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2026年1月14日 (水)

企業不祥事疑惑に対する「モノ言う株主」の存在感-ニデック事案からの教訓

会計不正疑惑のある社員が、いわゆる大株主アクティビストに告発をすることは公益通報者保護法上の「3号通報」にあたるか。諸説分かれているようですが、私は親会社に子会社社員が通報することは(たとえグループ通報制度がなくても)普通に行われており、親会社としても是正措置をとるのがあたりまえなので、インサイダー取引のおそれはあるものの(つまり2条1項柱書の「正当な利益を害する者」に該当するおそれは否定できないものの)アクティビストに対する通報も外部公益通報(3号通報)に該当すると考えています。

さて、企業不祥事に物言う株主(物言う投資家?)の例として、かつてニデックの会計不正疑惑を公表して空売りを推奨していた株主がいましたね。2016年12月、米国の著名な空売り投資家カーソン・ブロック氏が率いるマディ・ウォーターズ(Muddy Waters)キャビタルLLCが、日本電産に関する調査レポートを公表しました。一時は5パーセント以上の株価下落を招きましたが、ニデック(旧日本電産)は、調査レポートの内容を即時に否定をして、「当社の財務報告は国際会計基準(IFRS)に準拠しており、指摘は根拠に欠ける」と声明を発表しました。その後鎮静化して、2017年には過去最高益を計上していました。

マディ・ウォーターズが旧日本電産の会計処理に疑問を抱いていたのは主に「利益の質」であり、とりわけ①キャッシュフローと純利益の乖離、②のれん・無形資産の減損リスク、③買収依存型の成長戦略、④情報開示の不十分さ、というものでした。「日本電産は利益と成長率を誇張して見せかけるために疑わしい損失計上を利用しました」等、レポートには疑惑がいくつも指摘されていますが、複数の旧日本電産本社の元社員、同グループ会社社員からも情報提供を受けていたそうです。日本電産の利益成長が実際の事業成長よりも買収による会計処理に依存していると指摘しており、特に、のれんや無形資産の償却に関する扱いが利益を押し上げている可能性がレポートで強調されています。現在問題となっている「中国子会社における不適切な固定資産の減損処理」についても記されていますね。

1月下旬に提出が予定されているニデックの第三者委員会報告書が公表された折には、その報告書が指摘した不適切会計の事実や原因とされる事由と、このマディ調査レポートの推測事実を比較して、2016年の疑惑公表がどの程度の精度であったかを検討してみたいと思います。本日の日経新聞ニュースによると、日本の証券市場において今後ますます物言う株主の存在感が高まるようですが、(オモテ向きの名目として)一般株主の損失を最小限度にするために、大株主が会計不正疑惑を公表する、ということも増えるかもしれません。今回のニデックの会計不正疑惑において、あまり10年前の調査レポートの件について話題になっていなかったので、あえて一言書かせていただきました。

なお、そもそもマディ・ウォーターズが指摘していることについては、監査役や監査等委員が「社内アクティビスト」の役割を果たして、平時から経営陣に対して指摘すべきことではないでしょうか?オルツの会計不正事案が発覚した時にも申し上げましたが、「少なくとも外からはこのように見える」といった意見でもよいので、会計不正疑惑を監査役員がリスクとして語ることは「善管注意義務」の実践だと思います。

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2026年1月13日 (火)

世間が大目に見てくれそうな企業不祥事3選

令和7年改正公益通報者保護法が運用された際、通報妨害行為の禁止とか通報者探索禁止とか、さらには通報者情報の範囲外共有禁止等、通報者保護の徹底に向けた事業者への行動規範がうまく機能するかどうか、真剣に考えてみると、かなりグレーゾーン領域が想定されるように思います。事業者が通報対象事実の調査を熱心に行えば行うほど、こういったグレーゾーンに直面するケースが出てくるのではないでしょうか。

そんなことを考えると、世間には「企業不祥事」と評価できそうな行動でも、もろもろの事情で世間が大目に見てくれそうなものが存在するようにも思えます。もちろん以下で述べるところは主観的な考えなので、「いや、違うだろ!」との意見もあるかもしれませんが・・・

