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2024年9月27日 (金)

エフエム東京社長のパワハラ辞任と同社の自浄作用

日本司法書士会連合会の副会長さんが(強制執行妨害容疑で)暴力団関係者と一緒に逮捕された件は驚きました。いやいや重大事件ですよね。司法書士会は登記制度を管轄する法務省の監督下にあるので、法務省もビックリではないかと。ちょっと深い闇もありそうで、これから司法書士会としてはどうやって信用を回復されるのか注目しておきます。以下、短めの本題です。

兵庫県では、告発文書問題で知事が失職、出直し選挙となるそうですが、エフエム東京では社長のパワハラに関する複数の内部通報を受けて、常勤監査役が調査をして取締役会で調査結果を報告、それに先立ち、社長はパワハラを認めて社長を退任を自ら表明されたそうです(朝日新聞ニュースはこちら)。パワハラが人材の流出をもたらした、となると会社にとって重大な問題ですね。

民間企業では、これが経営陣によるハラスメントへの「あるべき対応」であり、まさに公益通報者保護法上の対応体制整備義務に沿った運用です。民間企業では自浄作用を発揮するからこそ社会的信用が維持されます。どうしても社長の力が企業にとって必要であれば、エフエム東京のように代表権のない会長として貢献していただけばよいと考えています。

ちなみに兵庫県の一連の事件をうけて、公益通報窓口担当および通報調査担当を顧問弁護士から中立弁護士に変更する地方自治体も出てきたようです(朝日新聞ニュースはこちら)。行政機関においても、法令遵守の一環として「公益通報対応体制整備義務」をぜひ尽くしていただきたいですね。

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2024年9月26日 (木)

現場に余裕のある企業では不祥事は起こらない(ように思う)

Img_20240925_204019294_512 9月26日午後2時より、袴田さんの再審判決が下されます(静岡地裁)。事件を語れるほどの知識もありませんので、事件の内容には触れませんが、最初の死刑判決が下された昭和43年9月11日、新聞では左の写真のように報じられていました(毎日新聞昭和43年9月11日夕刊記事より)。写真の下には「うす笑いを浮かべて法廷に入る袴田被告」と記載されています。世間の袴田さんへの「見立て」も、おそらくこの記事と同じだったのでしょう。実態は闇の中かもしれませんが、誰かがプロセスで無理をしたことで被害者のご遺族と袴田さんを長く苦しめたことは間違いありません。

最近、いくつかの上場会社の内部統制見直し作業に関わって再確認したことは、「現場に余裕のある日本企業は、ルールなどなくても不祥事は起こらない」ということです。もちろん、海外企業と同様、私利私欲のための不正は起きますが、いわゆる「会社のため」に不正に至ることはない、という意味です。

よく不祥事を予防するためには「組織風土を変えよ」と言われますが、そんな簡単に組織風土は変わりませんし、もし(表面的に)変えることができたとしても、それに伴って間違いなく稼ぎの原動力(現場の活力)も失うはずです。コンプライアンス経営で有名なジョンソン&ジョンソンですら、残念な不祥事は起こしているのです(たとえばこちらのNHKニュース)。したがって、どんな組織風土でも不祥事は起きるわけでして、課題は役職員に仕事を進めるうえで余裕があるかどうか、ということです。

過去の他社不祥事を題材に、双方向でケーススタディ研修を行うこともありますが、「リスクへの想像力」はほとんどの方がお持ちです。ただ、それは平時の冷静な頭で考えているからであり、これが有事となれば頭の思考方法が変わります。納期のプレッシャーやノルマの達成、コストや返品率の削減、社長特命業務の推進等、無理をしないと対処できない場面では、コンプライアンス経営よりも優先順位が高い課題が浮上してリスクへの想像力は後退します。結局のところ、売上を伸ばす、コストを下げるためには生産性を高めるしか方法はなく、現場が無理をしていることを幹部が把握していなければ「不祥事の芽」は容易に「一次不祥事」に発展します。

