日本企業に「知財ガバナンス」は定着するか?-社長を説得する工夫について
ほとんど東京五輪は見ておりませんが、松山英樹のゴルフの最終日だけはテレビの前でずっと応援しておりました。彼がアマチュア時代から慣れ親しんでいるコースでも、やはり五輪で勝つのはむずかしいのですね。たいへん悔しいですが、日本代表としてよく頑張ったと称賛したい(まぁ「3位になるために、こんなに頑張ったことはない」と語ったマキロイでも勝てないんだからしかたないか)。
さて、先週のデータガバナンスに続き、本日は「知財ガバナンス」のお話です。改訂ガバナンス・コードにも記載されることになったので、最近は日経フィナンシャル7月29日記事(知財・投資家との対話手段に、統治指針改訂で機運)や旬刊商事法務最新号(2269号スクランブル「知財ガバナンスが描く未来」)でも取り上げられています。ガバナンスといえば「企業価値向上」を目的とした組織構築を示すイメージが強まってきたことから、このような言葉が使われるようになってきました。
ただ、データガバナンスと同様、知財ガバナンスといっても、経営陣が自分事として受け止める傾向はほとんどないと思われます。上記日経フィナンシャルの記事ではホンダの取り組みが紹介されていましたが、ホンダは創業者が「知財の神様」と言われるほどに知財戦略を推進しておられた会社なので特別です(つまり会社自体に知財ガバナンスのDNAがあるわけですから、あまり他社の参考にはならないのではないかと)。
ということで、私もとくに知財に詳しい弁護士ではありませんが、平成16年以来、メーカーや製薬を含めて社外役員を経験した立場から、知財ガバナンスが重要であることを社長にどう説明すべきか、という点について私論を述べたいと思います。
まずM&Aの進展です。少し前まではM&Aといえば「食うか食われるか」という組織再編での経営判断が主流でした。しかしネットワークの構築が重要な無形資産と言われるような時代となり、中小ベンチャー企業との提携(合弁会社の設立等)などもさかんに行われています。ベンチャー企業の持つ知財を活用することで新規事業にチャレンジするわけですが、そのチャレンジが新規事業を生む結果となることがあります。ところでベンチャーにとっては大きな成功でも、規模の違う大会社にとっては「横展開」をしなければ大きな成功には結び付きません。ただ、ベンチャー企業は当初の成功に満足してしまい、大企業の「横展開」構想に対しては消極的になり、知財の活用にも賛同してもらえません。こういった中小ベンチャーとの事業展開リスクを最初から想定するためには、どうしても経営陣の関与が必要となります。
次に日本企業における労務慣行の壁です。現場レベルで知財開発・知財管理を行うことについては問題ありませんが、「知財ガバナンス」の対象となるような他社とのネットワークの中で知財戦略を実践するためには多大な投資が必要です。しかし「減点主義」の人事評価が長年の慣行となっている企業では、20回失敗する中で1回モノになればOKのような知財戦略に手を挙げて責任者になる人がいるのでしょうか。過去に何度も見てきた風景ですが、失敗の原因究明はほとんどやらずに「責任者への処分」で一件落着させる(明確な敗者復活戦もない)という組織論理がまかり通る中では、到底「知財ガバナンス」は日本企業には浸透しないはずです。
そして最後に「競争法と知財法の両方に詳しい人が社内に存在しない」という現実です。これも現場レベルでの知財管理にはあまり問題が出てきませんが、知財戦略となると(モノになりかけた場合に)独占の問題とか優越的地位の濫用の問題とどこかで抵触することになります。つまり知的財産法を活用して管理するのか、オープンイノベーション戦略に出るのか、その際に独禁法上のリスクはどうなるのか、といった両面からの経営判断が必要となるわけで、その両立を図ることが「知財ガバナンス」の要諦です。これは「この会社がこれから10年、20年、世界で何をしたいのか」という経営方針を決定する者が判断しなければならず、(経営に責任を持たない)法律の専門家に任せるのはご法度です。
以上、知財戦略がこれからの企業経営にとって重要であることは間違いないのですが、そこで検討すべき課題は「担当役員に任せておけばよい」というものはありません。そこを社長さんにどう説明するか、この問いへの回答を各社で考えだすことが「知財ガバナンス」ではないかと思います。
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