①サイバー攻撃を受けた企業の労基法違反:システムが停止すると「手作業」で再開まで頑張るしかしかたがないのですが、その場合、当該事業者だけでなく協力を要請される取引先も「昭和時代の手作業」で対応するしかないのですが、そうなると法令順守も昭和時代のコンプライアンスに戻りそうです。平時なら明らかな労基法違反であっても、(善い悪いは別として)世間も事業の復旧のためにはやむを得ない・・・といった気分になるのでは?サイバー攻撃を受けた企業は「被害者」という意識が世間にはありますね。

②会計不正事件が発生した企業の社外取締役・社外監査役の責任:もちろん会計不正事件自体は社会的信用を失墜させてしまうわけですが、「ガバナンス不全」とか言われながら、誰も社外役員の責任を問わない(たまに代表訴訟を提起されることはありますが)。企業統治改革の進む時代背景はありますが、世間は昔と同様、社外役員はお客さんというイメージが強く残っているからでしょうか。

③中小株式会社の会社法違反:会社法上の大会社の要件を満たしているのに会計監査人を設置していない、定時株主総会を年1回開催しなければいけないのに開催せずに書類だけ作って法務局に提出している(みなし決議のプロセスも経ていない)、会社法公告もしていない、という実務。全国に250万もの株式会社が存在するわけですから、まあいいか、といった風潮はそのまま放置していてよいのでしょうか。会社法の改正において、誰も罰則規定の改定を言い出さないのはなぜでしょうか。

ほかにも救済色の強いM&Aにおける独禁法違反(企業結合規制違反)や金商法上の開示規制違反、環境関連法の規制違反等にも見受けられるようにも思うのですが、法令違反の疑惑を、疑惑のままに放置していても、それほど世間から文句をいわれない(したがって、行政もコスパの観点から厳しい姿勢で臨まない)不祥事が存在することは現実です。所詮、企業不祥事は社会が作り上げるところがありますので、企業の危機対応を支援する立場としては、ひごろからどのような準備をしておけば、不幸にして不祥事が表面化してもレピュテーションリスクを顕在化させずに済むか、検討しておきたいところです。

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2026年1月 9日 (金)

「失敗しない『人と組織』」著者小池明男氏よりコメントをいただきました。

1月7日のエントリー「中部電力審査不正事案に思う「組織風土改革」のむずかしさ」でご紹介した「失敗しない『人と組織』」の著者でいらっしゃる小池明男氏より、同エントリーに対してコメントをいただきました(コメントの内容は同エントリーの末尾をご覧ください。なおメールアドレスは非開示とさせていただいております)。どうもありがとうございます。

本日も、某社にて、組織改革に携わる管理担当の役員の方から改革のご苦労を聞いておりました。以前はほぼ全員が新卒社員で構成されていた社内も、いまは事業部ごとに他社との統合や分社化、出向や転籍といった連携があたりまえとなって、いわゆる「〇〇社の企業風土」の暗黙知が通用しなくなってきている、したがって現場でのひとりひとりとの対話がなければ組織改革は前に進まない、とのことでした。小池さんのコメントについても参考にさせていただきます。

ちなみに7日のエントリーではぼやかしておりましたが、私が「失敗しない『人と組織』」の書評を書かせていただいたのは「産業経理」という格式のある会計専門誌です(たぶん、もうすぐ発売される号)。お読みいただける機会がありましたら、ぜひそちらも一読いただければ幸いです。

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2026年1月 8日 (木)

福井県前知事セクハラ認定報告書から学ぶ「二次被害」と「セカンドセクハラ」

福井県の前知事によるセクハラを認定した調査報告書が公表されています(表紙含め全32頁)。報道等でご承知のとおり、メールやLINEによる前知事のセクハラ発言の内容が衝撃的です。本来、ハラスメント認定は加害者と被害者との時系列的な事実から判断しますが、日時を書くと報告書によって被害者が特定されるおそれがあるため、セクハラ認定のキモとなった証拠(別紙2参照)をズバリ公表する内容です。

