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2025年2月10日 (月)

MBO時の企業行動規範改訂へ-目に余る「指針ウォッシング」

2月7日の日経ニュース「その買収大丈夫? 東証の新ルール、少数株主保護に一石」において、東証はMBO時における対象上場会社の行動規制強化策(少数株主保護強化策)を2月中にも公表することが報じられています。おそらく企業行動規範の中で、(MBO対象企業は)MBOを行う際に特別委員会を設置して意⾒を聞くよう義務付けることや、株式価値を算定する前提条件の開示を充実させることなどが想定されているものと思われます。

2019年に経産省「公正な M&A の在り方に関する指針」が策定されて、構造的な利益相反状況にあるMBO時における少数株主保護のための行動規範がかなり整備されたわけですが、近時のMBO事案をみておりますと、この指針に形式的に準拠してはいるものの、実体は少数株主保護が徹底されていない事案が散見され、機関投資家からも「指針ウォッシング」と揶揄される傾向にありました。2019年前後に出された価格決定申立事件でも、プロセス重視で「会社寄り」と思われる決定が続いたことも影響しているのかもしれません。

そのような状況で2023年には経産省「企業買収行動指針」が示されて、2019年の行動指針はやや時代遅れの感が否めず、ここ5年の間にも社外取締役の数が(各取締役会の構成比率において)急増してきたことから、特別委員会を設置する環境も変化してきました。さらには上記日経記事にもあるように特別委員会の審議過程が裁判所で厳しく問われ、MBO価格が修正されるような決定も(下級審ながら)出るようになりました。

もともと東証では「従属上場会社における少数株主保護の在り方等に関する研究会」において、親子上場における子会社株主の保護について広く検討されていましたが、このたびはとりわけ「MBO・支配株主による完全子会社化に関する企業⾏動規範の⾒直し」が昨年から議論されてきた経緯があります。議論の目的に

「資本コストや株価を意識した経営」の要請等を踏まえ、今後MBOや支配株主による完全子会社化の更なる増加が⾒込まれることも前提に、⼀般株主の利益を適切に確保する観点から、追加的な手当ての必要性について速やかに検討すべき

とあるのを見れば、近時の東証の市場政策とも密接に関係する「行動規範の見直し」であることが理解できると思います。詳細については、また正式に見直し案が公表された時点でご紹介したいと思いますが、アクティビストの抬頭によって、今後は(価格に不満を持つアクティビストによって)社外取締役を含めた対象企業の役員の法的責任が問われる事例が増えるものと予想しております。

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2025年2月 6日 (木)

公益通報者保護法はセーフハーバールールである(獨協医科大学事件判決に思う)

このところフジテレビのガバナンス不全ばかりが話題になっていますが、朝日新聞ニュースの記事「公取委指導、取締役会に報告せず」を読み、日本郵便のガバナンス不全も相当に深刻な状況ではないかと感じております。いや、これ本気でなんとかしないといけませんよね。メディアから取材を受ける時点まで(トップが)自社の不祥事を知らなかった、という事態はなんとも。。。

さて、本日の弁護士JPニュースによりますと、医大病院職員が、医大の不正な診療報酬請求に関する内部通報後に不当なパワハラ、誹謗中傷を受けたとして病院を訴えた女性の勝訴が確定したことが報じられています(1月下旬に病院側の上告について受理申立てが却下された、とのこと)。なお、一審、高裁は「(事実上の嫌がらせや担当業務からはずされる等の処分が)報復として行われたと推認するのが相当」として、医大病院側の損害賠償責任を認めたそうです。

通報から一定の期間内に解雇や懲戒処分などが行われると、これを通報による不利益処分と「推定」するというのが(通常国会に上程が予定されている)公益通報者保護法案で改正の目玉となっていますし、事業者による「(罰則付きの)不利益処分の禁止」ついても「配置転換」は含まれないと、検討会報告書では示されています。ただ、世間で誤解されているのが「公益通報者保護法の適用のない通報者には何をやっても問題なし」との認識です。

これは内部通報に関する実務研修の際にも常に申し上げていることですが、内部通報者や外部通報者は、公益通報者保護法が施行されていなかった平成18年以前にも、裁判の上でたくさん保護されているのです。実際にも公益通報者保護法の保護対象とされていない可能性の高い「グレーゾーン」の対象者も、民法上の信義則や権利濫用法理、労働契約法16条の類推適用(ただし平成20年以降の裁判例)により保護されてきたわけでして、これは公益通報者保護法が施行された後も同様です。つまり、公益通報者保護法はセーフハーバールールであり、その外延については現時点でも契約法ルールで保護される可能性があります。上記の獨協医科大学事件においても、たとえ公益通報者保護法によって保護されない通報者でも、民事ルールによって保護されて事業者には不法行為責任が生じることになります。

