は必然的に分量が増加し、内容も複雑化してくるわけです。では、改訂部分のどこが、どの指針やガイドラインと結びついているのだろうか・・・といったあたりを考えながら勉強する、というのも頭に残りやすい(理解しやすい)学習法かもしれません(いや、完全に個人の趣味かもしれませんが・・・)。

そういえば思い出すのが平成18年会社法改正のときの法制審議会委員だった方々の座談会記事(旬刊商事法務)。法制審における改正作業の最終コーナーを回ったあたりで某自民党議員の方による突然の「内部統制に関する条文挿入」の要望があり、いきなり「体制整備に関する決議義務」が法文化されましたね。商事法務の座談会では「いままで議論もしていなかった条文の突然の挿入について『いやァ、変なものが入ったちゃったなァ』という気持ちでした」と和気藹々な雰囲気で法制審委員の方々が語られていました。(これは私の推測ですが)あの当時から法務省官僚の方々の意向が学者委員の方々の意見よりも強くなってきたのではないかと。その後、金商法上の内部統制と会社法上の内部統制との関係など、理屈の上で難問が出てきたことは皆様ご承知のとおりです。

そのように考えますと、今回の改訂2021への対応については(周囲を見回しながら)理路整然と「コンプライ」することにこだわるよりも、会社としてどのように稼ぐのか、そのストーリーに必要な範囲でコードを自由に解釈して「対話に役立てる」「コンプライにこだわらない」姿勢が投資家にも、また経営陣にもウケが良いのではないかと思います。コンプライにせよ、エクスプレインにせよ、なぜ当社のガバナンス構築が中長期の儲けにつながるのか、そこの説明に必要な範囲で改訂版コードを活用すべきではないかと思います。

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2021年8月10日 (火)

企業のESG経営-「E」と「S]はつながる時代へ(その2-グリーンウォッシュ)

7月27日の拙ブログにおきまして「企業のESG経営-「E」と「S]はつながる時代へ(オランダの裁判事例とEUにおける環境カルテル)」と題するエントリーを書きました。その中で、NPO団体(Friend of the earth Netherlands)等を原告、オランダ・ダッチ・シェルを被告とするオランダの裁判に触れましたが、「月刊世界」9月号の「脱石炭から脱化石燃料へ」と題するNPO団体の方の論稿では、この裁判に関する詳しい説明がなされていました。ちなみに月刊世界の今月号の特集は「企業を変える-気候・人権・SDGs」でして、最近「ビジネスと人権」に関する関心を高めております私としては、たいへん興味のある論稿ばかりでした。

なお、2018年6月当時のFriend of the earth Netherlandsの提訴内容ですが「ロイヤル・ダッチ・シェルは再生可能エネルギーへは5%しか投資せず、95%を石油ガスに投資している現状を改めよ。その理由は、同社の事業により、気候変動が大きくなり、特に世界中の貧困層に洪水等のリスクにさらしている、同社の累積二酸化炭素排出量は世界の排出量の2%を占めており、国際的義務、人権保護、有害過失に関する法律違反等の観点から同社の責任は極めて重い」というものでした。

この提訴に対してオランダの地裁が下した判断は「人権保護の観点で、危険な気候変動による影響から人々を守る必要があるということに国際的なコンセンサスがある、よって企業は人権を尊重すべきという観点から気候変動対策をとるべきである」というというものです(なお、ダッチ・シェルは判決に不服として控訴しています)。

ところで本日(8月9日)の日経や朝日のニュースでは、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が、産業革命前と比べた世界の気温上昇が2021~40年に1.5度に達するとの予測を公表した、と報じています(9日深夜の日経WEBニュースでは、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の「第1作業部会第6次報告書」の要旨も掲載されています)。

