« 金融財政事情に「デジタルフォレンジックス調査」に関する論稿を掲載していただきました | トップページ | 監査法人交代事例の急増とオピニオンショッピングに伴う「倫理観」 »

2021年10月 4日 (月)

「ビジネスと人権」問題は「素朴な正義感」で向き合える課題ではない

先週の週刊東洋経済、そして今週の日経ヴェリタスと、続けて「ビジネスと人権」に関する特集記事が組まれています。いずれの特集でも英国保険大手アビバ・インベスターズ等世界の機関投資家が参加する格付けCHRB(企業人権ベンチマーク)の評価結果を引用して、日本企業の人権問題対応への評価が極めて低いために、日本企業と海外機関投資家、取引先との信頼関係が今後も維持しうるものかどうか、懸念が表明されています。

ちょっと気になりましたのは、特集記事の中で、いずれも人権DD(デューディリジェンス)の必要性に触れて、サプライチェーンにおける人権侵害の監査(調査)を行うこと、日本企業の外国人技能労働者(実習生)の労働環境に配慮すること、海外進出先における人権侵害を助長するような行動は慎むことなどが取り上げられていることです。「ビジネスと人権」を語るうえでのまさに旬の話題です。

国連で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」が各国で国内法化されている時代において、グローバル経済に取り残されないためにも、先に挙げたような問題に取り組むことが大切であることは間違いありません。ただ「SDGsの時流に乗れ」とばかりに「正義感」をもって取り組むのはちょっと違和感を覚えます。

各企業において、社内で人権問題に取り組むための人的・物的資源には限りがあります。ビジネスにおける人権侵害リスクを正しく評価して、その取り組みを開示することがなぜ必要なのか、そこにはいくつかの異なった視点があるため、どのような視点で取り組むべきかをあらかじめ考えておかなければ社内資源の効率的な活用は困難ではないでしょうか。企業価値算定のモノサシとして、財務諸表に載らない無形資産(人材、ネットワーク、組織文化)への比重が高まる中で、「ヒト、モノ、カネ、情報」の流れを助長するもの、阻害するものは何か、各社の置かれた環境に配慮しながらじっくり見極める必要があると考えます。

たとえば①SDGs対応が目的なのか、②純粋に企業価値向上が目的なのか(コストの低減等)、③経済安保問題への対処なのか、④巨大IT企業規制の影響によるものなのか、⑤新自由主義からの脱却を図る政府と企業との連携が目的なのか、⑥DX、AIの発展の前提となる人権・倫理の国際的合意が目的なのか、「ビジネスと人権」を語る視点が変われば企業の取り組む内容も変わってきます。

いずれにしても海外諸国は「取引の公正」を条件として、日本企業に強い立場で「ビジネスと人権」問題を語ろうとすると思います。自社がどのような目的で「ビジネスと人権」について語らねばならないのか、自社を取り巻く経営環境をよく理解したうえでの対応が求められることをきちんと理解する必要があります。このあたりは、某ディスクロージャー誌に近時論稿を掲載する予定なので、そちらでは詳しく解説をいたします。

|

« 金融財政事情に「デジタルフォレンジックス調査」に関する論稿を掲載していただきました | トップページ | 監査法人交代事例の急増とオピニオンショッピングに伴う「倫理観」 »

コメント

山口先生、いつも興味深く拝見しております。「ビジネスと人権」について目的を明確化すべしとのご意見、まさに同意します。さらに言えば「人権」というワーディングがあまりにも曖昧であり(突き詰めればすべての問題が人権問題になってしまうので)、誰か、何かいい定義づけや区分けをしてくれないかと思ってしまいます。SDGsの17の目標のように・・・。

投稿: 愛読者 | 2021年10月 4日 (月) 20時17分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 金融財政事情に「デジタルフォレンジックス調査」に関する論稿を掲載していただきました | トップページ | 監査法人交代事例の急増とオピニオンショッピングに伴う「倫理観」 »