※ (労働契約法16条)解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする

セーフハーバールールとは一般的には「当該ルールに従わなくても直ちに違法となるものではないものの、そのルールに従って行動する限り、法令違反を問われることがないという効果を明確化するもの」を指します。公益通報者保護法にあてはめますと、公益目的によって法令違反や社内ルール違反に関する通報を行った労働者は、当該通報によって職務誠実義務違反に問われる可能性はあるものの、公益通報者保護法が適用される通報を行う限りにおいては、法令違反を問われることは一切ないことを明確化した、ということです。

今後、改正公益通報者保護法が成立した場合、「これはセーブ、これはアウト」のような解説が増えることが予想されますが、決して簡単に「適法」「違法」と決められるものではありません。たとえ労働者側に公益通報者保護法に不案内な代理人がついていたとしても、裁判所は公益通報者保護法の趣旨を斟酌して労働者側に有利な判決を下すことは十分に予想されます。事業者としても過去の判例から学ぶ意識がなければ適切な体制整備義務を尽くすことはできないと認識しておいたほうがよろしいかと。

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2025年2月 5日 (水)

証券アナリストジャーナルに講演録を掲載していただきました。

Img_20250203_184154927_512 フジテレビ問題については、ダルトンインベストメンツが3回目の書簡を送付したそうで、今回は具体的に相談役取締役であるH氏の辞任と独立社外取締役を過半数とする取締役会構成を求めるとの要望を出したそうです(こちらのニュースが詳しく報じています)。定時株主総会で再任案が出れば他の株主の賛同を得ることを想定したキャンペーンを張るのでしょうね。こちらのエントリーでも述べましたが、最終的には株主総会で経営責任を追及してガバナンスの一掃を求める、ということでしょうか。

ただ、どなたもフジメディアホールディングスとフジテレビの「監査制度」をどのように改革すべきか、ガバナンス不全が問題になっているにもかかわらず具体的な提案がないのは寂しいですね。日産のカリスマ会長を排斥した大事件は「ひとりの日産の常勤監査役の行動」から始まったことをもう多くの方が忘れてしまったのかもしれません。

さて、日本証券アナリスト協会の月刊誌「証券アナリストジャーナル」2025年2月号に「近時の企業不祥事とアナリストが持つべき視点」と題する講演録を掲載していただきました。本講演録は、昨年10月29日に日本証券アナリスト協会で開催された当職の講演要旨に、今年1月上旬までの情勢変化を踏まえて加筆したものです。

ここのところ国内外のアクティビストやパッシブ投資家の皆様からの支援要請、ご相談、ご講演がとても増えました。いずれも不祥事発生企業に対するエンゲージメントの手法や議決権行使(行使基準の判断)についてでありまして、株主エンゲージメントやアクティビストのキャンペーンへの対応などが中心です。そのような職務のなかで、ぜひとも証券アナリストの皆様に、どのような視点で不祥事発生企業に向き合っていただきたいか、本当に個人的な意見ではございますが講演をさせていただきました。

とりわけ、私も「再発防止策」のアドバイザーや外部モニタリング機関の一員として不祥事に強い企業と脆い企業をみてきましたので(けっこう辛い思いもしましたので)、大きな不祥事を起こしても、業績も株価も回復させる企業と、不幸にして同業他社に統合されてしまう企業の組織風土にはどのような違いがあるのか、そのあたりを経験に基づいてお話しました。さらに、近時の企業不祥事の特徴と、不祥事防止策の傾向などについても書き加えました。 私自身も、まだまだ実務を通じて「気づき」を得ているところですが、ご参考になれば幸いです。

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2025年2月 4日 (火)

関係者の利害調整を超えて国家政策を後押しする会社法改正

大阪北新地のANAクラウンプラザホテルが今年10月に閉館するそうですね。長年、日本監査役協会(関西支部)の研修や講演に使われていましたが、これからはどうするのでしょうか。以下本題です。

さて本日は会社法改正に関連するエントリーです。石破首相の施政方針演説でも「会社法の改正に着手する」とありましたね。全然関係ありませんが、昨年12月17日の石破首相の答弁で公益通報者保護法11条による法定指針で定めた「公益通報者保護のための事業者の体制整備」は3号通報(外部公益通報)者の保護についても適用される、とありました(私が百条委員会で参考人として述べたところです)。

2月3日の読売ニュースでは「株主総会『オンラインのみ』可能に 場所に関する要件緩和へ」との見出しで会社法改正に向けた政府のうごきが報じられていました。定款変更や経産省の確認手続き不要でバーチャルオンリー株主総会が開催されるようになるところがポイントですね。神田教授(東京大学名誉教授)が「会社法」初版で「将来はインターネットを通した電子株主総会の時代が来るかもしれない」(同66頁)、「インターネットを前提とした会社法は考えられない、金融工学を前提としない資本市場はありえないのが現状であり、会社法もそれを想定しないわけにはいかない」(同210頁)と指摘されてから20年。ようやく「場所の指定を不要とする株主総会の実現」ということで神田教授が想定していた会社法の時代が到来しつつありそうです。

