(続)セブン&アイへの買収提案-株主に迫られる困難な判断
8月29日に「セブン&アイへの買収提案-日本株式会社の本気度が試されている」において経産省「企業買収行動指針」の運用に関する素朴な疑問を呈しておりました。やはり世間的にも注目されている事件ということで、8月30日に日経ビジネス(有償記事)「カナダ社のセブン買収提案で注目の指針 『生みの親』が語る論点」なる記事にて、同指針の「生みの親」(研究会座長)でいらっしゃる神田先生がセブン&アイの初期対応に対するご意見を述べておられます。
詳細は上記記事をお読みいただきたいのですが、神田先生としては「行動指針は参考にしてほしいが、具体的なケースは千差万別。ただ、現状ではセブン&アイは企業買収行動指針に従っているようにみえる。企業価値を高めるいい買収なのか、それとも損なう悪い買収なのか結論を出すのは難しい」とのこと。
たしかに①企業価値向上に資する買収かどうか、②買収による企業価値向上分の利益は株主に公正に分配されるかどうか、③最終判断を下すべき株主が合理的な判断が可能となるだけの情報が(双方から)開示されるかどうか、といったあたりをセブン&アイの取締役会や特別委員会が検討しているものと思われますので、神田先生のご意見のとおりかと思います(外為法関連の対策は別として)。
ただ、セブン&アイが反対するパターンとして挙げておられる2つの場面というのは、なかなか取締役会としても判断が困難に思えます。ひとつめは「今の株価は当社の企業価値を正しく反映していない。提案価格は安いので高くしてほしい」との要望を出すこと。しかし、これは企業買収行動指針に沿えば、買収されたほうが企業価値が上がるということを認めたうえでの要望ということになるのでしょうね。現経営陣ではこれ以上株価を上げることはむずかしい、だから買収されれば株価ひいては企業価値が上がるということを認めることはちょっとむずかしそうです。
そしてもうひとつは「今の経営陣で続けた方が企業価値がプラスになる。これまで培った社員や顧客基盤などがあるのに、買収されて変わってしまえば、これらを失う可能性がある」と訴える方法。ローランドに対してブラザー工業が買収提案をしてきたときに、いくら買収価格が高いといっても「ディスシナジーが発生する」との理由で拒絶した事例もこれにあたるのでしょうか。しかし、神田先生が「日本企業はこのパターンが多い。ただ本当にそうなるのかは分からない。結局、それを信じるのか信じないのか。株主は難しい判断を迫られる」とおっしゃるとおり、これって経営に関与していない株主(しかも30%以上が外国人株主)が判断できるような内容ではありませんね。そもそもステークホルダーの利益を害することは株主の価値を毀損するので、現経営陣でないと価値を上げることはできないと言っているに等しいので、誰でも語れる内容ではないかと。
バックに膨大な数の実質株主が控える機関投資家からすれば、米国の訴訟リスクを負わないためにも「わかりやすい説明」にのっかるのが筋でしょうから、やっぱり提案された買収価格(対抗価格も含めて)に依拠せざるを得ないように思えます。短期的利益を求めて買いたたこうとするアクティビスト向けには企業買収行動指針は有益かとは思いますが、本気で買収企業のシナジーを上げようとする海外の大手企業に対しては、あまり有効策ではないような気がますますしてきました。
今後、企業買収行動指針が「あって良かった!」と思える場面とすれば、9月以降本格化すると思われるM&A対応取締役に対するアクティビストからの株主代表訴訟、第三者損害賠償請求訴訟の被告となった場合の敗訴リスクを低減する、ということではないかと。ポピュレーションアプローチではなく、ハイリスクアプローチによって企業統治改革を実現しようと舵を切ったのであれば、当然起きる結果ですね。ホント、日本企業が本気で資本効率を上げるための施策を進めれば進めるほど、海外大手企業による本気度の高い買収提案が増えますね。←この傾向を(企業統治改革の行く末として)政府は歓迎するのかしないのか。
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コメント
山口さん
ごめんなさい。セブン&アイに関係ないのですが、、、
DICがファンド株主からの川村記念美術館の切り離しの要請に応じた?株主利益の最大化と企業市民とのバランスって何なのか考えさせられる話題と思います。
企業は財団を組成し運営を切り離すのが通例と思っていましたが、DICは財団ありますが、美術館の運営を財団に移管していなかったのか?
ぜひ、やまぐちさんのいけんをブログでお願いします。
https://www.kacf.jp/
DIC川村記念美術館は、美術史上欠かすことのできない世界的に貴重な作品を数多く所蔵し、古典から現代までの幅広い美術の流れを一望できる、国内屈指の美術館です。
また、四季折々の佐倉の自然が調和する庭園と、そこに溶け込む建築が大きな特徴であり、佐倉の里山の地形を活かした庭園を彩る、千葉県在来の樹木や草花とそこを訪れる野鳥のさえずりは、訪れた人々に日々の喧騒を忘れさせ、心休まるひとときを与えてくれています。
芸術・自然・建築が高いレベルで調和するDIC川村記念美術館は、それ自体がひとつの「作品」であり、移転・閉館といった運営方法の見直しは、佐倉市、千葉県のみならず、我が国の文化芸術の普及・発展にとっても大きな損失です。
私たちは、DIC川村記念美術館の存在価値を再確認するとともに、佐倉市での存続を強く願い、お心を同じくする皆様の署名をお願いするものです
https://www.city.sakura.lg.jp/soshiki/bunkaka/oshirase/19555.html
投稿: 杉山忠昭 | 2024年9月 5日 (木) 18時12分
DIC
https://pdf.irpocket.com/C4631/Rhyn/DBJg/TKxD.pdf
投稿: 杉山忠昭 | 2024年9月 5日 (木) 18時17分
杉山さん、この話題は私も日経記事がアップされてから気になっております。先日、日本公認会計士協会のシンポに登壇した際にも自説を述べたのですが、また賛否は分かれると思いますがエントリーで意見を述べたいと思います。
投稿: toshi | 2024年9月 7日 (土) 11時12分