日本の「モノづくり企業」にご提案-不祥事シミュレーションのススメ
1月30日のトヨタ自動車会長の会見は衝撃的でした。トヨタグループ創始者が自動織機会社を開設したのが1926年、つまり100周年直前の不祥事です。その源流企業で「絶対あってはならない不正(豊田会長)」が起きたのですから、神妙な会見になるのは当然かもしれません。豊田自動織機が設置した外部調査委員会の報告書が公表された後、直ちに国交省の立入検査が行われましたが、さて、他社事例と同様、さらなる品質不正が出てくるかどうか。トヨタグループ関係者にとってはグループの誇りにかけて出てこないことを祈っておられることでしょう。
さて、私がガバナンスレビュー委員会委員長を務めた三菱電機も含めて、最近は多くの著名企業で品質不正事件が発覚しておりますが、判で押したように「根本原因」として「経営陣と現場社員との断絶」が指摘されています(「経営陣は知らなかった」との結論が正しいとすれば、情報共有に関する内部統制に欠陥があったと言わざるを得ないですね)。しかし不正発覚の端緒が内部告発、海外当局による指摘、もしくは取引先からの調査要請とされているケースが多いので(本気で調査をすれば発見できるのですから)結局のところ「実は経営陣も薄々わかっていました」または「当社でも品質不正は起こり得る、といった想像力の欠如」のどちらかの問題ではないでしょうか。
天下のトヨタグループでも(販売系列店の車検不正を除き)、系列メーカー4社で品質不正が次々と発覚したわけですから、もはや他の大手「モノづくり企業」でも同様の不正が社内で脈々と続いている、誠実な経営者のもとでも品質不正は不可避である、と考えておいたほうがよさそうです。かつて上場会社の不祥事は「きちんと経営責任をとって再発防止策を粛々と進めていれば、半年くらいで株価は元に戻る」と考えておりましたが、最近は業績にも重大な影響を及ぼし、行政との信頼関係をも裏切ることで競争条件にもハンデをもらってしまう場面が増えました。したがって「経営陣と現場との断絶」を少なくとも品質不正との関係では解消するための施策を練る必要があるように思えます。
ただ、ここで立ち止まって考えてみてください。「経営陣と現場との断絶」って、そんなに簡単に解消できますか?少なくとも日本企業の中間管理層は中長期の経営計画の達成に向けて果たすべき課題が多い。業績向上のために目いっぱい働いて、そのうえで経営陣と現場との「橋渡し」をやれというのはあまりにも酷では?もちろん断絶解消に必要な人的物的資源が豊富な会社であれば対策を打つのが理想ですが、私は「断絶」があることを前提としたうえでの不祥事防止、危機管理のほうが現実的ではないかと思います。なお「不正をやりたくてもできないシステムを導入すればよいではないか」とのご意見もあるかもしれませんが、このたびの豊田自動織機におけるディーゼルエンジンの認証不正問題などをみると万全とは言えないですし、これも資源が豊富でなければ導入は困難かと。
ということで「社内研修のタブー」ともいわれている「社長のセクハラ・パワハラ対応シミュレーション」と同様、品質不正についても「当社でも不正は起きている」ことを前提としたシミュレーションを取締役、監査担当役員、執行役員クラスを中心に(一同に集まって)研修することを強くお勧めいたします。この研修の最大の目的は「社内における多様な意見に耳を傾ける」「担当者の権限と責任を明確に意識する」、いわゆる「ヨコの内部統制の補完」ということです。日本企業は伝統的に「タテの内部統制」は強固ですが、「ヨコ」は(欧米企業とは異なり職務の権限と責任があいまいなので)とても弱い。ちなみに、たくさんの企業の有事対応に関わってきましたが、マニュアルのない「有事」の世界では(利益相反的立場にあるにもかかわらず)事実上権力を持った人、声の大きい人の意見が尊重される(それ以外の人は声すら上げない)という不文律があり、最も企業の信用を毀損する「二次不祥事」へと突入してしまう残念な事例を経験し、私自身も何の力にもなれずに後悔しております。
「不祥事は当社でも起きる」というフレーズを語るだけでなく実行に移しておけば・・・といった反省から、各役員の有事における役割を明確にして、目線を合わせるためには「企業不祥事シミュレーション」がとても有効です。首都圏には企業の危機管理に強い弁護士やコンサルタント会社が多いので、実際に危機管理を経験されている方々にストーリー作りや監修を依頼されてみてはいかがでしょうか。実は企業の事業推進のキモであると同時に不正リスクの元凶ともなるような「組織の深い闇」が理想的な有事対応を邪魔しているのでは・・・といった発見もあるかもしれません(だから社外取締役には報道発表の直前まで情報を伝えなかった、とか)。その結果として、奥歯に物が挟まったような社内調査から解放され、外部第三者調査に匹敵するような社内調査、つまり自浄作用を発揮することにつながります。有事にステイクホルダーを味方につけることができるか(行政も含めて火消しに回ってもらえます)、それとも池に落ちた犬を棒でたたくかのように敵に回してしまうか、その正念場は「自浄作用を発揮したか」どうかにかかってきます。
初めから100点満点の危機対応ができる企業などほとんどありません(今まで100点満点を見たのは1回だけ、某社カリスマ創業者くらいです)。何度も失敗を重ねて、反省をして、ようやく何度目かに合格最低点60点の危機対応ができるようになります(私も後から振り返ってみると、この「合格最低点」くらいしかお手伝いできていないと思います)。でもその「合格最低点」によって新聞にも文春にも掲載されずに自浄作用を発揮して命拾いをした企業をたくさん知っています(危機管理を専門とする弁護士の強みはここにありまして、「守秘義務」の関係で成功例をお話できないところにアドバンテージがあります。皆様がよく知っている企業不祥事は、様々な要因によって残念ながら発覚してしまったものです)。
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