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2023年6月30日 (金)

空港施設社の社長再任否決-なぜ大株主は反対票を投じたのか?

今年の6月総会において(自分の関わった総会以外で)一番驚いたのは29日に開催された空港施設社(東証プライム)の株主総会です。既報のとおり、代表取締役社長N氏のみが反対多数で再任否決(取締役に選任されなかった)とのこと。日経ニュースによると大株主であるANAも(N社長の出身母体である)JALもN氏の取締役再任に反対票を投じた(第3位株主である日本政策投資銀行は賛成票を投じた)そうで、こちらのTBSニュースで総会に参加された一般株主のご発言のとおり「いったい何が起きたのか?」というのが本音でしょう。

大株主であるANA社、JAL社いずれも反対票を投じたことの理由(JAL社については投票結果についても非開示)は述べていませんが、ふつうに考えれば(上記TBSニュースで八田先生が語っているとおり)国交省人事不当介入事件が大きく影響しているように推測されます。これも推測ですが、日本の航空業界においては国交省出身の方が多数再就職しており(たとえばこちらの2009年の「天下りリスト」)、ANAもJALも国交省とは人事面でも良好な信頼関係を維持したい、しかるに空港施設社の前社長さんが国交省不当人事介入問題の解決を主導していたことから、なんとか元の関係に戻したいということではないかと。もちろん私の邪推かもしれませんが、上記八田先生が委員長を務めた(国交省人事介入問題に関する)検証結果報告書では、次の社長さんとして国交省関係者に戻すことについて事前にJALとANAが了承していたとの前社長さんの証言なども記載されていることから、やはり疑惑は否めません。

しかしこの疑惑が真実であるとすれば、もはや上場会社のガバナンスとしてはあり得ないです。国家公務員法違反という「ブラック」もしくは「グレーゾーン」のリスクについて、同社は低減するのか、転嫁するのか、回避するのか、あるいは素直に受容するのか。指名委員会制度も取締役会の監督機能も、監査役制度による適法性監査もすべて機能していないということになり、もはや非公開化を検討すべきではないでしょうか。人事で監督官庁出身者を厚遇しなければ事業が成り立たない(許認可が得られない)とすれば、そのようなビジネスモデル自体が法令違反(国家公務員法違反)の上に成り立っていることになり、到底上場会社としてのコンプライアンスは認められないように思われます。

もちろん会社法上、株主に「どのような理由で議決権を行使したのか」といった説明義務はありません。しかしANAもJALも人事不当介入問題が発覚した際、朝日新聞にも、調査委員会にも「上場会社の人事に介入することなどありえない。人事は空港施設社で判断すべきこと」と回答して国交省OBからの人事案を事前に了承していたとの疑惑を否定していました。それほど否定していた両社が、ではなぜ空港施設社の人事、しかも社長候補者のみ反対票を投じたのか(これは人事への明らかな介入ではないのか)という、誰でもが抱く素朴な疑問には回答すべきではないでしょうか。どのような理由で社長人事について賛否を決定したのか、その判断は株主の自由ではありますが、総会で重要事項を審議すべき情報に大株主と一般株主との間に著しい非対称性(情報格差)があるとすれば、もはや上場会社としての体は成さないと考えます。この決議結果は会社としては前日までにはわかっていたと思いますが、会社がその決議結果を一般株主に説明すらできない状況にあったとすればなおさらと思います。

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2023年6月29日 (木)

社外監査役の独立性と在任期間12年ルール

6月27日開催の定時株主総会において、会社でさえ「なぜ否決されたのかわからない」と驚いた総会ドラマがあったそうです(時節柄、議決権行使の賛否結果を話題にする当事者能力が私にあるかどうかはわかりませんが・・・ともかくコッソリご紹介します)。28日の夜に日経ニュースで知りましたが、計測機器等を手掛ける東証プライム上場会社において、これまで12年間社外監査役を務めてきた方(弁護士)の再任議案が否決され欠員が生じたため、9月に臨時取締役会を開催する、とのこと。会社側は否決の理由について「議決権行使の内容を精査中でありコメントは差し控える」そうですが、総会で諮った監査役選任議案への賛成比率は49.62%にとどまっていたことが明らかになっています。なお、会社側は当該社外監査役さんが勤める法律事務所に弁護士報酬などの支払いがあるようで、その旨定時株主総会の招集通知には記載しておられたようです。

