適時開示からみた監査法人の交代理由-日本企業の非財務情報開示の「深い闇」
もう15年ほど前に、こちらの「ふしぎな開示研究会」でご一緒させていただいた鈴木広樹先生(公認会計士、事業創造大学院大学教授)が、またまた私好みのマニアックな書籍を上梓されましたので、さっそく入手しました。「また」と申し上げたのは、2013年に「検証-裏口上場 不適当合併等の事例研究」を執筆され、上場会社の適時開示から日本企業の深い闇を垣間見る鈴木先生のスタンスがとても印象深かったからです。そのスタンスは変わらず、今回は「適時開示からみた監査法人の交代理由」(鈴木広樹著 清文社 2024年4月5日初版 3,200円税別)なる新刊書が発売されました。
いやいや期待に違わぬ面白さです。なんで「監査法人の交代理由」に関する適時開示がおもしろいのか、たかが会計監査人の交代理由の開示情報にすぎないではないか、と言ってしまえばそれまでです。ただ、一見開示規制に対する誠実な姿勢が窺がわれる日本の上場企業ではありますが、実は不都合な真実への「なんちゃって開示」にひそむ刹那的な人間模様が垣間見えるのであります。まさに副題のとおり「日本企業の開示姿勢を検証する」ところに本書の面白さがあります。
著者は(交代理由の開示規制が厳格化した)2019年から2022年までの730件余りの「監査法人の交代理由」に関する開示例を分析して、そこに日本企業が自分の会社をよく見せたいときに「ついついやってしまう」開示姿勢の傾向を見出しています。著者も(そして私も)そのような「なんちゃって開示」を非難したり揶揄するつもりはなく、悲しいかなそれが日本企業の哀愁漂う「開示規制に向き合う性(さが)」だと思うのです。「これまでは大手監査法人でしたが、監査の品質を向上させるための報酬値上げを要求され、ちょっとお高いので、たとえ品質は落ちても(ウチの会社に見合った)報酬の安い中小の監査法人にしました。たぶん、大手監査法人さんも、ウチとは(不正リスクを考えると)縁を切りたいので高くふっかけてきたと思います」とは口が裂けても言えない。いろいろ腐心して交代理由を説明するのですが、そうなると矛盾したり違和感を覚える表現になってしまうのですよね。
2023年から「ガバナンス改革2.0」が始まり、非財務情報の開示がますます要請される時代となりました。そこにはおそらく「会社をできるだけよく見せたい」との思いから、かなり虚偽情報も混じることになるのでしょう。しかし非財務情報の虚偽記載はその真偽が明らかにはなりにくいことから、(よほどの告訴や内部告発がないかぎり)行政処分や刑事処分の対象になることも少ないと思います。つまり、非財務情報を利用する人たちにとっては、その真偽を自己責任で判断しなければならない。本書の切り口は「監査法人の交代理由」ではありますが、こういった非財務情報開示への企業の姿勢を、いくつかのパターンで理解することが参考になります。
上場会社と監査法人(会計監査人)との「微妙な距離感」は、昨年にもニデック違法配当事案やいなげや決算訂正事案等にもみられましたが、なんとなく深い沼に沈んでしまいました。私はこういった日本企業の「深い闇」が大好きなので(笑)、思わず本書を手に取ってしまいましたが、監査法人の皆様や、非財務情報開示に携わる企業実務家の皆様にも楽しくお読みいただけるのではないかと。
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