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2023年6月14日 (水)

リアルケースで身につける-不正を見抜く監査力

自民党・金融調査会「企業会計に関する小委員会」では、監査に関する提言のとりまとめに向けて議論が開始されたそうです(経営財務の記事より)。今回は主に会計監査の量・質に関する議論が中心の模様。サステナビリティ情報に関する保証等、これからも会計監査人資格者が活躍する場面が増えるのかもしれませんね(監査の量が求められる時代となれば、会計監査人資格者以外にも監査担当のニーズが広がるのでしょうか)。

4296117580 さて、本日は待望の浜田康先生の新刊書のご紹介です。浜田先生が証券取引等監視委員会委員をご退任された後に執筆されたご著書については、毎回ご献本いただいておりまして(どうもありがとうございます!)、書店に並ぶよりも一足先に拝読させていただいております(まだ、ケーススタディの2例目までですが)。リアルケースで身につける「不正を見抜く監査力」(浜田康著 日本経済新聞出版)

本書の内容は、リンクを貼ったアマゾンHPの紹介文のとおりです。主に監査法人で会計監査を担当しておられる方が読者として想定されているようですが(業務執行社員間でのやりとり、審査部門と被監査会社担当者とのやりとりなどにも触れられています。かなりリアルです)、11例から成るケーススタディについては企業の管理・監査担当役員や内部監査担当者などにも十分に有用なものと思います。

これまで「不正会計からのケーススタディ」といえば、第三者委員会報告書などを参考にして、「このように行動すべきだった」「監査人はここに着目すべきであった」と解説されることが多いのですが、本書はまさにユニークです。最初に特定の不正ありきで語るのであれば、そこからさかのぼって「あるべき監査の正解」を導くことはできますし、読者も納得するはずです。しかし現実にはそんなことは不可能であり、様々な兆候から、仮説検証を経て不正にたどり着く、いやたどり着かないことのほうが多いかもしれません。たどりついたとしても、さらには「声に出せるか」という高いハードルが待ち受けています。

たとえば「不正がある!」と社内で叫んで5回中1回でも、本当に会計不正を特定できたとしたら、それはとても能力が高いエキスパートと言えるはず。しかし、この5回中4回のほうが、会社内では評判となり、「あの人は変わったヒト」「ヒトの揚げ足取りで給料もらっているヒト」「いつも重箱の隅を楊枝でほじくることばかりしているヒト」という評価のもとで声を上げる機会が失われていきます。監査というのは本書で述べられているとおり「正解のない世界」なのであり、だからこそ健全な職業的懐疑心をもって仮説・検証をくりかえす必要がある。本書のケーススタディは、そのような仮説・検証のプロセスを財務報告から学んでいこうという方針であり、この方針には強く賛同いたします。最初から特定の不正ありき、から始まる「後出しじゃんけん」の解説は、「勉強したぞ」といった自己満足感で終わってしまい、どうも実務的には役に立たないように思います。

よく監査環境のレベルの高い組織風土の評価軸として「オオカミ少年を歓迎する雰囲気があるかどうか」と申し上げますが、オオカミ少年を歓迎する雰囲気がなければ「不正の疑いあり」と監査責任者が声を上げることは困難です。そのような雰囲気があるからこそ財務報告への合理的な疑いを担当者が対外的に表明できるようになり、これによって組織として不正を早期に発見できるという現実は、この本を読むとご理解できるのではないでしょうか。とてもお勧めの一冊です。

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