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2024年7月25日 (木)

小林製薬「事実検証委員会」調査報告書の感想(その2-外部専門家の活用について)

新幹線開業以来初の「重大インシデント」となった「2017年12月11日新幹線のぞみ34号台車亀裂事件」では、故障を感じたJR東海が毅然と名古屋駅で運行を停止して乗客を降ろしたのに対し、故障を疑いつつも車掌と指令室とのコミュニケーションが悪く、そのまま走らせてしまったJR西日本との比較が話題になりました。私はJR西日本の当時の対応を揶揄するつもりは全くなく、「自分が有事ではなく平時にいると思いたい」という正常性バイアス、確証バイアスは誰にもあると思っています。

このたびの小林製薬の事実検証委員会調査報告書を読み、この紅麹原料問題においても、客観的にみれば1月15日以降(2月上旬以降?)小林製薬は「有事」にあったはずですが、社内関係者は有事だとは認めたくないし、経営トップに有事だと伝えたくなかったものと推測いたします。冷静に本報告書を読むと、世間では「なぜ2か月も行政報告や世間への公表が遅延したのか?」との批判が出てますが、同社は2月中旬以降、複数の外部の専門家に行政報告の要否、公表の要否について相談をしていたことがわかります。そして外部専門家からは「いますぐに行政に報告をする義務はないし、公表する義務もない(ただし報告するほうが望ましいかも)」との意見をもらっていました。したがって、正常性バイアスや確証バイアスにとりつかれていた社内関係者は「すぐに報告する必要はない、とのお墨付きをもらった!!」と解釈して、2か月が経過したというのが正しい理解かと。

ただ、私もよく相談を受ける立場なので申し上げるのですが、こういった相談の際に注意すべきは「法的義務なし」との意見がほしくて、依頼者は(社長の顔がちらつくのか?)そちらの方向の返事が返ってくるように上手に事実を説明する(けっして虚偽説明ではない)傾向があるということです(上記「のぞみ34号事件」における車掌と指令室とのコミュニケーションもまったく同じ問題です。詳しくは2019年のこちらのエントリーをご参照ください)。このあたりは説明を受ける側も「依頼者にとって不利益な事実はないか」きちんと留意しながら聞き取りを行う必要があります。皆様が外部の専門家に危機対応について相談をされる場合にも、御社にとって有益な回答を得るためにはできるだけ不利益と思われる事実も包み隠さず説明するという姿勢は必要かと思います。

また、小林製薬の本件事案では存在しないと思いますが、「それだったら直ちに行政に報告すべき。また取引先も含めて、被害拡大のおそれがある以上は即刻公表すべき」と述べた外部専門家については追加相談を見合わせる(相談しなかったことにする)ということも十分起こり得ます。私も別事件において、後で重大な企業不祥事として公表せざるを得なくなった事件の初期対応の時点で「自浄能力を発揮すべきだからすぐに公表すべし」との意見を述べましたが、実はこれは「セカンドオピニオン」として扱われ、社長や社外取締役からの反対を受けて不採用となったことが何度かございました。

なお、世間では小林製薬の創業家経営者の問題が報じられていますが、報告書を読むと、2月20日ころ、詳細な報告を受けた創業家会長が「広告は打つな」と命じていることがわかります。しかし現場責任者は「因果関係が明確になったら広告は中止せよ」との意味だろうと理解して、そのまま広告を継続していたそうです。そもそも因果関係が明確になれば広告を停止するのはあたりまえのことだと思いますし、(事後的には会長の承諾を得たものの)ここでは関連性が疑われる以上は広告は停止するという意味だったのでは、と思いますが、ここでも正常性バイアス、確証バイアスに由来するコミュニケーション不全が起きていたのではないかと。

