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2023年7月28日 (金)

ビッグモーター社の公益通報対応体制整備義務について

またまたビッグモーター社の保険金不正請求事案に関するエントリーですが、国交省、金融庁に続いて消費者庁も調査に乗り出した、と報じられています。第三者による調査報告書には従業員による内部通報が黙殺されていたことが記載されていましたので、消費者庁としても重大な関心を寄せているようです。

300人以上の常用雇用者が存在する事業者においては、公益通報への対応体制を整備する義務が(公益通報者保護法に)明記されており、これは上場・非上場関係なく法人の義務です。今回、消費者庁が調査を開始したことが公表されるのは異例ですが、そもそもビッグモーター社においては対応業務従事者の指定がなされていなかったのではないかと推測します。かりに同社において対応業務従事者が指定されていた場合には、同指定者が通報者を特定しうる情報を正当な理由なく提供していれば刑事告発の対象にもなります。

対応業務従事者を指定していないとなると、そのこと自体が対応体制の整備義務違反となり、行政処分の対象となります(指導、勧告等)。法改正後の消費者庁の動きがあまり開示されていないので、本件への調査結果がどのようなものになるのか、関心をもって見守りたいと思います。

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2023年7月26日 (水)

関西万博(大阪万博)を前に「ビッグモーター事件」を他人事とは思えないのですが・・・

ビッグモーターの社長さんの記者会見が炎上しています。少し前まで「さすが創業家資産管理会社の100%子会社、黙っていれば逃げ切れるかも」と思っていた方も多いのではないでしょうか。しかし損保大手や国交省・金融庁が動き出したことで、説明責任を果たさざるをえない状況に至りましたね。長い間、孤軍奮闘でビッグモーター社の不正を追い続けてきた東洋経済さん(記者さん?)は、感慨ひとしおではないでしょうか。

同社の調査委員会報告書では社長さんが不正事実について申告を受けながら「工場内の内輪揉めが申告の原因だろう、大げさな話だろう」ということで、調査もせずに現場で問題解決を図らせたということが記載されています。ただ、そうであるならば、本日の記者会見で「私は不正を知らなかった」「報告書を読んで愕然とした」という回答にはならないはず。「ああ、あのとき、甥っ子(従業員)から申告があった不正疑惑は本当だったんだな、調査をしておけばよかったなぁ」が正しい回答ではないでしょうか。

メディアで大きく取り上げられ、誰もが「これはビッグモーター社で起きたこと。そもそもガバナンスも内部統制もしっかりしている他社では起こり得ない」と思っておられるかもしれませんが、いま、大阪万博・関西万博を目の前にして、多くの会社がビッグモーターのようになりそうな予感がします。

ともかく関西万博を期限通りに開催することが「日本の至上命題」といった空気が蔓延しています。そのような空気が漂う中で、資源、人件費の高騰もさることながら、2024年問題を控えて、どうやって人権侵害を防止しながら工期を間に合わせるのでしょうか。国連の人権理事会がヒアリングのために来日していますが、これだけ「ビジネスと人権」が厳しく問われている中で、労働者の人権侵害が発生したら、経営者は「私は知らなかった」「そのような事案が発生したということで愕然としている」では済まないはず。現に、先日、カナダの政府代表から「日本は万博開催のためには働き方改革の例外は認めてくれるのか」という打診がありましたよね。パビリオン建設を真剣に検討している国だからこそ、ビジネスと人権への配慮を日本に求めるのは当然です(例えば読売新聞ニュースはこちらです)。

私は関西万博推進派ですが、もし労働者の人権侵害(年次有給休暇、時間外労働規制、賃金差別規制)のおそれがある場合には、延期になってもやむを得ないと考えています。「なんとしてでも工期に間に合わせたい、という従業員の心意気で、彼らは自主的に休暇返上で頑張ってくれた!」は通らないはずです。ここまでSDGsの意識が世界的に高まっている経営環境を認識しつつ、労働者の人権侵害を黙認するような経営者の物言いを許すとすれば、それはもはやビックモーター社の社長さんと同様です。また、万博開催用地には南北から道路が一本しかないので、そもそも突貫工事をやろうと思っても渋滞のために物理的に困難のようにも思われます(この点について関係者の皆様はどのように対処されるのでしょうか)。

現場では違法行為(人権侵害)が平然と行われているにもかかわらず、「納期は間に合わせなければならない」というプレッシャーのために、SDGsのバッチを誇らしげに付けている関係者全員が「人権侵害について見て見ぬふり」をするような企業にだけは成り下がってはいけないと強く警鐘を鳴らしたい。関西万博は、これに関わる企業の品格が問われるものと考えます。

 

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2023年7月21日 (金)

