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2023年5月31日 (水)

非公開会社の少数株主と「非流動性ディスカウント」

2015年4月にこちらのエントリー「中小上場会社の社外取締役が注目すべき最高裁決定(道東セイコーフレッシュフーズ事件)」にて、非公開会社の少数株主が事業再編によって排除される場合、非流動性ディスカウントは適用されるべきではない、とする最高裁決定をご紹介しました。「中小上場会社の社外取締役は」とタイトルをつけましたが、「少数株主を支援する、もしくは少数株主対策を行う企業担当者は」と書いたほうが適切でしたね。ちなみに非流動性ディスカウントとは、非公開会社の株式には(上場会社の株式と異なり)流動性に乏しいため、短期的な現金化は困難であることから、当該リスクに応じた価値の減額を行うことを指しています。

8年前の上記最高裁決定は少数株主が強制的に排除される場合の補償措置としての価格決定申立事件に関するものですが、少数株主側から譲渡承認請求によって非公開会社から任意に退出するケースを扱った事件の最高裁決定が2023年5月24日に出されたようです(最高裁HPの全文はこちらです)。

事業再編によって排除される少数株主の株価算定には非流動性ディスカウントは適用されないが、任意で投下資本を回収する少数株主の株価算定には原則として非流動性ディスカウントは適用される、とのこと。これまで同様の結論に至った下級審決定は(公表されているものとしては)2件ほどありましたが「非流動性ディスカウント適用の有無」について、平成27年最高裁決定の事案との区別を明確にした、という意味では実務的に参考になろうかと思います。

同族会社の紛争案件などに関わっておりますと、少数株主側の株式売却価格で揉めるケースが多いですね。株価算定方法(DCFが主流ではありますが)、マイノリティ・ディスカウント、非流動性ディスカウントあたりが争点となるのですが、「非訟手続」(裁判所が自身の裁量によって価格を決定する)とはいえ、代理人がどれだけ頭を使い、汗をかくかで決定内容が変わる「かなり厳しい案件」だと思います。ディスカウント率が15%あたりから30%あたりまで事実認定次第で変わりうるからです。

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2023年5月29日 (月)

東洋経済「内部通報の多い企業トップ100」を読んで

日経でも取り上げられていた「公正なM&Aの在り方指針(原案)」(株主総会後に正式な指針が公表されるようですが)についていろいろと書きたいことがありますが、さすがに私の置かれている立場でコメントするのはマズかろう・・・と思い、本日は東洋経済さんの「内部通報の多い企業トップ100」の記事について思うところを記しておきます。

この記事を読んで、さすがに「内部通報が多いということは不祥事が多い企業だ」と連想する人は(かつてはいましたが)少ないはず。むしろ内部通報への対応体制を熱心に構築している企業ほど多くなる、というのが現実的な見方です(もちろん、東洋経済の記事にもあるように、従業員100人あたりで何件か?といった比較がよろしいかと)。ちなみに私が社外取締役を務める会社は25位ということで、一昨年よりも昨年は通報件数が倍増しております。関係者のご尽力の賜物と思いますが、同業の積水ハウスさん、大和ハウスさんもなぜか倍増していますね。

いろいろな会社の対応体制構築の支援をしていて、この「倍増」という数字はフェーズ1の状況にあることを示しています。つまり良好な通報対応体制が構築できてくると、社内で通報が増えるという時期です。しかし、上記「トップ100」の記事を読むと、すでに横ばいもしくは微減の会社も結構あります。熱心な会社においては、これまで通報件数が増えてきたところで、かならず横ばいになる時期がやってきます。こうなりますと、今度は通報窓口担当者が「不誠実な通報」「勘違い通報」への対応で苦慮する時期となり、これがフェーズ2です。

最近は通報窓口の対応がマズイとなりますと「セカンドセクハラ」「セカンドパワハラ」として窓口担当者が訴えられるケースもありますのでとても悩みますよね。通報事実が「公益通報」に該当する場合には消費者庁による行政処分の対象になる可能性もあります。このフェーズ2の時期に、社内で通報処理の効率化を図る必要性が高まるのですが、ここでうまく効率化が図れる企業とそうでない企業に分かれます。思うに、この効率化の作業において社外有識者のお手伝いが必要となる場面が多いはず。