ということで、私自身は「企業は不祥事と上手につきあいながら事業を推進することが肝要」と思っておりますが、なかなか世間には納得してもらえず「不祥事予防思想」があいかわらず主流です。今のところ、不祥事防止の特効薬のようなものは見出せていませんが、経営幹部はできるだけ現場に余裕があるかどうか、部門横断的に状況を把握することが「不祥事事前防止」への早道ではないかと思っています(この「部門横断的に」というところが日本企業の場合には難問になりますが)。ちなみに表層的な監査では、現場社員は心理学上の認知不協和によって(不正が恒常化していても)けっこう元気に仕事をされているので留意する必要があります。私は、現場の実務をよく知る「第2線」の管理部門の働きに期待しています。

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2024年9月24日 (火)

虎に翼-尊属殺人重罰規定(旧刑法200条)違憲判決(どこまで描けるか)

Img_20240924_112615621_512(本エントリーはビジネス法務とは関係ございません)いよいよ最終週となった朝ドラ「虎に翼」。ラスト4分の1を経過した時点から視聴率が伸び悩んでおり、「朝から難しい話題はちょっと」「展開が早すぎてわかりにくい」と敬遠された方も多かったのでしょうね。ただ、私にとっては「大ヒット作」であり、記憶に残る朝ドラとなりました。左は昭和48年4月4日の朝日新聞(夕刊)の一面です。尊属殺人被告事件3件が併せて最高裁大法廷で判決が言い渡されたことが報じられています。

9月25日のドラマでは、尊属殺人重罰規定の違憲判決(それまでの判例を変更する判決)が最高裁大法廷で下される日(昭和48年4月4日)を迎えることになりますが、どこまでリアルに描ききれるのか、とても興味があります。憲法や刑事法に詳しい方ならご存知のとおり、15名の裁判官で構成される大法廷は、刑法200条(尊属殺重罰規定)の合憲性について3つの意見に分かれます。最高裁長官を含む多数意見(8名)は「刑法200条が普通殺のほかに尊属殺という特別の罪を設け、その刑を加重すること自体はただちに違憲とはいえないけれども、その加重の程度があまりにも厳しい点において同条は(不合理な差別であり)憲法14条1項に違反する」というものです。

違憲という結論は同じでも、別の意見(6名)は、(いろいろ細かな意見の違いはありますが)尊属殺人について、普通の殺人罪と区別して重罰規定を設けること自体が憲法14条1項に違反する、というものです。また、尊属殺重罰規定は合憲として反対意見を述べておられる裁判官もおられます。つまり松山ケンイチさん演じる最高裁裁判長は多数意見に与するものでありますが、朝ドラをこれ以上難しくしないために、おそらく裁判官全員一致で6名の少数意見(リアルの裁判)が多数意見として述べられるのではないか・・・と推察いたします。本当の最高裁判決をそのまま参考にするとなると、ドラマ的にはやや問題を残す(視聴者のスッキリ感がない)ようにも思えるのですよね(ただ、そこまで描くとなればスゴイのひとことかと)。

なお、尊属殺人重罰規定(刑法200条)が刑法から削除されたのは平成7年の法改正の時点、つまり刑法が口語体に改正された時点です。それまでは六法にも普通に尊属殺規定が残っておりました。

思い返せばドラマ第1回の冒頭シーンで、寅子が川原で「第14条 法の下の平等」という(新憲法を紹介する)新聞記事を読みながらポロポロ涙していましたが、こうやって最終回間近で完結するのはお見事。しかし、あらためて上記昭和48年判決を読み返すと、被告人が父親から蹂躙され続けてきた事実はドラマで述べられていたとおりであり、よくここまで朝ドラで厳しい現実を描いてきたなぁと感心します。ちなみに朝ドラファンの私は「虎に翼ロス」に陥ることもなく(?)、すでに「おむすび」のロケ地(神戸・王子動物園近くの商店街)に足を運んでまいりました。

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日本郵便の「ゆうちょ銀行顧客情報」流用問題はかなりマズい

JR九州高速船におけるコンプライアンス違反問題(国交省から解任命令が発出された)もかなりマズいと思いましたが、9月21日にマスコミで一斉に報じられた日本郵便における顧客情報流用問題もかなりマズいような気がしております(詳しく報じる朝日新聞ニュースはこちら)。以前、私も日本郵政グループにおけるコンプライアンス委員を務めておりましたので、あまり偉そうなことは言えませんが💦・・・。