会社法上の「大会社」は監査役会設置会社にすべきではないか

前回のエントリー「東証・不祥事予防のプリンシプルとビッグモーター事案への対応」を7月18日にアップしましたが、同日、ビッグモーター社は調査報告書を公表したため、ずいぶんとマスコミの報道も増えました。取締役会設置会社であるにもかかわらず、取締役会が開催されていた形跡はなく、取締役による3か月に1回以上の業務報告義務も果たされていないというのは、かなり驚きました。BM社は会社法上の「大会社」ではありますが、公開会社ではないので監査役会設置会社ではありません。したがって、監査役さんを含めていわゆる「社外役員」を置く必要はないわけですね。BM社の親会社(資産管理会社)のオーナーでもあるBM社の社長さんに絶大な権力が集中しているため、資産管理会社やBM社の監査役さん方も、内部統制監査まで役割を果たすことはできなかったものと思います(ただし会計監査人はいらっしゃるようですから、会社法監査において取締役会の議事録など閲覧しないで大丈夫だったのだろうか・・・という疑問は少々湧きますね)。

BM社の自動車修理部門でどのような不適切行為が行われていたのか、という点は、すでに多くのメディアが伝えているので特にここで申し上げることはございません。ただ、これだけ社会的に大きな影響力を持つ大会社に監査役会を置く必要がない、という会社法上の建付けは、そろそろ改正したほうが良いのではないでしょうか。せめて会社法上の「大会社」に該当する規模の会社(資本金5億円以上または負債200億円以上)であれば、たとえ公開会社ではなくても監査役会の設置を義務付けるべきであり、そうなるとBM社の場合には社外監査役を2名以上置く必要があります。そうであれば、取締役会の開催や内部統制の基本方針の決議・運用、業務執行取締役による執行報告等が最低限行われるはずですから、BM社としても、もっと早い時点で自浄作用を発揮することができたと考えられます(わずか売上の2%を上げる部門の不祥事だったので知らなかった、という抗弁もたたないはず)。

ところで公開会社以外の大会社にも監査役会を設置すべき、となりますと実際、日本にどれくらいの大会社が存在するのか気になります。現在、監査役会の設置義務がない「会社法上の大会社」はどれくらいの数なのでしょうか?上場会社や有価証券報告書提出会社(金商法上の開示義務のある会社)は4200社くらい、それ以外の「ほぼ公開会社ではないといえる大会社」は推計10,000社程度ということのようですから(たとえばこちらの経産省資料の数値を参考にしています)、日本全国で1万社くらいの大会社を新たに監査役会設置会社とすべき、ということになります。会社法上の「大会社」の規模ですから、外部から社外役員を招へいしたとしても、そのコストくらいは賄えるのではないでしょうか。エンフォースメントとしても、「100万円以下の過料」程度の緩めとなるかもしれませんが、違法状態の放置によって実際に不祥事が発生した場合、社長をはじめ役員に損害賠償責任が認められやすくなる環境を整えることで義務履行の実効性を担保すればよいと考えます。資本金とは異なり「負債200億円以上」という要件は、事業活動においてかなり流動的ですが、一度でも200億円を超えた場合には少なくとも翌年度より4年程度は監査役会を設置しなければならない、といったルールで対応すべきではないかと。

そもそも「大会社」に設置義務のある会計監査人すら設置されていない会社が多い中での法改正にどこまで実効性があるのか、という疑問はありますが、国民による被害回復が困難な事態だけは避けなければならないはず(今回のような事案で10月から施行される改正消費者裁判手続特例法の適用があればよいのですが「支配性」の要件該当性を認めることはハードルが高いと思われます)。最近は社外取締役さんばかりに関心が向けられていますが、「守りのガバナンス」の主役となる社外監査役さんにも少しは光が当てられるような会社法改正にも期待いたします。

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2023年7月18日 (火)

東証・不祥事予防のプリンシプルとビッグモーター事案への対応

(7月18日午後 更新)

ずいぶんと前から東洋経済さんが報じていたビッグモーター社(BM社)の自動車保険不正請求事件ですが、ここへきてマスコミ各社が報じるようになりました。外部へ公表されていない調査委員会報告書の中身もちらほら報じられています。たとえば7月17日の時事通信ニュースによると

中古車販売大手ビッグモーター(東京)が事故車両の修理による収益として工場に1台当たり14万円前後のノルマを課していたことが17日、分かった。作業は多くの未経験者や見よう見まねで働く外国人が担っていたことも判明。

とのことで、かなり戦慄を覚える内容です。しかしBM社自身は非上場会社ということで調査報告書も公表せず、記者会見もなしとの経営判断のようです。BM社はあいかわらずラジオCM等は元気に流しており、コアな顧客の皆様にとってはあまり影響はないのかもしれません。

ところで私として興味を持つのはBM社に保険契約の代理を依頼したり、修理を依頼している大手損保の動向です。SOMPOホールディングス社をはじめ、東京海上HD社や三井住友海上の親会社であるMS&AD社などは、東証の企業不祥事予防のプリンシプル(2018年2月公表)に沿った行動は意識されているのでしょうか。プリンシプルの原則6は

業務委託先や仕入れ先・販売先などで問題が発生した場合においても、サプライチェーンにおける当事者としての役割を意識し、それに見合った責務を果たすよう努める

とあります。BM社が非上場会社であり、保険契約者がどれほどの損失を受けたのか公表もされないとなれば、BM社に代わってサプライチェーンのトップである各損保会社(またはその上場親会社)が保険契約者に真相を説明することこそ「それに見合った責務」となるのではないでしょうか。また、再発防止策が確実に実施されるかどうか、その監視の役割も果たすことで不祥事の予防を図ることも必要かと。