今後、10年ほど前倒しで温暖化対策をとる必要性があるのではないかとも思えますが、もうひとつ公表内容で重要なのが「人間活動の温暖化への影響は『疑う余地がない』と断定した」とのこと。これまでは「温暖化に影響を及ぼしている可能性が高い」でしたが、今回は「疑う余地がない」です。「人間が引き起こした気候変動は、世界中の全ての地域で、多くの気象や気候の極端な現象に既に影響を及ぼしている」とも明記されています。上記のような環境被害訴訟において気候変動と企業活動との因果関係が認められる可能性が高まったものと思われます。

そして企業コンプライアンスの視点から考えますと、環境経営を推進する企業にとって「自社の取組みが、どの程度気候温暖化に影響を及ぼすのか」といった説明が、今後、より重要になってくるのでしょうね。逆に言えば掲げている削減目標と、その目標達成に向けたプロセスとの整合性がない場合(到底達成困難と世間から評価された場合)には「グリーンウォッシュ企業」としてダイベストメント(投融資の引き上げ)の対象になってしまうおそれがあります。

グリーンウォッシュとは、特に環境NGOが企業の環境対応を批判する際に使用することが多く、上辺だけで環境に取り組んでいる企業などをグリーンウォッシュ企業などと呼ぶ場合がある(出典 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

ちなみに上記「月刊世界」の二つの論稿に「グリーンウォッシュ」に関するNPOの考え方が示されていましたが、日本政府が推進しているようなトランジッション(脱化石燃料への計画的な移行-たとえばCCSやアンモニア・水素の混焼など)も、パリ協定の実現に向けた目標との関係ではグリーンウォッシュであると述べられています(主張しておられるのは、一昨年、みずほフィナンシャルグループで34%の賛成票を得た株主提案者の方です)。

各国の政治的な思惑もありますので一概に「遵守すべき」とまでは申しませんが、IPCCの新たな公表内容や「気候変動対策は人権保護」という発想の高まりによって、今後「グリーンウォッシュ」は企業コンプライアンス上の課題(レピュテーションリスクの顕在化)として浮かび上がるのでしょうね。

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2021年8月 5日 (木)

ガバナンス改革はJ-SOX(財務報告内部統制)と同じ道をたどるのか?

昨日(8月3日)の日経朝刊9面に「日経地銀実力調査 再編先行組が健闘-山口は『統治』で低評価」なる見出しの記事が掲載されています。当該記事によりますと、山口FG傘下の山口銀行は、収益力が評価されて総合ランキングでは上位とされていますが、ESG評価は「C」(68位)とのこと。その理由としては「グループトップが、6月の総会後の臨時取締役会で再任を拒否された事案が評価に響いた」そうです(ちなみに再任を拒否された事案の概要は日経ビジネスのこちらの記事が詳しいです)。経営の中枢部分に不安定要素がある、ということが低評価とされたものと推測されます。

しかし、上記事案(6月総会後の社長不再任)は、そもそも元社長の不適切行為に関する内部通報が経営陣に届き、その後は社外取締役(10名中7名)が中心になって社長の再任拒否といった結論になったわけですから、いわば「社外取締役が機能した」と評価できる事案ではないかと。現に7月25日の朝日新聞WEB有料記事「『納得できない』-改革派地銀トップはなぜ解任されたのか」では、金融庁幹部の方も「今回の件はガバナンスが機能した」との評価を下しています。

素朴な疑問ですが、上記日経地銀実力調査の結果からすると、コーポレートガバナンス・コードが理想とする社外取締役の行動をとった企業は「ガバナンスに問題がある」と評価され、「モノ言わない社外取締役」が沈黙して安定的な経営がなされている企業が高い評価を受けるということになるのでしょうか。しかし、私の理解するところでは、今後のいかなる経営環境の変化にも対応できるだけの多様性を備えた取締役会こそ(少なくともESGという視点からは)高い評価を受けるのであって、ガバナンス上の経営権問題が表面化したことをもって低い評価とするのはどうもおかしいように思います。