記事では「保険業法違反」とありますが(日本郵便がゆうちょ銀行およびかんぽ生命の窓口業務を受託している点がミソ)、日本郵便としては、あらかじめゆうちょ銀行の顧客からの同意を得なければ、ゆうちょ銀行の顧客情報を目的外使用できないはず。なお、一般社団法人生命保険協会策定にかかる「生命保険業における個人情報保護のための取扱指針」によれば、同意取得を目的として顧客に電話をしたり、メールを送信すること自体は目的外使用にはあたらない、とされています。日本郵便としては「顧客が来局したあとに同意を得れば問題ないと認識していた」と説明しているそうですが、保険勧誘目的で来店を促していること自体、すでに顧客情報を目的外使用しているわけですから、ちょっと理由にはならないように思います。

日本郵便では、今年1月にも郵便局長が顧客情報を政治流用していた問題が浮上していたところであり(こちらの朝日新聞ニュースご参照)、その際にも「情報流用の動機としては、懇意の顧客を選べば苦情に発展しないと考えた」との説明がなされていました。保険事業の競争の公正確保ということよりも、「ビジネスと人権」への配慮が強く求められる時代となったのですから、個人情報保護法の趣旨に沿った対応が日本郵政グループにも必要ではないかと。たしかに特定郵便局によっては少人数でゆうちょ銀行、日本郵便、かんぽ生命の仕事を担当している地域もあるので、やむを得ないところもあるのかも・・・とも思えるのですが、報道をみるかぎりでは都市部も含めて組織関与の可能性もありそうで、経営面にも影響が出そうな予感がいたします。

しかしかんぽ生命は真摯に取材にも対応していますが、日本郵便とゆうちょ銀行はノーコメントというのも組織間でのコンプライアンス経営に対する取組みに温度差があるようで興味深いところです。最近、金融庁から(損保大手における顧客情報流用事件を契機として)生保大手に対しても調査要請が来ていることとも関係があるのかもしれませんね。

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2024年9月19日 (木)

スコーピオン・キャピタルの不正会計疑惑への指摘は教訓とすべきである

9月18日、大手生保会社が機関投資家としての行動規範であるスチュワードシップ活動報告書(2024年)を公表されたそうで、その中で、性加害問題のあった旧ジャニーズ事務所と取引のあった投資先企業62社に対し、人権問題への対応状況を確認中であることを明らかにしたそうです(ブルームバーグニュースはこちらです)。旧ジャニーズ事務所創業家の方が、最近すべての関連会社の役員を退任されたことが報じられていますが、こういった経緯を取引先もモニタリングされているのでしょうね(以下本題です)。

さて、7月16日に「空売りファンドの戦略-監査役員こそ見習うべきでは?」なるエントリーでスコーピオン・キャピタルによってレーザーテック社が不正会計疑惑を指摘された事例をご紹介しました。その後、9月17日の日経ニュース記事「レーザーテック、空売りファンド『サソリの毒』広げた甘さ」で会社側の対応が紹介されているように、会社側の危機対応にややタイミングが悪かった問題もありましたが、調査委員会を設置して「不正は認められなかった」との調査結果を公表し、ほぼ一件落着となったようです。

上記日経記事では、レーザーテック社の平時からの脇の甘さを指摘していますが、同社CFO退任にまで至った経緯は決してレーザーテック社固有の事情とも言えず、他社も教訓とすべきと表現しています。これまでも不正会計疑惑をファンドによって指摘される事例はありましたが、スコーピオンのレポートはかなり精緻な指摘もあり、風説の流布(金商法上の不適切行為)とも言えないところがありますので、こういった事案も株主との対話が重視される時代には留意が必要ですね。