ただ、私が多くのビジネスパーソンの皆様にお読みいただきたいのが「被害者の二次被害に関する訴え」(12頁~14頁)と「上司等に相談した際の上司等の反応(21頁あたり、いわゆるセカンドセクハラ)」です。6日の深夜にアップされたこちらの読売新聞ニュースも、私と同様の問題意識で書かれています(「嫌なら断ればよい」「大騒ぎする方がおかしい」との反応…〇〇前知事のセクハラ、福井県の不適切対応も明らかに)。毎日新聞ニュースはズバリ福井県の組織風土を問題視しています(前知事の自覚欠如だけでなく… セクハラ続いた福井県の組織風土とは)加害者による言動の特異性ばかりに目が行くと、これからも被害者が出なければハラスメントがなくならない、いつまでも未然に防止することができない組織になってしまいます。

私も時々(企業の経営幹部による)セクハラ調査を担当しますが、直接の加害者の言動はさることながら、被害者の二次被害への恐怖と相談を受けた人の腰の引けた対応にはいつも悩まされます。おそらくセクハラが「職場環境配慮義務」の問題だとか「ビジネスと人権」の問題ということへの意識が希薄だからではないでしょうか。「セクハラ」と聞くと男性上司から女性部下へ、といったイメージを抱きますが、性的自由の侵害行為は男性→男性、女性→女性も普通にありますので、そのようなセクハラのイメージが湧かないのも、「ビジネスと人権」への意識が薄いからだと思っています。本件の上記調査報告書を一般の方が読む価値は(前知事のえげつないメール文章を読むことよりも)、被害者がどれほど二次被害をおそれるか、相談を受けた上司の責任回避行動によって、どれほど人権侵害の被害を拡大させてしまうかが、よく理解できるところにあります。

セクハラ調査を担当していると、ときには被害を受けた女性側(OR男性側)の証言の信用性に疑問を抱くこともあります(実際のところ、女性の調査委員のほうが先に疑問を抱くことが多い)。中には派閥争いの道具としてハラスメント申告が利用されるようなケースもあり、調査は慎重に行います。ただ、被害者側の二次被害への畏怖や上司への相談、内部通報への依拠、そして会社側の対応への失望等の事実があれば、やはり「少なくともセクハラと疑われてもしかたのない行為」はあったと認定する可能性は高くなります。

パワハラ認定は「適切な指導」との境界線をはっきりさせないといけないので、当事者から恨まれても「パワハラと疑われる行動」は厳密に評価をしますが、セクハラの場合には、そもそもグレーゾーン行動など職場では不必要なので、「疑わしきは懲戒対象(少なくとも企業行動規範違反」)に傾くことが多いと思います(もちろん不同意わいせつ罪やストーカー規制法違反等の犯罪行為とは認定できませんが)。おそらくセクハラ問題の課題は、次のステップとして「通報への対応懈怠」や「相談への対応懈怠」も被害拡大を助長した行動として責任追及の対象となるか、という点だと認識しています。

本件の調査報告書に出てくる「二次被害(及び二次加害)」「相談対応懈怠」は、どこの職場でも普通にあると考えています。また、福井県民の方々のインタビュー証言等からも「あるある」なのですが、知事としての仕事は立派であったとしても(or経営者としての能力は高いとしても)、セクハラ・パワハラの常習性は両立します。「あんなに女性活躍推進に熱心だったのに、あれほどコロナ対策で頑張っていたのに、そんな立派な方がセクハラ?」は間違いです。そことは別次元の問題です。だからこそ、ぜひ教訓として当該部分だけでもお読みいただく価値はあると思います。

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2026年1月 7日 (水)

