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2025年9月 4日 (木)

令和7年改正公益通報者保護法の施行前に留意しておくべき企業集団内部統制

サントリーHD元会長の違法サプリメント疑惑やニデック経営陣の関与が疑われる会計不正事案など、また話題となりそうな不祥事が報道されています。いろいろブログで意見を述べたいのですが、諸事情ございまして(?)、取材に応じることもなく静観をしております。

さて、来年に施行が予定されている令和7年改正公益通報者保護法ですが、このところ多くの企業にお邪魔して「当該改正法が企業実務に及ぼす影響」について講演をさせていただいております。そして、本当にご質問が多い事項として真っ先に挙げられる項目が「グループ会社における公益通報対応体制整備義務」ですね。以下は、私の個人的な意見として書かせていただきます。

おそらく真剣に実務対応について検討している企業ほど企業集団としての内部統制(親会社側の公益通報対応およびグループ会社側の対応)について悩むことが多いと思いますし、これまであまり検討されてこなかった法律上の課題です。

そもそも「グループ内部通報制度」は、親会社から見ればソフトローの世界(法定指針の解説や経産省グループガバナンス・ガイドライン、ビジネスと人権に関するガイドライン、東証のガバナンス・コードなど)の話であり「企業集団内部統制を実践するうえでのベストプラクティス」を実践するか否か、という問題です。つまり広い裁量権を持つ経営判断の問題であり「(親会社役員の)善管注意義務違反」という概念があまり入る余地はありません(もちろん、グループ内部通報制度の存在を前提とした「イビデン最高裁判決」のように、「信義則上の義務」が法人としての親会社に発生するケースもありますが、ごく例外的な事例です)。

しかし「グループ内部通報制度」をグループ会社側からみればハードローの世界(公益通報者保護法対応)の話であり、仮にグループ内部通報制度が定められていて、親会社だけにグループ共通の内部通報窓口が設置されているケースでは、グループ会社(常用雇用者300名超)には(公益通報への)対応体制整備義務が重要な(法による強制力のある)内部統制の一環として要求されます。たとえばグループ会社自身の責任者を決定しなければならず、また、当該グループ会社の不正事実が親会社に通報されるケースを想定した場合、親会社の社員に対してグループ会社責任者から「対応業務従事者」を指定しなければなりません(つまりグループ会社社員が親会社社員に命令を下すことになります)。

とくに令和7年改正法では、対応業務従事者の指定義務違反には行政処分や刑事罰が科されることになりますので、グループ内部通報制度を運用しているグループ企業の場合、親会社の社員にとってはそれほど重い課題ではなくても、グループ会社社員にとっては重大問題が生じることになります(このあたりの課題は、これまであまり意識されてこなかったのでは?)。この「重大問題」は、令和7年改正法施行後は、通報を行ったグループ会社の社員自身が、「指定義務違反行為」だけを取り上げてさらに公益通報として2号通報、3号通報ができる、という点からみても「重大性」がおわかりになるかと。

さらには「対応体制」というのは「窓口対応」だけでなく、調査業務や是正措置も含む概念なので、たとえば親会社にグループ会社社員から公益通報がなされた場合、当該通報事実の調査や是正措置をグループ会社に任せるとなると、令和7年改正法が(法文上で)範囲外共有や通報者探索の禁止、通報妨害の禁止などを定めているので、果たしてどのように通報事実を調査し、是正措置を執って良いのか、かなり悩むケースも増えると思います。また、グループ会社の通報者(グループ会社社員)が本気になれば、親会社を含めた「公益通報対応体制整備義務」の違反を指摘できる機会が増えることになります(たとえば情報の範囲外共有違反、通報者探索禁止違反、通報妨害禁止違反を根拠に、親会社やグループ会社に「違反者の処分を要求する」等)。またグループ会社側としても濫用的通報に該当するかどうかの判断にも困難が生じることもあるでしょうね。

企業が自浄作用を発揮して、グループ全体の信用を守るためにはグループ内部通報制度を導入することをお勧めしますが、その際にはグループ内部通報指針(規程)の策定、グループ企業と親会社との合意書の作成等を通じて、グループ会社の役職員に過度な負担となるような運用を避ける対策が必要だと考えています。

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コメント

山口先生、いつも当ブログを拝読しており、今回の記事もとても参考になりました。
グループ内部通報制度の運用は、今後の課題となってくるかと思いますが、グループ会社が常用雇用者300以下の場合で、親会社(上場企業、社員数万人)の窓口に通報した場合、責任の所在が曖昧になるケースがあると思われますが、この場合はどのような理解をすればよろしいのでしょうか。
実際にそのようなケースを見聞きしておりますので、今後の参考までご教示いただければ幸いです。

