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2024年6月28日 (金)

読売新聞グループ本社の決算公告が開示されました。

2403_320 定時株主総会関連の業務が続いたため、ご紹介が少し遅くなりましたが、6月22日付けの読売新聞朝刊に「読売新聞グループ本社決算公告」が掲載されました。今年1月5日の「読売新聞グループ本社の決算公告についての素朴な疑問」や同12日の「読売新聞グループ本社、計算書類の開示(決算公告)へ」にて、「天下の読売新聞グループ本社が法令違反とかありえないのでは?」と少々書かせていただきましたが、きちんと会社法違反の状況は是正されたようで、リスペクトを込めてコメントした次第です(お知らせいただいた経済記者の方に御礼申し上げます。なお、著作権に極力配慮したつもりで、解像度を低くして当ブログでも掲載をさせていただきました)。

「軽微な会社法違反」といえば、最近、法務局関連にて登記懈怠による過料通知者が増えているように思います(ご相談案件が確実に増えています)。法文上「100万円以下の過料」のところ、10万円の過料を決定したので、異議なければ1か月から2か月後に届く「納付書」で過料を払ってください、との裁判所からの通知です。経済安全保障政策からなのか、マネロン・反社会的勢力排除の強化からなのか、さらには情報収集の意味なのか、よくわからないところですが、活動実態のない法人が売買対象となっている(あまりよろしくない)現実があるのでしょうね。正確なところは今後司法統計などを調べてみるとおもしろいかもしれません。皆様、ご注意くださいませ。

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パナソニックHDの不正厳罰化方針と「不正調査2.0の時代」

一昨日のエントリーでは「(渦中にある)元大阪地検検事正だった方を社外役員に選任した、および選任予定の上場会社は(逮捕により)どうするのだろう?」と書きましたが、やはり各上場会社の動きは速かったようです。翌日に定時株主総会を控えていた会社は候補者から急遽はずす、という対応となり、逮捕当日に役員に選任した会社は、ご本人からの辞任の意向があったために(これを受けて、代わりに)補欠監査役の方が就任されるそうです。いずれも予想されたとおりですが、とりわけ「ご本人から辞任の意向があった」という点は特筆すべき点かと。

なお、私はといいますと本日(6月27日)、某社定時株主総会のお手伝いをして、個人的には今年の株主総会関連のお仕事は終わりました(昨年6月27日のドキドキ感のあるイベントのような総会に参加することもなく、ほぼ1時間で終了。危機対応とは無縁のまま事務局懇親会でランチをいただいて終わり)。たしか6月総会では91社ほどに株主提案がなされたと報じられていましたが、フタを開けてみると株主提案が(事実上)可決された会社、会社側提案が株主の反対によって否決された会社はほとんどなかったように思います。

さて、朝日新聞ニュース(6月27日)「パナソニックHDが点検で厳罰化方針 子会社の認証不正受け」なる有料記事を読みました。パナソニックHDの子会社が、米国の安全性認証を不正取得していた問題(同不正により、子会社に対する国際規格の認証は次々と取り消されている)を受けて、同HDのトップは、社員が不正を知りながら会社に申告しない場合も処分対象とする「厳罰化」の方針を明らかにしたそうです。いわゆる「見て見ぬふり」も不正として厳しい対応で臨む、とのこと。この「見て見ぬふりも厳罰ルール」は、かなり本気度の高い再発防止策だと私は認識しております。

私の本業である不正調査の実務においても、デジタルフォレンジックス調査によって「不正行為を疑わせる重要メールのccに執行役員が入っていた」「グループチャットのメンバーに某取締役も含まれていた」といった事実が把握されます。このような証拠をもってヒアリングを行いますが「毎日たくさんのメールがccで入ってくるのだから、目を通していないものもある(だから知らなかった)」「内部統制上、私が責任者だから、とりあえず名前だけグループメンバーに入っているにすぎない」と言われてしまえば、なかなか不正行為を認知していたこと(故意)を立証するのはむずかしい。さすがに調査報告書には厳しい判断は書けないですね。

しかし、社内ルールとして「見て見ぬふりも厳罰」ということが周知されるとなれば、役職員自身による自助努力、つまり「見て見ぬふりは許されないことを念頭においた社内コミュニケーションの方法」が浸透するはずです。そのうえで、上記のような疑惑を示すメールがフォレンジックス調査で見つかった場合、執行役員さんや取締役さんのほうで「私はccには入っていたが、知らなかった」もしくは「メールやチャットの内容は読んだが不正ではないと信じるについて合理的な理由があった」ということを示していただかないと「見て見ぬふりをしていた」との判断(事実上の推定)にならざるを得ないように思います。こうなりますと、品質不正事案の不正調査における「組織ぐるみ」「経営者関与」を認定するハードルが低くなりそうです。

デジタルフォレンジックス調査が当たり前の時代となり、そこに「不正を申告しない社員も厳罰に処する」というルールが(文書として)明確になれば、たとえ不祥事は発生したとしても早期発見・早期是正につながるのではないでしょうか。まさに不正調査2.0の時代です。

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2024年6月26日 (水)

定時株主総会前後における社外役員の逮捕-企業の有事対応の視点

元大阪地検検事正であり、企業の危機管理・コンプラ対応でご高名な弁護士の逮捕が6月25日午後にメディアで報じられました(たとえば読売新聞ニュースはこちら)。関西在住の同業者の一人としてたいへん驚きましたが、この方は6月25日の午前中に開催された上場会社A社の定時株主総会において社外監査役として選任されたばかりであり、また来る27日に予定されている上場会社B社の定時株主総会でも社外取締役候補者として選任される予定となっています。

不正行為はこの方が検察官だった時代に起きたものと報じられておりますが、このようなケースにおいてA社、B社はどのような対応をとるのでしょうか。まず27日に再任議案が上程されているB社は早速リリースを出しており

在任中の当社社外役員が逮捕されたことは誠に遺憾であり、お取引先企業様や株主の皆様をはじめ、当社に関係するすべての方々に多大なるご心配とご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。現在事実関係を確認中ではございますが、当社はこの度の事態につきましては厳粛に受け止め、新たな事実関係が明らかになり次第、情報開示いたします。

とのこと。「事実関係を確認中」とのことですが、検察は事件内容を「被害者保護のため」公表しないとしています。ということは被疑者弁護人から確認をとるか、もしくは「弁護人になろうとする者」を派遣することで確認するしか方法はありません。しかも、確認できたとしても自社判断で事実関係は公表できないと思います。とりわけ被疑者が事実関係を否認している場合などは対応がむずかしいですね。なお、この方の所属法律事務所は早々に「オプカウンセル契約を解消いたしました」と公表しており(ずいぶんと早い!)、ご本人と面談をした可能性がありますので、事務所経由で事情を聴いて会社としての対応を検討するのかもしれません。