いずれにしても、世間の雰囲気は「機能性表示食品は悪くない、このたびの被害発生は小林製薬のガバナンスと管理体制に問題があったがゆえに発生したのだ、だから小林製薬が厳しく社会的な制裁を受け、被害者と誠実に向き合うことで問題は解決する」といった方向に向かっているように思いますし、またこれに迎合するような報道が目立ちます(私には社会全体が「正常性バイアス」にとりつかれているように思えます)。ただ、上記報告書を読むと、そのような「世間からみれば不都合な真実」もたくさん詰まっているような印象を持ちましたし、この時点でオアシスが5%以上の小林製薬株式を取得したことも、このアービトラージを賢く狙ったものと推測しています(まだ続きます)。

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コメント

いつも大変参考にさせていただいております。

当該報告書を読んでいて、小林製薬で『行政報告は「因果関係が明確な場合に限る」という解釈』が徹底された結果として、行政報告、広告中止、製品回収…… が遅れた と読める箇所があり、これまた先日、山口先生がご紹介されていた

『組織不正はいつも正しい ソーシャル・アバランチを防ぐには (光文社新書 1311) 』

を思い出しました。現場が「正しいこと」を遂行した結果なのですよね。

また、山口先生は安直に勧善懲悪的なスタンスをとる報道にも苦言を呈されていますが、まったく同意です。当のマスメディアでも吉田証言とか吉田調書とかの誤報(虚報)が生じたメカニズムを思い起こせば、そんな単純な話ばかりではない、と判りそうなものなのに。

投稿: しがない監査役 | 2024年7月25日 (木) 19時15分

ありがとうございます。そうですね、「組織不正はいつも正しい」は監査役員の方にお勧めできそうですね。筆者の方も喜ばれると思います。
メディアが商売である以上、世間の風に沿った形で報道するのはやむを得ないと思いますが、ただ何が真相なのかはできるだけ自分で考える必要がありそうです。古い話になりますが「袴田事件」の逮捕者を伝える1966年ころの新聞記事は、袴田氏を極悪非道な殺人者であるかのような表現で報じています(今では信じられませんが)。

投稿: toshi | 2024年7月25日 (木) 19時33分

 都合の悪い専門家意見書のドラフトを採用せず、都合のいい意見書を採用したことが明るみに出た案件としては、シャルレMBO事件があったと思います。
 オピニオンショッピングは、いろんなところで発生しているのではないかと思いますが。

投稿: Kazu | 2024年7月25日 (木) 22時13分

Kazuさん、ありがとうございます。たしかにシャルレの件ではそのようなことが話題になりましたね。報告書では表現されていない事情がいろいろとありそうですね。「オピニオンショッピング」・・・ひさしぶりに聞きました(笑)。

投稿: toshi | 2024年7月26日 (金) 01時42分

いつも本当に参考になるブログで、これほどまでに深く・正しい内容をこのペースで書かれておられることに、心より尊敬申し上げております
以前、以下のブログ(4/22)にコメントを投稿させていただいた者です
小林製薬紅麴問題とガバナンス-いつから「有事」だったのか?: ビジネス法務の部屋 (way-nifty.com)

今回の報告書と最初の記者会見を再度視聴し、気になった点をコメントいたします
1.判明している事実関係
(1)一定期間に製造された製品に想定していない物質が混入していたこと
(2)同時期の製品を摂取した人の中から腎臓に関する健康被害が発生していること
であり両者の因果関係は現在調査中である

2.ガバナンス面
(1)常勤監査役のアドバイスがあったにもかかわらず、公表までの2か月間に社外取締役四名だけに情報が入っていなかった。これは「平時」から社外取締役の敷居が高く、事務局や執行部門の心理的安全性が確保されていないため、「有事のおそれ」等の情報が適切に入る体制の構築に失敗していたのではないか
(2)監査役会の他に取締役会も監督機関となってしまい、執行機関がグループ執行審議会と呼ばれる社長の諮問機関のみになっていた。これは毎週開催され頻度や内容は充分と思われるが議事録を作成しないことがあるなど、必ずしも執行機関として責任を取る仕組みになっていなかった。監査役会制度の場合の取締役会は執行機関としての役割も果たす必要があると思うが、執行業務を行わない社外取締役が多数を占めるなど、執行業務におけるガバナンス不全を引き起こすことになっていたのではないか。さらに情報を得ていた監査役会が機能していなかったようにも思えるが、取締役会が監督機関としての役割を果たすことになったので、社内でより情報が入り社内事情にも明るい監査役会の実効性が弱くなっていたのではないか(同じ指摘を取締役会と監査役会が行うなら、より発言力の強い取締役会を優先し、監査役会は一歩引いて様子を見る、というようなことが起こりやすい)