社外監査役さんが60%程度の賛成比率で冷や汗をかいたというのは、主に(出身母体組織と当社との)利益相反のおそれがあるとの理由で反対票が増えたケースに見受けられますが、否決にまで至るケースは異例です。株主構成にもよりますが、おそらく今回の事例では利益相反問題よりも在任期間が12年を超えるために、「もはや独立性なし」として機関投資家の議決権行使基準に抵触するところが大きかったのではないでしょうか。

そういえば機関投資家の議決権行使基準の中に、社外監査役(社外取締役監査等委員)の独立性基準として、在任期間が12年を超える場合は反対票を投じるというものがポピュラーになってきましたね。この点を会社としても監査役さんとしても、開催前には少々楽観的に考えておられた可能性があるかもしれません(ふつうは事前の議決権行使結果によって、今年はアブないかも、とわかりますし、会社側としても賛成可決に向けて何らかのお手伝いをしますよね)。まさに青天の霹靂だったかも。

当社株主総会には30名程度の株主の方々がリアル出席されていたようですが、株主総会当日は「会社側からなにも説明がなかった」とヤフー掲示板では報告されています。株主総会終了時点では監査役選任議案が否決され、定員割れで再度総会を開ねばならない事態は、本当に予想していなかったのかもしれません。事前の議決権行使状況から「これは監査役選任が危ないのではないか」と気がつかなかった、ということが、全社的なリスクマネジメントとして大丈夫だったのか、一抹の不安を感じます。それにしても日本の上場会社において、社外監査役さんが選任議案上程時にすでに3期12年の任期を全うしておられる会社も結構あるのでは、と思うのは私だけでしょうか(日本監査役協会あたりは統計データをお持ちではないかと)。ちょっとコワいなあと感じた次第です。

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2023年6月27日 (火)

東洋建設取締役候補者として-敗戦の弁と「ノーサイド」

本日(6月27日)は役員退任が決まっておりました大東建託と大阪メトロの株主総会を欠席させていただき、東洋建設の定時株主総会の(株主側)取締役候補者として、神田神保町の控え会議室にて投票結果を見守っておりました。既報のとおり、株主側(YFO-任天堂創業家側)が9名中7名選任可決、会社側が11名中6名選任可決、ということで、株主側が7対6の過半数を獲得する結果となりました。そして私は9名中2名の選任否決の候補者で終わりました。

候補者となって3か月、国内外の機関投資家および議決権行使助言会社からのすべてのヒアリングに応じてきました。また、取締役・監査役候補者を代表して会社側への対応にも力を注ぎました。ということで、この結果についてはとても残念であり悔しいです。午後に控室で結果を聞いたときには血の気が引く思いでした。ただ、YFO側としては一定の成果を出した中での株主の皆様の総意として受け止めざるを得ないですし、自らの力不足を素直に認めたいと思います。

私個人の敗戦の原因を素直に検討してみますと、やや言い訳めいた物言いになりますが、いくつか考えられます。まず、ISSから反対推奨を受けたこと。なぜ反対なのか、その理由は意見書では触れられていませんでしたが、大株主との距離感が近いということで、社外取締役にとって不可欠な「独立性」という視点で問題があると考えられたと思われます。また、ISSが述べる「取締役の適正人数11名」という中で、YFO側に経営経験豊富な弁護士の方がいらっしゃったので、山口のほうは✖という「重複感からの反対」とされたのかもしれません。さらには「ガバナンスに精通した候補者」といっても、今回は企業不祥事発生時の候補者ではなかったので、会社側からの将来へのガバナンス対応が示された以上はそれほどのインパクトがなく、むしろ経営経験者によるボードモニタリングへの期待が強まったのではないかと推測しています。

ともかく、株主提案による取締役が過半数を占め、さらに株主側が業務執行取締役候補者を2名も送り込むという「異例中の異例の株主総会」に当事者として「知力を振り絞って」参加させていただいたことはとても貴重な体験でした。今夜から始まる新しい取締役会に参加できないのは本当に残念ですが、東洋建設のポテンシャルを評価して、日本の将来にとても役に立つ会社にしていきたいという意欲はすべての新任取締役が強く抱いていることは間違いありません。もちろん課題は山積でありますが(その中身については申し上げられませんが)会社側そして大株主側で選出された役員の皆様は、これからはノーサイドです。ぜひ「ONE東洋建設」となって、持続的成長を果たしていただきたいと切に願っております。