ちょうどJ-SOXの運用において、会計不正が発覚するまでは「内部統制は有効」と開示しながら、会計上の問題が発覚するやいなや訂正報告書を提出して「内部統制は有効とはいえませんでした」と修正して「ハイ、一件落着」と片付けるのと同じではないかと(これまで、修正によってペナルティを受けた上場会社はひとつもありません)。

つまり、上記のような評価がなされるのであれば「外から言われたことを粛々とこなしておいて、なにか問題が生じればそのときに有事対応で問題を解決すれば足りる」といった企業姿勢を助長することになりそうですし、企業の不正リスクに関する警鐘を社内から鳴らす「オオカミ少年」が育成されないことにつながります。これでは何のためのESG開示であり、エンゲージメントなのかわからなくなります。いわば「J-SOXの二の舞」であり、企業としても「その程度の対応で足りるのか・・・やれやれひと安心」ということになるかもしれません。取締役会の実効性評価にしても、将来的な企業価値との関係で評価を行うものと理解しております。過去に発生した事実から評価を下すというのは、せっかくのガバナンス改革のための知見を無駄にしてしまうことになりそうで、もったいない気がいたします。

それにしても、不祥事が発生すれば「社外取締役は何を見ていたのか、機能していない」と言われ、不祥事防止のために目立った行動に出れば「経営の中枢がゴタゴタしているからガバナンスが問題」と言われるわけですから、いったいどうしたらよいのでしょうかね。。

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2021年8月 3日 (火)

人権尊重、企業は本気か-DHCの不適切文書に批判

タイトルのとおりの日経朝刊(8月2日)の見出し記事はたいへん興味深いものでした。エシックスコードに則って小売り大手のイオンがDHCにとった行動、売れ筋商品を供給する事業者であるがゆえに沈黙を通した他の小売り事業者、さらに(記事では紹介されていませんが)不適切文書で標的にされた大手飲料メーカーの対応など、このDHC文書事件は「ビジネスと人権」を考えるうえでとても参考になります。

当事者企業それぞれの立場でコメントしたいことはたくさんありますが、上記記事を読んで最も印象に残ったことは、不適切文書が世間を賑わせるようになった時点以降のDHCの栄養補給食品、女性用基礎化粧品の売上に及ぼす影響です。記事に添付された分析図によれば、いずれの商品も業績になんら影響がなかったばかりか、むしろ他社よりも売り上げが若干伸びている時期もあります。よく「ビジネスと人権」を語る書籍や雑誌では「最近は企業も人権尊重への配慮が求められるようになった。たとえ法令違反がなくても、人権への配慮を欠く行動は(不買運動などによって)企業の社会的信用を失わせることになる。」と書かれています。

しかしDHCの事例では、たしかに不買運動は一部で起きたものの、実際には売れ筋商品の販売不振につながる結果には至っておりません。ではなぜ売上に影響が出なかったのか・・・。このあたりが実は「コンプライアンス経営」とりわけ「ビジネスと人権」を(経営判断として)考えるうえでのポイントになろうかと思っております。

もちろん悪意のある企業不祥事は避けなければなりませんし、ましてや「差別的表現の容認」など絶対に許されるものではありません。ただ、誠実な企業の誠実な役職員でも不祥事は起こします。不祥事が発覚した時でも、日常業務が不祥事の影響を受けずに済むためには(つまりレピュテーションリスクの顕在化によって事業が影響を受けないためには)日ごろから何をしておくべきか。ここを考えることが「不祥事に強い企業」としての「組織復元力」になります。

このあたりは専門家もメディアもほとんど注意を向けていないところです。ブログのような媒体で簡潔に書けるものではありませんので、また、講演等で詳しく解説をしたいと思います。

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2021年8月 2日 (月)

日本企業に「知財ガバナンス」は定着するか?-社長を説得する工夫について

ほとんど東京五輪は見ておりませんが、松山英樹のゴルフの最終日だけはテレビの前でずっと応援しておりました。彼がアマチュア時代から慣れ親しんでいるコースでも、やはり五輪で勝つのはむずかしいのですね。たいへん悔しいですが、日本代表としてよく頑張ったと称賛したい(まぁ「3位になるために、こんなに頑張ったことはない」と語ったマキロイでも勝てないんだからしかたないか)。

