リバース・ブレークアップ・フィーと企業買収側取締役の法的責任(or経営責任)
兵庫県知事による告発文書取扱い問題については、私は中立公正な立場で参考人として証言をしましたし、百条委員会や県が委託した第三者委員会の調査が続いている以上、こちらでコメントすることは控えております。ただ、私も知らなかったのですが、最近の百条委員会における元副知事の証言として「3号通報(外部への通報)には、公益通報者保護法の定める通報者への不利益な取り扱い防止措置に関する規定は適用されない」との主張を展開され、その根拠として法律家の解説本を引用しておられたそうです。
ところが本日(1月9日)の神戸新聞ニュースによりますと、この引用された解説書のご著者の方が、「元副知事が誤った引用をしているので証言の訂正を求める」と百条委員会に申立をされたそうです。保護法と法定指針の条文をていねいに読めばご著者の方のおっしゃるとおりなのですが、(このご著者の方は、当時消費者庁の職員として改正作業に携わっていた方なので)ともかく私の法解釈の正当性が、あらためて根拠付けられたものと認識した次第です(以下本題です)。
さて、本日(1月9日)の読売新聞では「企業M&A、買収側が違約金の事例増える・・・日鉄とUSスチールの契約でも設定」との記事が掲載されています。政府規制によってM&A契約が破断になった場合に、買収する側の企業が売手側の企業に違約金(リバース・ブレイクアップ・フィー)を支払う旨を契約に盛り込む事例が増えている、今回の日鉄の例でも約890億円もの違約金支払義務が生じる可能性がある、最近では(買収側である)アマゾンやアドビが規制当局からの認可が得られずに、高額の違約金を支払ったケースがある、とのこと。
リバース・ブレークアップ・フィー(RBF)については1年ほど前、つまり日鉄によるUSスチール買収合意の報道に労組が反対意見を表明したりトランプ氏が即刻阻止と表明したころから日経新聞でも取り上げられていました(その当時は、私もまさか政治的介入はないと思ってあまり気にしておりませんでした)。売手側の機密情報を入手したり、買収中止となった場合の売手側の(新たな相手先を見つける)苦難を考慮すれば、政府規制による破断の損失を買収側が負担することにも経済的合理性があるということで、(米国では)大型M&A案件の8割~9割程度は基本合意書にRBF条項が盛り込まれているそうです。
通常、M&A案件では売り手側企業の取締役(社外取締役を含む)の善管注意義務・忠実義務違反が問題となるケースが多いのですが、こういったRBF条項が発動した場合には買収側の取締役の善管注意義務違反が問題となりそうですね。そもそも米国企業のようにロビー活動に慣れておらず、また巨大な戦略法務スタッフを抱えていない日本企業において、産業別労働組合への根回しもせずに政府規制に関するRBF条項に賛同する、ということはリスク管理としてどうなのか・・・といった意見も聞かれるところです。独禁法規制リスクだけでなくCFIUSによる経済安保リスクについても予見は可能だったはずです。
ただ、日鉄の企業規模との比較においての違約金の金額や日米の国策への寄与、そしてビジネスによる収益の大きさなどからみて、RBFのリスクを考えてもなお事業を進めるべきとの(取締役会における)十分な審議がなされていれば、最終的には「経営判断原則」の範疇、つまり取締役の善管注意義務違反にはならない、つまり法的責任までは問われないと考えるのですが、いかがなものでしょうか。なお、買収成立に自信があったことの裏返しとして「寝耳に水」「青天の霹靂」のような気持ちを表明したくなるのかもしれませんが、それはむしろRBFのリスクを考えずに、なんとなく(入っているのが当然の)条項に合意したようにもみえるので、少なくとも経営責任は問われかねず、あまり好ましい態度ではないように思います。
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コメント
第三者行為(政府の行為も含む)に因り、買収が不可能になった場合でも、違約金を払うことになるのでしょうか。そこらへん、契約法務の腕の見せ所のように思うのですが。
投稿: unknown1 | 2025年1月15日 (水) 01時25分