といいますか、(私の勝手な意見ですが)そもそも今回のスコーピオンの不正会計疑惑の指摘は政府(とりわけ金融庁)も(表だっては言わないものの)ウエルカムなのではないか、と考えるところもあります。すでに何度も申し上げているように、2013年から始まった企業統治改革がそれなりに実効性を発揮するに至ったのは、昨年3月の東証「PBR1倍割れ改善要請」から金融庁・アクションプログラムの公表、経産省企業買収行動指針の公表に連なる一連のハイリスク・アプローチ(民間の力を借りた行政施策の推進)によるところが間違いなく大きいわけです。今回の一件も、このハイリスクアプローチによる施策の具体化とみることができるのではないかと。

企業情報開示の健全化は金融庁も推進しているところであり、これをいちいち行政処分の発動によって対処することは金融庁のもつ資源からみて困難です。当然、民間の力を活用して健全化を図るという方向性は十分に考えられるわけでして、スコーピオンのレーザーテック社へのポジティブなアクションはまさにその方向性にありそうです。ということで(?)、ファンドによる同様のアクションは制度会計への関心が薄い上場会社にとっては要注意ではないかと思うところです。

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2024年9月18日 (水)

経営判断原則と信頼の原則を「よき意思決定」に活かす-倉橋論文は秀逸(と思う)

9月9日のこちらのエントリーや8月14日にこちらのエントリーで、JR九州グループ会社はさすがにマズイのでは?と書きましたが、やはり予想どおりマズかったですね。コメント欄で「門外漢」さんに詳しく紹介いただいておりますが、国交省から海上運送法に基づく安全統括管理者への解任命令が出されたそうで、海運会社としては厳しい処分となりました(読売新聞ニュースはこちら)。さらに刑事告訴の可能性もありますね。ちなみに鉄道では2014年にJR北海道にも(鉄道事業法に基づく)解任命令が発出されていました。しかし、グループ会社社長がどうしてここまで安全軽視の行動に至ったのか、そこまでしなければならなかったのか、ぜひ真相を知りたいです。

さて、旬刊商事法務の最新号(2369号)における倉橋雄作弁護士のご論稿「経営判断原則と信頼の原則を『よき意思決定』に活かす」を拝読しました。社外取締役がどのように経営判断に関われば「稼ぐ力を取り戻す」ための良質な意思決定が可能となるのか、今、私自身が思い悩んでいる課題へのヒントが本論稿にはたくさん詰まっており、大いに参考になりました。ちょうど9月18日から経産省の新しいガバナンス研究会が始まるそうですので、絶妙のタイミングですね。

これまでの経営判断原則に関連する重要判例(誰もがよく知っている、とまでは言えない玄人好みの裁判例も含む)などを検討されて、意思決定の向上のための「取締役の行動規範」を導き出すわけですが、単純に「敗訴リスク」(安全領域)を語るのではなく、指摘された内容は「提訴リスク」(安心領域)にまで反映させることが可能なので、「攻めのガバナンス」の実践にも応用できそうな視点が掲示されています。かなりわかりやすく書かれていますが、弁護士以外の社外役員の皆様に理解してもらうには、もうひといき通訳的な解説が必要かもしれません。

ただ、私も社外役員として「おぼろげに」迷っていたことが、裁判例の分析・検証・比較などからきちんと取締役の行動規範に「昇華」させている点は秀逸。もちろんご異論・ご批判もあるかもしれませんが問題提起としては素晴らしいと思いました。旬刊商事法務も、定期購読者でないとなかなかお目にかかれない雑誌ですが、なんとか多くの人に読まれて「よき意思決定」に活かすための視点については企業実務家、とりわけ社外取締役の皆様に理解していただくことは有益ですね。今まで「経営判断原則とはこんなもの」と当たり前に考えていた論点に、新たな気づきを得ることができました。

ちなみに続編は「信頼の原則」を「よき意思決定」に活かす内容かと思われますが、こちらも楽しみです。

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2024年9月17日 (火)

リスクマネジメントTODAYに論稿を掲載していただきました。

Img_20240916_204053733_512最近「つながらない権利」について議論されることが増えていますね。オーストラリアや英国では法制化される、ということで、日本でも実践している建設業界の大手企業なども紹介されています。上司や取引先から労働時間外にアクセスされない権利を認める、ということは、まず社員の評価を変えていく必要があるのではないでしょうか。