すでに本日の定時株主総会で選任(こちらも重任)されてしまったA社についてはいまだなんのリリースも出ておりません(6月26日午前0時40分現在)。いくら個人的な犯罪疑惑とはいえ、6年から7年も前の行為ですから、「疑惑を知りながら社外役員に就任してもらっていたわけではない」ということはリリースしておく必要はあるでしょうし、未だ逮捕段階であり、無罪の可能性があるかもしれませんが、(所属法律事務所の判断にならって)辞任を求めることになるのではないかと推測されます(あくまでも個人的な意見です)。なおA社においては監査役会、B社においては監査等委員会としての判断も必要かもしれません。

かつて大手電機メーカーの会長さんによる個人的な不正行為が直後に発覚し、社外役員を務めていた5社すべてにおいて辞任をされた事例がありました。しかし今回は直前の不正行為ではなく、かなり以前の行為が立件されるということなので、任意の捜査も進んでいたのではないかと推測されます。そうであれば、もっと早くに「候補者辞退」とかの協議を会社と行うことはできなかったのでしょうか(せめて、一身上の都合により、といった理由で辞退するとか)。このあたりもよくわからないところです。いずれにしても、有事にあるA社、B社の今後の対応について注目しておきたいと思います。

 

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2024年6月25日 (火)

(追記あり)東証プライム企業は「指名委員会等設置会社」に移行すべきか?

6月24日の「虎に翼」では、いよいよ寅ちゃんが裁判官(特例判事補)として活躍するシーンが出てきましたが、さっそく家裁(家事審判所)における遺言の検認審判の場が舞台となっています。ただ、法律家として若干気になるのが普通の遺言書ではなく「死亡危急時遺言」という(いかにも戦後まもない時期らしい)むずかしい遺言書が出てきちゃったことです。普通の自筆証書遺言だと思って開封してみると「死亡危急時遺言」(昭和22年改正民法976条1項)だったということで、そうなると検認審判は取り下げられて、利害関係人または証人から「遺言確認審判の申立て」(同条2項 遺言内容が本人の真意によるものかどうか確認する手続)がなされ、確認後に再度検認審判申立という流れになるはずです。もちろん真意であることが確認されただけであり、別途遺言無効を争うことは可能です。「検認」と「確認」は別手続ですが、明日以降、このあたりの流れがきちんとドラマで示されるのかどうか、どうしても気になります(^^;)。以下本題。

さて、6月21日に閣議決定された「骨太方針2024」と「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」は、経団連でも歓迎する旨のスピーチが出ておりましたが、そのうち「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂案」では「.資産運用立国の推進 1.資産運用立国実現プランの実行」として、企業および投資家に対して「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラムのさらなる実践を求める」とされています。とりわけ、コーポレートガバナンス改革については「指名委員会等設置会社制度の運用実態の検証と改善検討を含め、継続して進める。」との記述がありました。

ちょっと気になる文言は、この「指名委員会等設置会社制度の運用実態の検証と改善検討」という部分です。これまで公的機関において、そのような検討についてはされていなかったように思うのですが、ひょっとして東証プライム企業には、今後(証券取引所ルールの改定によって)「指名委員会等設置会社への移行を求める可能性がある」ということでしょうか。

たしかに東証プライム企業の9割以上は任意の指名・報酬諮問委員会を設定しており、また複数の独立社外取締役(3分の1以上)を選任済みです。実際、3名から4名以上の社外取締役が存在するモニタリング型の取締役会を設置し、重要な業務執行権限を執行担当者に移譲している企業も多いので指名委員会等設置会社に移行するための「素地」は出来上がりつつあります。一方、監査等委員会設置会社においては、1500社を超える上場会社が移行したものの、いわゆる「監査等委員会の経営評価機能(個別取締役の指名および報酬に関する意見形成、意見陳述権の行使)」はほぼ機能していないというのが現実です。したがって東証プライム上場会社に限って指名委員会等設置会社への移行を促すということもあり得るのではと。

(6月25日追記)なお、事情に精通している某氏からご連絡を受けまして、「指名委員会等設置会社制度の運用実態検証、改善検討」の真意は、むしろ「使い勝手が悪い」ということが指摘されていることへの検証が中心、とのことのようです。したがって、直接的に東証プライム企業を指名委員会等設置会社に移行させよう、との推測は「はずれ」かもしれません。念のため。

昨年12月時点で指名委員会等設置会社は合計92社(プライム78社、スタンダード11社、グロース3社)ということで数はここ20年ほど全く増えていないにもかかわらず、平成26年会社法改正で誕生した「監査等委員会設置会社」へ移行した上場会社が1500社を超えているのは、ガバナンス改革に積極的な「フリ」ができる、つまり監査等委員会設置会社であれば構築可能な「なんちゃってモニタリングモデル」が、指名委員会等設置会社では構築できない、という事情があるからだと思います。法定の指名委員会、報酬委員会は過半数が社外取締役で構成されますので、企業としては移行することで「最後の砦」を社外取締役が多くを占める取締役会に明け渡すということになります。しかし、これぞ「取締役会改革の実質化」の姿ですし、次のアクションプログラムが目指す方向かもしれません。

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2024年6月24日 (月)

鹿児島県警前部長のマスコミ情報提供は「公益通報」か?

6月22日の毎日新聞朝刊(東京版 社会面)に「鹿児島県警前部長を起訴-内部情報漏えいか公益通報か」なる記事が掲載されています。事件内容についてはこちらの毎日新聞有料記事をご覧いただきたいのですが、「隠ぺいを指示した」との疑念をもたれた鹿児島県警本部長は会見で指示した事実を否定し、内部情報をメディアに情報提供した前部長の行為については「公益通報にはあたらないと判断した」と述べていました。

この点、すでにメディアを中心に「メディアへの情報提供は公益通報にあたるのではないか」との議論がなされていますので、すこしだけ個人的な意見を述べさせていただきます。

公益通報者保護法は労働者だけでなく「公務員」(退職して1年未満の元公務員も含む)にも適用される、という建付けになっています。その前提で検討しますが、いわゆる3号通報(メディア等への外部公益通報)として、情報提供者が公益通報者保護法によって保護されるためには厳しい要件が求められるので、かなり保護されるためのハードルは高い。しかも現行法は7条で民事免責の効果は定められていますが、刑事免責に関する規定はありません(今後の法改正の課題です)。したがって、起訴の要否を判断するにあたり、そもそも「公益通報にあたるかどうか」といった議論をすることはあまり意味がないように思います。