企業に人権DDの実践が求められ、また、海外では内部告発法の国内法化が進んでいる中で、現状の経営環境に合った内部通報の仕組みと運用が求められています。たとえば通報100件のうち1件でも(海外やグループ会社から)重要な通報事実が上がってくれば、これは通報制度を構築した意味があります。経営陣が喉から手が出るほどほしかった情報が通報によって上がってくることは、正直「運」によるところが大きいです。ただ、きちんと準備をしていた企業にしか「運」はめぐってこないというのもまた真実です。

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2023年5月18日 (木)

最近の監査役員に関する話題(備忘録程度ですが・・・)

ブログを更新する時間があれば書こうと思っておりました話題をいくつか備忘録として書き留めておきます。どれも関心のあるテーマです。2013年に始まったコーポレートガバナンス改革の流れの中で、「監査」と「監督」の境界線があいまいになり、機関投資家も「監督」には興味があるのに「監査」には興味を示しません(常勤の監査役員を置く日本企業においては、資本コストの判断やサステナビリティ経営への本気度を評価するにあたっては「監督」よりも「監査」のほうが可視化できるのに-つまり効率的に評価できるのに-、そこに気づかない投資家が多いのは残念です)。いかにして「監査役員の監査環境を構築していくか」という問題は切実です。

1 常勤監査役の解任のための臨時株主総会の開催

東証スタンダードに上場する某社において、常勤監査役解任議案を付議案件とする臨時株主総会の開催に関するお知らせがリリースされております(5月9日付け)。ふつうは経営陣と意見が合わない監査役さんは「一身上の都合により辞任」という方向で退任されるケースが多いと思いますが、これは常勤監査役さんが辞任はできないという意思をお持ちなのでしょうか。招集通知に添付される参考書類には解任の対象とされる監査役の意見や他の社外監査役さんの意見が表明される機会がありますので、そちらに関心が向きますね。なお、以前当ブログでもとりあげた某監査役の方(株主提案で監査役解任議案が出された)は、みずからホームページを立ち上げて解任理由への反論を株主向けに開示しておられました。

ところで会社側が解任理由で述べておられるような事情があるとすると、そもそも「常勤性」は解消しないのでしょうか。監査役3名の決議によって「常勤監査役」を解職できますので(ともかく別の監査役さんを常勤に選定する)、そちらのほうはなぜしないのでしょうか。

2 粉飾決算で上場会社に「株価下落」分の賠償責任認容(堺支部)

5月16日付け朝日新聞ニュースによりますと、上場前から(中国子会社にて)粉飾が行われていた某上場会社(東証プライム)に対して、一般株主が粉飾発覚によって株価が下落したことによる損害の賠償を求めていた訴訟で、大阪地裁堺支部は一部会社の賠償責任を認めた、とのこと。なお、監査法人や主幹事証券会社の責任は認めなかったようですが、これを不服として株主側は控訴する意向のようです。

本案件は内部通報への対応が問題とされた案件でもあり、また2019年に詳細な調査委員会報告書が公表されていることから、私も当時報告書を読んだのですが、「監査役(監査役会)は何をしていたのか・・・」という点が報告書からはよくわかりませんでした。監査法人や主幹事証券会社の責任が否定されたことと、当時の監査役会(現在は監査等委員会設置会社)の行動との関連性はどうなのか・・・そのあたりはぜひとも判決文を確認しておきたいところです(おそらく法律雑誌に掲載されるでしょう)。

3 会計監査人による非保証業務の同時提供に関する監査役会・監査等委員会の取扱い

公認会計士の倫理規則の改訂により、非保証業務の同時提供に関する独立性が強化されたことはご承知のとおりですが、監査人が非保証業務を提供するにあたっては(監査法人からの事前説明を経て)個別承認もしくは包括承認という形で監査役会が同意をする実務が始まりました。私が支援している会社では、監査役員間で真摯に協議を行い、「原則、同時提供は禁止。ただし、同時提供が必要である理由および監査役が(監査法人による)同時提供によって監査人の独立性を阻害することがないと確信できる合理的な理由がある場合にかぎり、例外的に同時提供ができる」という取扱い要領を作り、監査法人側の了解を得ました。また、経営陣にも「監査人から同時提供の申出があったとしても、まずは非保証業務は別の監査法人を探すように」と伝えました。

