弁護士資格を有する取締役であるがゆえに高度な善管注意義務あり、との裁判例
旬刊商事法務の最新号(4月25日号)の「新商事判例便覧」を読んでいて初めて知りましたが、弁護士である取締役による他社の買収・管理に問題があり、会社に損害を発生させた場合に、当該取締役には弁護士資格者であるがゆえに高度な善管注意義務があるとして、当該善管注意義務違反に基づく損害賠償が認められた高裁判決が出ているのですね(令和4年9月15日東京高裁、なお原審東京地裁判決もほぼ同旨)。
A社がある会社を買収するにあたって、金融機関から融資を断られたため、A社オーナー経営者が「このままだと(買収が不成立となって)契約上の責任を負わないといけないかもしれないがどうしよう」と悩んでいたところ、弁護士資格を保有するA社取締役が「確定申告の控えをみると、対象会社には資産があるから財務的に大丈夫」「1億円ほどの資産があるので債務についても十分に返済可能」「自分はM&Aを専門とする弁護士であり、DDの経験もある」といったことを述べ、最終的にはトップも納得して経営判断として資金調達のうえで企業を買収しました。その後、この買収対象会社は統合後に破綻したため、A社が当該弁護士資格を有する取締役に会社の損害について賠償請求した、といった事案です(事案の解説はジュリスト2023年3月号の舩津教授(同志社大学)の解説記事から引用しています)。
これも判決全文を読んでおりませんので、あくまでも推測ですが、弁護士という資格をもって「当該取締役には高度な善管注意義務あり」との判断はそれほど聞いたことがありません。ちなみに過去の判例としては、小会社の監査役について、弁護士資格を有する監査役であるために代表取締役の粉飾決算を見抜けなかったことについて「重過失あり」とされ、対第三者責任が認められた下級審判決はあります(東京地裁平成4年11月27日 判例時報1466号146頁)。令和4年判決の弁護士の方は監査役や社外取締役ではなく、業務執行を担当していた社内取締役ではないかと思いますが、いずれにしましても、同業者としましてはちょっと気になる判決であります。会社社長に対する忖度もあったのでしょうか。
これも推測ではありますが、単に弁護士資格を有する監査役、取締役だからといって善管注意義務のレベルが高くなる、という単純な判断基準が示されたのではなく(事案をよく読むと)「うちの会社は弁護士が役員やっているから信用しなさい」とか「おれは弁護士だから安心しなさい」といった、やたら信用補完の材料として弁護士資格をちらつかせたことが「関係当事者の期待を高めた」として問題視されたのではないかと思います。属性要件に行為要件が加わったようなところがあるのではないかと(あくまでも希望的観測ですが)。
しかしそうなりますと、ガバナンスや内部統制に関する議論がさかんになった現時点では、この「行為要件」のところは結構重要なポイントになるかもしれません。世間では「ボード・スキルマトリクス」などが開示されることも増えており、そこには取締役会構成員の「法律」とか「財務会計」のスキルも掲げられるケースも多いようです。ちなみに会計士資格を保有している取締役(あるいは監査役)の場合には、会計不正事案の発生を防止するため、もしくは早期に発見するための「高度な善管注意義務」も認められるケースが増えるのでしょうかね?このあたりは当該判決がどこまで個別事情によって「高度な善管注意義務」を認めたのか精査する必要がありそうです。また、もう少し詳細な情報が集まりましたら続編を書きたいと思います。
| 固定リンク
コメント
WESTLAWにありました。地裁まで戻らないと内容は理解できないのですが、
「被告は,原告に対し,原告において本件買収を担当する原告の業務執行取締役として,本件買収によって原告に回復が困難ないし不可能となるほどの損失を発生させる危険性があり,かつその危険性を予見することが可能な場合には,被告は,原告が本件買収を行うことを避止するよう行動すべき善管注意義務を負っていたものというべきである。殊に,被告は弁護士の資格を有しており,これを前提に原告の取締役に就任した(原告代表者,被告本人)のであるから,被告の原告の取締役としての上記善管注意義務については高度のものが求められていたものというべきである。」と一般論として書いてありました。
まあ、社外から来ても業務執行取締役であったこと、また、その業務の(一部か全部か不明)を自ら経営する法律事務所に委任し報酬等をもらっていたのでは,と読める判決なのですが。
投稿: unknown01 | 2023年5月 2日 (火) 16時54分
コメントありがとうございます。ウエストローで判例を収集しないといけませんね。属性だけで高度な注意義務あり、とされているのであれば、社外取締役である弁護士や会計士にとっては結構大事な判例ではないかと思います。やっぱり地裁も含めて判決文にあたる必要がありそうですね。
投稿: toshi | 2023年5月 3日 (水) 00時26分
監査役ニュースを運営しております大杉です。本記事につきまして、(自身も公認会計士ということもあり)個人的にも非常に重要な内容だと考えております。
ぜひ弊ブログでも近日中に取り上げたいと考えておりますが、山口先生の本記事について、引用させていただいても宜しいでしょうか?ご検討頂けましたら幸いです。
投稿: 監査役ニュース | 2023年5月10日 (水) 16時24分
大杉先生、コメントありがとうございます(またまた気づくのが遅くなりまして申し訳ございません)。
有資格者として、気になる判例ですよね。引用につきましては、どうかご遠慮なく。引き続きよろしくお願いいたします。
投稿: toshi | 2023年5月12日 (金) 11時49分