中部電力審査不正事案に思う「組織風土改革」のむずかしさ

昨日のエントリー冒頭でコメントした中部電力審査不正事件(ただし、客観的な証拠が判明していないので正確には「不正疑惑」だそうです)でありますが、本日(6日)も様々な報道記事が出ておりました。CBCテレビのニュースでは、原子力規制庁の担当者は「『基準地震動』は耐震を確保する上で、最も重要な審査項目。不正行為が行われたのは遺憾」とのコメントが紹介されており、不正の重大性が指摘されています。

本事案については、誰もが「中部電力の担当者だけの問題ではなく、同社の組織風土の問題だ」と想像するのではないでしょうか。これだけ内部告発があたりまえの時代となり、内部不正が明るみになる可能性が高いにもかかわらず、不正が長年放置されていたとなると、なぜ自浄作用が発揮できなかったのかと不思議に思われます。地域の安全を顧みない「極悪人」など絶対に存在しない組織でしょうから、どのような「認知的不協和」が存在して「集団心理」に発展していったのか、とても気になります。

Img_20260106_205557そこで本日ご紹介する書籍は2025年3月に刊行された「失敗しない『人と組織-本質的に生まれ変わるための実践的方法』」(小池明男著 BOW BOOKS)です。私も某会計雑誌に書評を掲載していただきましたが、組織風土を変えることがどれほどむずかしいのかが、理解できる一冊です。アマゾンの紹介文からの引用になりますが、

本書は、安全文化のほころびから大事故を招いた企業(東京電力)の再建過程で、社員として一人ひとりの仲間に直接、対話を通じて働きかけ、二度と事故を起こさぬよう、10年以上にわたり、組織文化の変革に取り組んできた著者による、理論と実践の書である。経営陣、経営企画はもちろん、現場の中間管理職の方々まで、社員一人一人が自主的主体的に組織のパーパスに向かうエクセレントカンパニーを目指すすべての組織人のバイブルとしてお薦めする。  

というもの。福島原発事故では政府、国会、そして民間の事故調査委員会報告書が出ましたが、いずれも東電の組織風土が招いた事故との認識が示されていました。著者である小池明男氏は、東京電力ホールディングスの社員(主に経営企画や営業を担当されていた)として、10年以上にわたり東電の組織風土改革に取り組んでこられました。その理論と実践が(他社の不祥事例なども参考にしながら)綴られています。私は講演等で常々「組織の病理は『知と知の分離(タコツボ化)』『知と情の分離(タテマエとホンネ)』そして『知と行の分離』に起因する」と申し上げておりますが、小池氏は「知行合一」の大切さを語っておられます。圧巻は「組織文化の三層モデル」(MITのシャイン教授が提唱したもの)を活用している点であり、本書のキモとなっています。

組織風土改革にはどのような取組みが必要か、という点はぜひお読みいただきたいのですが、なんといっても「長年そこで働いてきた人でなければ、行動や意識を変えることはむずかしい」といった印象を持ちました。外部のアドバイザーとして、有効な手法を知りたいと思って本書を読み始めたのですが、暗黙知や無意識に浸透している思想のようなものにまで触れなければ組織風土は変わらないのではないかと。とりわけ社員ひとりひとりとのエンゲージメントや、上司によるコーチングの大切さが示されているので、そこでは同じ社員としての「空気」があるからこそ変革へのインセンティブが働くように思います。外部アドバイザーとしては、すぐに「経済性と安全性の二項対立」から物事を組み立ててしまいたくなりますが、そういった発想自体が社員から共感を得られないのかもしれません。そんなところも、やはり社員であるがゆえに、共感できる問題提起ができるのだろうと納得しておりました。

そういえば(私がガバナンスレビュー委員会の委員長を1年間務めた)三菱電機の組織改革も、品質不正事件発覚後に誕生した「チームそうせい」の活動が大きな影響を与えたように思います(たとえば日経ビジネス誌の漆間社長のインタビュー記事)。

今後、第三者委員会の報告書が提出された後、中部電力の組織改革が本格的に模索されることになると思いますが、小池さんのような人がいなければ、現実にはなかなか組織風土改革まではできないのではないかと。ぜひ、多くの企業の皆様にもおすすめしたい一冊です。