ただ、公益通報にあたるかどうかは別にして、公益通報者保護法が存在しない頃から、一般法理として外部への情報提供が法的保護を受けるかどうかということは裁判でも争われてきました。つまり「公益通報」に該当しなくても、①提供事実の真実相当性、②情報提供の目的の公益性、③その手続き、態様の相当性が認められる場合には、法令違反行為の違法性が阻却され、結果として無罪となる可能性はあります。おそらく弁護人は公益通報者保護法の保護要件を立証するというよりも、このような一般法理に基づく違法性阻却事由の存在を立証することに注力するのではないかと。

なお、誰のどのような行為を通報するのか、明確ではない場合でも、たとえばすでに問題となっている行為を裏付ける情報(証拠文書)をメディアに提出する行為についても、今後は民事上も刑事上も公益通報者保護法もしくは一般法理によって保護されるべきです。たとえばオリンパス事件をFACTA誌で最初に暴いた山口義正記者も、最初の一報を読んだオリンパスの社員からの追加情報提供が決めてとなり、世間を騒がせた第二報につながったと述べています(「内部告発の時代」深町隆 山口義正著 47頁参照)。

山口氏が上記「内部告発の時代」でも述べているように内部告発は複数名で行わないとなかなか成功しないわけでして、そういう意味でも、有力な情報提供によって告発者を支援する者についても公益通報者に準じて保護されるべきです(EU公益通報者保護指令も保護の対象とすべき、としています)。ということで体裁だけで「公益通報性がない」との判断は、組織においても問題を残す可能性があります。

 

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2024年6月21日 (金)

社外取締役こそ評価されるべきである-旬刊商事法務より

この時期、ダイヤモンド・オンラインの恒例記事「社外取締役バブル」では、日本の上場会社の社外役員(社外取締役・社外監査役)の報酬ランキングが実名で発表されています。「他人の懐事情」についてはどうしても気になってしまうので、いつもザーッと眺めるのですが年俸100万円台の社外取締役さんの数は結構多い(社外監査役さんなどは0円から100万円までの年間報酬の方も結構いらっしゃいます)。かたや5000万円、4000万円といった高額報酬をもらっておられる社外取締役さんもいらっしゃいますが、どうなんでしょう、同等に「期待される役割」を果たさねばならないのでしょうか?もちろん不祥事が発生した際等の善管注意義務のレベルについては全く同じであることは理解しているのですが、毎月10万円でガバナンス・コードが期待する役割を果たしうるインセンティブはあるのかどうか。

さて、旬刊商事法務最新号(2024年6月15日号)「スクランブル」に「社外取締役こそ評価されるべきである」とのタイトルの論稿が掲載されています。最初タイトルを読んだとき「ん?社外取締役こそガバナンス改革の旗手として称賛されるべきである、との論稿なのかな?」と思いましたが、そうではなく「取締役会の実効性評価などがさかんに行われているが、社外取締役の実効性こそ評価されるべきである」といった趣旨の論稿でした。つまり社外取締役は玉石混交であり、会社に有害な人もいれば有益な人もいるということ、本来注力すべきは監督者として(結果責任としての)「指名」「報酬」への関与(評価や基準作り)であるとの厳しい内容でした。

私もおおむね賛同いたします(ただ、会社とステークホルダーとの利益相反事項について主導的役割を果たすことも「株主の代弁者としての」重要職務と理解しております)。なかでも「社外取締役が『シナジーがある』とかないとか、その戦略では効果がないから違う戦略で挑むべきだとか、中身の議論を行うことはプロの経営陣からすれば時間の浪費になることがほとんどである」という厳しい意見は、おそらく間近で社外取締役のお世話をされてきた立場の方ではないかと思われるほど辛辣ですが、的を得ているのではと。ただ、高い報酬をもらっている以上は、やはり何かの形で経営面での意見形成に爪痕を残さねば・・・と(まじめに)考える社外取締役のお気持ちもなんとなくわかります。

執筆者が「社外取締役こそ評価の対象となるべきである」と主張する点はまことにそのとおりであり、社外取締役については毎年社内の取締役や監査役によって「長所と短所」について忌憚なく評価されるべきです。とりわけ「期待された役割」を果たしているか、果たしていないとすればどこに課題があるのか、という点についてはきちんと意見交換をすべきです。

ただ、月10万円の報酬をもらっている社外役員への評価と、月200万円もらっている社外役員への評価って、その判断基準において同じなのでしょうかね(^^;)?「なんとか頼み込んで(月10万で)来てもらっているわりにはよく頑張っている」とか「年2400万円の報酬に見合う活躍はまったくみられない」といった評価に(現実には)なってしまうのではないかと。たとえば「社外取締役の実効性評価」が開示されるものであるならば、少なくとも私は「(10万円のわりには)がんばっている」という評価のほうが「(3000万ももらっておきながら)期待はずれ」と評価されるよりも良いですね(開示されるくらいなら「本業にキズがつくので社外取締役などまっぴらごめん」となる方も出てくるかも)。

執筆者も述べておられるとおり、昨今、社外取締役に対する市場からの期待はますます高まっています。もちろん「上場会社の社外取締役」という括りがあることは認めますが「社外取締役論」を語るにあたっては、どの業界の、どのレベルの企業の社外役員を想定して語っているのか、そのレベル感を前提としなければ腹落ちする議論にはならないように思います。

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2024年6月20日 (木)

企業不祥事の再発防止策は二極化する可能性が高い(と思う)

若い頃は少年事件も家事事件もたくさん担当していましたが、「虎に翼」を視聴していて「家庭裁判所の5つの性格」というのを(恥ずかしながら)初めて知りました。我々は先達が失敗を繰り返して築いてきた知的資産を「当然の道具」として仕事に活用していることを思い知らされます(自分たちは将来の法曹に何を残せるのでしょうか)。

さて、6月15日の日経ニュースでは、不適切な情報共有により証券取引等監視委員会から処分勧告を受けた三菱UFJグループにおいて、不正な情報共有への対策として人工知能(AI)での通話記録の検査が検討されている、と報じられました。本日の朝日新聞ニュースでは、すでに関連証券会社の「主幹事はずし」が始まっており、「顧客本位の営業」とは言えない不祥事、しかもグループ経営のトップに近い方々にも問題行為があったとされる不祥事が業績に及ぼす影響はかなり大きいようです。

