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2024年9月10日 (火)

週刊現代、ガバナンス界隈の「パンドラの箱」を開けてしまう

週刊現代(講談社)の9月9日付け現代ビジネス記事「小林製薬の経営に関わって11年…なぜ彼は口を閉ざすのか『ミスター社外取締役』伊藤邦雄氏を直撃した」の前編・後編を読みました。ちなみに後編の見出しは「『彼が社外取締役を務める企業では不祥事が相次ぐ』…金融業界で危険視される『伊藤銘柄』の正体」というかなりとんがったものです。今まで伊藤教授への(不祥事関連での)突撃レポートって「やりたくてもやれない」といった雰囲気がガバナンス界隈の常識だったはず( ;∀;)。

私はセブン&アイのケースではカリスマ会長さんに解任要求を出し、小林製薬のケースでは創業家会長の退任を決断させたという意味では、伊藤氏は有事に力を発揮する「ガバナンスの雄」ではないかと考えております。経済界の重鎮に退任を迫り、結果を出した人はそんなにいないはず。もちろん顧問料月額50万円を交渉の末に200万円で「手打ち」をして社風を変えようとしたわけですから、それなりにご苦労はあったのではないかと推察します。

ただ、やはり世間では「小林製薬には4人も社外取締役がいて、いったい何をしていたのか」といった批判が渦巻いているのも事実。上記記事における八田進二先生のように「社外取締役がリスク情報に受け身ではダメ。自ら情報を取りに行くべきではないか」とのご意見も多くの方が抱いていたはずです。さらに事件公表後、社外取締役らが執行部に対して「これからはすぐに報告せよ」と厳命したことも報じられましたが、依然として関連死亡者数の変更等で世間から信頼を失う事態が続いています。ただ、なんとなく「伊藤レポート2.0」などが世間でもてはやされておりますと、「なぜ伊藤先生がいるのに・・・」と口にはなかなか出せないもの。そのような中で、前記の「突撃レポート」はなかなかの趣が感じられます。

上記現代ビジネス記事における伊藤邦雄氏の発言でひとつ気になったのが(記者)「伊藤さんが社外取締役を務めながら、なぜ情報が上がってくる仕組みづくりをしなかったのか」に対して(伊藤氏)「マンスリーレポートで監査役に情報が行き、そこから我々(社外取締役)に情報が来るようになっていた。今の仕組みが悪いとは思わないし、他社と比べても劣っているところはない」と回答されています。

本当に伊藤氏がそのように発言したのであれば、監査役(監査役会)が社外取締役に重要情報を伝達しなかった、もしくは監査役(監査役会)の情報感度が悪かった(だから情報が届かなかったのだ)といった意味の弁解にとれます。たしかに常勤監査役さんは今年2月中旬ころまでにはサプリメントの服用者に腎疾患症状者が出ているリスク情報は認識していたことが調査委員会報告にも出ていましたね。ちなみに「事実検証委員会の調査報告を踏まえた取締役会の総括について」(2024年7月23日付け)29頁では、

2月 21 日付監査役会においては、常勤監査役から本件問題の概要について説明を行い、社外監査役との間で質疑応答が行われた。2 月 21 日付監査役会における本件問題についての総括は、監査役会としても本件問題を注視していく必要があることが確認されるとともに、事案の性質上、小林製薬としてのアクションが遅くなってはいけないというものであった。

との記載がありますが、公表1か月前の時点で監査役会として、どのような行動に出たのかは明らかになっていません。

ところで仮に監査役が社外取締役に情報を伝達していたとすれば、社外取締役の皆様は何か行動を起こし得たのでしょうかね?うーーん。現に、おひとりの社外取締役の方は熱心に「重要情報はすぐに届けよ」と社員に伝えており、社員がそのとおり早期に重要情報を届けていたにもかかわらず、何の行動も起こしていなかったことが調査報告書で明らかになっています(上記7月23日付け報告書28頁)。私は、他の社外取締役さん方も、同様に早期に重要情報を入手していたとしても、何ら行動には出ていなかったのではないかと推測します。←このあたり、とても重要なポイントですよね。