最後になりますが、英語に堪能でない私のために、すべてのヒアリングの機会に通訳をしていただいた某法律事務所の先生方に御礼申し上げます(控室を出るときに少しだけ挨拶できましたが、結果を出せずにゴメンナサイ!)。また、最後の総会への欠席をお許しいただいた大東建託、大阪メトロの役職員の皆様にも、この場を借りて本当に感謝申し上げます。ありがとうございました<(_ _)>。

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2023年6月24日 (土)

りそな銀行の取締役に就任いたしました。

昨日(6月23日)の定時株主総会において、「りそなショック(実質国有化)」からちょうど20年が経過したりそな銀行の社外取締役に就任いたしました(上場会社であるホールディングスのほうではなく、事業会社のほうです)。本日の日経ニュースでは-りそな銀社長が語る20年前の衝撃 「何が起きた」大混乱-なる記事が掲載されていますが、もう経営執行部の皆さんは若いし、前を向いていて元気。金融機関の役員は初めてですし、「金融法務」は「債権回収を阻止する側」ばっかりの経験しかありませんが、これからは金融機関側に回って少しでもお役に立てるように頑張りますので、よろしくお願いいたします。

ホールディングスではなく、銀行のほうにもたくさんの社外取締役がいらっしゃって、リテール事業にDXを活かしていこうという戦略がはっきりと見える顔ぶれです(今までの人生で全く接点のなかった業界の方が多いので楽しみです)。全国に店舗を持つ信託銀行としての認知度向上がこれからの課題ではないかと思います。

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2023年6月23日 (金)

会社債権者保護-うっかり違法配当事案に思う(続編)

Img_20230622_123026305_512 ひさしぶりに法律雑誌に拙稿を掲載していただきました。ビジネス法務2023年8月号「創刊25周年記念特集-会社法の歩き方(軌跡と展望)」なる特集におきまして、「ガバナンスと企業不正」という論稿を執筆しました。会社法上での企業不正問題の取り上げ方の歴史を踏まえて、今後は企業不正の防止に向けて会社法規制は機能するのかどうか・・・といったあたりの持論を述べたものです。私的にはおもしろい視点だと思っておりますので、ご一読いただければ幸いです。

さて、この特集において、弥永真生先生が「分配規制のパラダイム転換」と題する論稿をお書きになっていて、とても興味深く拝読いたしました。昨今、上場会社の配当性向が高まり、株主還元という錦の御旗のもと、自己株式取得や剰余金配当が積極的に行われるようになってきたのであれば、単体の計算書類の作成にあたって適用する会計処理の原則、手続きは(情報提供の観点だけでなく)分配可能額算定の観点からも考え直す必要があるのではないか、とのご意見はホントにそのとおりかと。現状の分配可能額算定ルールが誕生した歴史をたどれば「うっかり違法配当事案」が発生したとしても、たしかに会計監査人の「見逃し」を一方的に責めるわけにはいかない、という感想を持ちました。たとえば情報提供目的での負債評価と分配可能額算定目的での負債評価とでは計算基準も方法も異なり得るわけでして、そのあたりを「会計基準」ではなく「会社法」がどう捉えるかは、議論の余地があるように思います。

以下は弥永先生のお話とは異なりますが、昨今の違法配当事案に対して「資産状況が健全であるかぎりは、たとえ違法配当があったとしても誰にも迷惑はかけないのだから、そんなに厳しく指摘する必要はないのでは」「人間はパーフェクトではない。関係者は一生懸命頑張っていたんだから」というご意見もちらほら出てきて、それ以上にツッコミが入らない状況がうかがわれます。ただ、やはり分配可能額を超えた剰余金処分によって会社資産は不当に流出しているわけでして、その流出分を株主からも返還を求めない、役員も責任を負わない、会計監査人にも問題はなかったということで、そのまま放置してもよいのでしょうかね?たしか過去の事例では、(良いか悪いかは別として)計算方法を再度見直して「違法配当はなかったことにする」とした事例や、カリスマ経営者が自腹を切って流出分を補填するとした事例など、恰好が悪くても、会社の違法状態を是正する努力を続けていた会社が多いと思うのです。このあたりの対処がないと、なんか気持ち悪いなぁと。