会計監査人の利益相反問題への対処ということで、監査の結果および方法の相当性を審査する監査役員にとっては重大問題です。ただ、これを重大問題と意識しておられる監査役、監査等委員の方が意外と少ないのではないでしょうか。

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2023年5月13日 (土)

全国の社外取締役必読!(その2)-SBI新生銀行TOB意見表明書

6月の定時株主総会の時期を前に「おまえ、そんなことしている場合か?自分の心配が先ではないのか?」とご批判を受けるかもしれませんが(^^;)、昨日リリースされました「支配株主であるSBI地銀ホールディングス株式会社による当行(株式会社SBI新生銀行)株式に対する公開買付けに関する賛同の意見表明及び応募推奨のお知らせ」はきわめて興味深いリリースです(このようなリリースは忙しくても、どうしても条件反射的に読んでしまうのです・・)。

とりわけ全国の上場会社の社外取締役さんにとっては必読ですね。先日、こちらのエントリーにて、伊藤忠・ファミマTOB案件の決定内容も必読と書きましたが、SBI新生銀行事案もぜひ「自分が社外役員だったらどうするか」検討してほしいと思います。TOBの対象会社であるSBI新生銀行側に設置された特別委員会を構成するのは同社3名の社外取締役と外部有識者1名です。2019年経産省「公正なM&Aの在り方に関する指針」に沿って、取引条件の公正性確保のためのプロセス、及び一般株主による判断に必要な情報開示の適正性を担保する措置が執られるわけですが、当該委員会の4名中1名が反対意見、もう1名が補足意見を述べておられます(その理由も開示されています)。さらに、対象会社の別の社外取締役(特別委員会の委員ではない方)は、当該TOBへの意見表明について(委員会報告を受けた取締役会において)反対意見を述べておられます(審議・決議に参加した取締役6名中、反対は1名。反対理由も開示されています)。

本事案特有の問題もありまして(国が保有する株式への処遇、公的資金返済の必要性)、一般株主保護はTOB価格の公正性だけでなく、株主平等原則への抵触問題(会社法違反か否か)にも配慮する必要があります。ということで、パッシブ運用が主流となった証券市場を前提に、MOM条件も合意されていない親会社のTOBにどのように社外取締役が決断するのか・・・、いやいや、委員は厳しい立場に置かれますよね。ましてや、先日の伊藤忠・ファミマの地裁決定が出ていますので、自身の責任問題も意識しながら対応しなければならない。なお、あえて個人的な感想で申し上げると、私は特別委員会で補足意見を述べておられるT社外取締役(弁護士)の意見にいちばん近いかなあ・・・と(株主平等原則に違反するかどうかはわからない、という結論を、一般株主と買収会社のどちらの負担と結びつけるか、という点はまだ悩んでおりますが)。

ぜひ多くの社外取締役の方々にも悩んでいただきたい事案です。価格の妥当性やどこに株主平等原則との関係で問題が生じるのか等、内容につきましては、また続編を書きたいと思います。なお、こういった事案の場合、どうしても従属会社側の社外取締役の対応に関心が向きがちですが、買収する側の上場会社の社外取締役にもプレッシャーがかかることに注意が必要です。近時は機関投資家から「資源の最適配分」への要望が強くなりましたので当然のことではありますが・・・

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2023年5月12日 (金)

近ツリ「重い代償」-内部通報制度は機能しなかったのか?

