調査委員会(とくに委員長)の仕事で大切なこと-年末のご挨拶を兼ねて
今年も年末(12月29日)となり、当ブログのアクセス数も休日モードとなりました(金融市場は動いていますが、アクセス数が激減しております)。今年もビジネス法務の現場でいろいろな方にお世話になりました。どうもありがとうございましたm(__)m。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、今年はフジテレビ(フジメディアホールディングス)、AGP、東京コスモス電機という3つの上場会社の調査委員会の委員を務め、また非開示ではありますが、某社経営トップのハラスメント案件の調査委員会委員も務めました(フジメディアホールディングス案件以外はすべて委員長として関わりました)。フジテレビの件では、ご承知のとおりフジテレビの有力取引先であるN氏の「性暴力」を認定し、またフジサンケイグループに君臨されていたH氏への「依存」を認定しました。某社経営トップのハラスメント案件ではハラスメントを認定し、当該トップの方は取締役会の勧告に従って任期途中で辞任をされました。AGP案件では、社長以下、社外取締役を含めて退任されました。東京コスモス電機では、監査等委員である社外取締役4名全員が任期途中で辞任されました(法定の委員が不在となり、会社は仮監査等委員の選任を裁判所に申し立てることになったようです)。
いずれの調査委員会でも、中立公正を心掛け、限られた時間の中でステークホルダーへの説明責任を果たすことに精一杯注力しました。ただ、報告書の結論は、多くの関係者の進退に影響を及ぼすものであり、その判断には賛否両論が生じることで、私自身も(その責任の重みから)悩み続ける1年になりました。当ブログでも、到底おもしろおかしく語ることはできませんでした。おそらく来年も「これでよかったのだろうか」と自省することになりそうです。
とりわけフジテレビ第三者委員会を契機として、今年は「第三者委員会の功罪」が巷でも、また学会でも話題となりました。いろいろな議論を拝聴して、私も勉強になることが多いですし、今後の実務でも参考にさせていただこうと考えるところもあります。ただ、長く調査委員会の仕事に関わっている当職として申し上げたいことは(ひとつだけ偉そうな言い方をさせていただくと)、社会に役立つ調査をするためには「知と情の合一」を図らねばならない(少なくとも努力をしなければならない)、ということです。
権力を背景に持たない以上、理屈で人は動かないのはあたりまえです。では「共感」? いやいや、「共感」(オモテ向きだけでなく腹落ち)はしてくれても、それで長年のビジネス慣行に関わってきた人が行動を改めるというのは幻想(あまりにも楽観的)です。調査結果の妥当性を関係者に納得してもらい、不祥事防止に向けた再発防止や組織風土改革にむけた提言に実効性を持たせるためには、委員会が関係者の「情」にどれだけ迫れるか、という、その1点に尽きるように思います。不祥事を原因として組織が強くなる、社会に約束したことを確実に守って実行する、という「結果」を調査委員会が残すためには、対象企業のビジネス上の暗黙知を理解したうえで、委員会の提言を関係者に「自分事」として受け止めてもらえるか、それにはもはや「情」に訴えるしかないかな、と。それが成功するかしないかは、情に訴える者が長年の人生によって培ってきた「人間力」(私は人に言うのも恥ずかしいほどの失敗や挫折から何を得てきたか、というところが「人間力」を左右すると思いますが)に依拠するところが大きいと思います。
最近、アクティビスト側で第三者委員会の設置を提言したり、報告書の分析(株主代表訴訟を提起すべきかどうかも含めて)を行ったりする機会がありました。そこで「第三者委員会」への大株主の期待の高まりを感じるとともに、私は「究極の第三者委員会の目的は会社を再生すること」であり、社会や大株主から大ブーイングを受けたとしても、会社の役職員が本気で「会社を良い方向に変えていこう」と実践するための提言を出せるか、そのために情に訴えることができるだけの事実認定がどれだけできるか、を真摯に検討することが大切ではないかと考えています。アクティビストも会社側関係者も、調査委員会に期待することは「レピュテーションリスクの維持」「有事における信用回復」だと思いますが、それでは高い報酬を会社が支払う意味がありません。「症状の沈静化」ではなく「病気の根本的治療への道筋をつけること」にこそ、調査委員会に期待をしていただきたいのです。


