経済安全保障政策を意識したESG経営の視点が不可欠と考える
今年7月27日のエントリー「企業のESG経営-『E』と『S』はつながる時代へ(オランダの裁判事例とEUにおける環境カルテル)」において、近時のオランダにおける裁判例をご紹介して「環境問題は人権問題のひとつとして捉えられる時代になるのでは?」と書きましたが、10月8日、国連人権理事会は、清潔で健康的な環境へのアクセスは基本的人権であるとの決議案を賛成多数で可決したそうです(有償版ですが、毎日新聞ニュースはこちらです)。日本は棄権したものの、決議は理事国47か国中賛成43、反対0ということで可決しました。
日本企業としても、もはや「環境問題は人権問題でもあること」を理解しておいたほうがよさそうです。国連人権理事会の次の狙いは①人権侵害に基づく損害賠償請求に関する緊急管轄の創設、②被害者の選択による準拠法選択に関する特則の制定明記というところにありますので、いよいよ世界レベルでの人権侵害行為や環境問題への不作為に対するハードロー化、つまり救済アクセスの充実が求められることへの企業対応を検討しておく必要があります。この件については抵触法(国際私法)の最新事情も踏まえて、また別途エントリーで詳しく意見を述べたいと思いますが、以下本題です。
前回のエントリーでは、文藝春秋最新号の財務次官論稿について少しだけ触れましたが、本日は同号「アップルとかく戦えり」と題する前公正取引委員会委員長の論稿についての感想です。
日本製鉄の東京製鉄への敵対的TOBについては今年2月のエントリー「日本製鉄→東京製綱・敵対的TOBに関する素朴な疑問」において「公取の事前審査の潜脱行為では?」と疑問を呈しましたが、案の定、公取から厳しい指摘を受けて、日本製鉄は元の持ち株比率に戻すそうです(こちらのNHKニュースが報じています)。このような公取委の対応はかなり厳しいなぁと思いますが、冒頭の「アップルと・・」を読みますと、(論稿はあくまでも前委員長の個人的な見解かもしれませんが)公取委としては今後さらに「公正な競争市場の形成」に向けて積極的な行動に出ることを確信いたしました。
とりわけ「社会主義はデジタルで甦る」というご意見はそのとおりかと。「先端半導体」「一般半導体」の技術をはじめ、国家監視資本主義の実践に必要な技術が中国に流出することで、自由資本主義国家の安全保障が揺らぐ可能性を欧米諸国と日本が共通課題と考え、各国の競争規制当局が足並みをそろえて監視資本主義に対抗する姿勢は、日本企業のコンプライアンス経営に、とても大きな影響をもたらします。中国がアリババやディディ(滴滴出行)に対して競争法によって規制を強めているのと同じ理屈ですよね。
おそらく公式には「経済安保」とは言わないけれど、西側諸国は「公正な競争市場の確保」という錦の御旗のもとで、環境や人権への取組みに熱心でない日本企業に対しては「公正な取引条件の不備」を問題視してハンデを背負わせることが想定されます。
ESG経営をどこまで追求すべきか、といった点について同業他社と協議することの是非はいろいろと議論されているところですが、少なくとも自由資本主義体制が目指す公正な競争条件の形成を阻害する行動(たとえば①品質偽装、②情報漏えい、③営業秘密の侵害に対しての泣き寝入り、④現地公務員への贈賄等)や、GAFAのプラットフォームのように監視資本主義に活用されるおそれのある企業への「事前規制」には要注意ですし、その規制に反する行動へのペナルティは、世界的にとても厳しいものになると予想しています。
少し前までは「ESG」といえば「企業による社会的責任に基づく実践行動」というイメージを持っていましたが、最近は経済安保問題や経済覇権行動に対する後出しジャンケン的な理由付けなど、もっとドロドロした世界をきれいにウォッシングするために活用されるイメージが強くなったように感じるのは私だけでしょうか。
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コメント
こんにちは、丸山満彦です。ご無沙汰しております。
日本での経済安全保障という言葉がよく理解されないまま独り歩きをしていることを少し懸念していますが、それはおそらく欧米の基本原則の理解が十分にできていないからではないかと思っています。
民主主義と自由経済の概念への理解が不十分なのではないだろうかなぁ。。。と思っているんです。
それは歴史に根ざしているので、なかなか体得するのが難しいのかもしれません。
欧米は自らのアイデンティティである価値観を守るためにそうではない(例えば、権威主義)国々やその指導層と競い合っているように感じています。
一方、日本は経済安全保障と言いながら、実態は特定国や国民へのヘイトのような状況が少なからずあるように思っています。政治家も含めて...
欧米の価値観を体得できないのであれば、真の欧米との連携はできないと思っています。
今は、一定の人口と一人当たりのGDPがあり、地勢的にも権利主義的な国家の中国やロシアが太平洋に進出する際の防波堤的な状況にあるので、欧米諸国も無視できない状況ではありますが、経済的な地位の低下が続いたり、中国やロシアが民主主義国家となれば、欧米諸国の日本にむける眼差しは今のままでは変わってくると思います。
G7での当時の菅総理のアウェイ感を見ながら、さらにそう思いました。。。
自分の子供には、海外で生活できる力を身につけられるように支援しています。。。
投稿: 丸山 満彦 | 2021年10月14日 (木) 03時25分