せっかく週刊現代がパンドラの箱を開けたのですから、小林製薬の監査役会はご自身方が(社外取締役に情報を伝達していなかったとしても)善管注意義務を尽くしていたこと、および社外取締役が(自ら情報を取りに行くことがなかったとしても)善管注意義務を尽くしていたことを、根拠事実をもって表明することが必要ではないでしょうか(いずれも監査役としての職責に関する話であります)。そのあたりが私はずっと気になっております。創業家の力から解放された小林製薬のガバナンスを世間に示すには絶好の機会ではないかと。

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コメント

本当に鋭い論点を次々に書かれており、いつも勉強させていただいております

今般の件、過去のコメント(7月25日)も含め気になる点が多いです。しっかり深掘りすることで今後の企業のリスクマネジメントやガバナンス面での教訓として非常に有用だと思っています
①報告書によると2月21日の監査役会と同日に取締役会も開かれています(P.54)。執行と監督の基本的な関係として、執行部門の会議での議論内容が監査役会や取締役会に報告されるべきですが、先生の引用のように監査役会では報告・議論されたが、取締役会では報告されていないようでした。「取締役会の位置づけがどのようなものであったか、そのため2月の取締役会で報告されなかったが、必要なら○○から社外取締役へ報告する手筈になっていた」という説明が行われることを期待したいです
②報告書(P.33)によると3月4日に常勤監査役は一般論との注釈付きだが、「社外取締役へのリスク情報の共有については、社内ルールがなく、判断が曖昧となっていると指摘し、一定の基準を設けるなどして社外取締役へのリスク情報の共有ルートを明確化すべきと提言」とありますが、このことが上記の○○部分をどのように説明されるのか、重要な点だと思います
③隠蔽体質の会社ならともかく、社外監査役には情報を共有しており、社外取締役だけに報告が来ないのは、もらう側に問題があるかもしれないと思います。報告が義務だというだけでは足らず、報告をすることによって会社にとって、報告する人にとってメリットがあるということ=内部統制が構築され適切な経営判断が行われることへの一助となる+そのことの第三者的な証明ができる、ということを執行側や常勤監査役・内部監査部門に理解・信頼してもらうことが必要だったのではないか、と思う次第です。その信頼とは、「有事の際に、事態対処の障害になるような(大震災の際に福島原発を訪問した首相のような)報告の強要や無駄な質問は行わない・自分の知見を優先して業務に介入することはしない」が、「社内の常識にとらわれない社会全体の代弁者としてアドバイスをくれる・事態の対処方法にお墨付きを与えてくれる」と思ってもらえる、ということだと考えます。とても難しいことですが、そういったことを期待される存在が社外役員だと思います
④社外取締役に報告が来なかったことが問題ではなく、有事のおそれがあるときに社外取締役に報告することで企業価値にプラスになる役割をもっていると思われていないのだとすれば、それが問題だと思います。その役割を理解しないまま、ただ報告を要求する社外役員は、企業価値を棄損しているといわれる可能性もあると思います(かなり厳しい言い方ですが)。今回の件をしっかり総括することで、日本の社外取締役の仕組みが企業価値向上に役立つための教訓を得られる、というのは言い過ぎでしょうか

投稿: 柳澤達維 | 2024年9月11日 (水) 07時13分

 分析ありがとうございます。私としては、社外役員が回答すれば、大体伊藤先生と同じような回答になるのかなあと思いました。
 なお、常勤監査役に情報が入って社外取締役に情報が入らなかった、というと、真っ先に思い浮かぶのが、関西電力の外部者からの贈答品受領問題です。
 監査役会が社外取締役に情報を伝えない(取締役会の席でもいいと思いますが。)のは、まさか関西の常識、ということはないと思いますが。

投稿: Kazu | 2024年9月25日 (水) 19時41分

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