クライシスマネジメントの視点から考えるフジテレビ問題(閲覧注意?)
誰もが知る大物芸人の方(73歳)がスシローのCMから消えたというニュースには驚きました。スシロー運営会社の広報担当者によると「総合的判断」ということらしいのですが、何かN氏の問題と関係性がある客観的な資料でもあるのでしょうか。文春記事だけから、というのであれば納得いかないですし、むしろスシローの経営判断によってクロのようなイメージを持たれてしまうとかなり問題です(ちなみに大谷翔平とともに、当該大物芸人の方も現時点で伊藤園のCMに出続けておられます。それとも、私の感覚がズレているのでしょうか)。
さて、先週から取り上げているフジテレビ問題の続きです。昨日までは「第三者委員会」の視点から感想を述べておりましたが、本日はフジテレビ側に立って(フジテレビの危機管理の視点から)どうすれば「相談役の進退問題」にまで発展せずに済ませることができたか(もしくは今後できるか)・・・という点について考えてみたいと思います(誤解のないように申し上げますが、それが本当に良い、というわけではなく、あくまでもフジテレビが自社のアイデンティティを守りたいということであれば、という前提でのお話です)。ハラスメントへの社会的批判が高まる中で、皆様の会社でも「これだけは守りたい」というものがあれば起こり得る問題ではないでしょうか。「不謹慎な」と言われかねない内容も含まれますので「朝から不快な思いをしてもよい」という寛容な方のみお読みください。
まず簡単に時系列で振り返りますと、2023年6月の性加害問題の発生(フジテレビ社員の関与については不明)→被害者が周囲に相談・報告→同年8月に専務、社長への報告→フジテレビによる社内調査(?)→N氏複数のフジテレビ番組への出演継続→2024年12月週刊誌報道、同時期にフジテレビが「社員の関与はない」と公式な回答→2025年1月17日会見→同27日会見、といった流れです。当初は現場で発生した事件へのフジテレビ社員の関与という「一次不祥事」に注目が集まりましたが、その後の事件隠ぺい疑惑(タレントへの忖度)がフジテレビに持ち上がり、これが「二次不祥事」として批判をされ、そして最後は17日のお粗末記者会見を機に「相談役の進退」というフジテレビの危機に発展しました。
1 初動対応
そのような中で、先日、フジテレビ社員の関与に関する週刊誌報道の訂正がありましたが、それでもやはり2023年8月に社長が被害行為を知った時点での初動対応にまず問題があったと思います。27日の社長会見では「ごく少人数での情報共有を意識していた」とのことですが、あらためて昨年12月からの週刊文春の記事を読み直しますと、被害女性は複数の知人に相談したり、上司にも申告をしていたので、企業の対応次第では外部に情報が洩れるリスクは当時から相当にあったように思います。つまり社長と情報を共有していた人数は少なくても、本件被害事実を認識していた人は社内外に相当数存在した、ということです。たとえば文春や大手新聞にリークされた場合に、フジテレビとして(秘密裏に)自浄作用を発揮していたと説明できる体制を(報道前から)とっていれば全く異なる事態になっていたと考えます。具体的にはコンプライアンス室と情報を共有したうえで、被害女性への最大限のケアと悪しき社内慣行の見直し、そしてN氏事務所との契約解消です。
2 有事意識
そうは言っても現実には簡単にN氏事務所との契約を解消できない、となれば、今回のように後日問題が発覚するリスクは(当然のことながら)抱え続けるわけです。ただ、そのリスクが顕在化した際には「フジテレビの危機になりうる」との認識を当初から関係者が有していた場合にはどうだったか。その場合には、一回目のような(何かを隠したがるような)会見ではなく27日のような覚悟をもった2回目の会見を最初から開いていた可能性があります。そうなると、(一部の役員による情報開示の姿勢や調査不足、社外取締役を含めた情報共有不足等の)ガバナンス上の問題は厳しく非難されるかもしれませんが、壇上の役員への猛批判を覚悟していれば(そちらへ批判が集中して)相談役の進退問題までは注目されなかった可能性はあります。この「情報漏えいリスクがフジテレビの一大事につながりかねない」ということを誰かが社長に伝えることはできなかったのでしょうか。スポンサー企業から「CM自粛」を突き付けられないかぎり、有事意識が希薄だったというのは致命的です。
3 組織としての構造的欠陥
残念ながら1回目の会見時に危機意識に乏しく、ようやく(世間の批判に押されて)27日の会見のような事態となった場合には、世間はどうしても当該失態に至った企業風土に注目することになり、組織の権力者の影響力に世間の関心が集まります。これは関西電力の金品受領問題が発覚した際の(短時間で2度の会見を行った)会社側の対応に酷似しています(実力者であったY会長の退任にまで発展しました)。
ここまで来ますと(その方策が倫理的に良い悪いは別として-ちょっと昭和の匂いのする方策ですが-)最高権力者の進退問題に飛び火させないために、誰か役員ひとりがとんでもない「悪役」を演じることが考えられます。たとえば被害相談を受けた役員が、N氏の行為は知っていながら「どうしても収益優先のために使い続けました」と述べる。「本来のルールならコンプライアンス室に情報を共有すべきですが、そうなると厳しいガバナンスのためにオモテに出てしまうので、これを私の(フジテレビを守るための)独断で隠しました」と言い訳する。これだと内部統制やガバナンスに問題があったというよりも、内部統制を無視・無効化するとんでもない奴がいた、ということになるので、企業風土云々ということよりもフトドキ役員の更迭でほぼ済むのではないかと(もちろん親会社の役員も兼任している方であれば株主代表訴訟の提訴リスクはありますが、そこは会社が面倒をみる・・・ということで)。うまく演じることができれば、少なくとも「フジテレビのドンと呼ばれる相談役の進退」に世間の関心が向く可能性は低かったのではないでしょうか。←もちろん良い悪いは別として。