東洋経済オンラインにて、近ツリ社のコロナ過大請求事件の重い代償についての記事(5月12日付け)が掲載されています。国民への信頼を裏切った事案として、業績にも影響があることが報じられています。

ちなみに4月の朝日新聞ニュースによりますと、市からの委託料を過大に請求していた事実は「3月下旬になり、『人数をごまかしている』という内容の匿名の通報が市に寄せられ」たことから発覚したそうです。推測になりますが、社員(グループ会社、下請会社を含む)からの情報提供(内部告発)によるものと思われます。

社員から不正を打ち明けられた支店長が黙認していた、という事実も重大ですが、そもそも不正に関与していた(見て見ぬふりをしていた)ことで苦悶していた社員の声を社内で受け止める制度は機能していなかったのでしょうか?パソナの案件が発覚した直後であり、地方自治体も各社に自主調査を要請していた時期でもあっただけに、ここで大手企業の自浄作用が機能していなかったという事実は極めて厳しい。

ご承知の方も多いと思いますが、昨年6月の公益通報者保護法の改正により、自治体への告発者の保護要件は緩和され、また行政機関には内部告発への対応体制整備義務が明記されました。さらに外部通報を業務として支援する弁護士やリスクコンサルタント事業者も増えています。このような状況で内部通報制度が機能せずに自治体への情報提供で不正が発覚した場合、レピュテーションリスクの毀損と経営陣の業務執行上の不備との因果関係が明らかとなるため、経営陣の責任問題にも発展する可能性があります。

本事案では、近ツリ社でなぜ内部通報制度が機能しなかったのか、自社においてその真因を詳細に調べることが喫緊の課題ではないでしょうか。

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2023年5月 9日 (火)

第三者委員会-根本原因の解明と企業の「深い闇」

610994_xl いつもお世話になっている八田進二先生(青山学院大学名誉教授、大原大学院大学教授)から、またまた書籍を頂戴しました。佐藤優氏「国難のインテリジェンス」にて、佐藤氏と八田先生が対談をされていたのですね。「『禊(みそぎ)』のツールとなった第三者委員会再考」と題する対談であります。日本の組織力学を冷徹にみつめる佐藤優氏が、八田先生の「第三者委員会制度に向けた疑念(懐疑心?)」に関心を寄せておられ、八田先生の前著「第三者委員会の欺瞞」を拝読したときと同様、私にとっては耳の痛い内容であります。この対談集の中で、私個人としては菊澤研宗氏(慶應義塾大学教授)との「人間は合理的に行動して失敗する」というテーマの対談録もたいへん興味深いところでして、ぜひおすすめの一冊です。

さて、第三者委員会だけでなく、会社から依頼を受けて社内不正の調査を行う中でも、不祥事発生の根本原因とか、真因というものを深く探求することが求められます。なにゆえに社員がやむにやまれず不正に手を染めたのか、その原因をいわゆる「不正のトライアングル」にしたがって解明すると、なかなかキレイに整理できることが多いです。しかし、そのような社員の不正がなぜ長年続いてきたのか、疑惑を知りつつ、なぜ同僚は黙認していたのか、部下から報告を受けたにもかかわらず、なぜ経営陣は徹底した監査をしなかったのか、といった構造的な欠陥については真相究明が深堀りされないままで調査が終わってしまうこともよくあります。

ここで調査委員として「根本原因の解明」に全力を注ぎますと、よくぶつかるのが当該企業が抱える「深い闇」ですね。この「深い闇」に手を突っ込んでここに光を当てようとすると、いろんなところから(今まで経験したこともないような)圧力がかかる。あるときは社長から、あるときは海外親会社のCEOから、あるときはOBから、あるときは監督官庁から、またあるときは取引先から、さらにあるときは従業員組合や特約店組合から・・・。不祥事解明は、別の企業の不正発覚に飛び火したり、日銭を稼ぐ事業部門の日ごろの取引に悪影響を及ぼしたり、国の不作為責任が問われる材料を提供することになったり、社内の人事政策に重大な変更を生じさせたり、その圧力の理由は仮説の域を超えないけれども、次第に判明してきます。

本当は深堀りして、構造的な問題について確信といえるまで証拠をそろえて公表したい(開示したい)と思うのですが、通常はステークホルダーへの説明責任を果たすために調査に与えられた時間は2~3ヶ月でして(フォレンジック部隊をそのまま事件に繋ぎとめておけるのも、費用的にみても3ヶ月が限度かと)、疑惑のままでギリギリのところで手じまいをして妥協せざるを得ない場合が多いのではないでしょうか。私個人としては、ここに「第三者委員会の限界」があるように感じています。ただ、それで本当に良いのか・・・悩むこともありますね。企業にはここまでビジネスを発展させてきた背景に、かならず「触れることができない(望ましくない)深い闇」を持っているはずです。社会で問題視される不正・不祥事はこのような深い闇と何らかの関係をもって社内に潜んでいたのであり、これを晒して「にっちもさっちもいかない状態」にしてしまうのが第三者委員会の役割かと言われると、逡巡してしまうのですね。