Img_20250203_161225220_512 その神田教授が座長を務めておられる経済産業省「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」は、本年1月17日付で「会社法の改正に関する報告書」を公表しています。私の個人的な意見ですが、今回の会社法改正の流れを理解するためには、「最新・ガバナンスを見る眼-経済成長戦略実現に向けて」(武井一浩編著 商事法務)の解説や対談を読むことがお勧めです。とりわけ武井弁護士や松井秀征教授(立教大学)のお考えがとても参考になります。このたびの研究会がなぜこのような報告内容に至ったのか、という経過についてよく理解できました。

なお、会社法改正については、内閣府「規制改革実施計画」(令和6年6月)において令和6年度中に法制審議会への諮問等を行う旨が示されておりまして、おそらく上記報告書をもとに法制審での議論が進むものと思われます。研究会の報告書では、成長投資を後押しする観点等から、主に以下の項目に関する改正の方向性等が提案されています。

・従業員や子会社役職員に対する株式無償交付制度。

・外国会社を買収する際に自社株式対価M&Aを活用する制度。

・社債権者集会の機動性を高めるためのバーチャル化。

・取締役・執行役への責任限定契約締結を可能に。

・指名委員会等設置会社の指名・報酬の最終決定権限の変更。

・実質株主に関する開示請求権制度を創設。

・会社法上もバーチャルオンリー株主総会の開催を可能とし、定款変更、確認手続を不要とする。

私的には、いずれも実務に影響が及ぶ事項ばかりと考えます。研究会は今後も毎月開催され、本年3月を目途に、コーポレートガバナンス改革の在り方に関する報告書を取りまとめる予定だそうです。また別エントリーでも詳しく述べますが、会社法と金商法の交錯問題にも関係ある論点が含まれていることから、法務省と金融庁との垣根が少し低くなったように思います(平成26年改正の際、公開買付規制違反株主に対する議決権行使停止という「幻の改正法案」がありましたね。なぜ内閣法制局の審査が通らなかったのか未だにナゾですが)。そうなると、今後さらに「株主総会前の有報提出」「計算書類と財務諸表の一元化」といった大きな変化にもつながるかもしれません(あくまでも私の勝手な推測です)。

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2025年2月 3日 (月)

フジテレビの内部統制(損失の危険の管理に関する体制整備)について

(最近この話題ばかりで恐縮ですが・・・)週末に噂となっていた「堀江貴文氏と元フジテレビのアナウンサー長谷川豊氏」との対談YouTube番組を視聴しました(物凄いアクセス数ですね)。長谷川氏の発言内容が関係者から全面否定されていたり、堀江氏が日曜朝の番組で内容を紹介した際に、TBSがすかさず訂正していることからみて、長谷川氏が発言していた内容についてどこまで真実なのかはわかりません。

ただ、調査をする側から見れば、「なるほど、そのような視点でフジテレビのガバナンス(グループガバナンスを含む)や内部統制について評価すればよいのか」といった気づきを得るには十分な内容でした。とくに(TBSも日曜朝の番組で慌てて否定していましたが)、編成局とアナウンサー局との組織上の指揮監督関係について、他のキー局と比較してどうなのか。もしフジテレビ独自の内部統制であれば、なぜそのような組織体制を作ったのか、といったところは重要なポイントではないかと感じました。フジメディアホールディングスもフジテレビも、取締役は会社法上の内部統制構築義務(損失の危険の管理に関する体制整備義務)を尽くしていたのかどうか。

YouTube番組の中で、堀江氏は「第三者委員会といっても、所詮は検察や警察のように強制力はないのだから、ヒアリングに応じなければそれ以上事実を解明することなどできない」と言っておられました。もちろんそのとおりなのですが、前にも拙ブログでご紹介したように「灰色認定」はありますし、またガバナンスや内部統制の評価という第三者委員会ならではの仕事もあります。放送業界に詳しくない委員からすれば、どのような視点で構造上の不備を認定するか、といったところは難問ですが、メディアを通じていろいろな「気づき」をもらえる情報は流れているので、アンテナを広く張っておくことが必要ですね。本件において、やはり第三者委員会の役割は大きいと思いました。

社外取締役の皆さんの提言どおり企業再生に向けた小委員会が設置されましたが、今後どのような議論がなされるのでしょうか。これも上記YouTube番組から「なるほど」と思ったことですが、フジメディアホールディングスの大株主には「創業者的な株主」はいないわけで(そもそも創業家一族を排除したのですから当然といえば当然ですが)、日本の名門企業が上記に名を連ねています。このままの状況で株主総会に突入した場合、その名門企業は相談役取締役の方の再任議案に賛成できるのでしょうか(そのことが名門企業のレピュテーションリスクを高めるのでは?)。少なくともフジメディアホールディングスの取締役としての地位は安泰ではないように思われます。ダルトンが株主提案や再任反対キャンペーンに至った場合、ISSやグラスルイスはどう考えるのでしょうかね?

上記小委員会としても、相当突っ込んだ議論の末に提言をしなければ、かえって深刻な事態に陥らせてしまうのではないでしょうか。

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