上記のとおり、三菱UFJグループとしては、「同じ過ちを二度と繰り返さない」として、徹底した不祥事予防措置を採用するようです。早期発見・早期是正では足りない、不正は事前に防止すべきとの思想による対策です。品質不正に関する調査委員会の活動でも感じるところですが、たしかに不正をしたくてもできない体制を構築している工場だったり、米国のIT大手が取引先のケースのように「不正の疑惑を当社が認めた場合には、当社の不正調査専門家の徹底した監査を容認する」との条項を巻いている製品分野の場合等は、本当に不正が起きる確率が低いですね。

ただ不祥事防止・事前予防主義による再発防止策は、その対応に人的・物的資源をたくさん必要とします。とくに、最近は「長寿商品」が少ないので、製品のモデルチェンジが速くなればなるほど、この事前予防策にもたくさんの資源を投入することになります。また、そうは言っても不正は完全に防止できないわけですから、現場で不正が発見された場合には「見てはいけないものを見てしまった」ということで当然のことながら本社には隠します。

一方「不正はどんなに頑張っても再び起きる」という前提で早期発見・早期是正による再発防止策を重視するケースでは、日ごろの事業活動へのストレスは少ないので費用は低額に抑えることが可能ではありますが、人に依存する措置がメインとなるので組織風土が変わらなければ再び同様の不祥事を繰り返し、さらなる信用毀損に陥ります。要は現場の情報がどれだけ早く正確に本部に届くか、というところが生命線となります。

昨今の企業不祥事発覚企業の再発防止策をみていて、「事前防止型」と「早期発見型」とは二極化しているような印象を受けます。トヨタ会長さんの会見で述べていたように「トヨタは完全な会社ではない」「ひとつひとつ問題をつぶしていくことが必要」というのは、典型的な早期発見型です。行政機関や金融機関のように、たとえタテマエであったとしても「組織の廉潔性」が社会的に求められる組織においては、やはり事前防止型を本旨とせざるを得ないのでしょう。もちろん上記三菱UFJグループのAI記録検査のように、「証拠保全機能」によって早期発見にも資するという面もあるので完全に分類できるものではありませんが、基本思想においては(将来的に)再発防止策は二極化するのではないかと考えています。

なお、私見としては、企業は国内外の同業他社と競争をすることが宿命である以上、儲けのためには「グレーゾーン」には突っ込まなければならないので、事前防止型には無理があると思います。もし事前防止型を採用できるだけの資金的余裕がある場合には、リスクアプローチの思想によって「疑惑」をあぶり出すところまでは事前防止型措置を活用しますが、誠意をもって企業不祥事を向きあう以上、不祥事はかならず起きると考え、起きた時に組織はどう動くのか、という「早期発見・早期是正型」による再発防止策を基本に置くことが最適ではないかと考えています。

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2024年6月18日 (火)

積水ハウス国立マンション解体事案-やはり解体理由はわからない

人気マンションブロガー「スムログ」さんのブログ「これからの国立の話をしよう(その2 グランドメゾン国立富士見通り)」を読みました。(その1)も含め、本件土地を積水ハウスが購入するまでの経緯(所有権移転経緯)や地域住民の方々との審議会、調整会の議事内容などを客観的資料から解説していて、とても参考になります。まだ今後も続編があるようです。

工事前の住民の方々との協議会議事録などを読むと、おそらく精緻な眺望パース(計画どおりの建物が建設されたことを前提とした眺望CGのようなもの)は住民の方々や委員の人たちにも提出されていたようですが、この資料にはあまり疑問が呈されていない様子です。建築上の法令違反は認められないとのことですが、この説明会や協議会の際に作られた眺望パースと、マンション完成後の実際の遠景眺望には齟齬はなかったのでしょうか。

また、議事録を読むと積水ハウスの責任者の方は「私が独断で検討しているわけではなく、社内で情報を共有して意見を集約してお持ちしている」と回答しています。つまり社内でもそれなりに協議をしてゴーサインが出ていることがわかります。さらに「まちづくり協議会」の最終答申を読むと、絶対反対ということではなく、ボリューム感を低減して建設することを「積水ハウスの善意に期待して」要望したいとの結論に至っています。つまり積水ハウスが法令を遵守して建設することを承知のうえで、せめて町の景観に合うような修正を要望していたことがわかります。

このような建設前の経緯も踏まえると、やはり「景観への認識不足」を理由とした完成直前での(要望されていた「形状修正」ではなく)解体という意思決定(しかも直前までゴーサインは出ていたのに)は、どうも理解しがたいところがあります。私も(積水ハウスの善意に期待して)解体に至ったプロセスの説明はしておいたほうが良いのではないか、と思うところです。

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2024年6月17日 (月)

2年連続社長交代?-東洋建設のガバナンス改革の進捗状況について

損保ジャパン・企業保険カルテルに関する調査報告書(6月14日リリース)が、すでにあちこちで話題になっておりますが、報告結果もさることながら調査報告書のスタイルもかなり斬新で読み応えありますね。また追ってコメントしたいと思います。以下、本日は野次馬的見解です。

さて、昨年の今頃は、東洋建設の定時株主総会対応で大忙しでした。株主(任天堂創業家側ファンド)提案の取締役候補者でしたが、国内外の機関投資家や議決権行使助言会社から毎日のように面談を要望されてプロモーションをしていましたね。結局、こちらのエントリーで総括したとおり、私は力及ばず僅差で落選しましたが、ご承知のように大株主側提案の取締役が過半数を占めることになりました。

ところで、6月14日付けダイヤモンドオンラインの有料会員向け記事「東洋建設で異例の2年連続の社長交代!任天堂創業家ファンドが過半を握る取締役会で起きた『地殻変動』」を読み、たいへん驚きました。社長交代だけでなく、役員構成もずいぶんと変わったのですね。結論としては、(総会によって承認が得られれば)取締役会の構成メンバーの全体数が減って大株主側候補者とプロパー出身の方がちょうど半々になるそうです。それでも任天堂創業家側としては歓迎をしている、とのこと。記事のトーンは「混乱時期からガバナンス整備時期へ」ということで、経営戦略の方向性が未だ見えないところはあるものの、ガバナンス改革は良い方向に進展している、というものです。

自分が否決されたので偉そうな言い方はできませんが、(とりまとめ役として)監査役候補者を含め、昨年(大株主側候補者である)10名で何度か協議をしましたが、どなたも社外取締役(社外監査役)としてふさわしい人たちだと感じました。はっきりとした自分の意見を持ち、安易に迎合せず、それでも企業価値をどうすれば向上させることができるか、他者と是々非々で議論を重ねて真摯に実践する覚悟をお持ちでした。その後、取締役会が任天堂創業家側ファンドのTOB提案を安易に受け入れなかった一連の経緯は皆様ご承知のとおりです。