6月5日、某上場会社の分配可能額を超えた配当が行われた近時の事案を参考に、「会社法の会社債権者保護の考え方はむずかしい-うっかり違法配当事案に思う」をリリースしたところ、たいへん多くの方からコメントをいただき、まだすべてにお礼も述べておりませんが、関心のある方が多そうなので本日は続編ということで、思うところを一言だけ。といいますのも、某社の違法配当事案に関する調査委員会報告書が早々に公表され、興味深く拝読させていただいたことによります(調査委員の皆様、お疲れ様でした)。

調査委員会報告書において、某社の会社役員の皆様が故意に違法配当に手を染めたわけではないこと、さらに会社法上の違法配当時の役員責任の根拠規定における「違法配当(自己株取得等による違法な剰余金処分)となってしまったことに関して取締役としての注意を怠ったと評価しえないこと」についてはおおよそ予想していた結論です。この結論をもって某社の監査等委員会は議案を上程した取締役(議案に賛成した取締役)への責任追及訴訟を(とりあえず)提起することは差し控えることになろうかと思います(胸をなでおろす方もおられるような・・・)。

たしかに会社法上の違法配当時における取締役の責任規定の解釈とその評価についてはそのとおりかとは思うのですが、では分配可能額算定に関する内部統制には問題なかったのか、とりわけ監査等委員である取締役には違法配当とならないような仕組み(内部統制)への監視義務、もしくは直接的に2022年4月時点における今回の配当計算の正確性を監視する義務はなかったのか。また、財務部や経理部のミス、責任執行役員の確認不足が原因だったとしても、業務執行上の信頼の原則、取締役間での監督義務を尽くす上での信頼の原則を適用する際には、信頼が保護されるための最低限度の確認作業が必要であるが、当該「確認作業」はなされたのか(エフオーアイ事件判決において社外監査役の法的責任が認められたことを参考に)。

調査委員会報告書の結論にもっとも関心を持つ監査等委員の皆様自身の法的責任はとくに問題ないかどうか。このあたりが少し気になりました(諮問事項ではなかったのかもしれませんが・・・)。まぁ、目立った会社の損害はない・・・ということでしたら、それまでの話ですが、何もエンフォースメントが働かないという状況がちょっと気持ち悪いように思います。

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2023年6月21日 (水)

保秘力は重要な無形資産である-中山譲治氏「私の履歴書」を読んで

すでにお話したとおり、私は6月27日の定時株主総会の終了時をもって大東建託の社外取締役を退任いたします。10年間、取締役を務めましたが(いろいろと厳しい局面もありましたが)本当に面白かった!!(^^)!です。27日は諸事情ございまして(?)、大東建託の総会に出席することができないため、毎年恒例の「株主様から社外役員への質問」にも他の社外役員の方に回答いただく、ということになりそうです(社外役員の皆様、どうかよろしくお願いいたします)。

その10年のうちの6年間、社外取締役をご一緒した庄田隆さん(第一三共元社長兼CEO)の後任の社長さんが、現在「私の履歴書」で登場しておられる中山譲治氏であり、庄田さんも先週から今週にかけて「履歴書」に登場。命運を賭けたインド・ランバクシー社の買収直後に同社品質不正問題が発覚し、米国での医薬品販売の道が完全に閉ざされてやむなく売却に至るまでの経緯は壮絶です。今の第一三共の世界戦略再挑戦は、この品質不正問題に逃げずに真正面から向き合って解決したことが教訓となっているのでしょうね。

ところで、最近は(対外的には)株主との対話を促すための非財務情報を含めた情報開示が促され、また(対内的には)重要情報の共有体制を含めた内部統制が促されているなかで、「何を秘密として保持するか」「誰と秘密を共有するか」といった「感覚」は、経営陣にとって必須のスキル(資質?)だと痛感します。よく企業不正の原因分析で「なぜもっと早く社外役員と情報を共有しなかったのか?組織ぐるみの隠ぺいではないのか?」などと仮説を立てるのですが、そういったことを究明するたびに、この「秘密共有」に関する組織風土や経営者の資質への関心が強まっております。「不都合な真実は社外役員の人たちに知られたくなかった」といった単純な動機ではないのですよね。