4 株主責任論
これはダイヤモンドオンラインで前ネスレ会長の高岡氏が展開しているご意見ですが、そもそもそんなにH氏の存在がフジテレビの組織風土にとって問題であるならば株主が総会で信認しなければよい、ここまで41年も取締役として君臨させたのは株主の意向であり、それが問題ならば株主の怠慢だから、株主の責任で退任させるべきである、というもの。H氏はフジサンケイグループの代表であり、フジメディアホールディングスの取締役からすれば憲法裁判上の「統治行為論」のようなものでしょうか。H氏はフジテレビグループにとってアイデンティティとしての役割があるのであれば、これがふさわしくないかどうかは最高権力を持つ株主総会の判断に委ねます、との説明が考えられます。つまり「H氏の非」を議論するのではなく、「H氏の存在」自体を総会で承認していただく、というもの。情報の非対称性については第三者委員会の報告書で補完することになります。
5 プロベイジョンの導入
たとえば2010年のこちらのエントリーでもご紹介しましたが、H氏の存在がフジテレビの組織風土に悪影響を及ぼしている、との意見が強いのであれば、いったん外部有識者によるガバナンスへのモニタリングを行い、そこで再発防止策の運用が進まない状況と判断される場合にはH氏退任を取締役が決定する、といった猶予制度(プロベイジョン)を導入することも考えられます。もちろん、再発防止策の運用だけでなく、あらたに人権侵害事案が発生した場合の組織的な不備が認められる場合も「退任決定」となります。H氏の存在が、このたびのフジテレビ問題に与える影響が明らかとはいえない状況なので、このような対応にも合理性があるかもしれません。
以上は場末の野次馬からみた「ドンを最後まで守るためのフジテレビのリスクマネジメント」のご紹介です。私がアドバイザーであれば、当然1をお勧めしますが、それだとそもそもアドバイザーとして採用されることはないでしょうね。荒唐無稽と思われるものもあろうかと思いますが、それくらい「H氏の進退」が俎上に乗せられた今、この問題を回避しながらフジテレビ問題に幕引きを図ることはむずかしい、と思っていただければ幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。<(_ _)>
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コメント
山口先生の両方の立場からの諸検証、大変参考になります。
取締役の責任追求のポイントを「善管注意義務違反で会社に損害を与えたか」の下記2点に絞ると「H氏の進退」は俎上にはあがらないと考えます。
1)被害者社員がN氏からトラブルの報を受けた後の会社としての対応・・・これは先生の1.初動対応と2.有事意識の記載の通り
・・・追記:港前社長の社内説明での「社員を守る」発言には怒りです。
2)被害者以外の社員(A氏等)が被害者社員とN氏とのトラブルに関与していたか(誘因となる行動も含め)
しかしながら、H氏の存在は大きく、新社長の選任への関与や前社長の港氏等からH氏を含めフジMHDの他の取締役は報告を本当に受けていなかったのか闇です。また、企業風土と指摘されれば、俎上に現れざるを得ないでしょうね。それにしても港前社長に報告した大多前専務は他には報告しなかったのでしょうか?それも大きなガバナンスの問題と考えます。
投稿: コンプライアンスの番人 | 2025年1月31日 (金) 10時51分
すいません、本題とは離れますけどスシローのCMはずしは大問題です。恐ろしいとさえ言えます。SNSの影響にスシローは屈したのでしょうか。スシローにはきちんと説明を求めたいと思いますが、これだけ問題になっているのだから答える義務はないのでしょうか。
投稿: okawa | 2025年1月31日 (金) 12時18分
個人的な見方ですが米国てトランプ大統領がDEI見直し推進、トランプ大統領当選前から大企業で既に起きていたが、いろいろ不都合がおきていてトランプ大統領登場を渡に船と追随している企業続出という報道がありますが、スシローのTさんが出るCMは過剰と思うくらい流れていて、Tさんが好きではない小生はまたかと感じていました。かなり長くTさんがでていたのでスシローも新しいCM切り替えを考えていて、いろいろな声がありましたというのをこれ幸いと新しい路線にするか広告削減するのか。
最近は問題を起こさないAIがCMに出るのを散見します。リスク管理と費用対効果で広告変わっていく過渡期か。
投稿: 星の王子様 | 2025年2月 1日 (土) 08時20分
ご意見ありがとうございます。
関西テレビの現社長O氏(2023年6月時点でフジテレビ専務)については、あまり話題になっていませんが、実際には初期対応における重要な人物だったのではないかと、私も思います。17日会見、27日会見に登場していないので「蚊帳の外」のようなイメージかもしれませんが、おそらく第三者委員会は重要なヒアリング対象としてすでに調査を開始しているかもしれません。
投稿: toshi | 2025年2月 1日 (土) 10時50分