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2022年11月16日 (水)

不祥事の再発防止は「予防型」か「発見・危機対応型」か-選択に関する若干の私見

最近は大きな会社で不祥事が発覚しますと、調査委員会が設置されて数か月後に委員会報告書が公表されます。不祥事が発生した様々な要因が特定されて、そこから再発防止策が提言されるのですが、その中身については委員会側と会社側で揉めることがありますよね。当然かもしれませんが、不祥事を発生させた会社側としては「また起きることを前提として」というのは「縁起でもない」と思われることでしょう。

ただ先日も、大きな自動車メーカーさんの品質不正案件について、報告書が公表された後に再び同様の不正が発覚して、とても気まずい状況となりました(国交省の信頼を失ったことはきわめて厳しいです)。だから、といってはなんですが、私はやはり予防型よりも発見・危機対応型の再発防止策をお勧めしますね。ということで、全社的リスクマネジメントの視点から、以下のように比較をしてみました(図面をクリックしていただくと、図表の内容が明確にご覧いただけます)。

Purokon

 

 

 

 

 

 

 

結論から申し上げますと、私は「発見、危機対応型」の再発防止策を優先的に提言したいです。法務、総務、経理、監査等の管理部門が失敗をおそれずに声を上げることが組織としてのコンプライアンス体質を向上させますし(失敗も資産となる)、ステークホルダーは不正を起こさないことよりも、起きたときの不正に対する前向きな姿勢にこそ「安心」を求めるからです。また、不正リスクを承知のうえで、あえて重要な新規事業に投資をする際にも、右側のほうがリスクマネジメントのツールとして実効性が高まるものと思います。

ただし、右側だと平時から具体的な不正リスクの発生可能性や発生頻度を議論しますので、いろいろと現場での軋轢が生じます。その軋轢を少しずつ和らげることもまたカルチャーの改革に向けた経営陣の仕事ですね。コアバリューとか、ミッション等、貴社にとって一番大切なものを現場の社員の皆様に理解していただく絶好の機会です。

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2022年11月15日 (火)

無形資産と言われる「組織風土」と「心理的安全性」について考える

企業の持続的な成長を見極めるにあたり、機関投資家の人たちは、なぜ「組織風土」とか「カルチャー」を無形資産として評価対象にしたいのでしょうか。いろいろと考えたのですが、要は経営者の戦略構想とか誠実性が組織全体に伝わるかどうか・・・というところのモノサシになる、ということだと(現時点では)理解しています。しかしどうやって評価するのでしょうかね?

そういえばCOSO「全社的リスクマネジメント:戦略およびパフォーマンスとの統合」(2017年9月公表)の日本監訳版のなかで、監訳者の方が「日本の『組織風土』と本フレームワークの『カルチャー』とは微妙に意味合いが異なるので、別の日本語には訳さずにそのまま『カルチャー』と記した」との解説がありました。

そもそも心理学者の名著「木を見る西洋人 森を見る東洋人」や「ボスだけを見る欧米人 みんなの顔までみる日本人」でも語られていますが、経営者の思いがどのように組織に伝わるか・・・ということに関心を持つのであれば、その伝わり方は(経営者と従業員との関係において)日本と欧米では異なっていても不思議ではないですね。経営者が変われば「カルチャー」も変わるかもしれませんが、日本の「組織風土」は(経営者が変わっても空気が変わらなければ)変わらないのかもしれません。

そのように考えると、なるほど「組織風土」と「カルチャー」は微妙にニュアンスが違うというのも納得します。日本の経営者は従業員に腹落ちするような言葉で自らの戦略構想を伝えるか、もしくは「忖度」や「現場の空気」を用いて伝えるか、自らの思いを組織に浸透させるためには工夫が必要ではないかと。

同じ文脈で考えると、最近話題の「心理的安全性」なる言葉にも注意が必要だと思います。「心理的安全性」を語るときによく引用されるエイミー・エドモンドソン「恐れのない組織-心理的安全性が学習・イノベーション・成長をもたらす」の中で、心理的安全性とは「安心して喧嘩ができる環境」とあります。でも日本人は「心理的安全性」と聞くと、上司と安心して論争ができる環境と捉えることができるでしょうか。

日本ではどちらかというと「イノベーションのための組織作り」よりも「ハラスメントのない職場環境」という意味で使われていないでしょうかね。どうも日本の組織風土に合わせて都合の良いように言葉が独り歩きするような気がします。

 

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2022年11月13日 (日)