巷間、いろいろと議論されているガバナンス改革への対応は経営企画部や外部委託しているコンサルティング会社と相談することになりますが、そもそも会社の命運を賭けた意思決定は「本当に相談できるヒト」としか協議できない。上記第一三共の事案では、それは①中山氏がインドで培った人材ネットワーク(この人との個別交渉に賭ける)、②ランバクシーの役員に入ってもらっていた(日本の著名な)M&Aコンサルタントの方との信頼関係、③ランバクシー社内の役員(インドの高名な財界人ら)と当該M&Aコンサルタントの方との信頼関係の3つが「最後までステークホルダーの利益を守りながら売却を成功させる」という結果を出す大きな要因になっています。

説明責任を果たす、真実を語るということが経営者の誠実性を語るうえで重要な要素であることは間違いありません。しかし、ここぞという場面で他者との信頼関係に基づいて「秘密を守る」ということも誠実性の重要な要素ではないかと。私のように器の小さい人間は、ともすれば「俺って、あのエライ人と秘密を共有しているんだよね。まあ、弁護士だから人前では言えないけど、( ̄∇ ̄;)ハッハッハ」みたいな言動で自分を大きくみせたいという衝動にかられます。「関西人らしい人間味がある」と言ってしまえばそれまでですが、到底、これでは経営者は務まりませんね( ´艸`)。

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2023年6月14日 (水)

リアルケースで身につける-不正を見抜く監査力

自民党・金融調査会「企業会計に関する小委員会」では、監査に関する提言のとりまとめに向けて議論が開始されたそうです(経営財務の記事より)。今回は主に会計監査の量・質に関する議論が中心の模様。サステナビリティ情報に関する保証等、これからも会計監査人資格者が活躍する場面が増えるのかもしれませんね(監査の量が求められる時代となれば、会計監査人資格者以外にも監査担当のニーズが広がるのでしょうか)。

4296117580 さて、本日は待望の浜田康先生の新刊書のご紹介です。浜田先生が証券取引等監視委員会委員をご退任された後に執筆されたご著書については、毎回ご献本いただいておりまして(どうもありがとうございます!)、書店に並ぶよりも一足先に拝読させていただいております(まだ、ケーススタディの2例目までですが)。リアルケースで身につける「不正を見抜く監査力」(浜田康著 日本経済新聞出版)

本書の内容は、リンクを貼ったアマゾンHPの紹介文のとおりです。主に監査法人で会計監査を担当しておられる方が読者として想定されているようですが(業務執行社員間でのやりとり、審査部門と被監査会社担当者とのやりとりなどにも触れられています。かなりリアルです)、11例から成るケーススタディについては企業の管理・監査担当役員や内部監査担当者などにも十分に有用なものと思います。

これまで「不正会計からのケーススタディ」といえば、第三者委員会報告書などを参考にして、「このように行動すべきだった」「監査人はここに着目すべきであった」と解説されることが多いのですが、本書はまさにユニークです。最初に特定の不正ありきで語るのであれば、そこからさかのぼって「あるべき監査の正解」を導くことはできますし、読者も納得するはずです。しかし現実にはそんなことは不可能であり、様々な兆候から、仮説検証を経て不正にたどり着く、いやたどり着かないことのほうが多いかもしれません。たどりついたとしても、さらには「声に出せるか」という高いハードルが待ち受けています。

たとえば「不正がある!」と社内で叫んで5回中1回でも、本当に会計不正を特定できたとしたら、それはとても能力が高いエキスパートと言えるはず。しかし、この5回中4回のほうが、会社内では評判となり、「あの人は変わったヒト」「ヒトの揚げ足取りで給料もらっているヒト」「いつも重箱の隅を楊枝でほじくることばかりしているヒト」という評価のもとで声を上げる機会が失われていきます。監査というのは本書で述べられているとおり「正解のない世界」なのであり、だからこそ健全な職業的懐疑心をもって仮説・検証をくりかえす必要がある。本書のケーススタディは、そのような仮説・検証のプロセスを財務報告から学んでいこうという方針であり、この方針には強く賛同いたします。最初から特定の不正ありき、から始まる「後出しじゃんけん」の解説は、「勉強したぞ」といった自己満足感で終わってしまい、どうも実務的には役に立たないように思います。