そもそも取引先から良い評価を受ける営業マンとは、普通なら実現までに(内部ルールからすれば)1週間かかる要望を、なんとか明日までに実現してくれるタイプの社員のはず。そこには当該営業マンならではのネットワークを活用して無理を聞いてくれる仕事ぶりがあるわけですが、「つながらない権利」(あるいはこれを尊重する義務)が制度化されると、属人的な素養によって取引先から評価を上げることは困難になるように思います。本当に「つながらない権利」を企業が尊重するのであれば、取引先にも理解をいただくことと、自社社員の評価内容を変更することが不可欠と思うのですが、それって本当にできることなのでしょうか・・・。またまた「管理職受難の時代」が深化しそうな予感もします。

さて(前置きが長くなりましたが)、一般財団法人リスクマネジメント協会発行「リスクマネジメントTODAY」最新号(146号)特集「不祥事は防げるのか?」におきまして、「企業不祥事の事前防止に必要なリスクマネジメントとガバナンス」と題する論稿を掲載していただきました。

日ごろは「不祥事は起きることを前提に早期発見、早期是正の措置を講じよ」とお伝えすることが多いのですが、業種によっては不祥事を起こすこと自体で大きな社会的信用を毀損させることもあり、最近は事前防止措置へのご要望が多いのですよね。私からみれば事前防止型措置はレベルが高いのですが、そういった不祥事予防重視型のリスクマネジメントの施策について提言をしたものです。

なお、企業の有事対応というのはすでに企業不祥事発覚後に対応するケースが多く、その巧拙というのは我々支援する側にも、また企業側にもわかりやすいですね(公表されている事案であれば第三者評価もできますね)。しかし事前防止策の巧拙というのは、果たしてその防止策があったから不祥事が起きなかったのか、それとも何も施策を講じなくても起きなかったのかは、よくわからないのです。ということで我々の商売にもなりにくいところであり、そのあたりの理由もあって、事前防止型措置はレベルが高いと感じている次第です。

RM協会HPより、一冊からでも購入できるようなので、ご興味がございましたら、ぜひご参考にしていただければ幸いです。

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2024年9月11日 (水)

「D&I」がいつの間に「DE&I」になったのですか?

インキ事業で世界ナンバーワンのDICが所有する川村記念美術館(千葉県佐倉市)の存続を巡り、同社社外取締役4名による価値共創委員会の評価(判断)が話題になっていますね(8月27日付け「価値共創委員会による「美術館運営」に関する助言並びに それに対する当社取締役会の協議内容と今後の対応についての中間報告」)。サントリーやブリヂストンのように財団が保有しているのではなく、上場会社であるDIC自体が保有している資産であり、また運営が苦しいということもあるので売却、事業縮小、廃止という選択肢が検討されているようです。これに対しては地元が存続を求めて署名活動が開始されています。

株主からの(資本効率向上への)要求が強いのかもしれませんし、外野からあれこれと批判もしにくい話題ですが、DICの事業からみても、この美術館こそ同社の存在意義(アイデンティティ)に関わる資産であることは間違いないと思います。社員のヤル気(生産性)に影響を及ぼすものかもしれませんし、同社の歴史とともに築き上げてきたブランドにも関わるように思います。このようなブランドだからこそステークホルダーをひきつける求心力があるのではないでしょうか。このあたりは社内の経営陣が中心になって議論すべき点のようにも思えて、社外取締役を中心とした委員会が決定することには、やや違和感があります(もちろん、私見です)。ということで、以下も社員のヤル気に関する話題です。

ときどき世の中から取り残されてしまった気分になるときがありますが、昨今、日経の記事を読むと「DE&I」(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)と表記されていることに(恥ずかしながら、ようやく?)気づきました。ダイバーシティがいつの間にかダイバーシティ&インクルージョン(D&I)と言われるようになり、座談会に登壇する際などにも気をつけておりましたが、そこにいつから「E」がくっつくようになったのでしょうか?