五輪汚職-KADOKAWAになくて講談社にあったもの

11月9日に五輪組織委員会元理事の捜査は終結したことで、10日以降、朝日や読売の特集記事が連載されていました。なかでも11月11日の朝日新聞朝刊記事「五輪汚職 負のレガシー:中)すべてを一強が仕切った 電通に巨額報酬、かばった元理事」は読みごたえがありました。

企業のコンプライアンス経営の視点から、もっとも興味深いのは以下の部分です。少しだけ朝日の記事から引用させていただきますが、

いずれもトップが逮捕された出版大手「KADOKAWA」や広告大手「ADKホールディングス」では、社内で賄賂にあたる可能性が指摘されても、重視されることはなかった。一方、出版大手「講談社」は元理事から、KADOKAWAとセットでのスポンサー就任と手数料の支払いを持ちかけられたが、断った。講談社の関係者は「週刊誌という媒体を持つ嗅覚(きゅうかく)の差が判断を分けたのでは」と振り返る。

とのこと。これ、かなりリアルですよね。この「嗅覚」の差がレピュテーションリスクが顕在化するかどうかの分かれ目になることはよくあります。リクナビ事件のときも、日本の名だたる企業がリクルート社から「内定辞退者予測AIソフト」を購入して社名が公表されましたが、唯一三井住友銀行だけは「なんかおかしい」という判断で購入を見合わせ、行政指導の対象にはならなかったことがありました。

ただ、この嗅覚ですが、「気づくこと」はトレーニングを重ねることで進化させることはできるのですが、「伝えること」は企業の誠実性、いわば「カルチャー」に依拠するところが大きいですね。講談社の場合、Fridayや週刊現代で痛い目にあった経験がまさにカルチャー(組織風土)を形成しているのではないかと。不正予防の大切なところはお金をかけることではなくて、この「嗅覚」を誰が具備するか、というカルチャーの問題です。小さな失敗を繰り返すことは無形資産です。

あと、これはどなたも意見として述べておられませんが、収賄側も贈賄側も、そして電通さんも、なんとなく「これって違法ではないのか」といった意識を仮に持っていたとしても、これを正当化する理由があったのではないかと想像します。「国民の負担は1円でも減らさねばならない、我々は国民のためにできるだけ多くのスポンサー料を獲得するのだ」という使命感です。多少グレーな部分があったとしても、自分たちは国民のために頑張っているのだから批判される筋合いではないのだ、という意識がコンプライアンスを秤にかけてしまった原因ではないでしょうか。かつて「正義のため」に債権回収に躍起になっていた整理回収機構を某生命保険会社が厳しく追及した事件がありましたが、その構図に似ているように思いました。

万博はじめ、これから開催される国家的行事に税金が投入されるかぎり、関係者が「国民の負担を減らすことが我々の使命」と認識してしまいますと、どんなにプロセスの透明性を確保しても再発防止は困難です。不正行為の正当化根拠は存在することになり、同様の不正行為が起きる可能性は高いように思います。たとえ有罪立証に100%の自信がないとしても、司法当局が厳罰をもって事後規制手法(刑事罰)を機能させなければならない、ということになるのでしょう。

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2022年11月11日 (金)

全社的リスクマネジメントと企業統治改革

090034 ここ10年ほど「健全なリスクテイク」「攻めのガバナンス」といったフレーズが流行っていますが、リスクテイクが健全というのはどんな状況なのか、いまだによくわからないところがあります。とりあえず、私はcoso-ERMに沿った「全社的リスクマネジメント」がひとつの解ではないかと考えております。

ところで、グーグルで「リスクマップ」を検索してその図表をいろいろと検討しましたが、全社的リスクマネジメントを一番言い当てていると思われるのは東京ガスの吉野太郎氏(現在、私と企業会計審議会の臨時委員をご一緒している方です)のご著書「全社的リスクマネジメント」(2017年中央経済社)で示しておられる上図ではないかと思います(ご著書の中からそっくりではありませんが、ほぼ同じ図を借用させていただきました)。

重要な戦略の実行を決定するにあたり、リスクAにあたるリスクはリスクBの領域にまで低減するか、もしくは実行しないという判断が必要ですが、リスクCにあたるリスクは(過剰なリスク評価によって)機会損失をもたらす可能性が高いので、戦略の実行にあたって資源配分を見直すということも検討すべきです。たとえば法令違反リスクについて、個々の事業遂行の中でリスクが顕在化したとしても、修正が可能なものについては戦略の実行には影響しないかもしれません。しかし、法令違反が企業全体のレピュテーションを毀損するようなリスクであれば、これはAの領域なので、リスクの低減か、回避か、転嫁か、これは経営判断として重要です。

