株主エンゲージメントの活性化と金商法上の「重要な事項」の解釈(追記あり)
(追記:梅本先生のブログへのリンクを貼っておきました)
大谷翔平選手の元通訳であるM氏の証言は以前からよくわからないところがありますね。(M氏が24億円を窃取していたとされる)3年もの間、大谷選手が委託していた会計士に、M氏は「大谷氏は口座を会計士に開示することを望んでいない。」との要望があり、「利息や贈与の事実はなかった」とのM氏の報告だけで、それ以上に会計士は口座を確認していなかった、という証言は本当でしょうか?大谷氏との委託契約がどのようなものであれ、会計士は受託された業務のために口座を確認するのが最低限の役目ですので、会計士が口座を確認していなかったということはあり得ないと思うのですが(ドジャースからの報酬が入金されていた口座ですからプライベートな口座とは言えないはず)。おそらく日本中の人たちが「公認会計士の仕事って、その程度のもの」と理解しますよ、きっと。以下本題です。
調査委員会が終わったら、ぜひ触れておきたいと思っていたのが金商法197条1項1号の虚偽有価証券報告書提出罪の「重要な事項につき虚偽の記載のあるものを提出した者」における「重要な事項」とは何をさすのか・・・という法律上の論点です。有価証券報告書によって開示された非財務情報(とりわけサステナビリティ開示)が、いよいよ第三者保証の対象となるか・・・という時期において、この非財務情報の正確性はどういったエンフォースメントによって担保されるのか、という問題です。
4月15日の日経ビジネス「増える開示規制、NGO批判、ESG訴訟 法務と連携し、勇み足防ぐ」でも「サステナビリティ(非財務)情報の開示拡充が喫緊の課題になっている」として、①サステナビリティ情報の開示義務化でリスクが増大、②根拠があいまいな開示は訴訟や批判の的になる危険、③開示の信頼性向上に法務部門との連携強化が不可欠等と指摘されています。当ブログは「人の褌で相撲を取るのはご法度」という暗黙のルールがあるのですが(私が勝手に作ったルールですが)、甲南大学の梅本教授のブログに感化されて本件について備忘録として記しておきます。
梅本先生のブログでご紹介されていた証研レポート最新号のご論稿はこちらですね。梅本先生は上記ブログにおいて
有価証券報告書など法定開示書類に記載される事項は投資判断にとって重要と考えられる事項です。ここで念頭においている重要性は,抽象的・一般的な重要性といってよいでしょう。これに対して民刑事責任や課徴金で要件となっている「重要な事項」とは,当該虚偽記載が投資判断に影響を与えたか否かを問うもので,具体的な重要性を指しています。条文において「重要な事項」という同じ文言を使っていても,異なる2つの意味がある,という理解が重要です。
と述べられていますが、その理論的根拠(条文解釈)が上記ご論稿で示されています(24頁)。抽象的重要性と具体的重要性という区別はあまり意識していなかったのですが、よくよく考えてみると、たしかに梅本教授のおっしゃるとおりかと。私は、あまり理屈にはこだわらず「非財務情報はそもそも株主エンゲージメントの活性化や議決権行使に必要な情報の提供、という意味であり、そこに虚偽記載が含まれて問題になるのであれば経営責任を問われるもの(株式売却、役員交代等)。投資判断に影響を及ぼす定型的に重要な事項のみが法的責任の対象となる」と理解しておりました。金融庁の開示ガイドラインに示された解釈などをざっくりと参考にしています。
機関投資家としても、非財務情報(とりわけ将来予測)の内容が本当に重要だとすれば、その真偽の評価は過去の財務情報の信用性と財務報告内部統制によって判断するのが筋だと思います。そうでも理解しなければ、会社のIR担当者は(ハードロー違反のエンフォースメントに)委縮してしまって「おもしろみのない非財務情報」「金太郎あめの非財務情報(ボイラープレート化?)」ばかりになりそうです。これでは近時の企業統治改革2.0の趣旨は失われますよね。そのあたりのモヤモヤが、梅本先生のご論稿でかなりスッキリしました。
ただ、学者の方々の間でも、裁判実務でも、上記論点はこれまであまり議論されてこなかった、とのこと。うーーーん、でもガバナンス改革が進む中でもっと議論されてもいいのではないでしょうか。ちなみに日産ゴーン氏の役員報酬開示が争点となった裁判(ケリー氏が争っている金商法違反被告事件裁判)では、争点にはなっていないそうです。
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