投稿: shin | 2025年9月 4日 (木) 13時45分

shinさん、ご質問ありがとうございます。エントリーで挙げた問題はグループ内部通報制度の運用問題だけでなく、いわゆる内部通報制度と公益通報者保護法の交錯点に関する問題でもありますね。
常用雇用者300名超の中堅企業の場合は公益通報者保護法の体制整備義務が法人に課されるので問題点が明らかになります。しかし同300名以下の中小企業の場合は、従事者指定や体制整備は「努力義務」なので、エントリーで述べたところはあてはまりません。
もし当該グループ会社に「グループ内部通報制度」の適用がある場合には、原則に戻って会社法上の企業集団内部統制の構築責任が親会社に課されるということになると思います。法律上の責任追及は難しいので、親会社の社内ルール違反に対する社内での是正措置として責任追及がなされるのではないかと。グループ会社側からみると、親会社への通報は「指定された労務提供先」への通報といえるので、グループ会社には公益通報者保護法の趣旨を反映した労働契約法上の地位保障がえられることになるでしょう。
いっぽうグループ内部通報制度が存在しない場合には、そもそも親会社への通報が3号通報に該当するかどうかという法律上の問題があります(このあたりはまだ解決されていない問題ではないかと)。ただ、注意すべきは公益通報者保護法で保護されずとも、(信義則、権利濫用法理、労働契約法等で)民事上は通報者が保護されるケースが多いので、通報者侵害行為が明確になれば親会社または子会社の通報対応の責任が追及されるケースがあることです。

投稿: toshi | 2025年9月 4日 (木) 14時46分

山口先生

このたびは詳しくご回答いただき、誠にありがとうございました。

親会社が制度を設けていても、子会社社員からの通報について「雇用契約がない」「別法人である」といった理由で責任を回避されるケースもあるのではないかと懸念しておりました。
基本的には親会社に責任があるとのご説明をいただき、大変安心いたしました。

一方で、制度が存在しない場合に3号通報に該当するか否かという点は、公益通報制度の難しさを象徴しているように感じました。
今後のエントリーも拝読し、引き続き勉強させていただきたいと存じます。

投稿: shin | 2025年9月 4日 (木) 19時41分

県ですら守らない法律を信頼出来ません。

投稿: 正義の名無し | 2025年9月 6日 (土) 09時28分

正義の名無しさん、コメントありがとうございます。令和6年に発生した(いくつかの)具体的事例を念頭に置かれたコメントかと思いますが、これまで特別職公務員しか適用が想定されていなかった公益通報者保護法は、今回の改正によって一般職地方公務員にも直接適用されることが明記されました。解釈上明らかでなかった公益通報対応体制整備義務についても、今後は県に対しても要請されることになると思います(さらには不利益取扱の禁止や通報妨害禁止等についても)。ただし、違法行為があった場合の法執行については地方自治法上の論点は残っていますので、そのあたりをどう克服していくか、さらに検討していきたいと思います。地方自治体向けの内部通報ガイドランに沿って、各自治体でルールをきちんと策定することがまず必要ですね。

投稿: toshi | 2025年9月 6日 (土) 12時09分

山口先生、いつも貴重なご見解を拝見しております。
今回、2025年11月3日付毎日新聞の1面報道、福岡県における用地買収を巡る福岡県人事課と福岡県土木整備部による公益通報者探しに関する記事を読んで、行政組織においてすら、現行の公益通報者保護法の運用が、不正行為者を利する組織防衛の道具として正当化されていると見えるような実態に、深い懸念を覚えました。
記事が指摘している最も重大な問題点は、以下の点です。
1. 「保護要件不充足」を盾にした通報者探索の正当化
県側は、内部告発に対して「今回は保護要件を満たしていないため、公益通報に報流出は放置できない」と説明しています。
• これは、形式的な法解釈を優先し、不正の疑いを指摘した行為を「保護対象外の情報漏洩(報流出)」と位置づけることで、通報者の特定(探索)という、制度の趣旨に最も反する行為を組織防衛のために正当化している構造を示しています。
• 通報者が特定されれば、将来的な萎縮効果は計り知れず、不正の芽を摘む公益通報制度の根幹を揺るがすものです。
2. 公益性の行政による一方的な否定
さらに県は、この情報提供が「公益通報には当たらない」とし、「公金過大支出の疑いが明らかとなった」にもかかわらず、その情報提供自体を「公益性のない情報提供」と断じています。
• この判断は、行政組織にとって都合の悪い情報を、通報制度の枠外に追いやり、組織内の統制維持を目的としていると強く疑わざるを得ません。
3. 法の機能不全と専門家による批判
消費者庁の検討会委員も務めた弁護士も、「声を上げた人を特定しようとする行為は、制度の趣旨に反し不適切だ」と批判しており、現行法が「(通報者を)探索防止措置の規定が機能しなくなる」という、極めて深刻な機能不全に陥っていることが浮き彫りになりました。
企業だけでなく、高い公益性が求められる行政組織においても、法の抜け穴やあいまいな要件を利用して、通報者を脅威とみなし探索するという、最も避けるべき行為が公然と行われ、それが組織側によって「適正な調査」として主張されている現実に強い憤りを感じます。
先生が常々ご指摘されているとおり、通報者の実質的な保護と、組織防衛を超えた不正根絶の姿勢を行政・企業の両方に徹底させるための、さらなる議論と制度強化が急務であると痛感いたしました。
この問題に関する先生のご見解を伺えるのを楽しみにしております。

投稿: たか | 2025年11月 4日 (火) 10時00分

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