不祥事企業を救うコンプライアンス行動指針のススメ
少し前になりますが、8月19日の日経朝刊2面に「原発不祥事 再稼働阻む-敦賀2号機、データ書き換え」なる見出し記事が掲載されています。同記事によれば、再稼働を目指している日本原子力発電(原電)の敦賀原発2号機の地質データ書き換え問題で、原子力規制委員会は再稼働に向けた安全審査の中断を決めたそうです。東電柏崎原発の不祥事も重なり、脱炭素社会に向けたエネルギー政策の行方を左右する原子力発電が、委員会の信頼を得られないことでピンチに立たされています。
詳しいデータの説明は省略しますが、規制委員会側は原電に「改ざんがあった」と指摘していますが、原電側は「記載を充実させるための上書きであり改ざんにはあたらない」と反論しています。また、同日の朝日新聞記事(8月19日朝刊3面)では「書きかけは現場の判断であり、現場には書き換えてはいけない、という認識はなかった」と反論しているそうです。過去に自分が関わった案件でも似たようなケースがありまして、「品質偽装」なのか、現場の品質管理部門による「テスト結果の補正」なのかが相当揉めたことがありました。
活字になってしまうと「改ざん」「ねつ造」「やらせ」「偽装」「粉飾」といった犯罪を想起させる単語になってしまいますが、不正が起きたとされる現場では「記載の充実」「数値の補正」「許容された演出」「おもてなし(メニュー偽装の事件)」「未修正の誤謬」など、違法性の認識なく現場社員が事業を継続しているケースが散見されます。ただ、不正調査案件に関わる私たちからすれば、違法ではないと現場社員が思いこむように、上司から指導を受けていることもあり、真実を知ることはとてもむずかしい。
ただ、最近は「法令遵守」を超えて「コンダクトリスク」への対応が、誠実な企業に求められる時代となりました。そもそも「改ざん」や「やらせ」が疑われる行動自体、企業として何らの対処も行っていないとすれば、その姿勢は強く批判されてもしかたがないと考えています。不正リスク管理に熱心な企業の場合、このように改ざんや偽装等が疑われかねないケースを想定して、現場における行動指針を策定しています。「疑わしい行動」が現場で認められた場合、当該指針に沿って対応することで、「故意による不正行為」と認定されるリスクを低減する、というものです。上記原子力規制委員会の反応にも如実に現われていますが、故意による不正行為と過失による不正行為とでは、規制当局との信頼関係の破綻という意味では大きく異なります。
某自動車部品会社では、海外でのカルテル防止のため、価格カルテルや環境カルテルなど、カルテルの疑いが生じた現場に立ち会ってしまった現地社員は、すぐに事実を記録しておいて、日本の本社法務部に相談する、ということを励行しています。もし海外当局から疑われたとしても、こういった記録や行動が身を守ることにつながる可能性もあるでしょう。
自分たちは企業行動規範に反するような商売はしない、と宣言しているのであれば、疑惑のある行動自体も品位を害する行為に該当するおそれがあります。上記敦賀2号機の件でも、現場におけるデータ書き換え行為を堂々と「記載の充実であった」と反論するのであれば、何が記載の充実で、何が改ざんにあたるのか、自社のリスクをきちんと把握しておいて、行動指針を策定しておくべきだったと考えます(当初は原電に「指針」があったのではないか?だから堂々と反論しているのではないか?とも思いましたが、上記朝日新聞の記事を読んで「現場は知らなかった」とあるので、指針は存在しなかったものと推察いたしました)。
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コメント
山口先生
たびたびのコメントで、失礼します。
現場の社員が行動の拠り所とする「行動規範」の重要性は、先生ご指摘の通りと感じます。欧米企業のCode of Conductに比べ、日本企業のそれは、全般にやや抽象的との見方もありますが。
それはさておき、原子力発電所について言えば、「ファンダメンタルズ」という行動規範を策定している電力会社も、東電さんをはじめ多いのではないかと思います。某電力会社のファンダメンタルズを拝見したことがありますが、130ページ余りというかなりのボリュームでした。原子力発電所で働く職員はそれだけ守るべき規範も多い、ということでしょう。ただそれでも、原発でのリスクに対応する行動を、網羅はできないのですね。審査書類のバックデータを勝手に書き換えてはいけないとか、他人のIDカードを使って中央制御室に入ってはいけないとか、監視装置の故障を放置していてはいけないとか、借りた書類を勝手に廃棄して借りた相手に黙っていてはいけないとか。このようなレベルで、具体的に規範を掲げることは無理というものです。
原子力の「安全文化」は、各社のファンダメンタルズのポイントと言えるでしょう。安全文化10特性というのがあり、その中の一つが「常に問いかける姿勢」です。「安全にとって少しでも疑問があれば立ち止まって考えたり支援を求めること」(原子力規制委員会「健全な安全文化の育成と維持に係るガイド」令和元年12月P.15)で、その属性として①リスクの認識、②自己満足の回避、③不明確なものへの問題視、④想定の疑問視、が挙げられています。
この内④想定の疑問視は、「職員は何かが正しくないと感じた時、想定が正しかったか疑い、別の見方を提示している」というもので、福島第一原発の事故を考えると現場のみならず経営層にとっても重い項目です。敦賀原発2号機では、原子炉建屋直下の断層について規制委員会から指摘されているという状況で、その地質データを説明なく削除・上書きするという行動がどのような想定に基づいていたのか、その想定の正しさを疑うことはなかったのか、が問われるでしょう。「記載を充実させる」というのは、はた目には後付けの想定のように感じられます。日本原電について、ファンダメンタルズがどのようになっており、行動規範がどのような内容なのか知りません。けれど、原子力業界の常識のような安全文化について、専業会社として認識が甘いのではないか、という批判は浴びる可能性があります。
行動規範は作って終わりでは、もちろんありません。現場で働く一人一人が、程度の差こそあれ抽象的なその内容を、自分が今置かれた状況に照らし合わせて具体的に解釈し、行動を選択する必要があります。メタ認知と言えるかもしれませんが、個人差の大きいであろう能力が求められます。組織としてその能力を高め続けることが、行動規範を有効なものにするための課題と考えます。
投稿: コンプライ堂 | 2021年8月25日 (水) 13時58分