さて、先週のデータガバナンスに続き、本日は「知財ガバナンス」のお話です。改訂ガバナンス・コードにも記載されることになったので、最近は日経フィナンシャル7月29日記事(知財・投資家との対話手段に、統治指針改訂で機運)や旬刊商事法務最新号(2269号スクランブル「知財ガバナンスが描く未来」)でも取り上げられています。ガバナンスといえば「企業価値向上」を目的とした組織構築を示すイメージが強まってきたことから、このような言葉が使われるようになってきました。

ただ、データガバナンスと同様、知財ガバナンスといっても、経営陣が自分事として受け止める傾向はほとんどないと思われます。上記日経フィナンシャルの記事ではホンダの取り組みが紹介されていましたが、ホンダは創業者が「知財の神様」と言われるほどに知財戦略を推進しておられた会社なので特別です(つまり会社自体に知財ガバナンスのDNAがあるわけですから、あまり他社の参考にはならないのではないかと)。

ということで、私もとくに知財に詳しい弁護士ではありませんが、平成16年以来、メーカーや製薬を含めて社外役員を経験した立場から、知財ガバナンスが重要であることを社長にどう説明すべきか、という点について私論を述べたいと思います。

まずM&Aの進展です。少し前まではM&Aといえば「食うか食われるか」という組織再編での経営判断が主流でした。しかしネットワークの構築が重要な無形資産と言われるような時代となり、中小ベンチャー企業との提携(合弁会社の設立等)などもさかんに行われています。ベンチャー企業の持つ知財を活用することで新規事業にチャレンジするわけですが、そのチャレンジが新規事業を生む結果となることがあります。ところでベンチャーにとっては大きな成功でも、規模の違う大会社にとっては「横展開」をしなければ大きな成功には結び付きません。ただ、ベンチャー企業は当初の成功に満足してしまい、大企業の「横展開」構想に対しては消極的になり、知財の活用にも賛同してもらえません。こういった中小ベンチャーとの事業展開リスクを最初から想定するためには、どうしても経営陣の関与が必要となります。

次に日本企業における労務慣行の壁です。現場レベルで知財開発・知財管理を行うことについては問題ありませんが、「知財ガバナンス」の対象となるような他社とのネットワークの中で知財戦略を実践するためには多大な投資が必要です。しかし「減点主義」の人事評価が長年の慣行となっている企業では、20回失敗する中で1回モノになればOKのような知財戦略に手を挙げて責任者になる人がいるのでしょうか。過去に何度も見てきた風景ですが、失敗の原因究明はほとんどやらずに「責任者への処分」で一件落着させる(明確な敗者復活戦もない)という組織論理がまかり通る中では、到底「知財ガバナンス」は日本企業には浸透しないはずです。

そして最後に「競争法と知財法の両方に詳しい人が社内に存在しない」という現実です。これも現場レベルでの知財管理にはあまり問題が出てきませんが、知財戦略となると(モノになりかけた場合に)独占の問題とか優越的地位の濫用の問題とどこかで抵触することになります。つまり知的財産法を活用して管理するのか、オープンイノベーション戦略に出るのか、その際に独禁法上のリスクはどうなるのか、といった両面からの経営判断が必要となるわけで、その両立を図ることが「知財ガバナンス」の要諦です。これは「この会社がこれから10年、20年、世界で何をしたいのか」という経営方針を決定する者が判断しなければならず、(経営に責任を持たない)法律の専門家に任せるのはご法度です。

以上、知財戦略がこれからの企業経営にとって重要であることは間違いないのですが、そこで検討すべき課題は「担当役員に任せておけばよい」というものはありません。そこを社長さんにどう説明するか、この問いへの回答を各社で考えだすことが「知財ガバナンス」ではないかと思います。

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