よく監査環境のレベルの高い組織風土の評価軸として「オオカミ少年を歓迎する雰囲気があるかどうか」と申し上げますが、オオカミ少年を歓迎する雰囲気がなければ「不正の疑いあり」と監査責任者が声を上げることは困難です。そのような雰囲気があるからこそ財務報告への合理的な疑いを担当者が対外的に表明できるようになり、これによって組織として不正を早期に発見できるという現実は、この本を読むとご理解できるのではないでしょうか。とてもお勧めの一冊です。

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2023年6月 8日 (木)

電力カルテル事案への株主提訴請求-さあ、どうする監査担当役員?

6月7日、日経、朝日が報じるところでは、大手電力4社(中部・関西・九州・中国)が事業者向けの電力供給でカルテルを結んでいた問題で、4社の株主が本日記者会見を開いたそうです。各社株主は、それぞれの監査担当役員に当時の取締役らを会社法423条に基づいて提訴するよう求めました(基本的には損害賠償請求訴訟の提起を求めるようです)。また、各社の監査担当役員が提訴しなければ、8月にも株主代表訴訟を起こす、とのこと。

この問題は、今年3月、公正取引委員会によって4社が顧客獲得を制限するカルテルを結んだと認定したことで大きく報じられることになりました。その結果として、中部電力・九州電力・中国電力の3社には、過去最高の総額1010億円の課徴金納付命令が出されています。すでに報じられているとおり、関西電力はリーニエンシーの適用事例として調査開始前に違反を申告しましたので、行政処分を免れています(たしか課徴金が課されている九州電力についても、公取委の調査に協力したとして課徴金の減額は認められていたかと)。←unknown1さんのご指摘を受けて修正いたしました。

ところで価格カルテルについて公取委の課徴金が課された事例の株主代表訴訟といいますと、昨年3月28日の東京地裁判決があり(世紀東急工業事件-控訴審係属中)、当時の経営トップを含む4名にそれぞれ15億から17億円の賠償責任が認められています。会社法423条責任(役員の会社に対する善管注意義務違反)の根拠としては、会社を名宛人とする独禁法の違反を主導したこと又はこれを黙認していたことが(内部統制構築義務を持ち出すまでもなく)「役員の法令遵守義務違反に該当する」というもの。とりわけ公取委の課徴金についてとくに争わずに会社として自認していることについては「取締役の善管注意義務違反と会社の損害との相当因果関係あり」と判断する根拠とされています。

このほかにも平成25年以降、会社の罰金や課徴金(による会社の損害)と取締役の善管注意義務違反の事実との相当因果関係を認めた裁判例がいくつか出されていますが、このような裁判例が出ている状況において、株主から提訴請求を受けた監査担当役員(監査役、取締役監査等委員、取締役監査委員)の皆様は、どう対応するのでしょうか。株主の要求に応えるのであれば、社長を含む経営陣(元経営陣)と対決する覚悟が必要ですし、また経営陣には問題なし、と判断すれば、今度は監査担当役員自身が株主(最近は海外ファンドも積極的です)から賠償責任を問われる可能性が出てきます。まさに「前門の虎、後門の狼」状態。監査担当役員の覚悟が求められる有事です。

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2023年6月 7日 (水)

当職が執筆した書籍が大学入試問題の出典となりました(^^;)

Img_20230607_115402901_640 本日は「ビジネス法務」とは全く関係ございませんので、お忙しい方はスルーしてください。

 今週、事務所に旺文社さんから「著作権二次使用に関する許諾申請書」が届きました。「旺文社!?ずいぶんなつかしいけど、なんでかな?」と思って申請書の中身を読んだところ、私が過去に執筆した「法の世界からみた会計監査-弁護士と会計士のわかりあえないミゾを考える」(同文館出版)が入試問題の問題文として利用されていて、旺文社さんが「過去問シリーズ」を出版するにあたって使用許可を申請します、とのこと。