日本生産性本部のWEBサイトの解説によれば

「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」とは、従来、企業が取り組んできた「ダイバーシティ&インクルージョン」に「公平/公正性(Equity)」という考えをプラスした概念です。多様な人が働く組織の中で、それぞれの人に合った対応をすることで、それぞれがいきいきと働き、成果を出し続けるための考え方とされています。

とのこと。なるほど。そういえば以前、某社法務部長さん(女性)から「会社辞めます」といった悩みをお聞きしたところ、女性のライフスタイルに法務部長という職務がまったく合っていないことを批判されていたと記憶しています。当該会社は男女問わず管理職として活躍できるように、そもそも幹部社員の職務自体を変えたところ、社内における「根回し」のスタイルも変わったことで、また管理職候補の女性が戻ってこられました。

「女性管理職30%目標」と言われますが、そもそも社内の管理職は男性中心のライフスタイルに合った形で作られているので、これを男女を問わず務めることができるような職務に形を変えていかないと間接差別はなくならず、上記目標の実現はむずかしいのでしょうね。そのための「E(公平・公正性)」だと理解をいたしましたが、そのためには、まだまだ社内の意識改革とDXへの取組みが必要ではないでしょうか。私にはこの「E」の実践は、かなりハードルが高いように思えてきます。

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2024年9月10日 (火)

週刊現代、ガバナンス界隈の「パンドラの箱」を開けてしまう

週刊現代(講談社)の9月9日付け現代ビジネス記事「小林製薬の経営に関わって11年…なぜ彼は口を閉ざすのか『ミスター社外取締役』伊藤邦雄氏を直撃した」の前編・後編を読みました。ちなみに後編の見出しは「『彼が社外取締役を務める企業では不祥事が相次ぐ』…金融業界で危険視される『伊藤銘柄』の正体」というかなりとんがったものです。今まで伊藤教授への(不祥事関連での)突撃レポートって「やりたくてもやれない」といった雰囲気がガバナンス界隈の常識だったはず( ;∀;)。

私はセブン&アイのケースではカリスマ会長さんに解任要求を出し、小林製薬のケースでは創業家会長の退任を決断させたという意味では、伊藤氏は有事に力を発揮する「ガバナンスの雄」ではないかと考えております。経済界の重鎮に退任を迫り、結果を出した人はそんなにいないはず。もちろん顧問料月額50万円を交渉の末に200万円で「手打ち」をして社風を変えようとしたわけですから、それなりにご苦労はあったのではないかと推察します。

ただ、やはり世間では「小林製薬には4人も社外取締役がいて、いったい何をしていたのか」といった批判が渦巻いているのも事実。上記記事における八田進二先生のように「社外取締役がリスク情報に受け身ではダメ。自ら情報を取りに行くべきではないか」とのご意見も多くの方が抱いていたはずです。さらに事件公表後、社外取締役らが執行部に対して「これからはすぐに報告せよ」と厳命したことも報じられましたが、依然として関連死亡者数の変更等で世間から信頼を失う事態が続いています。ただ、なんとなく「伊藤レポート2.0」などが世間でもてはやされておりますと、「なぜ伊藤先生がいるのに・・・」と口にはなかなか出せないもの。そのような中で、前記の「突撃レポート」はなかなかの趣が感じられます。

上記現代ビジネス記事における伊藤邦雄氏の発言でひとつ気になったのが(記者)「伊藤さんが社外取締役を務めながら、なぜ情報が上がってくる仕組みづくりをしなかったのか」に対して(伊藤氏)「マンスリーレポートで監査役に情報が行き、そこから我々(社外取締役)に情報が来るようになっていた。今の仕組みが悪いとは思わないし、他社と比べても劣っているところはない」と回答されています。

本当に伊藤氏がそのように発言したのであれば、監査役(監査役会)が社外取締役に重要情報を伝達しなかった、もしくは監査役(監査役会)の情報感度が悪かった(だから情報が届かなかったのだ)といった意味の弁解にとれます。たしかに常勤監査役さんは今年2月中旬ころまでにはサプリメントの服用者に腎疾患症状者が出ているリスク情報は認識していたことが調査委員会報告にも出ていましたね。ちなみに「事実検証委員会の調査報告を踏まえた取締役会の総括について」(2024年7月23日付け)29頁では、

