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2023年6月23日 (金)

会社債権者保護-うっかり違法配当事案に思う(続編)

Img_20230622_123026305_512 ひさしぶりに法律雑誌に拙稿を掲載していただきました。ビジネス法務2023年8月号「創刊25周年記念特集-会社法の歩き方(軌跡と展望)」なる特集におきまして、「ガバナンスと企業不正」という論稿を執筆しました。会社法上での企業不正問題の取り上げ方の歴史を踏まえて、今後は企業不正の防止に向けて会社法規制は機能するのかどうか・・・といったあたりの持論を述べたものです。私的にはおもしろい視点だと思っておりますので、ご一読いただければ幸いです。

さて、この特集において、弥永真生先生が「分配規制のパラダイム転換」と題する論稿をお書きになっていて、とても興味深く拝読いたしました。昨今、上場会社の配当性向が高まり、株主還元という錦の御旗のもと、自己株式取得や剰余金配当が積極的に行われるようになってきたのであれば、単体の計算書類の作成にあたって適用する会計処理の原則、手続きは(情報提供の観点だけでなく)分配可能額算定の観点からも考え直す必要があるのではないか、とのご意見はホントにそのとおりかと。現状の分配可能額算定ルールが誕生した歴史をたどれば「うっかり違法配当事案」が発生したとしても、たしかに会計監査人の「見逃し」を一方的に責めるわけにはいかない、という感想を持ちました。たとえば情報提供目的での負債評価と分配可能額算定目的での負債評価とでは計算基準も方法も異なり得るわけでして、そのあたりを「会計基準」ではなく「会社法」がどう捉えるかは、議論の余地があるように思います。

以下は弥永先生のお話とは異なりますが、昨今の違法配当事案に対して「資産状況が健全であるかぎりは、たとえ違法配当があったとしても誰にも迷惑はかけないのだから、そんなに厳しく指摘する必要はないのでは」「人間はパーフェクトではない。関係者は一生懸命頑張っていたんだから」というご意見もちらほら出てきて、それ以上にツッコミが入らない状況がうかがわれます。ただ、やはり分配可能額を超えた剰余金処分によって会社資産は不当に流出しているわけでして、その流出分を株主からも返還を求めない、役員も責任を負わない、会計監査人にも問題はなかったということで、そのまま放置してもよいのでしょうかね?たしか過去の事例では、(良いか悪いかは別として)計算方法を再度見直して「違法配当はなかったことにする」とした事例や、カリスマ経営者が自腹を切って流出分を補填するとした事例など、恰好が悪くても、会社の違法状態を是正する努力を続けていた会社が多いと思うのです。このあたりの対処がないと、なんか気持ち悪いなぁと。

6月5日、某上場会社の分配可能額を超えた配当が行われた近時の事案を参考に、「会社法の会社債権者保護の考え方はむずかしい-うっかり違法配当事案に思う」をリリースしたところ、たいへん多くの方からコメントをいただき、まだすべてにお礼も述べておりませんが、関心のある方が多そうなので本日は続編ということで、思うところを一言だけ。といいますのも、某社の違法配当事案に関する調査委員会報告書が早々に公表され、興味深く拝読させていただいたことによります(調査委員の皆様、お疲れ様でした)。

調査委員会報告書において、某社の会社役員の皆様が故意に違法配当に手を染めたわけではないこと、さらに会社法上の違法配当時の役員責任の根拠規定における「違法配当(自己株取得等による違法な剰余金処分)となってしまったことに関して取締役としての注意を怠ったと評価しえないこと」についてはおおよそ予想していた結論です。この結論をもって某社の監査等委員会は議案を上程した取締役(議案に賛成した取締役)への責任追及訴訟を(とりあえず)提起することは差し控えることになろうかと思います(胸をなでおろす方もおられるような・・・)。

たしかに会社法上の違法配当時における取締役の責任規定の解釈とその評価についてはそのとおりかとは思うのですが、では分配可能額算定に関する内部統制には問題なかったのか、とりわけ監査等委員である取締役には違法配当とならないような仕組み(内部統制)への監視義務、もしくは直接的に2022年4月時点における今回の配当計算の正確性を監視する義務はなかったのか。また、財務部や経理部のミス、責任執行役員の確認不足が原因だったとしても、業務執行上の信頼の原則、取締役間での監督義務を尽くす上での信頼の原則を適用する際には、信頼が保護されるための最低限度の確認作業が必要であるが、当該「確認作業」はなされたのか(エフオーアイ事件判決において社外監査役の法的責任が認められたことを参考に)。

調査委員会報告書の結論にもっとも関心を持つ監査等委員の皆様自身の法的責任はとくに問題ないかどうか。このあたりが少し気になりました(諮問事項ではなかったのかもしれませんが・・・)。まぁ、目立った会社の損害はない・・・ということでしたら、それまでの話ですが、何もエンフォースメントが働かないという状況がちょっと気持ち悪いように思います。

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コメント

 連結ベースの経営で、単体の剰余金規制は見落としがちだなと思っています。特に、純粋持株会社にしてしまうと、親会社に十分な剰余金がないままに配当や自己株式取得をしてしまうのかなと思います。
 では、損害については、連結ベースで剰余金があるのに、親会社には剰余金がない場合、単に親会社への配当手続を忘れた、ということなので、実損はないのかなと思っています。
 つまり、連結ベースでの損害の有無も考えないといけないなあと思っています。

投稿: Kazu | 2023年6月28日 (水) 14時43分

 このテーマの調査報告書ですが、同じ事務所から3名の委員が出ているのは、残念です。結局トップの意向が強くなってしまい、3名の意見をぶつけ合って合理的な結論に至る、という仕組みになっていないような気がして。

投稿: Kazu | 2023年6月28日 (水) 14時56分

Kazuさん、毎度のことながら鋭いご指摘ありがとうございます。なるほど「親会社への配当忘れた」ですね。たしかに連結ベースで考えると実損という概念はあまりないように思いますし、厳密すぎる考えは実務的ではないように思います。まさに連結計算へのパラダイム転換が必要ですね。
後半のご意見については、うーーーんコメントを控えます(笑)。

投稿: toshi | 2023年6月28日 (水) 17時35分

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