首都圏の某私立大学の入試問題です。商学系の「政経科目」と思いきや、多くの受験生に必修の「国語」(^^;)ホンマニ?。。。確認してみると上記書籍の第9章「なぜ企業は粉飾に手を染めるのか」から、かなり長く抜粋(一部編集)されています。問題文の最後に出典の記載もあります。ちなみに設問もたくさんあって、読むとたしかに「現代国語」の問題。しかも私が取り組んでも正答を見つけるのがなかなかムズカシイ(^^;)。

いや、でも大学の国語の入試問題に私の執筆した書籍が活用されたことはとても嬉しいです。いままで執筆した書籍のなかでも、この「法の世界からみた・・・」は「実効的な内部通報制度」と並んでよく売れましたので、おそらくこれを読まれた先生が記憶の彼方から引っ張り出してこられたのかもしれません(もう初版から9年が経ちます)。

論文不正事件の調査委員会の委員を歴任しているからか、出版社から文書が届くと「剽窃のご確認」とか来たのではと、ちょっとドキッとします。ほんのちょっとですが、印税が入ってくるのを楽しみにしています。。。

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2023年6月 5日 (月)

会社法の「会社債権者保護」の考え方はむずかしい・・・うっかり違法配当事案に思う

もうすでに各種SNS等でも話題になっておりますが、京都市に本社のある世界企業N社において、2022年10月に決定した1株35円の中間配当が、会社法と会社の規則により算定した分配可能額を超過していた、という事案について思うところを一言。ちなみに会社法上の財源規制に違反することは狭義の違法配当であり、これは俗に「タコ配当」と呼ばれています。「これはタコが食べ物のないとき自分の足を食うといわれることによるが、残念ながらその現場を目撃したことはない」と会社法の大家は説明しておられます(龍田節・前田雅弘著「会社法大要」第3版449頁)。

ロイターの記事によりますと、N社としては配当規制違反によって株主に配当された剰余金についての返還は求めない方針、とのこと。ちなみに当ブログでも、過去にタカチホ社のケースについて議論していましたね。今回は日本のカリスマ経営者が君臨する世界企業といえども、経営者の法的責任はどうなるのか、同社の財務報告内部統制は有効といえるのか、ぜひとも忖度なしに(とくに最近はマスコミの忖度が話題になっておりますので)議論していただきたいと思います。

配当規制違反に責任を有する取締役と超過配当金を受領した株主とは(会社に対して)不真正連帯債務の関係にあるので、取締役会に議案を上程した取締役(剰余金処分について取締役会に決定権限がある場合)に注意義務違反が認められますと、(株主には返還義務を免除するとはいえ)当該取締役は会社に戻すべき相当金額を自身で弁済しなければなりません(違法な剰余金処分自体が無効ということであれば、いったん配当金全額の返済になるのでしょうか?)。これは青ざめますよね(^^;)。私も社外取締役を務める会社が自己株式取得を行う際、インサイダーリスクに震えながらも相当時間をかけて分配可能額の計算を監査法人さんと協議したことを覚えております。

ちょっと前までなら「こんなものは配当を払えないような赤字会社の問題であって、ウチのような日本を代表する優良企業では関係ないでしょ」と高をくくっていてもよかった。しかしモノ言う投資家の抬頭で株主還元策が脚光を浴びるようになり、多少無理をしてでも株価を上げたいと思う上場会社が急増しているわけですから、「うっかり違法配当」も他人事ではなくなってきました。N社のような事態は他の優良企業でも起こり得ると考えておいたほうがよさそうです。

数年前のHOYAさんの分配可能額超過配当事件のケースと同様、N社についても第三者委員会が事案の経緯について調査を行うそうです(HOYAさんの委員会も、今回の委員会も、委員長はよく存じ上げている方です)。このような重大な法令違反が起きたことについて、取締役には注意義務違反となる事実は認められなかったという結論になるのかどうか・・・、そのあたりは定かではありませんが、いやいや会社法上の会社債権者保護の考え方はむずかしいと思います(神田先生も「配当と自己株式の取得」の項目で、会社債権者保護はむずかしいと述べておられます-岩波新書「会社法(第3版)」164頁)。先日のクレディスイスのat1債の取扱いをみても、株主と債権者の優劣をどう定めるか・・・、関係者が納得できそうな落としどころを探ることは一筋縄ではいかないことがおわかりになるかと。

