オルツの常勤監査役が「引き返すべき黄金の道」は3本あった
少し遅くなりましたが、10月10日付け日経電子版「オルツ、黙殺された内部告発『これはクロ』上場前に警告した元部長」を読んだ感想を少し記載します。11月に、あるガバナンス関連団体が、この「元部長」でいらっしゃる塩川さんの講演を企画しておられるようで、私も聴講させていただく予定ですが、まずは、ようやく「証券取引等監視委員会に告発した人が誰なのか」がハッキリして少し落ち着きました。まさに社内から外部への情報提供(内部告発)が本事件の端緒だったのですね。また塩川さんは公認会計士なので、会計士的な発想で架空循環取引の疑惑に向き合っている(弁護士的発想とはかなり異なる)姿がとても興味深いものに映りました。
元部長さんのインタビューでのご発言が真実であることが前提ではありますが、コーポレートガバナンスの視点から興味深いのは、オルツの常勤監査役は合計3回、不正を明らかにする機会があったことがわかります。最初は2022年9月9日、元部長さんが常勤監査役に「こんな不正の兆候(疑惑)を示す証拠があります」と情報提供をしましたが、「寝耳に水だ」と言ったきり、そのまま黙認していた時点。そして2回目が3日後である9月12日に「私はクロだと思う」「社内調査委員会を立ち上げ、そのうえで事業を縮小すべき」と意見を述べたときに「けしからん事態ですね」と言いつつ黙認していた時点。そして最後は元部長さんが退職をする9月22日ころ、自分が調査してきた証拠等をすべて常勤監査役に引き渡した時点です(その後、半年ほど何も事態が動かなかったため、結局常勤監査役は何も動かなかった可能性が高いと思います)。
なお、元部長さんは「関係者全員が『違和感』は持っていたはずだ」と述べておられます。しかし、私は「違和感」を持っていたかどうかは不明だと思います。認知心理学上の「認知不協和」が理由です。自分にとって不都合な事実を知ったとき、人間は(そのままでは理性的な意識に押しつぶされて精神的におかしくなってしまうので)「不都合な事実がないこと」を何らかの理由で正当化する傾向にあります。調査委員会の報告書でも「監査役はCEOやCFOの説明に安易に納得してしまった」とありますが、おそらく常勤監査役も「正当な言い訳で説得してほしい(納得したい)」という気持ちが強かったのではないかと推測しています。
そのうえで(当該常勤監査役側の発言はありませんが)、①新しい会計監査人と事態を共有しなかったのか、②2名の社外監査役と対応を協議しなかったのか、③引き継いだ証拠をもとに、自身で調査をしなかったのか。このあたりはぜひ説明していただきたい点ですね。なぜなら元部長さんが指摘されているように、いくら監査役といっても、社長やCFOと対峙するには相当の正義感が必要であり、自身のサラリーマン人生を静かに守るという選択肢もあり得る、と考えるからです。「なぜ監査役は声を上げなかったのか」と批判をしたり、善管注意義務違反で法的責任を追及することはできますが、私は「自分のサラリーマン人生を静かに守りたい」という監査役の選択肢も尊重したいです。
架空循環取引の疑惑を追及することは、本当に監査役には厳しい道です。上記記事にあるように、CEOやCFOからは「何を言ってるんだ、これは弁護士や会計士から適法な取引だとお墨付きをもらってるんだぞ」と反論されます。さらに反論して監査役としての権限を行使しようものなら、かつてのトライアイズ社の監査役さんのように常勤監査役の地位を解かれて厳しく批判されることも十分考えられます(たしか日産の元会長ゴーン氏の不正を追及した当時の常勤監査役さんも、ゴーン氏からは厳しい声が飛んでいましたよね)。だからこそ、監査役は一人で抱え込まずに、監査法人と違和感を共有したり、他の社外監査役と協働して問題に対処したり、さらには公益通報者保護法に基づく公益通報を行うといった手法に出ることが推奨されます。
モノが言えない常勤監査役を(後出しジャンケン的に)厳しく追及することは容易です。しかし、私は企業の有事においてモノが言えない監査役が活躍できる監査環境を構築することが重要と考えています。たとえば、インタビュー記事の元部長さんが新たに参加しているスタートアップ企業では、不正の兆候を検知するシステムを開発しているそうですが、これなどもAIの力を借りてモノが言えない監査役を支援する立派な仕組みです。内部統制の一環として、経営陣の関与が疑われる不正事実についての通報がなされた場合には、監査役が社内調査を主導することを「クライシスマネジメント規程」としてあらかじめルール化しておくことも検討すべきです。監査役会、監査等委員会専属の独立性を維持した顧問弁護士を選任しておくことも考えられます。普通のサラリーマン感覚で(たとえ強靭なメンタルを備えずとも)有事に直面した監査役としての善管注意義務を果たすためにはどうすればよいか。社長が「吠えない監査役としては誰が適任だろうか」といったことを考えてもムダだと思えるような社内体制を構築することを真剣に検討すべき時期にきているように思います。
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