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2021年8月19日 (木)

三菱電機検査不正事件-社内リニエンシー制度は機能するか?

三菱電機検査不正事件をうけて、拙ブログでは「性能偽装事件-三菱電機は社内プロベーション制度を導入すべきである」と題するエントリーを7月1日に書きました。三菱電機社内でも同様のことは検討されていたようで(厳密にはプロベーション制度ではありませんが)、未だ検査不正が行われている部門において自主申告をすれば懲戒の対象にしないという、いわゆる「社内リニエンシー制度」を導入したそうです(7月14日のYahooニュースはこちら)。モラルハザードを惹起させるという理由で反対意見も多いのですが、私は「組織における構造上の不備」を見出すためにも、こういった処分猶予は最善の策ではないかと考えております。もちろん、三菱電機内において、果たして社内リニエンシー制度が機能しているのかどうか、私自身は関心を寄せておりました。

本日も各紙で新たな検査不正事案が報道されていますが(たとえば毎日新聞ニュース)、こういった不正事案は社内リニエンシー制度が奏功したものなのでしょうか?発覚端緒に関する報道がないので断定はできませんが、そろそろ自主申告による検査不正事例が、いくつか発覚するのではないかと予測しております。発覚当初の記者会見では「長崎製造所が」といった説明を繰り返しておられたので、縦割り組織の弊害が不正の真因であるかのような印象を持ちましたが、今回は四国の製作所で25年にわたって検査不正が続いていたということなので、やはり全社的な組織風土に真因があると思料されるからであります。

ところで、昨日(8月17日)の日経X-TECHの記事「品質不正の陰に『枯れた製品』-経営者が大胆な決断を」は、品質不正事件の根本原因に迫るものとして、かなり秀逸な記事でした。ノルマに対するストレス、納期を守るためのプレッシャー、順法精神の欠如等がしばしば理由に掲げられますが、上記記事は少し視点が異なります。品質不正に走ってしまった企業の同業他社に対して「いまこそ、顧客を奪うチャンスでは?」と取材したところ、同業他社は「あのような利幅の薄い製品はいらない(ウチでは作らない)」と言われた、とのこと。昔はドル箱商品だったものも、諸事情によって「枯れた製品」になってしまい、だからこそ(出荷先との間で)取引条件の改善交渉もせずにズルズルと検査不正を続けていたことに大きな問題がある、という見立ては「なるほど」と思いました(私の見立てとは若干異なりますが、部門間における力学的バランスの崩壊に目を向けている点は斬新です)。

ただ、だからといって日本の大手メーカーにおいて、今まで何十年も成長を支えてきた部門を「資本の最適配分」「非効率な事業はいらない」という理由で簡単に切り捨てることはできないでしょう。上記日経記事風にいえば「枯れた製品はもう作らない」といった決断を大胆に実行できる企業はあるのでしょうか(私はなかなか実行できないように推察いたします)。

また、逆からみても、経営者を外から連れてくるのではなく、社内のマネジメント上がりの人から選ぶ「社長人事システム」の中で、「枯れた製品はもう作らない」と社内外に宣言し、これを実行できる人は、そもそも組織の論理として社長になれないのではないかと。とりわけ4年くらいで交代する上場会社の社長さんであれば、出荷先との取引条件の見直し交渉を行ったことで「日銭が入る」部門の取引を縮小させてしまうリスクは背負いたくないでしょうし、先輩方が作り上げてきた部門を簡単に切り離すということはむずかしいように思えます。さらに「こういったときこそ社外取締役の活躍が必要」と言われるかもしれませんが、(意見としては言えても)執行部を実行させるだけの力をもった社外取締役など皆無でしょう。

日本企業特有の労働慣行・人事慣行が変わらなければ「品質不正事案」はどこの企業からもなくならないように思います。やはりコンプライアンス経営は「いかにして不正を予防すべきか」よりも「いかにして不正を早期に発見すべきか」に注力するほうが現実的です。ぜひ、このたびの三菱電機検査不正事件が報じられるなかで、どれくらい社内リニエンシー制度が機能したのか、明らかにしていただきたいところです。

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コメント

山口先生
いつも楽しく、拝読させていただいております。ありがとうございます。

8月17日の日経クロステックの記事「品質不正の陰に『枯れた製品』 経営者が大胆な決断を」は私も読みました。何を今さら、というのが正直な感想です。ただ品質不正に対する視点としては、新鮮であるかもしれません。特に4つの対処法という整理は、一般に分かりやすいと思います。

[1]再交渉[2]外注[3]事業譲渡[4]事業売却、というその対処法。[1]の再交渉は「適質適価」をめざして、顧客と粘り強く交渉を続ける。それができれば、いまさら苦労はありません((+_+))。[2]の外注で仮に製品原価を下げることができたとしても、品質保証の責任はついて回ります。内製品の品質保証が脆弱な状態でアウトソースしたところで、受入検査が厳格に行われる保証はありません。[3]の事業譲渡は子会社や関連会社にやらせるということのようですが、これも品質不正につながった事例は数多ありますね。結果、親会社のレピュテーションを毀損する、と。そして残る[4]事業売却。その製品をやめちゃうという選択肢です。記事では利益の出ない商品は捨てて、経営資源は高付加価値の製品開発にシフトすべきだと主張します。