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2026年1月 6日 (火)

なぜ日本企業には「適切なリスクテイク」が根付かないのか?(6日追記あり)

年始早々、中部電力の審査不正については驚きました。7年以上も不正なデータを提出し続けていた、というのですから、「これはまずい」と指摘していた社員の方も複数いたはずです。にもかかわらず、なぜ安全性に関わる不正なデータを提出していたのか、なぜ原子力部門がそこまで追い詰められていたのか、ほかにも安全性に関わる不正行為があるのではないか。日経Thinkでも少しコメントしましたが、第三者委員会の徹底した調査と、その後の中部電力のガバナンス再構築がなければ浜岡原発の再稼働はとうてい無理だと思います(こちらの産経ニュースによると、原子力規制庁幹部も「これはありえない」と憤っておられるとのこと)。

まるで昨年のいわき信用組合の不正事案のような問題ですが、ちなみにこちらの朝日新聞ニュースによると、2025年2月、原子力規制委員会に審査不正に関する情報提供があった、とのことなので、やはり内部告発(公益通報)によって発覚した、ということなのでしょうね。自浄作用が発揮されずにバレてしまった、というのも最悪です(以下本題です)。

(追記)原子力規制委員会には、外部からの情報提供を促す公益通報窓口が設置されており、原子力事業者の従業員及び当該事業者の元で委託された業務を担当している事業者の従業員が通報できるそうです。つまり、不正行為があれば、徹底した通報者保護体制のもとで、いつでも監督官庁に誰かから告発ができることになっています。将来的に不正が発覚することが明らかなのに、なぜ長年不正が継続していたのか、ぜひ究明していただきたい。ちなみに原子炉等規制法(核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律)は公益通報者保護法の「対象法令」に含まれています。

※※※※※

さて、現行のコーポレートガバナンス・コードでは、取締役会の責務として計4回「適切なリスクテイク」なる言葉が出てきます。コーポレートガバナンス・コードは、取締役会がCEO以下経営陣の健全なアニマルスピリッツに基づくリスクテイクの提案を歓迎し、その果断な意思決定を支援することを求めています。企業統治改革が、果たして日本企業に浸透しているのかどうか、このあたりは今後も議論されることが多くなるように思います。

しかし、これだけ社外取締役の数が増えても、適切なリスクテイク(健全なリスクテイク)の実効性を示す事例があまり紹介されません。これまで何度かカリスマ経営者が存在する企業の有事対応に関わった経験から、その要因を私なりに述べたいと思います。

「適切なリスクテイク」というのは、攻めのガバナンスの視点からは「損失の危険を覚悟のうえで、戦略を前に進めること(およびこれを後押しすること)」、守りのガバナンスの視点からは「勇気をもって不採算事業から撤退すること」「経営トップの不正疑惑を徹底的に解明すること」を決断する意思決定(または行動)だと認識しております。しかしながら、有事に私が専門家としての意見を述べた時、経営幹部の皆様には二通りの反応がみられます。それは「割り切り」と「腹決め」です。

「割り切り」とは、自分の地位や利益を最優先に考えて、迷った選択肢の判断にあたり、自分に責任が及ばないように専門家を活用しながら消極的に意思決定をする、というものです。「弁護士による意見に従ったのだから」ということで、悪い結論に至った際には逃げられるように法律意見を活用します。有事における経営判断について誰が責任を負うのか、明確になっていない組織では、経営判断が「割り切り」となる傾向があります。弁護士も商売ですから、そのあたりの経営陣からの問いかけのニュアンスを察知して、耳心地のよい意見を出すこともあるでしょう。

一方、「腹決め」とは、判断することについての責任が自分にあることを自覚して、たとえ専門家から反対意見が出されても、最終的にはそれとは逆の判断でも自身の責任で行う積極的な意思決定です。最善の手を尽くすために、私の意見に熱心に耳を傾けてくれますが、最終的には責任主体である自分の判断で決する(私から見れば、残念ながら意見を尊重してもらえない)。結果として悪い方向に行ってしまった場合には、自分が経営責任をとる覚悟があります。また責任をとる覚悟で決断しているので、撤退するときの判断も積極果断な意思決定がなされます。