2月 21 日付監査役会においては、常勤監査役から本件問題の概要について説明を行い、社外監査役との間で質疑応答が行われた。2 月 21 日付監査役会における本件問題についての総括は、監査役会としても本件問題を注視していく必要があることが確認されるとともに、事案の性質上、小林製薬としてのアクションが遅くなってはいけないというものであった。

との記載がありますが、公表1か月前の時点で監査役会として、どのような行動に出たのかは明らかになっていません。

ところで仮に監査役が社外取締役に情報を伝達していたとすれば、社外取締役の皆様は何か行動を起こし得たのでしょうかね?うーーん。現に、おひとりの社外取締役の方は熱心に「重要情報はすぐに届けよ」と社員に伝えており、社員がそのとおり早期に重要情報を届けていたにもかかわらず、何の行動も起こしていなかったことが調査報告書で明らかになっています(上記7月23日付け報告書28頁)。私は、他の社外取締役さん方も、同様に早期に重要情報を入手していたとしても、何ら行動には出ていなかったのではないかと推測します。←このあたり、とても重要なポイントですよね。

せっかく週刊現代がパンドラの箱を開けたのですから、小林製薬の監査役会はご自身方が(社外取締役に情報を伝達していなかったとしても)善管注意義務を尽くしていたこと、および社外取締役が(自ら情報を取りに行くことがなかったとしても)善管注意義務を尽くしていたことを、根拠事実をもって表明することが必要ではないでしょうか(いずれも監査役としての職責に関する話であります)。そのあたりが私はずっと気になっております。創業家の力から解放された小林製薬のガバナンスを世間に示すには絶好の機会ではないかと。

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2024年9月 9日 (月)

JR九州高速船事案-親会社の対応の本気度

さて、8月14日のこちらのエントリー「JR九州グループ会社の危機対応(さすがにこれはマズいのでは?)」以来、親会社であるJR九州社の危機管理について注目しておりましたが、9月3日付けにて事件解明に向けて第三者委員会を設置したことがリリースされております(「第三者委員会設置に関するお知らせ」)。西村あさひ法律事務所危機管理チームのリーダーの方が委員長であり、万全の体制で危機管理に臨む方針のようですね。

国交省から要望があったのか、それとも自浄作用として自ら決定したのかはわかりませんが、事案の状況からみて、やはりこのあたりまでの対応が必要ではないかと予想しておりました。問題は、この第三者委員会が親会社の責任にまで踏み込むのか、それともあくまでもグループ会社のガバナンス、内部統制の問題のみ取り上げるのか、という点です。グループ会社の重大不祥事発生時に、(再発防止策を含めて)親会社がどの程度の信用回復措置をとるべきか、そのレベル感について第三者委員会報告書でまた学ばせていただきたいと思います。

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2024年9月 7日 (土)

報道機関の皆様へ-兵庫県百条委員会関連の取材について

昨日、本日と新聞、雑誌、放送関係の方より表記の件についての取材依頼がございましたが、すべてお断りさせていただいております。昨日の百条委員会における奥谷委員長の発言のとおり、私には(昨日の委員会の時間変更のために)委員の皆様から当職への(追加の)書面による質問ならびにその回答の機会が設けられました。したがいまして、書面による質疑の機会が事実上終了するまでは、委員会における参考人としての発言への解説や付け加え、修正等は差し控えさせていただくことが適切と考えております。どうかご理解のほど、よろしくお願いいたします。

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2024年9月 6日 (金)

兵庫県文書配布問題-百条委員会の参考人として供述しました。

兵庫県議会の文書問題調査特別委員会(百条委員会)に参考人として招致され、公益通報者保護法の観点から意見を陳述いたしました(当日の配布資料はこちらからご覧になれます)。もちろん私個人の意見ですが、本件に関する兵庫県執行部の言動には現行の公益通報者保護法の適用場面が認められると思料いたします。

委員長の記者会見では、百条委員会による結論は今年末までには出したい、とのこと。通報者がお亡くなりになるという痛ましい現実をみるに、あらためて公益通報者保護法が機能しなかった点については十分に検証していただきたいと思いますし、私自身もどうすれば公益通報者保護法が機能するのか、さらに考え、実行に移してまいります。通報者である元西播磨県民局長様には謹んで哀悼の意を表します。

