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2024年7月17日 (水)

「MBO不全」で取締役らに勝訴するのは(かなり)ハードルが高い

7月9日にアップしましたエントリー「日経『女性社外取締役育成講座』への違和感」には、たくさんのコメントをいただきました(どうもありがとうございます)。私と同様に違和感を抱いた方もおられますが、「いやいや身の処し方を学ぶことも貴重な経験」ということで講座は必要との意見もあり賛否両論でしたね。願わくば66万円を支払って、実際に受講された方のご意見もお聞きしたいです。以下本題です。

すでに甲南大学教授の梅本先生がブログでアップしておられる話題ですが、7月14日の日経WEBニュース「大正製薬MBO『公正価格』申し立て 複数ファンド」の記事がたいへん興味深いものでした。

2023年11月にMBOを発表した大正製薬HDですが、24年1月にオーナー家が代表を務めていた会社によるTOB(株式公開買い付け)を成立させ、3月には2700万株を1株とする株式併合が臨時株主総会で承認可決されました。当該MBOについては、米投資ファンドのキュリRMBキャピタルと香港のオアシス・マネジメントが東京地裁に価格決定を申し立てたことが14日に判明したそうです。「価格が不当に低く抑制され、一般株主の利益が損なわれている」、「経済産業省が19年に策定した『公正なM&A(合併・買収)の在り方に関する指針』に反している」と指摘しているようで、伊藤忠・ファミマ価格決定申立事件決定の流れからしますと「想定内」といったところかと。

ところで、上記ニュース記事で興味深いのは、米国運用会社カナメキャピタルが、MBOを推奨した取締役、特別委員会委員を提訴することを検討している、と報じている点です。「問題を広く世の中に問うために損害賠償請求訴訟を検討している。取締役個人の責任を問う事例を作ることで、特別委員会や取締役の責任の重さを周知することにもつながるだろう」(調査責任者)とのこと。本当に提訴するのであれば、今後MBOの対象となる上場会社の役員の皆様、とりわけ特別委員会に就任する取締役や監査役の皆様は大きな提訴リスクを抱えることになりそうです。

ただ、不公正なMBOが少数株主に損害を与えたとして会社役員を提訴するにあたっては、かなり高いハードルがあるように思います。まず提訴の根拠として挙げられるのが会社法429条に基づく責任追及ですが、こちらは第三者(少数株主)に損害が生じたとしても、取締役や監査役の職務執行に関する「悪意」または「重過失」を立証しなければなりません。たとえプロセス違反が認められたとしても、それが役員の重過失を根拠づける事実となりうるのかどうか。

重過失ではなく「過失」であれば・・・と考えますと、民法709条に基づく不法行為責任の追及、または会社法423条に基づいて株主代表訴訟を提起することも検討されます。ただ、民法709条責任は「職務行為」ではなく「加害行為」への故意・過失の存在が求められるので、429条責任の追及以上にむずかしそうです。株主代表訴訟については、株式併合によって株主の地位を喪失してしまうと(原告適格がなくなってしまうので)株主代表訴訟を起こすことはできない、というのは今年3月の東芝元経営陣に対する株主代表訴訟に関する東京高裁の判例が示しています。「株式交換」によって株主の地位を喪失するケースでは、会社法上原告適格は維持されるとの条文がありますが、株式併合については同様の規定がありません(立法論としては手当てが必要ではないかと思うのですが)。

なお、上記は私の第一印象としての意見なので、とことん争えば勝訴の道も見えてくるかもしれません。いずれにしても証券市場の健全性を願う野次馬的第三者としては、MBOプロセスの公正性確保のためにも、提訴はひとつの選択肢ではないかと思います。

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