有事ですから、迅速な意思決定が求められる場面であり、「割り切り」も「腹決め」もどちらも素早い決断となりますが、「割り切り」で(失敗の責任を上手に回避して)済ませようといった役員さんが多い組織では、ガバナンス・コードが示す「適切なリスクテイク」は、いつまでたっても実現しないのではないでしょうか。取締役会の実効性評価がさかんに行われるようになりましたが、この「割り切り」で済ます組織か、何事も責任を意識した「腹決め」で対処する組織か、そのあたりの企業風土の違いを評価してほしいです。

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2026年1月 3日 (土)

「AI弁護士山口利昭」が語る今年の抱負(BANIの時代の企業法務)

2026 (新年のごあいさつ)新年あけましておめでとうございます。本年も当ブログをご訪問いただき、心より御礼申し上げます。

昨年は、企業不祥事の報道が相次ぎ、「今年こそは落ち着いた一年に…」という私の願いを、世の中があえて試しているかのような展開が続きました。(なお、毎年同じ願いを述べている気がしますが、これは“内部統制のPDCAが回っていない”というより、単に私の学習能力の問題かもしれません。)

さて、今年はガバナンス改革や人的資本開示など、企業法務の実務家にとって“正月ボケ”を許さないテーマが山積しております。ただ、こうした複雑な制度変更も、結局のところ「組織はどうすれば誤った方向に行かないのか」という永遠の問いに向き合う作業にほかなりません。

本年も、判例・立法動向の分析に加え、組織心理や不祥事の背景に潜む“人間くささ”にも目を向けつつ、皆さまと一緒に考えていければと思います。ときには肩の力を抜きつつ、しかし実務にはしっかり役立つ内容をお届けできるよう努めてまいります。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

・・・・・・・

以上の「ごあいさつ」は、「弁護士山口利昭のブログ『ビジネス法務の部屋』の論調で、少しユーモアを交えて新年のあいさつ文を考えてください」との質問にAI弁護士山口利昭が答えたものです。自然と「自虐ネタ」も含まれていますが、なんの修正も加えておりません。ブログが「広報活動」のためにあるのなら、上の文章でも十分かもしれません。

しかし、自分の成長のための思考整理や利他行為(世の中に役立つ情報を無償で提供すること)が目的であれば、何の意味もない文章だと思います。2005年以来の3700以上のブログ記事をベースに「ブロガー弁護士山口利昭」を生成することは、もはや誰にでもできる時代となりました。恐ろしい時代になりましたが、このブログを維持することは、私のアイデンティティをどのように伝えていくべきか、そこを考えなければもはや意味がない。

年末の紅白歌合戦の審査員を務めた文芸評論家・三宅香帆さんのご著書はすべて読んでいますが、彼女の視点で紹介された新刊書はどれも読みたくなります。あの「視点」こそ、絶対にAIではマネできないアイデンティティであり、本当に勉強になります。企業法務を語るにも、あのような「リベラルアーツを土台とした視点」が必要だなぁと痛感します。・・・ここまで書いていて、上記AI山口利昭が書いていることと変わらないようにも思えてきましたが(^▽^;)。

社会はVUCAの時代から、すでにBANI(Brittle、Anxious、Non-linear、Incomprehensible)の時代へと移りつつあります。今年は自分への投資として生成AIや自律的に意思決定を行うAIをできるだけ活用すること(専門家の方々との業務連携とスキルの習得)と、エージェントAIが企業統治にもたらす構造変化を見すえることで、BANIの時代の企業法務、とりわけコンプライアンス経営がどのように企業価値最大化に貢献できるか、あるいは損失を与えうるかという点を(実務体験を通じて)深堀りしてまいります。ブログでは、AIが思いつかないようなことを書いていきたいので、また閲覧していただけますと嬉しいです。

ということで、本年もよろしくお願いいたします。

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