CEOとCOOを分離する、有事型から平時戦略展開型の社長に交代する、社外取締役(大株主側候補者)から常務執行役員に移る人がいる、意見の相違からか(?)役員を辞退する人もいる、相談役・顧問の多くがわずか1年で退任する。この1年のガバナンス面、業務執行面での様々なイベントを通じて、執行と監督の分離を徹底する(取締役会がモニタリングに徹する)ガバナンスの確立が「カタチになってきた」ということでしょうね。

さて、ガバナンスがしっかりしてきたとなると、つぎは東洋建設の将来に向けた事業戦略の方向性の決定とその実践ですね。その戦略を遂行するにあたり、現在の役員構成がふさわしいのかどうか。別の大株主である前田建設工業の意向はどうなのか。N弁護士やM氏など、法律雑誌によく登場される方々も再任予定とのことで、また雑誌等でガバナンス改革の好事例の渦中にいた方として知見を語っていただける日が来るかもしれません。外部から野次馬として、これからも注目しておきたいと思います。

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2024年6月14日 (金)

Mrs. GREEN APPLEのMV『コロンブス』炎上問題について

世界中の人たちがYouTubeのリアクション動画をたくさんアップしていることから、大炎上しているMrs. GREEN APPLEの「コロンブス」MVについて、公開中止以降(13日午後9時すぎ)でも4分9秒の動画をしっかり閲覧することができました(これ自体、問題はありますが)。コメント欄には世界中からたくさんの非難の声が寄せられています。「コロンブス」をキャンペーンに使用する予定だった日本コカ・コーラは、「価値観が異なる」として使用を中止することを決定しました(朝日新聞ニュースはこちら)。閲覧停止措置などでは対応できないSNSの恐ろしさをまざまざと見せつけられました。

検証目的で視聴しましたが、一番ショックだったのが(恥ずかしながら)曲の良さからか、私は(もし炎上していることを知らずに視聴していたとすれば)それほど反応できていなかったのではないか、つまり歴史感覚や人権感覚に鈍感だったのではないかと心細くなったことです。視聴後に多少の違和感を抱いたとしても、世間のように「これはアカンやろう!」と敏感に反応できたとは自信をもって言えません。これほど世界中で(公開直後に)批判の嵐となっている問題に気が付かない、指摘できない・・・ということはリスク感覚が希薄と言われても反論の余地がありません。

こんな私には関係者を批判する資格もないのですが、なぜこれほどまでに「植民地主義を肯定している」「人種差別を笑いに使っている」と指摘を受けるリスクについて、公開前に関係者は誰も気づかなかったのでしょう。「正しい」「悪い」という主観的な評価は別として、視聴する人たちと制作者自身との「感覚のズレ」が生じ得ることに、なぜ気づかなかったのだろうか。これから先、「これはマズイかも」とAIが知らせてくれるようになるのでしょうか。

「ビジネスと人権問題」においても、(年齢、性別、人種など)多様性のある合議体での意思決定を尊重しなければ同じ過ちを繰り返すことになるのではないかと。そう考えながら猛省しております。偉そうに「改正障害者差別解消法への株主総会対応」などと講演で語っておりますが、自分の世界観だけで語れると思う私は傲慢かつアサハカだとつくづく思い知らされました。

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2024年6月13日 (木)

「骨太の方針2024」と公益通報者保護法の改正プロセス

昨日(6月11日)、内閣府の令和6年第8回経済財政諮問会議で「経済財政運営と改革の基本方針 2024(原案)」、いわゆる「骨太の方針2024」の原案が公開されました。今後どの分野に国の人的・物的資源が配分されるのか、とても注目されるところですね。

この基本方針原案「6.幸せを実感できる包摂社会の実現 (2)安全・安心で心豊かな国民生活の実現」において「デジタル化等を踏まえ、2024年度内に、公益通報者保護制度の改革、消費生活相談DXの推進等を含め、新たな『消費者基本計画』を策定する。」との文言が盛り込まれました。つまり、来年公表予定の第5期消費者基本計画の中に、公益通報者保護制度の改革が盛り込まれる可能性が極めて高くなりました。

令和2年に消費者庁から公表された第4期基本計画では、令和2年に成立した前回の公益通報者保護法改正案が盛り込まれましたので、2025年に公表される第5期基本計画でも次の公益通報者保護法改正案が盛り込まれて実施に向けた工程が示されることになるものと思われます(ちなみに消費者基本計画は5年ごとに策定されます)。ということは、法改正は待ったなしで進むことが「骨太の方針」でも確認された、ということになります。前回の法改正は、突如自民党の「神風的後押し」から現実化したように記憶しておりますが、今回はきちんとしたプロセスが踏まれているようです。保護制度検討会委員の一人として、本当に身の引き締まる思いです。

なお公益通報者保護法改正とは関係ありませんが、上記「骨太の方針2024(原案)」において(自身の業務との関係で)気になった点としては①カスタマーハラスメントを含む職場におけるハラスメントについて、法的措置も視野に入れ、対策を強化する、②金融機関における顧客本位の業務運営の確保、有価証券報告書の株主総会前の開示に向けた環境整備等のコーポレートガバナンス改革の実質化等を推進する、③事業承継及びM&Aの環境整備に取り組む。(中略)M&Aを円滑化するため、仲介事業者の手数料体系の開示を進める、あたりです。

とりわけ「事業承継及びM&Aの環境整備」というフレーズは様々な施策推進の目的として出てきますので、政府の重点項目と言えそうです。ついでながら「関西万博の推進」については、ほんの申し訳程度に5行だけ記されています(^^;)。これ以上のコメントは控えます。

 

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2024年6月12日 (水)

(追記あり)積水ハウス新築マンション解体騒動-事実調査委員会を立ち上げるべきでは?