(追記)6月6日の日経ニュース「ユニゾ、買収防衛ありきで迷走 誰が会社の(敵)なのか」を読みましたが、短期的な利益を追求する株主の背後で、金融機関や従業員という債権者の利益が事実上無視されるのはいかがなものか・・・との問題提起がありました。

もし、違法配当議案を上程した取締役には返還責任がないとして、さらに善意の株主からも返還を求めないとなれば、では会社法上の債権者保護はどうするのでしょうか?会社法上、債権者は直接に株主から配当金の返還を求めることができますが、民法上の債権者代位権と同様の要件が必要なので無資力でないと追及できない、とする有力説もあります。ません(通説)。※会社債権者自身に固有の損害が発生しない以上、会社法429条による責任追及もむずかしいでしょう。損をしていない株主からの代表訴訟も機能しないはずです。第三者委員会の報告次第ですが、おそらく取締役の注意義務も認められない可能性があります。誰も違法配当分の補填責任は生じないが、会社に法令違反状態(会社法上の債権者保護ルール違反)だけが残るということになるのでしょうか。しかしそれはコンプライアンス上はマズイような気もします。

※・・・大杉先生からのご指摘を受けて、内容を修正いたしました。江頭先生の「株式会社法」を参考とした記述です。

ということは、法令遵守のためには中間配当の根拠となる計数上の処理を修正して(遡及的に)違法配当がなかったことにするしかないのでは?そうでないと「法令違反を放置する会社」ということになってしまうのでは?さらに、いくら会計監査人に「見落とし」があったとはいえ、J-SOX上の内部統制には開示すべき重要な不備があった(つまり全社的内部統制に重大な不備があったので内部統制は有効とはいえない)という結論になるのでは?このあたり、とても気持ちの悪い難問が横たわっているように思えるのですが、いかがでしょうか。

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2023年6月 2日 (金)

5月は企業不祥事発生時の調査委員会設置リリースが14件

主に不適切会計事案(粉飾、資金流出)ですが、5月は連休明けからの20日ほどの間で14件(1社で2件は1件と換算)の「調査委員会設置のお知らせ」が東証適時開示としてリリースされています。会計不正事案以外については調べきれていないので、もっと多いはず。およそ2日に1件以上の割合で会計不祥事が公表されているようです。時期的に監査が本格化して会計不正が発覚しやすいとはいえ、最近は不祥事発生のリリースによって株価が長期間低迷することも多いので、これだけ多いと投資家の方もたいへんですね。

2020年から21年にかけてのご相談案件の様子から「コロナ禍から3~5年で、たくさんの会計不正事件が発覚するだろう」と、当ブログでは何度も申し上げてきましたが(たとえば2021年のこちらのエントリー)、コロナで監査(内部監査、監査役等監査および会計監査)が傷んだ以上は当然の結果です。

私が第三者委員会の委員長を務めた案件でもそうでしたが、「リモート監査は思ったほど悪くない(監査として機能している)」との意識はあるものの、それは当事者の正常性バイアス(現状維持バイアス)による思い込みであり、不正行為の発見(もしくは予兆の発見)はリモート監査で発見できるほど甘いものではありません。疑惑を抱くことだけでも現地での「感覚」が必要なのに、ましてや「おかしい」と声を上げることができるほどの確信がどうしてリモート監査で可能となるのでしょうか。

おそらくこれからも(上場会社において)たくさんの会計不正事案が発覚するはずです。以前なら「これは不正だ」「いや、不正ではない」と上司と部下とで意見が分かれるような事案でも、働き方改革が進み、外部への情報提供に抵抗感がなくなりつつある時代背景では「会計不正疑惑の発覚」は時間の問題かと。正直に開示するか、大きなリスク(内部通報や内部告発によるレピュテーションリスク等)を覚悟のうえで「業績に重要な影響はない」として開示を控えるかは、皆様方のご判断次第です。ただ、私の希望としては、取引先や国税、会計監査人から指摘を受けてから公表するような最悪の事態だけは回避していただきたい。

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