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2024年11月 1日 (金)

損保大手カルテルの再発防止-「早期発見」は可能でも「予防」はむずかしいのでは?

10月31日に各メディアが報じるところでは、損保大手4社が「企業共同保険」でカルテルを結んでいた問題で、公取委が大手損保4社における独占禁止法違反(不当な取引制限)を9件を認定し、課徴金計20億7164万円の納付と、再発防止を求める排除措置を命じたそうです(たとえば毎日新聞ニュースはこちらです)。

カルテル・談合が違法行為であることは間違いないわけですから、相応の課徴金処分が課されることは当然かもしれません。ただ、再発防止を求める排除措置の実効性については(私は)疑問を持っています。昨年来、この企業保険カルテルが長年「悪しき慣行」として存続していた原因分析を眺めてみると、損保側が100%悔い改めたとしても①契約相手方である企業側の保険代理店の調整活動についてはなんらおとがめなしであること、②契約相手方である企業側が主幹事を決める基準として入札金額以外にも「営業協力度」や政策保有株式数にも重きを置いていることからみて、「(損保大手の悪しき慣行が長年継続したことには、相手方保険契約企業側の姿勢にも起因するところは大きい」と思われるからです。

したがって、損保と企業保険を締結する企業自身も損保のコンプライアンス経営を(一緒になって)支える意識がなければ「予防」はむずかしいと思います。もちろん監督官庁が検討中の「保険仲立ち人制度」など、中立公正な第三者が損保と企業の間に入って「そもそもカルテルができない仕組み作り」が模索されていることは認識しておりますが(「保険仲立ち人制度」については、本日のこちらの朝日新聞ニュースで解説されています)、その実効性についてはまだ未知数です。損保が(自助努力による)再発防止策によって変えることができるのは、今後もカルテルは起きるけれども(つまり「再発」はあるけれども)、いかに早期に発見し、早期に是正できるか、という事後規制策ではないでしょうか(これだけでも「自浄作用の発揮」を示すことができるのですから、大きな進歩です)。

ところで、この損保大手4社の企業保険カルテルが騒がれる発端となったのは「東急グループによる『共同保険』に関する主幹事(東京海上)への問い合わせ」です。いままでも入札金額はおそらく「横並び」だったと思うのですが、なぜ東急グループは2022年~23年の段階で「見積もりの根拠および決定過程を教えてほしい」と損保大手に申し向けたのでしょうか。今年3月のダイヤモンドオンラインの記事(有料版)から推測するに、自然災害の激甚化や再保険料の大幅アップなどに基づき、損保大手への支払い保険金額が大幅にアップ(年間20億⇒32億)したことが要因となったように思われます。その後、問い合わせへの東京海上の回答経緯については自浄作用が発揮されて金融庁にも報告がなされた、ということのようです。この一連の経緯を見るに、本件はもう少しソフトランディングの方法があったのではないか・・・という疑問も生じます。

コンプライアンス経営という視点からは、とても興味深い案件であります。

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コメント

いつも、実務に即した鋭い論点のご指摘をいただき、大変勉強になります。
金融規制の推移を40年近く見てきた立場から僭越な見解ですが、今回の件は、他の建設業界などの過去からあった談合体質と決別してきたプロセスとは違い、金融業界が護送船団方式から規制緩和によって競争が促進される業界に転換した際の、当該分野の「カルテル防止」に関する制度設計とその後のモニタリングに問題があったのではないかと思います。
当時、それまで一律で決められていた金利・手数料や保険料の算定基礎となる事故率などが、各企業の創意工夫や努力によって競争を促進するように転換されました。その際に、それまで行っていた「業界内で協議をする」などの手続きにおいて、価格や料率などをその場では絶対相談しない、というルールが作られたと思います(少なくとも自分が関与する分野では、そのように徹底されました)。一方で一部の分野では今回のように共同して受託するような場合、料率などに関するコミュニケーションをとるリスクを受容したまま、制度設計がなされたのではないかと思います。その上で、厳重なコンプライアンスルールによってそのリスクをコントロールするという前提だったと仮定すると、今般の件は、時間の経過とともにそのコンプライアンスルールが形骸化していたのではないか、という仮説が立てられます。
一方、企業側代理店の存在など、そもそも制度設計時にリスクをすべて洗い出すことができず、曖昧な部分=コントロールが及んでいない部分があったのかもしれません。そうすると、設計時とその後のモニタリングの双方でリスクの見落としがあったのか、という問題なのかもしれません。

投稿: 柳澤達維 | 2024年11月 3日 (日) 02時15分

柳沢さん、いつもコメントありがとうございます。また、今回は私が想定していなかった視点からのご指摘、たいへん貴重なものとして参考にさせていただきます。業界の歴史的な経緯からの(つまり時間軸による)原因究明は、やはり業界で長く務めてこられた方の意見に説得力があります。どうしても社内力学によって「コンプライアンスルールの形骸化」が進んでしまうように思えます。

投稿: toshi | 2024年11月 3日 (日) 11時59分

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