« 東京海上日動、ジャニーズ事務所との広告契約の更新を停止(ビジネスと人権の視点) | トップページ | ビッグモーター事案-損保ジャパンの親会社責任を認めるのは難しいのでは? »

2023年9月11日 (月)

ジャニーズ事務所問題-サントリー、日本生命、日産もタレント広告使用を見送りへ(ビジネスと人権の視点)

(9月12日13時20分追記あり)(9月12日16時追記あり)

中古車大手の上場会社ネクステージ社も、社長さんが辞任された、とのこと(ネクステージ社は第三者委員会は設置せずにどう危機管理をされるのでしょうか?)。いろいろとブログで書きたい事件がありますが、やはりジャニーズ事務所問題を取り上げます。8月30日のこちらのエントリー以来、当ブログでは企業のESG経営の一環である「ビジネスと人権」への対応に焦点を当てて、ジャニーズ事務所問題を取り扱ってきました。そして東京海上日動社の「ジャニーズ事務所とは新たな契約はしない」旨の宣言以降、多くの企業から宣言が出されています。予想どおり、各社の対応は分かれていますね。

サステナビリティ開示が求められる中で、自社のESG方針に則って「ジャニーズ事務所とのタレント広告に関する契約を解除、もしくは(条件付きも含めて)将来的に新たな契約は締結しない」と宣言している企業は東京海上、日航、アサヒ、キリンと報じられていましたが、本日、サントリーホールディングス、日本生命も同様の宣言に至っています(たとえばこちらのニュース)。また、ロート製薬、大正製薬、日産※、コーセー、日清オイリオ、サッポロホールディングスのように「(当面は続けるが)検討中」との企業も多数あります。さらにモスフードサービスや大阪市のように「契約解除は検討していない。いかなる性加害も許されない。今後については、被害者救済と再発防止の実施状況を確認しながら適切に対応する」「タレントは誇りを持って活動を続けており、一緒に大阪を盛り上げていきたい」と宣言する企業、自治体もあります。

(追記:9月11日21時の日経ニュースでは、日産が今後のジャニーズ事務所所属タレントとの契約は見送る旨、公表しています。現在出演中の大物タレントとの契約は継続し、満了時にまた検討する、とのこと)

契約解除もしくは新たな契約見送りを宣言している企業については「ビジネスと人権」に関する自社の取組みとの齟齬は生じないので、その本気度について議論する余地はないと思います(アサヒグループホールディングスのトップの方が朝日新聞のインタビューに答えておられますが、まさにこのとおりかと-アサヒ社長「ジャニーズ起用継続すれば人権侵害に寛容ということに」)。

一方「検討中」の企業および「今後も継続する」という企業については、現時点では何も理由を示していないのが残念です。所属タレントには(不利益を甘受すべき)問題はないのであり、ファンのためにも広告として使用したい気持ちはみな同じです。ただ、理由として示さないといけないのは「(契約を継続することで)児童虐待を容認してきた企業の収益にこれからも寄与することが、自社の掲げた企業行動規範となぜ矛盾しないのか。世界的には『児童虐待を容認する企業』と指摘されるリスクに対して、将来的にどう反論するのか」という点です。ESG経営を標榜していることの「本気度」は、このような疑問にどう正当な理由を示すのかということに尽きると思います。

ちなみにジャニーズ事務所のビジネスモデルは単純なタレントプロモーションとは言えないですよね。小学校低学年からjuniorとして育成して、そこから素質ある者を選抜してデビューさせるというビジネスモデルです。これからも児童との接触は切っても切れないわけですから、再発防止策はかなりむずかしい提言になるのでは。そこを取引企業はどう考えるのでしょうか。

前のエントリーでも書きましたが、私は企業によって判断が分かれることはサステナビリティ開示にとっては良いことだと思っていますが、単純に横並びで他社の様子をうかがって、世間の空気に従うようではもはやどんなに立派なESG開示情報を並べていても、投資家やステークホルダーからは「自社の利益のためには噓八百並べても平気な企業」と冷静に評価されるだけに終わってしまうと思います。たとえば検討中、契約継続を選択している企業であれば、①どのようなガバナンス、再発防止策、被害者救済が外から判断できた場合には契約継続(もしくは解消)となるのか(具体的な判断基準の開示)、②判断基準を明確に開示できないのであれば、自社による監査・調査権限の行使を主張して、ジャニーズ事務所にこれを承諾させることができるか(米国ではよく取引相手方への監査のために公認不正検査士が活用される場面)、③ジャニーズ事務所を経由せずに、自社と(事業主としての)タレントとの契約を締結できるか、というあたりを模索して自社の企業行動規範との整合性を検討する必要があるのではないでしょうか。