近時の東京オリパラ贈賄疑惑において、贈賄側の複数企業の法務部が「これは贈賄にあたる可能性がある」との意見が出されていた、ということのようですが、なぜ、そのような可能性が示されたにもかかわらず実行に及んだのでしょうか。「創業者(オーナー家)の意見にはさからえない」という「監督機能の不全」を語るのは簡単ですが、果たしてそれだけでしょうか。創業者(オーナー家)やカリスマ経営者であったとしても、きちんとリスクの大きさと顕在化の可能性を説明すれば実行を断念する、あるいは代替案を実行する余地はあったのではないでしょうか。

これまでのリスクマネジメントは「守りのガバナンス」に資するものとして、実行された戦術から発生する「負のリスク」を管理担当部門が担うということでした。しかし全社的リスクマネジメントとなりますと、戦略の実行前から経営企画と管理部門が協働で行う「攻めのガバナンス」に資する(というか不可欠な)重要な職務です。OECDの新しいガバナンスコードにおいて「取締役会におけるリスクマネジメント委員会の設置」が推奨されるに至ったのはこの流れです。CEOの誠実性を引き出すようなリスクマネジメント能力を具備することが、今後の企業統治改革で求められるはずです。

なお、法律的な視点からみると、ガバナンスコードの改訂等によって「全社的リスクマネジメント」があたりまえになった場合、いわゆる「経営判断原則と取締役の善管注意義務との関係」に実務上の影響が出てくるのではないか・・・との疑問がわいてきます。そのあたりは別途検討したいと思います。

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2022年11月 8日 (火)

ガバナンスや内部統制を語るとき・学ぶときに大切なこと

11月5日、日本ガバナンス研究学会(旧日本内部統制研究学会)におきまして、私は従前同様の理事に就任しましたが(もう4期目?)、ひさしぶりに法曹界出身の会長が選任されました。久保利英明弁護士が新会長となり(一同どよめく・・・、いや、そのいで立ちで誰もがすぐに覚りましたが)、これからの3年間の学会は「久保利丸」での船出となりました。ひさしぶりにいろいろとお話しましたが、相変わらず頭脳明晰、体調万全のご様子でした。

ちなみに退任される橋本前会長は証券取引等監視委員会での大役が待っておられるそうです(もちろん衆参両院での同意が必要となります)。ということで、私はガバナンス・ネットワークでは牛島理事長の下で、ガバナンス研究学会では久保利会長の下で、それぞれ「番頭格」のような立ち位置になってしまいました( ;∀;)

さて、本業はと言えば、ようやく普段の業務体制が戻ってまいりまして、ガバナンスや内部統制の支援業務も再開しております。昨日は東京近郊の某社のコンプライアンス経営のお手伝いをしておりました。自分がかかわったことのない業界の会社さんなので、私が抱いている「コンプライアンス経営」のモデルがそのままでは通用しないようで、「腹落ち→実践」のためにはかなりの工夫が必要と感じました。

ところで、某審議会の委員として会議に出席して、他の委員の方々のご発言を拝聴している際に「この委員の方の頭の中には、どれくらいの規模の上場会社をイメージしておられるのだろうか?」との疑問が湧いてきます。ガバナンス、内部統制を語るにあたり、50人規模の上場準備会社と1万人以上の社員を抱える上場会社では、当然違うことを言わなければ説得力はありません。私はいつも「それって、どのくらいの上場会社をイメージしたものでしょうか?」と質問したくなります。事業の効率性を向上させるためのガバナンス、内部統制は「100社あれば100通りのガバナンス、内部統制がある」というのが正解だと確信しています。

ハードローである内部統制報告制度だけでなく、ガバナンスコードやCGS研究会ガイドラインのようなソフトローも、さらには人的資本開示に関する指針も、「日本株式会社」の価値向上のために作られたものであり、個々の企業のガバナンス、内部統制のベストモデルを示したものではないはずです。最近はVUCAの時代(不確実性の時代)と言われて、経営環境の変化への柔軟性が求められるようになりましたが、まず経営環境よりも先に、自社組織の強み、弱みをきちんと共有する(共有できる)ことが大切です。しかしこれがなかなかむずかしい。だからこそ「株主出身の非常勤取締役歓迎」のような「リスクを共有した外部の目」がけっこうモテているのではないでしょうか(いわゆる「ボード3.0」ですね)。

時事ネタを少しずつインプットする時間もできてきて、ようやく新聞記者さん方からの取材にも応じることができるようになりましたので、このあたりの具体例はまた追ってブログで述べたいと思います。

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