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2024年4月22日 (月)

小林製薬紅麴問題とガバナンス-いつから「有事」だったのか?

4月21日の日経ニュースが「小林製薬が製造した紅麹(こうじ)原料を含む機能性表示食品の健康被害問題で、原料から当初の想定外の化学物質が検出され、原因究明は長期化の様相だ」と報じているように、小林製薬の紅麴問題は、本当に「紅麹」問題なのかどうか、かなり疑わしい状況になっています。健康被害が重大な状況ではあるものの、その原因が不明ということで、マスコミ報道もかなり難しい局面を迎えています。

そうなると、批判の矛先が向けられるのが「コーポレートガバナンス」ですね。早速、21日深夜の読売新聞ニュースでは「小林製薬紅麹問題、社外取締役への報告は社長報告から43日後…コーポレートガバナンスに課題」なる見出しで、大阪市長のコメントなども踏まえて同社のガバナンス不全が健康被害拡大と因果関係がある(その可能性がある)かのような報道がなされています。

私も3月22日時点(公表時点)では、ガバナンス上の問題についていろいろと考えていたのですが、報道されている情報に触れたり、自身が関与した過去の同種事案をふりかえる中で「そもそも、いつから小林製薬の有事が始まったのだろうか」という点をまず議論すべきと思い至りました。といいますのも、社外取締役や同社の監査役会の活動に期待される行動というのは、同社が有事に至った時点からの行動だからであります。有事だからこそ情報の共有が必要であり、非業務執行役員が前面に出る必要がある、と考えます。先日ご紹介した東洋ゴム工業(現TOYO TIRE社)株主代表訴訟地裁判決でも、役員の責任根拠は平時の内部統制構築義務違反ではなく、有事の出荷停止措置義務違反、公表義務違反の事実です。

ブログで詳しくは書きませんが、メディア情報を集約して考えた場合、私自身は小林製薬の社内で今回の健康被害状況が「有事」と判断できたのは、おそらく社外取締役に事実を報告した3月20日、つまり最初に医師から連絡が届いた1月15日から約2か月が経過した頃ではないかと推測しています。これまでも、小林製薬は長年にわたって、医師からの健康被害情報への対処を継続しているのであり、これに真摯に対応してきたわけですから、1月15日から2月1日にかけて3例の症例報告が届いた場面においても、いつもの医師からの情報提供と変わりなく、これに担当部署が誠意をもって対応すればよいと考えていたことが推測されます。

ただ、通常は①健康被害者の特異体質の問題なのか、②使用にあたっての異物混入の問題なのか、③対象商品の不具合の問題なのか、おおよその原因究明によって判明するわけですが、今回はそれがなかなかわからない。機能性表示食品ガイドラインには「因果関係があることの蓋然性が高いと判断した場合は報告すべき」と記載されているのですが、その「蓋然性」判定まで時間を要したので報告も遅延した。そのような中でようやく3月18日あたりで「原因は不明だが、特定のロットに含まれていた商品を服用した人たちだけが健康被害を訴えている」ことを突き止めて、いよいよ有事意識が高まった(つまり取締役会に報告すべきと考えた)と理解しています。したがって、小林製薬のガバナンスが機能していたか、いなかったのか、という議論をするのであれば、3月18日以前の様子よりも、同日以降の社内の様子をよく見極めることが前提だと思います。

もちろん「空白の2か月」を解明して、小林製薬のガバナンスの問題を批判したいという気持ちは(健康被害の重大性に鑑みて)よく理解できます。しかしそこに批判が集まるとなれば、それは平時の内部統制構築の問題です。そうなると、機能性表示食品問題だけでなく、医薬品の安全性問題とか品質不正とかリコール問題とか日本のメーカー全体の「リスクマネジメントの在り方」に影響が及び、サプライチェーンを含めて、これに対処するための社会コストは膨大なものになってしまうと思います(その社会コストは誰が負担するのか?といった問題もあります)。ということで、小林製薬の紅麴問題から同社のガバナンスや内部統制の不備を指摘するのであれば、かなり冷静に判断する必要があるのではないでしょうか。

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コメント

(ご挨拶)いつも当ブログ楽しみにしています。鋭い視点で課題を明確にしていただき参考なります。監査役協会でもご講演を拝聴し要注目と思っていました。
(自己紹介)大和証券グループ本社の監査委員会室長を7年、子会社で内部監査を4年担い、この3月で退任。4月から社外取締役サポート(株)という会社を起業し活動を始めようとしています。
(現状判断)小林製薬の公表・製品回収の判断は、「原因は特定されていない」が「被害報告の時期・量・医師の判断などからかなり疑わしい」と評価したからだと思います。なので、先生のコメント通り〔公表=公的機関に報告=社外取締役へ報告〕した時点が「有事を認識」した時点だと思います。
(評価)社外取締役への報告は、もう少し早くすべきだったと思います。〔社外取締役への報告は緊急事態と認識した時点(有事)ではなく、一定以上の手間をかける調査を開始した時点(有事のおそれ≒インシデント)とすべきだと思います。〕医師等からの被害報告の後、危惧された「シトリニン」は検出されていない、などの報道(日経)から、医師からの報告を受けて社内で「一定以上の調査を行うべき」という判断を「責任者」が行っていたと推測されます。それなりのコストをかけて調査する以上、権限を持ったマネジメントまで報告が上がり判断を行っていたはずです。不祥事案に対するガバナンスとしては、この「責任者の判断」「マネジメントへの報告」と同時に監査役員にも報告すべきだったと思います。常勤の監査役員が情報を得てからそれを社外取締役にいつ、どう伝えるかは難しいところですが、「まだ確証はないが被害が出ている可能性」を伝えるのは日常業務だと思います。
(感想)原因物質も特定されていない中で、当初危惧した物質も発見されず、その後も被害相談・報告が相次ぎ、という状況で小林製薬の判断はかなりの英断だった可能性があります。「英断」かどうかは、この2か月間の被害情報、分析・検証作業、トップを含むマネジメント指示のほか、公表されていない「何かまずい」と判断したネタが他になかったか、が明らかになると参考になると思っています。一方、マスコミは、この「まずい」と判断した「何か」があるのではないか、と疑って報道が加熱していた面があると思います。そうだとすると開示・対外説明にもう少し工夫が必要だったかもしれません。

投稿: 柳澤達維 | 2024年4月22日 (月) 17時40分

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