本日(1月4日)の日経朝刊法務面でも示されていたとおり、改正公益通報者保護法は2022年6月ころまでに施行されます。とりわけ常用雇用者300名を超える企業の実務に多大な影響を及ぼすものと思いますが、なかでも法的な義務とされる「内部統制の体制整備・運用の指針」「公益通報対応業務従事者の設置に関する指針」の中身がどうなるのか、とても気になるところです。
そして本日、消費者庁のHPに「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会」の第3回(2020年12月23日)開催時に配布された資料が公開されました。特に注目される資料は「(資料2)これまでの検討を踏まえて現時点において考えられる方向性」と題する資料ですね。いよいよ改正の方向性が明らかになりました。今年は当該資料に基づいて審議が行われ、3月の指針公表に向けて意見の取りまとめが行われる予定のようです。
「改正の方向性」に関する詳細は別途検討するとしまして、まずこの資料を読んで、事業者の方々に認識しておいていただきたいと思う点のみ述べておきます。ひとつめは、指針の内容は全国の常用雇用者300名を超える約14000社の皆様の関心事になるかと思いますが、それだけでなく200万社に及ぶ会社企業の方々にも参考となるように策定される、ということです。なぜなら、公益通報者は、なにも公益通報者保護法だけで保護されるわけではなく、民法や労働契約法の解釈を通じて地位が保護される可能性があるからです(平成18年の法施行前は、民法の解釈を通じて公益通報者は個別に保護されてきました)。
したがって、中小の事業者に(公益通報者保護法上の)法的義務が存在しないとしても、「指針」に沿った通報対応体制整備の努力義務はあるわけですから、改正法の趣旨は民法や労働契約法の解釈を通じて(裁判実務において)実現されることになります。そういったことも想定をして、おそらく国内の中小の事業者にも法改正の趣旨が浸透することを念頭に置いて指針が策定される、ということだと考えられます。
ふたつめは、「指針」のみならず、「指針の解説」についても法施行前に明らかにされる予定がある、という点です。これは事業者にとってはありがたいですね。法律の細かなところを「指針」で補うというものですが、その「指針」でもわかりにくいところがあるわけで、そこについては(おそらく消費者庁から)具体例などを示した解説が示されることにより、かなり安心できるのではないでしょうか。とりわけ「公益通報対応業務従事者」には「秘密漏えい(通報者を特定しうる情報の漏えい)行為」について刑事罰が科されることになりますので、罪刑法定主義の見地からも詳細な解説が出されることを希望いたします(もちろん裁判所は当該指針による解釈には拘束されませんが、やはり行政機関による解釈の存在は大きい)。
そして三つめは「内部通報窓口の在り方」の方向性が示されたことです。事業者の内部通報窓口には、公益通報の対象事実、それ以外の内部通報の対象事実などが届くわけですが、いずれにしても社内ルールにより、会社は通報への対応義務が発生します。しかし、そういった通報の受領だけでなく、これから公益通報をしたいと考えている従業員(労働者)の相談に対応することや、法令違反事実の是正(会社の是正行為)に関するモニタリングといった業務も「体制整備・運用義務」の一環として考えられている、ということです。そもそも公益通報保護法上、通報された内容が、法律上の「公益通報事実」に該当するのかどうか、実際に相談に応じてみなければわからない、という難問があります。したがって、法の趣旨を実現するためには、このように「窓口の在り方」を広めに考えなければならない、というのはやむを得ないところです。
ただ、そうなりますと、通報への対応に不満を抱いた公益通報者は、「相談対応がまずかった」とか「是正されていないのに、何もしてくれなかった」といったことで「体制整備義務違反」の事実を公益通報者保護法違反事実として新たに消費者庁に通報する、といったことも考えられます(体制整備義務違反が疑われる事業者が、当局の報告徴求に応じない場合には法22条により過料が科される←「体制整備義務違反事実」が公益通報の対象事実になる可能性が高い)。
上記の点について私が懸念しますのは、公益通報者保護法を改正して通報者の保護を強化することは良いとしても、一方で「不誠実な通報者」によって多くの通報担当社員が疲弊している、という実態が軽視されはしないだろうか、という点です。よくある例として、被通報者への調査が始まるやいなや、(ほとんどのケースで被通報者には誰が通報したのか心当たりがありますので)被通報者自身が「俺は(私は)〇〇さんに通報されてえらい被害を被っている!それに協力したのは△△さんだろが!こうなったら自力で名誉を回復するしかないではないか!」と社内で吹聴する事態となれば、「あれほど調査は秘密でといったのに、窓口担当者が秘密を洩らした」と通報者から誤った批判を受けることになります。
窓口担当者は実際には誠実に調査を行っていたにもかかわらず、濡れ衣を着せられて本業(総務や人事、内部監査、法務等)に支障を来すことにもなりかねません(通報担当者には通報に関する守秘義務がありますので、「濡れ衣を着せられた」と反論することもできないのです)。公益通報者保護法の制度趣旨を実現するためには、その担い手を元気にする運用が必要です。運用者が後ろ向きになってしまっては、そもそも通報者が(社内の問題を)通報する意欲さえ喪失してしまうでしょう。
どんなに大きな企業でも、公益通報対応の専業社員などいません。みんな本業を持ちながら通報窓口の対応に尽力しているのです。正直に申し上げるならば、みんな失敗を繰り返しながら「通報者保護と真実解明の両立」のスキルを向上させているのです。そういった対応社員が不誠実な通報に振り回されることがないよう、また、(「人権侵害の片棒を担ぐ奴ら」と罵られる等)被通報者の嫌がらせで疲弊することがないよう、運用指針が策定されることを切に希望します。そうでなければ(先日のジュリスト2020年12月号の座談会で私が述べたように)、誰も内部通報の対応業務従事者などならないでしょう(就任したからといって、とくに人事部から高い評価を受けるわけではありません)。なお「方向性」の各論についても申し上げたいことは山ほどありますが、それはまた追ってご議論させていただきたいと思います。