新幹線開業以来初の「重大インシデント」となった「2017年12月11日新幹線のぞみ34号台車亀裂事件」では、故障を感じたJR東海が毅然と名古屋駅で運行を停止して乗客を降ろしたのに対し、故障を疑いつつも車掌と指令室とのコミュニケーションが悪く、そのまま走らせてしまったJR西日本との比較が話題になりました。私はJR西日本の当時の対応を揶揄するつもりは全くなく、「自分が有事ではなく平時にいると思いたい」という正常性バイアス、確証バイアスは誰にもあると思っています。
このたびの小林製薬の事実検証委員会調査報告書を読み、この紅麹原料問題においても、客観的にみれば1月15日以降(2月上旬以降?)小林製薬は「有事」にあったはずですが、社内関係者は有事だとは認めたくないし、経営トップに有事だと伝えたくなかったものと推測いたします。冷静に本報告書を読むと、世間では「なぜ2か月も行政報告や世間への公表が遅延したのか?」との批判が出てますが、同社は2月中旬以降、複数の外部の専門家に行政報告の要否、公表の要否について相談をしていたことがわかります。そして外部専門家からは「いますぐに行政に報告をする義務はないし、公表する義務もない(ただし報告するほうが望ましいかも)」との意見をもらっていました。したがって、正常性バイアスや確証バイアスにとりつかれていた社内関係者は「すぐに報告する必要はない、とのお墨付きをもらった!!」と解釈して、2か月が経過したというのが正しい理解かと。
ただ、私もよく相談を受ける立場なので申し上げるのですが、こういった相談の際に注意すべきは「法的義務なし」との意見がほしくて、依頼者は(社長の顔がちらつくのか?)そちらの方向の返事が返ってくるように上手に事実を説明する(けっして虚偽説明ではない)傾向があるということです(上記「のぞみ34号事件」における車掌と指令室とのコミュニケーションもまったく同じ問題です。詳しくは2019年のこちらのエントリーをご参照ください)。このあたりは説明を受ける側も「依頼者にとって不利益な事実はないか」きちんと留意しながら聞き取りを行う必要があります。皆様が外部の専門家に危機対応について相談をされる場合にも、御社にとって有益な回答を得るためにはできるだけ不利益と思われる事実も包み隠さず説明するという姿勢は必要かと思います。
また、小林製薬の本件事案では存在しないと思いますが、「それだったら直ちに行政に報告すべき。また取引先も含めて、被害拡大のおそれがある以上は即刻公表すべき」と述べた外部専門家については追加相談を見合わせる(相談しなかったことにする)ということも十分起こり得ます。私も別事件において、後で重大な企業不祥事として公表せざるを得なくなった事件の初期対応の時点で「自浄能力を発揮すべきだからすぐに公表すべし」との意見を述べましたが、実はこれは「セカンドオピニオン」として扱われ、社長や社外取締役からの反対を受けて不採用となったことが何度かございました。
なお、世間では小林製薬の創業家経営者の問題が報じられていますが、報告書を読むと、2月20日ころ、詳細な報告を受けた創業家会長が「広告は打つな」と命じていることがわかります。しかし現場責任者は「因果関係が明確になったら広告は中止せよ」との意味だろうと理解して、そのまま広告を継続していたそうです。そもそも因果関係が明確になれば広告を停止するのはあたりまえのことだと思いますし、(事後的には会長の承諾を得たものの)ここでは関連性が疑われる以上は広告は停止するという意味だったのでは、と思いますが、ここでも正常性バイアス、確証バイアスに由来するコミュニケーション不全が起きていたのではないかと。
いずれにしても、世間の雰囲気は「機能性表示食品は悪くない、このたびの被害発生は小林製薬のガバナンスと管理体制に問題があったがゆえに発生したのだ、だから小林製薬が厳しく社会的な制裁を受け、被害者と誠実に向き合うことで問題は解決する」といった方向に向かっているように思いますし、またこれに迎合するような報道が目立ちます(私には社会全体が「正常性バイアス」にとりつかれているように思えます)。ただ、上記報告書を読むと、そのような「世間からみれば不都合な真実」もたくさん詰まっているような印象を持ちましたし、この時点でオアシスが5%以上の小林製薬株式を取得したことも、このアービトラージを賢く狙ったものと推測しています(まだ続きます)。