3.リスクマネジメント面
報告書から判断するに「有事のおそれ」フェーズに入ったのは2件目の医師からの通報のようである(2月5日付臨時 MTG)。だが、調査を開始し、医師の通報にあったシトリニンが発見されなかったことによって健康被害の疑いが晴れたと判断することもできたと思う。調査を続行し、慎重にそれ以外の可能性を探っていたのは①安全を重視し高いコンプライアンス意識を持っていた、または②それ以外に心当たりがあった(例:当該製品の製造過程において衛生面の不安材料があった(昨年末に大阪工場を廃止し和歌山工場へ移転させた理由?))、という二つの理由が考えられる。今回の調査では、この②に関しての調査は行われていないようである

「有事のおそれ」から「有事」に移行したのは、山口先生のブログに登場する「P医師兼弁護士」への相談により異物混入を疑うべしとアドバイスをされたことで(A)保管されていた試料・データを調査し一定の時期に想定されてない異物が混入されている可能性が高い(B)医師からの通報の中に他の医薬品等を摂取せず当製品を摂取してから2週間後に発症している事例があり、当製品による健康被害の蓋然性が高いことが社内で広く共有されたこと、の二点が揃った事による。ここから社内では緊急事態として製品回収、当局への届出等々が動き出し1週間後には公表に至っている
危機管理対応として、「有事」と認識してから1週間程度で製品回収体制を構築し、公表していることからこの点は大きな問題とは思えない(報告だけは第一報としてもう少し早くできたと思う)
経営責任において問題なのは、この「有事のおそれ」になってからの調査方法である。当初の医師からの通報を受け調査を行った際に、異物混入(コンタミ)の可能性を重視せず、保存された試料・データの確認で比較的容易に検証できる調査(上記B)をしていなかったことは大きなミスとなった。このミスの原因として推測できるのは、同社内において発酵技術に関する知見が少なかったことで、通常の製造過程と違い、発酵過程においてはわずかな菌が混入したことでも想定外の物質が大量に生成されることを認識せず、コンタミの可能性を深く調査しなかったことではないか。今回は未知の(または知見の少ない)物質のようだが、他のシトリニン以外の既知のカビ毒だった場合でも、このような2カ月のロスを発生させた可能性が高い

4.危機対応
事態の早期鎮静化を企図して、因果関係が不明なうちに健康被害への補償まで言及したと思われるが、それにより、製品を摂取していない人の疾病情報まで被害情報として入ることとなり、原因究明や被害状況の確認等に大きな影響を与えてしまった。その結果、「莫大な健康被害の発生」という炎上状態にある。これは「謝っている人はいくら叩いてもいい」という状況になっていないか?
社会現象として危惧されるのは、炎上させているのが行政や政治家、一部のマスコミという本来最も慎重で公正であることが期待される人たちで、彼らが現状を煽っているように見えることである

5.今後への影響
今回の事件で最も危惧されるのは、食品・医薬業界からみて、「レピュテーションを考えて早めの公表をしたのに、エビデンスがないので不正確な報道となりトップの辞任にまでつながった」と受け止められることで、今後、健康被害が疑われる事案が発生しても、因果関係が不明なうちは公表しない、製品回収を行わないという動きになってしまうのではないか、と思っています

6.最後に
エビデンスに基づいた健康被害が明確になるまでは、あくまでも「疑い」と言うべきであって、死者の発生や被害の大きさなどを断定的に表現するのは間違いだと思います。また原因が同社固有の菌が由来でなく、一般にあるカビだった場合に、他の発酵食品等が原因でないことの証明も難しくなるのではないでしょうか

投稿: 柳澤達維 | 2024年7月26日 (金) 19時20分

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