地面師事件の際、私はライバル会社の取締役だったので発言は控えめにしておりましたが(^^;)、現在は退任しましたので思うところを素直に発言したいと思います。以下は積水ハウスを揶揄するものではなく、売上高3兆1000億のグローバル企業である積水ハウスの信用を維持する視点からの個人的な意見です。

本日(6月11日)、積水ハウス社から富士山が見える国立市のほぼ新築マンションの解体騒動についての正式なリリースが出ました。このリリースで、なんとなく「コンプライアンス経営が徹底している企業だ」と納得した方もいらっしゃるかもしれません。しかし、テレビ朝日の独自取材で判明した事実によると、積水ハウスは5月22日に工事完了届を自治体に提出して6月4日に廃業届を出した、とありますので、わずか2週間(営業日でいえば8日間)の間にGOサインから中止・解体へと判断が変更されたことになります。つまり、短期間で経営幹部が現地視察→「これは近隣の景観を損ねていてマズイ」との経営幹部の意見→入居予定者への引渡し中止、解体決定に至ったわけです。完成したマンションは、積水ハウスにとっては「魂」であり「建築のプロとしての誇り」でしょう。その「誇り」を(なんら法令違反もなく)自ら解体するわけですから、相当に屈辱的な出来事だと推測します。

それにしても実営業日8日の間でこのような経営判断を下すことは(中小の事業者ならともかく、大手事業者において)可能なのでしょうか?法令違反もないのに工事が完了した10階建マンションを解体するということは、専門家の方々も異例中の異例と取材に答えています。仮に急遽中止方針となったことが真実だとしても、そもそも工事完了届を提出した直後に「他の部署の人たちや(即時中止の決定権限を有するような)経営幹部」がわざわざ国立市の冨士見通りまでやってきて、最終決定を下さねばならないほどの切迫した事情とはいったい何だったのでしょうか?正式リリースだけではよくわからないのです。

また、今回の騒動は(現状のままですと)多くのステークホルダーに多大な影響を及ぼします。報道されているとおり、別の事業者が今後国立市にマンションを建設することに困難が伴う(何か圧力をかけられて中止に至ったのではないか、との憶測)、その結果として近隣地域の不動産価値が低下する(との推測)、「建物が建った後でも解体の可能性があるかぎり住民運動を続けることができる」との希望を、全国のマンション建設反対を唱える地域住民に与える(その結果、マンションを新たに購入する人たちに「景観妨害は不動産の瑕疵になり得る」として不安を与える、入居後の不動産価格の下落の可能性もある)、何の法令違反もないのに完成マンションを(不適切な事業判断を理由に)事業者が自主的に解体した、ということは地元自治体の条例は「ザル法」に過ぎない(住民を守れない)との印象を地域に与える、そもそも今後の自治体における街づくり計画に支障を来す等々。

結局、専門家ですら「こんなことは見たこともない」と述べている事態なので「空白の2週間」に何があったのか、積水ハウスが説明しなければ様々な疑惑、憶測、推測が独り歩きをして、これをメディアが大きく伝えることによって社会に混乱を来すものと考えます。私がかねてより積水ハウスをリスペクトしている理由は「積水ハウスは建物を作って終わり、という企業ではなく、建物を通じた環境に優しい町づくりという『ソフト』も提供して人生を応援する企業」だからです。そうであるならば建築計画の時点で、当然のことながら「マンションのある町」への環境的配慮は当然なされるはずと思っております。したがって、ここは外部第三者による調査委員会を立ち上げて、この空白の2週間の詳細な経営判断の過程を「建物を提供するだけでなく、まちづくりを提供する企業であるがゆえに(自らの存在意義となるプライドを捨てるという)苦渋の選択をした」ということが世間にわかるように伝えるべきと考えますが、いかがでしょうか。

(6月13日追記)読売新聞ニュース、朝日新聞ニュースが伝えるところでは

東京都国立市で完成を間近に控えながら解体が決まったマンションをめぐり、国立市の永見理夫(かずお)市長は12日に開かれた市議会で、事業者の積水ハウスの対応について「非常に遺憾だ」と述べた。同社に対して今後、住民に対して丁寧な対応を取るよう文書で要請したことも明らかにした。

とのこと。昨日申し上げたとおり、結果として「行政の顔をつぶした」ことになるわけですからこのようなコメントになるのは当然でしょう。さて、積水ハウスは文書による要望に対してどのような対応をとるのでしょうか。

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2024年6月10日 (月)

大手自動車メーカー認証不正-改めて問う「安全」と「安心」

2016年9月18日のエントリー「不正の迷宮-三菱自動車(スリーダイヤ転落の20年)」では、三菱自動車の燃費不正事件が発生した際の、本誌の対談でトヨタ自動車、マツダの元開発責任者の方々(実名)が「当社ではこういった理由があるから品質不正は起こさずして納期を守ることができます」といった話をされていて、私もなるほど・・と納得したことを記憶しております。

しかし、このたびの認証不正発覚時に会見を開いたトヨタ、ホンダ、マツダの説明から見えてきたのは「現場の負担増」や「認証制度の軽視」という(他社と同様の)組織上の歪みが露呈した、ということでした(たとえば東洋経済「トヨタ、ホンダでも発覚、止まらぬ認証不正の連鎖-ルール破りは論外だが制度の見直しは必要」参照)。

品質不正事案を語るときには毎度申し上げるところですが、おそらく社長さん方がおっしゃるとおり「(自動車の)安全性には問題がない」のでしょう。しかし、本当に安全かどうかは専門知識を持たない消費者にはわからない。つまり国交省や国際基準が定める認証ルールに準拠しているかどうか、という「安心」をエビデンスで証明してもらわないと信用できないのです。そのエビデンスが(認証不正によって)提出できないものだから、国民に最終責任を負う国交省がエビデンスに基づいて「安全です」と宣言する必要があり、そのための立ち入り調査や検査が行われています。

自動車メーカー全体で不正が発覚したことによって、どこでも不正は起きていたということが判明しました。ということで、認証ルール自体を見直すべき、との意見も出てきています。しかしEVや自動運転、AI制御といった新しい技術が増える中で、おそらく(国際基準に照らして)認証ルールは増えることはあっても減らすことは現実的ではないような気もします。経営判断としては、これからも品質不正が一定の頻度で起きることを前提として、その都度「安心」を回復するためのコストを負担すべきか、それとも(たとえ人的・物的資源を用いてでも)抜本的に不正が起こらない認証システムを導入するコストを負担すべきか、各社で早急に検討することが求められるのではないでしょうか。

小林製薬の紅麴問題やダイハツの品質不正問題も同様ですが、不祥事が発生すると、個社特有の悪質性を特定したくなり「やっぱり、あの会社にはこんな問題があったのだから不正が起きても不思議はないよね(だから他社では起きないよね)」と納得(安心)したくなります(いわゆる「因果推論における認知バイアス」ですね)。しかし、それが「小林製薬の製造工程の問題ではなく業界全体の機能性表示食品の問題」だったり、全自動車メーカーに及ぶ認証ルール自体の問題だったりすると、突然攻撃の対象が変わる等、世間の風向きが変わります。いやいやコンプライアンス経営は本当にむずかしい。

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2024年6月 8日 (土)