9月12日13時20分追記:本日もマクドナルド、第一三共が「事務所との新たな契約はしない」という方針を開示しています。検討中とされていた企業が、やはり人権方針の徹底を示したものと思われます。

9月12日16時追記:これまで「検討中」としていた花王も、いよいよ「可及的速やかに広告契約を中止します」とのこと。ただし事務所との契約は継続して、今後の事務所の対応を見守るとのこと。なお資生堂は会見以前に早々に「特定のジャニーズタレント広告起用の予定白紙撤回」を表明していました。カネボウ化粧品、コーセーはどうされるのでしょうか?

※ ちなみに9月7日時点でジャニーズ事務所の所属タレントが広告出演している企業は127社もあるのですね(福島県、大阪観光局含む)。まだまだ方針を表明している企業は少なく、大手企業でも様子見をしているところが多いようです。私の個人的な意見は、「契約解消」「契約継続」いずれについても、きちんと理由を述べて開示している企業はESG経営の本気度が高い、様子見の会社は「なんちゃってESG」の可能性がある、あるいは営業部門とコンプライアンス部門との力関係のバランスが崩壊している、というところです。すでに機関投資家は私以上に敏感にそのあたりを検証している模様です。サステナビリティ開示はこういった場合にたいへん有用、ということでしょうか。

|

« 東京海上日動、ジャニーズ事務所との広告契約の更新を停止(ビジネスと人権の視点) | トップページ | ビッグモーター事案-損保ジャパンの親会社責任を認めるのは難しいのでは? »

コメント

山口先生へ 
ご無沙汰しております。サンダースです。エンターテイメント法にも疎いのですが、先々月に番宣で来日するはずだったトムクルーズさんが自国のストで日本に来られなくなったと記憶しています。もし、現在N H Kや民法の各社の表明しているスタンスが外国のエンターテイナーや監督の発言力のある方から「国内のあらゆるメディア」にNOと突きつけられた場合はどうなるのだろうか?全米からヨーロッパに飛び火して日本が後手に対応することになれば、世界基準の条件を突きつけられて後味の悪い結果になるよねと心配しております。
来年のパリオリンピックは、日本で観戦をすることは無理でしょうか?放送局は放映権料だけはアグリーメント(契約書)通りに支払い、配信は外圧から無理よなんてことはありませんよね?余計な胸騒ぎであればいいのですが。

投稿: サンダース | 2023年9月11日 (月) 22時26分

サステナビリティ開示は現状のように、すでに「山が動いた」後は有効なのかもしれません。
ただ、「山を動かす」には結局外圧(BBCによる報道、国連機関の介入)しかないのかと印象付けられました。日本ではソフトロー(CGC)、ハードロー(公益通報者保護法)の両面からの取り組みが進んだものの、実効性にハテナがあることが露見したような気がしています。

投稿: unknown1 | 2023年9月13日 (水) 14時02分

サンダースさん、ご意見ありがとうございます。BTSの世界的な成功を見れば、日本のエンターテインメントも海外に進出することが求められるということかと。しかし、こういった事件が明らかになると、大きなハンディを背負うことにはなると思います。

unknownさん、コメントありがとうございます。なるほど、おっしゃるとおりかもしれません。オリンパス事件(会計不正)も海外メディアが動かなければ大きな事件にはなりませんでした。開示そのものが実効性につながるための十分条件にはなりえないですね。

投稿: toshi | 2023年9月13日 (水) 14時29分

元花王/現KADOKAWA社外取締役の杉山です。ご無沙汰しています。

今日の朝日新聞Webの記事です。
https://www.asahi.com/articles/ASR9F675SR9FULFA00D.html

このPG社長は、欧米の倫理対応の一つの見識、すなわち逃げるのではなくステークホルダーとして監視していく、を代表していると思いますが、山口さんの意見を是非お聞きしたく。

投稿: 杉山忠昭 Ted SUGIYAMA (Mr.) | 2023年9月14日 (木) 16時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 東京海上日動、ジャニーズ事務所との広告契約の更新を停止(ビジネスと人権の視点) | トップページ | ビッグモーター事案-損保ジャパンの親会社責任を認めるのは難しいのでは? »