大手損保会社はBM社に対して更なる調査を求める、ということのようですが、この不祥事予防のプリンシプルを意識した対応となるのか、それとも各社の責任回避に向けたリスクマネジメントとしての対応にとどまるのか、かなり注目をしておきたいと思います。

なお、本日(7月18日)の各種報道によるとBM社の社長さんが報酬1年間分を返上する方針であること、さらに国交省が「道路運送車両法違反の事実があるかどうか、今後ヒアリングを行う」(大臣会見)ことが報じられています。いずれにせよ事実関係が明らかにならなければ解決にはならないわけでして、個人の責任問題よりも、組織の構造的な不備について光をあててほしいですね。

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2023年7月 6日 (木)

株式の流動性向上と株主提案の増加-空港施設、ツルハの事例に思う

社長の再任否決で揺れる空港施設社ですが、7月3日付けにて同社指名委員会の構成員を務める社外監査役の方が辞任されたそうです。「一身上の都合」とのことですが、私と同業者であり、またコンプライアンス経営にも詳しい方だったので、今回の再任否決劇についてはかなり悩まれたのではないでしょうか。5月9日付け「第三者委員会-根本原因の解明と『企業の深い闇』」では、第三者委員会の調査には「深い闇」の存在によって限界があることを述べましたが、今回も外部からは計り知れない深い闇が横たわっているのではないかと想像せずにはいられません。

さて、こういった事案に触れますと「ガバナンスの機能が発揮されなかったのではないか」と推察してしまうのですが、やはり安定株主が42%を保有しているという空港施設社の株主構成はいかんともしがたく、深い闇は闇のままでそのまま残り続けるのでしょうね(ちなみに5日に公表された臨時報告書によると、前社長の再任否決の比率は76%だったので、他の株主も社長再任否決は既定路線だったのかもしれません)。少数株主がどんなに頑張ってもガバナンス問題を改善するための提案が通るものではない、ということです。

たとえば8月に定時株主総会が開催されるツルハホールディングス社に対して、オアシスがガバナンス改善の提案をしています(たいへん長いですが、投資家向けのこちらのプレゼンは読みごたえがあります)。ツルハ社のケースでは、創業家の株式保有比率が8%程度であり、流動性の高い株式が多数存在することから、このような株主提案が熱心になされるものと思われます。空港施設社の事例、ツルハホールディングスの事例を比べますと、企業として株主を選べたらどんなに良いか・・・と経営陣が思うのも無理はないのでは。日本の上場会社のトレンドとして政策保有株式を減縮する方向にありますが、流動性の高い株主が増えることが株主提案の増加につながることは否めない事実です。

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2023年7月 4日 (火)

トヨタグループの内部通報制度の本気度はいかに

この1年、トヨタグループの日野自動車、ダイハツ、豊田自動織機、愛知製鋼で大規模な品質不正・性能不正事案が発覚しました。これらの不祥事を受けて、トヨタ自動車はグループ会社・取引先220社、合計30万人にグループ内部通報制度を設置するそうです。「オールトヨタスピークアップ窓口」なる名称だそうです(たとえば日刊工業新聞ニュースはこちらです)。

品質不正や会計不正に関する通報が当該窓口に届いた場合には、トヨタ自動車サイドで調査を行うということですが、グループ会社としては覚悟しておかなければいけませんね。改正公益通報者保護法によって過料等の行政罰の対象となる事実も「公益通報対象事実」に該当するようになりましたので、グループ会社における品質不正もトヨタ自動車への通報は「内部公益通報」となる可能性が高いと思われます(トヨタ自動車が自ら他社の調査を行うにあたり、トヨタ自動車とグループ会社との取り決めがどのようになっているのか興味深いところです)。トヨタ自動車に不正が疑われる自社の問題を通報したとしても、またその「疑い」が真実でなかったとしても、当該通報社員は自社から不利益を受けない、ということになるのでしょう。もっと言えばトヨタ自動車はグループ会社社員の誰が通報したのか、その通報者の秘密を厳守することになると思います。

ここまで大規模な通報制度は、おそらく日本郵政グループの制度を超えて、日本で最も大きな窓口ということになるのでしょうね。イビデン最高裁判決の影響はトヨタ自動車グループ通報制度にも及ぶはずなので(ハラスメント案件と品質不正案件や会計不正案件とは異なりますが)、グループ会社や取引先の社員とトヨタ自動車との間で、通報対応義務が信義則上発生する可能性もあります。そのようなことは当然承知のうえで運用を開始するはずですから、トヨタ自動車として、グループ全体、いやサプライチェーン全体のコンプライアンス経営を推進する「本気度」が示されているようです。実際に運営されるとなれば、さまざまな課題も浮かび上がると思いますので、ぜひとも運営状況についても知りたいところです。

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