「再発防止策の提言」など、調査委員は偉そうに語るわけですが、実はこのような「深い闇」を断ち切らなければ不正・不祥事は(形を変えて)再発することは間違いないですね(笑)。いや、このように考えていること自体が「第三者委員会の深い闇」だったりします。第三者委員会の委員等を本気でやってみるとおわかりになると思いますが「本当に難しい仕事だなあ」と、上記八田先生と佐藤氏との対談を読みながら黙考しておりました。

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2023年5月 2日 (火)

弁護士資格を有する取締役であるがゆえに高度な善管注意義務あり、との裁判例

旬刊商事法務の最新号(4月25日号)の「新商事判例便覧」を読んでいて初めて知りましたが、弁護士である取締役による他社の買収・管理に問題があり、会社に損害を発生させた場合に、当該取締役には弁護士資格者であるがゆえに高度な善管注意義務があるとして、当該善管注意義務違反に基づく損害賠償が認められた高裁判決が出ているのですね(令和4年9月15日東京高裁、なお原審東京地裁判決もほぼ同旨)。

A社がある会社を買収するにあたって、金融機関から融資を断られたため、A社オーナー経営者が「このままだと(買収が不成立となって)契約上の責任を負わないといけないかもしれないがどうしよう」と悩んでいたところ、弁護士資格を保有するA社取締役が「確定申告の控えをみると、対象会社には資産があるから財務的に大丈夫」「1億円ほどの資産があるので債務についても十分に返済可能」「自分はM&Aを専門とする弁護士であり、DDの経験もある」といったことを述べ、最終的にはトップも納得して経営判断として資金調達のうえで企業を買収しました。その後、この買収対象会社は統合後に破綻したため、A社が当該弁護士資格を有する取締役に会社の損害について賠償請求した、といった事案です(事案の解説はジュリスト2023年3月号の舩津教授(同志社大学)の解説記事から引用しています)。

これも判決全文を読んでおりませんので、あくまでも推測ですが、弁護士という資格をもって「当該取締役には高度な善管注意義務あり」との判断はそれほど聞いたことがありません。ちなみに過去の判例としては、小会社の監査役について、弁護士資格を有する監査役であるために代表取締役の粉飾決算を見抜けなかったことについて「重過失あり」とされ、対第三者責任が認められた下級審判決はあります(東京地裁平成4年11月27日 判例時報1466号146頁)。令和4年判決の弁護士の方は監査役や社外取締役ではなく、業務執行を担当していた社内取締役ではないかと思いますが、いずれにしましても、同業者としましてはちょっと気になる判決であります。会社社長に対する忖度もあったのでしょうか。

これも推測ではありますが、単に弁護士資格を有する監査役、取締役だからといって善管注意義務のレベルが高くなる、という単純な判断基準が示されたのではなく(事案をよく読むと)「うちの会社は弁護士が役員やっているから信用しなさい」とか「おれは弁護士だから安心しなさい」といった、やたら信用補完の材料として弁護士資格をちらつかせたことが「関係当事者の期待を高めた」として問題視されたのではないかと思います。属性要件に行為要件が加わったようなところがあるのではないかと(あくまでも希望的観測ですが)。

しかしそうなりますと、ガバナンスや内部統制に関する議論がさかんになった現時点では、この「行為要件」のところは結構重要なポイントになるかもしれません。世間では「ボード・スキルマトリクス」などが開示されることも増えており、そこには取締役会構成員の「法律」とか「財務会計」のスキルも掲げられるケースも多いようです。ちなみに会計士資格を保有している取締役(あるいは監査役)の場合には、会計不正事案の発生を防止するため、もしくは早期に発見するための「高度な善管注意義務」も認められるケースが増えるのでしょうかね?このあたりは当該判決がどこまで個別事情によって「高度な善管注意義務」を認めたのか精査する必要がありそうです。また、もう少し詳細な情報が集まりましたら続編を書きたいと思います。

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