先生がおっしゃるように、日本の大手メーカーでこの[4]をやるのは、難しいことでしょう。顧客への供給責任は事業譲渡することで移転させることができますけれど、その「枯れた製品」で喰っている人たちの反発が大きいのですね。「民主的な」CEOは、二の足を踏むことになります。ただ世の中には「権威主義的」なCEOもいて、これを断行して利益を増やし、株価を上げた企業が、最近でも見受けられます。たとえば、他意はありませんけど、この会社など
https://www.nikkei.com/nkd/company/article/?DisplayType=1&ng=DGKKZO74667810Q1A810C2DTB000&scode=5108&ba=1
断捨離と同じで、「ときめかない」事業は手放すというだけのこと。異論を唱える者には、たとえ相手がフランス政府であろうと一歩も引かない、というCEOを投資家たちも支持したことになりましょう。けれど、これでその企業が持続的に成長する、という保証はないわけで。古くはGEの「選択と集中」という、失敗例もあります。

ところで、事業譲渡することで、品質不正は解決するのでしょうか。確かにその企業としては、譲渡する事業で品質不正が行われていたとすれば、縁を切ることができます。しかしながら、譲渡した先でその不正が継続したら、顧客にとってというか社会にとって、何も変わりません。今年5月14日に、京セラ株式会社「UL問題特別調査委員会」の調査報告書が公表されました。三菱電機同様、30年以上続いた品質不正。その舞台となったケミカル事業は、20年近く前の2002年8月に東芝ケミカルから買い取ったものです。それまでに東芝内部でも、東芝本体から子会社の東芝ケミカルに事業譲渡されてきています。東芝グループから離れても、京セラに移って来た人たちの間で、品質不正の伝統は脈々と受け継がれていたことになります。

さてこの京セラのケースでは、ケミカル事業部の若手社員である「X社員」の問題提起が、発覚の端緒となりました。調査報告書の分析によればX社員は大学教育で技術者としての高い倫理観を叩き込まれ、ケミカル事業部で不正に気づいたとき、内部通報ではなく、通常のレポーティングラインで相談しています。「直属の上司である課責については自分の話しを聞いてくれると信頼しており」、「少なくとも京セラ本社(経営陣)に本件不正を報告すれば、適切に対応してくれるだろうという期待を持っていた」とのこと。そして不正発覚後、京セラの社長は「本件は、当該事業部門が当社グループ入りする前から長年行なわれて来た不正行為であり、今回少数の社員が勇気を出して疑問を呈したことにより発覚しました」というメッセージを社内に発信して、不正に疑問を呈した社員の勇気を称えたのでした。(調査報告書P.45)

三菱電機で今回発覚した、配電盤の不正行為を申告した従業員。何が彼の背中を押したのでしょうか。社内リニエンシーは、通報して不利益な取扱を受けるのではないか、という恐怖の敷居を少しは下げてくれるでしょう。また組織単位での自浄作用を期待して、保護観察のプロセスを取り入れるのも、組織のトップを本気にさせるやり方ではありましょう。ただ何れも、正直に言わないで、悪いことを続けていたらお尻ぺんぺんですよ、と恐怖を煽る手法とも言えるでしょう。恐怖によってヒトは何かの行動はとるのでしょうが、あまり前向きな振る舞いにならないのではないか、と懸念します。無論、何らかの恐怖で人を駆り立てることも必要ですが、それだけでいいのだろうか、と。

ともあれ、不正を申告した受配電システム製作所の従業員の行動を、三菱電機の新しい社長さんは、称賛するところから始めてはどうかと思います。

長々と、失礼いたしました。

投稿: コンプライ堂 | 2021年8月19日 (木) 13時26分

山口先生

いつも興味深く拝見しております。ありがとうございます。
不正が、実施者の個人的な心理状況によって、発生したり踏みとどまっているように、内部告発も個人的な心理状況によって、告発したり踏みとどまってしまうように思えてなりません。
この部分が、先生のいう「日本企業特有の労働慣行・人事慣行」に左右される部分ではないかと思われます。
不正の分析にあたっては、「不正のトライアングル」として、動機・機会・正当化とされています。
一般的には、動機・正当化は外部が制御できないので、機会を減らす取り組みをしていると思います。
内部告発も個人的な心理状況に左右されるものならば、「内部告発のトライアングルとして、動機・機会・正当化で分析してみてはいかがでしょうか。
つまり、リニエンシー制度は機会を提供するものと思えますので、リニエンシー制度を含めた対応策の有効性評価を、「動機」「正当化」の視点でも評価してみる。
別な方がコメントしているように職業人としての倫理教育は、動機を高めるでしょう。
また、社長の「この機会に不正を撲滅する」との強い姿勢は、「正当化」を高めることでしょう。

本当に嫌なら辞める自由のある従業員には、リスクを冒してまで告発することは敷居が高いはずです。
組織をよくする義理はないでしょう。
それらを踏み越えて内部告発をしてもらうのですから、よほどしっかりと設計しないと、撲滅できないように思われます。

まさに、企業やリーダーの本質が窺える場面ですね。

投稿: 花輪 | 2021年8月20日 (金) 10時36分

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