組織の「暗黙知」を利用した公益通報調査は許されるか?
1月13日から21日まで連載された毎日新聞の「公益通報者保護特集」の記事は、消費者庁の公益通報者保護制度検討会のメンバーとして、実に耳の痛いものばかりでした。私が知らなかった事例もあり、「令和7年改正公益通報者保護法は中途半端」との意見には説得力がありました。ただ、最近は企業の内部通報制度の支援を行うことも増えておりまして、実際の運用をお手伝いしている中で、企業にも「通報者保護の徹底」ということが強く意識されるようになりました。おそらく令和7年改正公益通報者保護法の施行を控えているからでしょう。
ところで「『通報者保護の徹底』のためには『通報の保護』も必要」ということで、社内調査が内部通報に起因するものであることも隠したうえで調査を行うこともあります。とくに被通報者へのヒアリングにおいては「なぜ、私がヒアリングの対象となるのか?」と不審に思うことがありますが、調査者が「通報があったからです」と申し向けると「ああ、あいつチクったな」となり、通報者の特定につながる可能性が高いからですね。
たとえば消費者庁の民間事業者向けガイドラインにおいても、通報者保護の徹底のためには、通報による調査であることを隠した調査も必要とされています。たとえば「調査対象部署だけでなく、他部署にもダミー的にヒアリングを行う」とか「抜き打ち調査と称してヒアリングをする」といった工夫が紹介されています。つまり、通報者保護のためには社員に対して、ある程度は「真意を隠して調査をしてもよい」という前提があります。
では、内部通報を受領した企業側が、被通報者(不正行為を疑われている社員)の直属の上司を「対応業務従事者」として指定したうえで、内部通報に基づく調査であることを隠して当該被通報者にヒアリングをすることはいかがなものでしょうか。
もちろん内部通報に基づく調査であり、自分が従事者指定を受けたことを、上司が明らかにしたうえでの部下へのヒアリングであれば問題はないでしょう。しかしながら、日本の企業の暗黙知として、「上司も薄々知っているはずだから、正当化理由をわかってもらえる」とか「上司に正直に言えば一緒に隠し通してくれる」といった独特の意識(甘え?)が部下には働かないでしょうか。功を奏して被通報者が不正事実を申告した場合、会社としては首尾よく内部通報制度を機能させることができるわけですが、このような「暗黙知」を利用した調査を後で被通報者である部下が知った場合、どう思うでしょうか。
これまで何度か著名企業の品質不正事件の調査に関わってきた経験上、現場の暗黙知は不正の温床の原因になるわけですが、その一方において社員が毎日元気に仕事したり、縦の指揮監督関係の効率性を高めることに大いに寄与しているものと認識しています。そこにオフィシャルなルールを(無断で)持ち込むことには、なんとも気持ち悪いものを感じます。
いろいろと意見が分かれるのかもしれませんが、私は内部通報制度というものは、社内のオフィシャルなルールであり、通報者保護の徹底が必要とはいえ、社員を騙すことにも許容限度があると思います。社員の皆様が意欲的に働くためには、会社の中での部署ごとにも暗黙知があって、これを活用して真実を語らせるということは「やりすぎ」ではないかと(上司としても、従事者指定の事実を隠して部下のヒアリングはやりたくないでしょう)。「いやいや、許容されるでしょう」といった意見が強いのかもしれませんが、少なくとも私はお勧めしないと思います。
先日、あるセミナーで、令和7年改正公益通報者保護法のもとでの公益通報調査の運用についてお話しましたが、通報事実に対する調査の必要性が高ければ高いほど「公益通報の妨害禁止」「通報者特定情報の探索禁止」「通報者特定情報の範囲外共有禁止」といった不作為義務がどこまで厳格に守られるべきか、きわめて悩ましい問題であることをお示ししました。「リニエンシー」が適用されずに役員の賠償責任が認められてしまう事案が出ていますし、また、企業における対応体制整備義務違反(つまり法令違反)にもレピュテーションリスクが生じるので、公益通報調査の許容範囲については、今後さまざまな議論がなされることが予想されます。