(6月10日追記あり)なんぞある!?-積水ハウスの新築マンション解体騒動

(6月10日追記)少しコンプライアンス事案の香ばしい匂いがいたしますが、積水ハウスが事業者とされる東京国立市に建設していたマンションが、完成間近になって急遽取り壊しとなったそうです(たとえば朝日新聞ニュースはこちら)。朝日新聞の取材に対して、積水ハウスは「解体の理由については、景観も含め周辺への影響の検討が不十分だったため」とのことで、「購入者に説明し、近隣住民へも説明に回っている」と回答されています。

近隣住民による反対運動に屈して完成間近の10階建てマンションを取り壊す、といった理由はちょっと信じられないので、一体何があったのか、これは積水ハウス社が事業者としてきちんと世間に説明する必要があるのではないでしょうか。かりに取材回答のとおりであればコンプライアンスに前向きな企業ということになりますが、では「なぜ建設前に判断できなかったのか?」といった別の疑問も湧いてきます。これからの全国のマンション建設にあたって、「あの業界トップクラスの積水でさえ反対運動に屈して完成間際に取り壊したぞ!俺たちも建物が完成したとしても取壊しを目的とした運動を続けよう!」とマンション建設全体の反対運動を盛り上がらせることになり、他の不動産事業者に与える影響は大きいのではないかと。

まさか完成直前に建築基準法違反の事実が判明した・・・ということではないですよね?建築士法違反とか建設業法違反によるペナルティで済まなかったのでしょうか?とりあえず、今後の積水ハウス社の対応に注目をしておきたいと思います。

(6月10日追記)日経クロステックの10日付け記事で第1回、第2回の住民説明会議事録(要旨)を読みましたが、通常の事業者・住民間での意見交換と変わるところはなく、とくに問題となるようなものではないようです。では、なおさら何があったのか?疑念は深まるばかりです。

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2024年6月 6日 (木)

日本企業の品質不正事案に思う-bad news first!は簡単ではない

昨日来トヨタ・ホンダ・ヤマハ等の型式指定不正の話題で持ち切りですが、現場の不正を本社が早期に知ることができるような組織風土を構築する必要がある、下からなんでも上がってくるような心理的安全性の高い組織作りが不可欠である、との有識者の意見をよく聞きます。いわゆる“bad news first”ということだと理解しますが、そもそも現場がbadと認識していないという根本要因もあるのですが、かりにbadと認識したとしても、実際のところそんな簡単に現場の不正情報が通常のレポートラインに届くはずはないと思っております。

なぜなら忙しい上司(管理監督者)は、悪い情報を上げた部下に対して解決策を求め、その実施を求める、つまりよほどコンプライアンス対応の優先順位が高い上司でないかぎり、部下に(不正と確信できる証拠の収集や、不正をなくすための解決策について)「で?どうするの?」と丸投げしてしまい「言ったもん負け」になってしまうからです。上司が不確かな情報のままさらに上司に情報を上げるということはほとんど期待できないわけでして、部下としては疑問を抱きつつも「それなら黙っておいたほうがトク」となるのは自明です。

上司(管理監督者)にとっては、日々の会議や部下の指導監督、派遣を含めた人事対応、労務対応、自らの業務執行、クライアントとの折衝等のほうがコンプライアンスへの取組みよりも実際には優先順位は高いので、その中間管理職の優先順位をどう変えることができるのか、そこに注力しなければ不祥事、とりわけプロセス軽視の品質不正事案はなくならないでしょう。否、失礼な物言いで恐縮ですが、皆様方の会社でもすでに品質不正は現在進行形で継続しているかもしれません。誰が見ても「重大な不正」であれば別ですが、この「重大性」や「不正」という点に解釈の余地がある以上、まず間違いなく、通常のレポートラインによって「bad news first」が励行されることは至難の業です。

中間管理職の方々は、やれ「働き方改革」だとか「ダイバーシティ」だとか「ハラスメント対応」だとか、もう優先順位の高いマネジメントに負荷がかかりすぎていて、不正リスク対応までは手が回らない(問題意識を持っている人にまかせたい)、という現状を経営陣はどれほど意識されているのでしょうか。ということで、匿名通報も含めた内部通報制度の活用が推奨されるところです。

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2024年6月 4日 (火)

週刊金融財政事情6月4日号に論稿を掲載していただきました。

Img_20240603_170807006_512 週刊金融財政事情2024年6月4日号におきまして「相次いだ不祥事から考察する社外取締役の課題と期待される役割」なる論稿を掲載していただきました。昨年のビッグモーター事案に対する損保大手の対応、さらに企業保険に関する大手損保によるカルテル事案を題材に、社外取締役が果たすべき役割について述べたものです。

2024年2月1日施行の改正金融サービス法上の「顧客利益最善義務」にまで踏み込んだ記載はしておりませんが、会社と顧客との利益相反問題への社外役員の監督は強く求められるのではないか、と考えております。

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トヨタなど5社による認証不正事件で考える-型式指定不正は事前予防できるか?

ご承知のとおり、トヨタ自動車など5社で、車の大量生産に必要な「型式指定」の手続きを巡る認証不正があったことが各社社内調査によって判明したそうで、国交省の立入調査が始まりました(たとえば朝日新聞ニュースはこちらです)。三菱自動車、スバル、日野、ダイハツ、織機等の型式指定不正を横目で見ながら同様の不正を続けていたことは極めて悪質のようにも思いますが、そんな単純なものでもないようです。6月3日午後5時から始まったトヨタ自動車会長さんの記者会見を冒頭から半分ほど視聴しましたが、その感想をひとつだけ。

会長さんは「(トヨタは)完璧な会社ではない。間違いも起こる。問題が起こったらとにかく事実を確認して直す。それを繰り返すことが必要だ」とおっしゃっていましたし、また「自動車にはたいへん多くの仕様があり、そのすべてで検査をやっていたのではもたない。そこは国交省と協議をしながら、重要なところで検査をする、といったことになると思う。もちろんすべてで検査するのが本筋かもしれないが」とも回答されていました(朝日新聞ニュース「トヨタでも不正 会長「撲滅は無理」参照)。つまり「不正は起きるかもしれないが、安全性確保のために起きた場合にどう見つけて早期に対応すべきか」といった思想で型式指定不正に臨む、ということではないかと。

一方、4月から始まった国交省の有識者会議「自動車の型式指定に係る不正行為の防止に向けた検討会」では、型式指定不正を根絶することを目的として「不正は起こしてはいけない」との思想で審議がされるそうです。もちろん「型式指定制度」はそもそも行政が検査すべきところを性善説に基づいて自動車メーカーに委託する制度であるがゆえに「絶対あってはいけないこと」ではありますが、はて?この有識者会議での議論とトヨタ、マツダ、ホンダの(今後策定されるであろう)再発防止策は整合性が認められるのでしょうか?とても興味があります(リスクアプローチの最大限の活用・・・といったところで落ち着くのでしょうか)。