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2024年9月 2日 (月)

(続)セブン&アイへの買収提案-株主に迫られる困難な判断

8月29日に「セブン&アイへの買収提案-日本株式会社の本気度が試されている」において経産省「企業買収行動指針」の運用に関する素朴な疑問を呈しておりました。やはり世間的にも注目されている事件ということで、8月30日に日経ビジネス(有償記事)「カナダ社のセブン買収提案で注目の指針 『生みの親』が語る論点」なる記事にて、同指針の「生みの親」(研究会座長)でいらっしゃる神田先生がセブン&アイの初期対応に対するご意見を述べておられます。

詳細は上記記事をお読みいただきたいのですが、神田先生としては「行動指針は参考にしてほしいが、具体的なケースは千差万別。ただ、現状ではセブン&アイは企業買収行動指針に従っているようにみえる。企業価値を高めるいい買収なのか、それとも損なう悪い買収なのか結論を出すのは難しい」とのこと。

たしかに①企業価値向上に資する買収かどうか、②買収による企業価値向上分の利益は株主に公正に分配されるかどうか、③最終判断を下すべき株主が合理的な判断が可能となるだけの情報が(双方から)開示されるかどうか、といったあたりをセブン&アイの取締役会や特別委員会が検討しているものと思われますので、神田先生のご意見のとおりかと思います(外為法関連の対策は別として)。

ただ、セブン&アイが反対するパターンとして挙げておられる2つの場面というのは、なかなか取締役会としても判断が困難に思えます。ひとつめは「今の株価は当社の企業価値を正しく反映していない。提案価格は安いので高くしてほしい」との要望を出すこと。しかし、これは企業買収行動指針に沿えば、買収されたほうが企業価値が上がるということを認めたうえでの要望ということになるのでしょうね。現経営陣ではこれ以上株価を上げることはむずかしい、だから買収されれば株価ひいては企業価値が上がるということを認めることはちょっとむずかしそうです。

そしてもうひとつは「今の経営陣で続けた方が企業価値がプラスになる。これまで培った社員や顧客基盤などがあるのに、買収されて変わってしまえば、これらを失う可能性がある」と訴える方法。ローランドに対してブラザー工業が買収提案をしてきたときに、いくら買収価格が高いといっても「ディスシナジーが発生する」との理由で拒絶した事例もこれにあたるのでしょうか。しかし、神田先生が「日本企業はこのパターンが多い。ただ本当にそうなるのかは分からない。結局、それを信じるのか信じないのか。株主は難しい判断を迫られる」とおっしゃるとおり、これって経営に関与していない株主(しかも30%以上が外国人株主)が判断できるような内容ではありませんね。そもそもステークホルダーの利益を害することは株主の価値を毀損するので、現経営陣でないと価値を上げることはできないと言っているに等しいので、誰でも語れる内容ではないかと。

バックに膨大な数の実質株主が控える機関投資家からすれば、米国の訴訟リスクを負わないためにも「わかりやすい説明」にのっかるのが筋でしょうから、やっぱり提案された買収価格(対抗価格も含めて)に依拠せざるを得ないように思えます。短期的利益を求めて買いたたこうとするアクティビスト向けには企業買収行動指針は有益かとは思いますが、本気で買収企業のシナジーを上げようとする海外の大手企業に対しては、あまり有効策ではないような気がますますしてきました。

今後、企業買収行動指針が「あって良かった!」と思える場面とすれば、9月以降本格化すると思われるM&A対応取締役に対するアクティビストからの株主代表訴訟、第三者損害賠償請求訴訟の被告となった場合の敗訴リスクを低減する、ということではないかと。ポピュレーションアプローチではなく、ハイリスクアプローチによって企業統治改革を実現しようと舵を切ったのであれば、当然起きる結果ですね。ホント、日本企業が本気で資本効率を上げるための施策を進めれば進めるほど、海外大手企業による本気度の高い買収提案が増えますね。←この傾向を(企業統治改革の行く末として)政府は歓迎するのかしないのか。

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