Img_20240603_205445237_512 左は立命館大学経営学部准教授でいらっしゃる中原翔氏によるご著書「組織不正はいつも正しい」(光文社新書 2024年5月30日)ですが、2016年に発覚した三菱自動車、スズキ自動車の燃費不正事件(型式指定不正)を題材として、いずれの現場社員も不正を「正しいこと」と理解したうえで長年継続していたことを示しています。いわば閉じられた社会では「正しいこと」は両立する、ということです。ホンダもマツダも本日の会見では「現場が法規を独自解釈していた」と述べておられましたが、まさに現場は正しいことと理解していたのです。

私も(このブログで何度か申し上げましたが)品質不正に手を染めた現場社員の方々によくヒアリングをしますが、皆さん元気で、不正をしていたとは思っていない、むしろクレームや苦情を減らすことには多大な貢献をしてきたという自負がある、といった証言をよく聞きました。もちろん理屈では「そりゃあかんわな」と説明できますが、現場がこんな感じである以上、(社会が評価するところの)不正はなくならず、むしろ早く「正しさのギャップ」を発見して是正することに注力すべきでしょう。本日の豊田会長の発言「まずは(時間はかかるが)車づくりの工程を見える化して、手戻りがあった場合にどこにどのようなしわ寄せがくるのか、しっかり現場と向き合って把握したい」というのは大正解だと思いました。

ちなみに品質不正は(不正かどうかは第三者が判断するものなので)かならず起きますから、「起こしてはならない」という思想のもとで再発防止策を作りますと、起きた時にはかならず現場責任者は隠しますよね(いや、隠し通せることに賭けるのでありまして、それは当然かと思います)。本当に撲滅する気が国交省にあるのならば、国交省がまず型式指定不正がなくなるように型式指定に関する基準を自動車メーカーと協議したうえで変える(守れるように削減する)必要がありますね。毎度申し上げているとおり、不祥事防止は「自己完結型」では困難です。ステークホルダーの協力があって初めて防止、発見が可能になります。

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2024年6月 3日 (月)

山口良忠判事について-われ判事の職にあり

Img_20240601_214754082_512 (本日はビジネス法務とは関係ありません)

6月3日から朝ドラ「虎に翼」は戦後編に移りますが、先週のドラマは昭和22年4月のころで終わりました。ネタバレで恐縮ですが、今週は(おそらく金曜日あたりで※)ひとりの裁判官の壮絶な死が語られます。寅子の先輩である裁判官の花岡君(EXILEのメンバーである岩田剛典さん)が、闇市の闇米を拒否して食糧管理法に沿った配給食糧のみを食べ続け、最後は栄養失調で餓死します。ドラマのモデルとなっている実在の人物は食料管理法違反をはじめとする経済事犯の担当裁判官であった山口良忠氏です。山口判事の死亡は昭和22年11月4日の朝日新聞朝刊1面で大きく報じられ、法曹関係者をはじめ、闇市の物資で生活をしていた国民に大きな衝撃を与えます。

※(6月3日追記 コメントいただいた「星の王子さま」さんの情報によると来週月曜日あたりだそうです)

山口判事の生き方には賛否両論ありますが、なぜ命を絶ってまで闇米を拒否していたのか。この真相に迫るべく「山口良忠判事研究」をされた弁護士がいらっしゃいました。本書「われ判事の職にあり」(文藝春秋社)は、今から42年前(昭和57年)、函館弁護士会に所属されていた故山形道文氏によって書かれたもので、山口氏が闇米を拒絶して倒れるまでの細かな背景事実を当時山口判事の専属書記官を務めた3人の元書記官の方々、同僚の判事の方々、そして奥様(矩子夫人)へのインタビューによって明らかにしています。山口判事の壮絶な生き方については、彼の死後、三淵最高裁長官(ドラマでは今後寅子が再婚する三淵裁判官のご尊父)も法律雑誌でコメントを残しています。

当時の食糧事情からすれば、命の危険が迫っている事態に闇米を食するのは食糧管理法違反の構成要件に該当するものの、刑法第37条の「緊急避難」の法理により、違法性が阻却されるというのが通説でした。ただし刑法37条2項では「前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない」とあり、この「特別の義務ある者」に裁判官も含まれるかどうかは(刑法学者、実務家の)意見が分かれていたそうです。山口判事としては、法律上は争いがあるものの、ひごろ食糧管理法に違反した者に厳しく判決を言い渡す立場の者としては、どうしても闇米を食することはできなかった、とのこと。

刑法第37条は違法性の問題ですが、責任問題としての「期待可能性の理論」についても山口判事は検討されたそうです。ご自身が担当されていた食糧管理法違反事件の弁護人も、多くは「期待可能性がなかった」との責任阻却事由を主張して被告人の無罪を争っていたからです。しかしこれも、自身が担当している裁判では弁護人の主張を排斥していたこともあり、自身が闇米を食べるための理由にしてはいけないと誓っておられたようです。奥様には「自分は死への道を選ぶが、家族は闇米を食べるかどうかは自分で判断せよ」と述べていたそうです。

山口判事の壮絶な死を報道した朝日新聞には大きな事実誤認があることを山形氏は客観証拠から明らかにすると同時に、世間で山口良忠判事に下されている評価には数々の誤解があることを示しました。とりわけ自分には厳しくても、他人には温情が厚く、他の食管法被告事件担当判事よりも量刑は緩やかだったことも多くのインタビューや残された判決文から明らかにしています。朝ドラのなかでは寅子も闇米で作ったお弁当を食べていますが、職務として被告事件を扱う場面以外では、他人の闇米確保にはかなり寛容であったことがわかります。「山口良忠判事の死は、世間でかなり誤解をされている。その誤解を解きたい」との気持ちから、山形弁護士が立ち上がり、本書を執筆したわけですが、その熱意というものも十分に伝わってきました。

最後になりますが、ドラマと史実との大きな違いは、佐田寅子と花岡君、つまり三淵嘉子さんと山口良忠判事の出会いはなかったということです。山口良忠判事は明治大学法科ではなく、佐賀高等学校から京都帝国大学法学部出身です。また、ドラマの印象とは異なり、32歳で亡くなるまで、山口良忠判事は最愛の奥様と2人の子供たちを本当に大切にしていたようです。戦後の混乱が続く昭和25年ころまで、日本がどれほど厳しい状況にあったのか、すこしだけ想像することができました。

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